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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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日常の揺らぎ -3


 その晩も、シェリエンはひとり眠りについていた。

 先に寝入ってしまうのが習慣化しつつあることに、僅かな寂しさ、心許なさを抱きながら。



 夜中、微かな物音を感じて目を開く。

 と、寝室へ来たリオレティウスがちょうどベッドに入るところだった。身を布団に潜り込ませる途中の、座すような体勢の彼と目が合う。


「悪い、起こしたな」


 その言葉の響きは、落ち着いていた。

 けれど、シェリエンは感じる――何かが違う。


 明かりを落とした部屋の中、ぼんやり浮かぶ青色の瞳は穏やかなようで、しかしこちらを見てはいない。固く閉ざされ、何者も寄せつけないかのごとき無感情。

 実はそれが、やり場のない怒りという、強すぎる情動を無理に押し殺そうとした所為(せい)だということまでは彼女にはわからなかったが。



 シェリエンは一瞬たじろいで――けれども、気づけば身を起こし、次の瞬間には彼へと手を伸ばしていた。

 なぜそうしようと思ったのかは自身でも説明がつかなかった。どうにかせねばと、直感的な行動だった。


 膝立ちの格好になって腕を伸ばしたシェリエンは、そっと彼の前髪あたりに触れた。そして、ぽん、ぽんと、ゆるやかに撫でる。

 ここでの日常にありて時折、彼がそうしてくれるみたいに。




 不意にもたらされたその柔らかな感触に。

 リオレティウスはハッとして、急速に我に返ったような心地を覚えた。


 目の前には、小さな少女が――といっても、出逢った頃のように“子ども”だなんて呼べるものではもう到底ないが、自分より一回りも二回りも小さい身体で――彼女は手を伸ばしながら、気遣わしげにこちらを見ていた。



 薄暗い部屋の中、その髪の銀色が、ぼうっと輝くように浮かび上がって。


 それは、暗闇に一つだけ灯った淡い光のようにも見え。降ったそばからすぐに()けて消えてしまう、儚い雪のようでもあった。

 絶対に傷つけることなど(ゆる)されない、小さな小さな光。


 彼はそれを、思わず掻き抱いた。




 ――偶然に手の中に迷い込んできた少女が。


 彼にとって大切な存在となるまでに、さほど時間はかからなかった。その想いが、男女における恋情のようなものかどうかは別として。



 潤んだその瞳ごと零れ落ちそうなほど、ふるふると身を震わせ、泣き濡れていたくせに。

 この国の文字を学びたいと言い、精一杯自らにできることを探し、時にあどけなく笑う。


 予期せぬ結婚、望まぬ相手だったにもかかわらず、どんなときも帰りを待っていてくれて。抱き寄せればほっと安堵したように身を預けてくる。


 そんな小さな生き物を、愛らしいと思わずにいられるだろうか。



 いつしか添うように眠り始めてからも、理由もなしに強く抱きしめることはなかった。例えば雷だとか、彼女が何かに(おび)えたときだけだ。

 もう子どもではないのだと気づいてからは尚更、不用意に触れてはならないと細心の注意を払ってきた。

 それを、自分の一方的な想いだけで、こんなふうに強く抱き込むなど。


 しかし彼女は身じろぎもせず、突然に回された腕の中にすっぽりと収まっている。そんなに無防備に委ねて大丈夫かと、心配になるほど。

 身勝手な抱擁に拒絶の意を示すことなく、それどころか、か細い腕を目一杯伸ばしてしっかり抱き返してくる。



 ――もし今、手を伸ばしたら。


 彼女はきっと、受け入れてくれるのだろう。



 少女を腕の中に包み込んだまま、リオレティウスは鼻先を掠める銀色の髪にそうっと顔を(うず)めた。

 さらりと清らかで、ふわりと(ぬく)みをはらんだそれは、仄かに甘く香る。



 人生で何かを望むことはなかった。


 あの日も――“逢えてよかった”という言葉を彼女の口から聞いたあの日。

 ほとんど無意識に、こちらから(すが)るかのように手を伸ばしていながら、彼女が取ってくれたその手を握り返すまでに時間がかかった。

 やっと、自分は何かを求めてもいいのだと、そう思えた。



 本当は、このまま。


 全て自分のものにしてしまいたい。思いのままに愛して、ずっとそばに置いておきたい。




 けれど――。



 まだ間に合う。今ならまだ、引き返せる。






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