表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/68

冬の訪れ -2


 女性は、ディアーネ・メルクラスと名乗った。


 この辺りの土地を管理しているのは彼女の伯父(おじ)だという。

 屋敷に住むのは使用人を除き、伯父夫婦と彼女のみ。高齢により体力気力の衰えが見える伯父夫婦を助けながら、つましく生活している。

 今は彼女一人で日用品の買い出しに出て、帰るところだったと。


 そのあたりを確認したうえで、ティモンは改めて訪問の意を示した。



 屋敷は、馬車で少し行ったところにあった。

 ディアーネは淑やかな身のこなしを崩さぬまま、手抜かりのない対応をしてくれた。


 客人が気遣わなくていいようにと、家の者とは別の部屋で夕食を振る舞ってくれたり。シェリエンを静かに休ませられる部屋を整え、冷水やタオルを用意してくれたり。

 医者を呼ぶ提案もあったが、簡単な医術の心得はあるのでとティモンが断った。



 と、今晩ここに腰を落ち着けるための段取りが済んだところで。


「少し、お話よろしいですか?」


 ティモンの声かけを受けたディアーネは、まるでそれを予期していたかのごとく、素直に首肯した。



 話をするため、二人は屋敷の一室に移動した。

 ディアーネが人払いをし、完全に二人きりになったのを認めてからティモンが口を開く。


「うちの孫娘は、どなたかに似ていますか?」


 この旅において説明を要するとき、一行の設定はこうだ。

 ティモンは孫娘との旅の途中で、御者と護衛の傭兵は雇った者たち。理由は諸事情と濁しておけば、基本的に詮索されることはない。


 少し間を置いて、ディアーネは慎重な様子で言葉を紡いだ。


「三年ほど前……ある方の、身のお世話を担っていました。ご結婚が決まっていて、いわゆる花嫁修行というのでしょうか。礼儀作法の講師なども」

「……なるほど」



 おそらく彼女は、シェリエンが半年だけガイレアの王宮で過ごした時期に、関わりがあった人物。気づいているのだ、少女の正体に。

 そのうえで直接的な表現は避け、こちらの話に乗ってくれている。頭の良い女性であることは間違いないが――。


「それでは私たちの滞在は、()()()()出来事でしょうね」

「……いえ、お困りの方に会ったら、手をお貸しするのは当然のこと。明日にはすぐ忘れてしまうような、些細な出来事ですわ」

「そうですか」


 手入れの行き届いた眼鏡越しに、ティモンはディアーネという人物をじっと見つめた。


 派手な顔立ちではない。最低限の化粧に、飾り気のない服装。けれども見苦しさはない。肌も髪も一見地味な衣装も、日々きちんと管理し整えられていることがわかる。

 伯父夫婦とひっそり暮らしているという、その清貧さを体現しているかの立ち姿。そこに、年相応の落ち着きと品位が見てとれる。


 ティモンから向けられた視線に、彼女は目を背けることなく、それでいて何か強い意思を返すでもなく。ただ清淑さを保ったまま佇んでいた。


 ――嘘や、謀略の色は感じられない。婉曲に、口外しないことも約束してくれた。一晩の滞在に限って、ある程度なら信用できるだろう。


 そう判断したティモンは、途端にパッとにこやかな笑みを作ってみせた。


「ありがとうございます。お時間をとらせてしまい、失礼しました」




 この話を終えたあと、ティモンは、シェリエンの休む部屋へと向かった。看病はソニアに任せている。

 そっと扉を開けると、ソニアが音を立てないよう注意しながら駆け寄ってきた。両眉をきつく寄せ、なぜかがっくりと肩を落としている。


「ティモンさん、私、この仕事受けなければよかったかも」

「それはまた、なぜ」

「だってさ……」


 聞けば、シェリエンはようやく寝付いたところで。

 ティモンが外している間、彼女はずっとうなされていたらしい。うわ言で、夫ではなくなった王子の名を呼びながら。


「もう見ていられなくて。本当に、離れなきゃいけなかったのかな……」

「…………」



 確かに、酷な話といえる。これが輿入(こしい)れすぐであれば、彼女は故郷へ帰れると喜んだかもしれない。

 しかし、三年近くを共にした夫との生活を、彼女は受け入れていた。正式な夫婦とはいえなくとも、二人が穏やかに関係を築いていたのは明らかだった。


 けれど、ティモンにはわかってしまうのだ、彼の想いも。


 王子が一番に信頼を寄せる者の一人が自分だと、ティモンは知っている。業務における有能さとかいう話ではなくて、もっと内面的な部分で。

 ソニアだってそうだ。剣の腕が確か()つ女性として身辺の世話もできるという点、既にこの旅の適役であるが。それだけでなく、幼い頃を見知った仲への信頼感は大きい。


 彼自らこだわった人選を見るだけでも、別れるはずの少女を大切に思う気持ちはひしひしと伝わる。大切だからこそ、手を離す決断をしたのだ。


 少女の境遇、両国の関係、これから起こり得ること、彼の生い立ち、そして決心――。

 それらを悟ったすえに、ティモンでさえ何も言えなかった。その痛々しさに心を苦しめながらも。





 翌午前中。シェリエンの熱が引いたのを確認して、一行は出発した。

 彼女はまだぼんやりしていたが、主な原因は体調不良ではないのだろう。発熱に際し、風邪や病の兆候は見られなかった。続く旅の疲れもあったろうが、おそらく心労によるものだ。


 ディアーネは、前日と同じく細やかな対応をしてくれた。彼女に見送られ、馬車は屋敷を後にする。

 昨日の雪は大した降りにはならなかった。今日も変わらず風は冷たいが、空は見通しよく晴れている。



 暫しの間、ディアーネはその場に留まっていた。寒風(さむかぜ)を避けることもせず、遠ざかる馬車を静かに眺める。


 それからようやく屋敷に入ろうと、後ろを振り向いて――瞬間、彼女はハッと息を呑んだ。

 少し離れたところに立っていたのは、ここにいるはずのない人物。振り返るまで、気配はまったく感じなかった。



「あなた、なぜここに」

「心外だな。妻に会いにくるのに理由が必要か?」

「……いつから、いらしたのですか」

「つい先程だよ。裏門に面する道のほうに着いたから、そこで使用人に馬車を預けて。敷地内を歩いてきたところだ。……何か問題でも?」

「いえ……」



 ――彼らの姿を、見られただろうか。

 平静を装いながら、ディアーネの心には一抹の不安が()ぎる。


 その内を知ってか知らずか、彼女の“夫”は何事もない風情で話を続けた。


「それより、君はいつになったら戻る?」

「……私はもう、あの家との縁は切りました」

「おかしなことを言う。入り婿(むこ)の私ではなく、実の娘が家を出るなど」



 彼は口元をちょっと持ち上げて、笑顔を作ってみせた。

 しかし、曇りなく磨き上げられた片眼鏡の奥の瞳は――。



「お義父上(ちちうえ)が玉座に在る今、君は王の娘だというのに」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] わあ、あのあやしい人がこんなところで登場。とっても気になります。 恋愛模様だけでなく、背景やほかの人たちのドラマがきちんと描かれている作品が好きなので、この展開はうれしいです! [一言] …
[一言] ディアーネさん良い人〜と思っていたら、とてもやんごとなき方でびっくり。さらに旦那様ってもしや2章冒頭の?とか考えました。違うかなぁ。読む進めるのが楽しみです。 彼がどこまで何を企んでいるのか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ