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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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繋いだ手 -2


 ――どこかでずっと、思っていた。


 “俺は、ここにいていいのだろうか?”




 七歳になる少し前だったか。ある日突然、父の部屋に呼ばれた。

 そこで告げられたのは、「お前は妃の子ではない」。

 自分が、血を継ぐために側室との間にもうけられた子であること、産みの母は既に王宮を出ていること、また、兄は正妃との間に生まれた子だということを知った。


 幼さゆえ、仔細は理解できていなかったかもしれない。ただ、自身が“作られた存在”だということはわかった。

 驚きとか悲しみとか、意外にもそうした感情はなかったように思う。だから家族の中で自分だけ黒髪なんだな、思考の少し遠くのほうで、ふとそれだけ思った。


 厳格で、笑った顔など見たことのない父親は、その日も淡々と必要な話だけをした。

 そして最後に言った。

「お前は、私の子だ。それを忘れるな」


 夏だった。

 ウレノスの夏は、からっとして比較的過ごしやすいはずなのに。晴天にもかかわらず、その日はやけにじっとりと、伸びかけの髪が(まつ)わるように首筋に張りついて(わずら)わしく感じたのを覚えている。



 二か月だけ年上の兄との関係は、その後も変わりなかった。

 兄は兄で、この事実を知らされていたのだろう。だが彼は特に何も言わなかった。

 それまでどおり、二人並んで勉強をし、一緒に剣技の訓練などを受けた。


 同じように練習していたものの、気づけば剣の腕は兄より自分のほうが優っていた。二人でよくやった模擬戦では、いつしか勝つ回数が増えていった。

 兄が下手だったわけではない。だからこそお互い全力で――つい熱が入りすぎたある日、兄を傷つけそうになった。


 あと一手というところで、このままの勢いでぶつかってしまえば、練習用の剣といえど大きな怪我につながるかもしれないと。

 咄嗟に身を引いた瞬間、兄の剣が隙を突いた。そのまま体勢を崩して尻もちをついて、見上げた先に兄がいた。

 めずらしく、目を細くして笑っていた。


「リオ、お前の勝ちだ。手加減しただろう」

「いや、それは……」

「私じゃもう、お前の相手にはならないな。お前には武の才がある」


 兄の瞳は揺らぎなく、自分と同じ年の子どものはずなのに、ずっと大人のように見えた。父みたいだ、と思った。

 太陽の光の角度がちょうど、その顔を何か神聖なものみたいに照らし出していて。

 彼が玉座につく未来が、自然と浮かんだ。


 それから。自分の道もまた、見えたような気がした。

 兄は、教養として武芸を学べど、実際に戦場に出ることはない。王として国を俯瞰し、また血を継ぐ役目があるからだ。

 だったら、戦いは自分がやればいい。才があるというのなら、それを使ってもらえばいい。元より、国のためにと与えられた命なのだから。



 初めて本物の戦場に出たのは、十四歳だった。隣国ガイレアとの戦だ。

 王子が前に出るのは危険だという周囲の反対を押し切って、前線に配置するよう言い通した。今後軍事を背負うというなら、安全な場所で見ているだけでは意味がない。


 その頃には、剣の腕は誰もが認めるほどになっていた。

 とはいえ実践経験はない、いち新人だ。後学のために力のある将の傍らについて、隊を率いる(すべ)を学んだ。

 実際は学んだなどとお行儀の良いものではないが――必死に馬を走らせ、剣を振るううち、戦は終わっていた。



 同じ戦で、兄の側近候補の少年が命を落とした。別の部隊で戦っていたために、詳細は知らない。

 同い年で、自分たちの乳母の息子だった。幼い頃はよく一緒に遊んだし、その後も勉強の合間などによく会っていた。

 気のいいやつで、物静かな兄と、雰囲気は対照的なのに不思議と仲が良かった。


「……私は最奥にいるだけで、何もできないのだな」

 兄の瞳が冷たさを帯びたのは、あの日からだった。


「何もできないなど……。王として、国を導けるのは兄上しかいない。兄上は、必要な人です」

 ――だから。命を張って戦いに出るのは俺だけでいい。


 慰めではなく、心から出た言葉だった。

 父に似て勤勉で、(おご)ることなく冷静に物事を見られる兄こそ、王位に相応しい。


 けれど、一瞬。

 普段あまり感情を表に出さない兄が、いたく傷ついたような顔をした。

 それから彼は一度目を閉じて、ゆっくり開いて、言った。


「そうだな」


 そこには、王がいた。一人の死を個人的に(いた)むより、大局を見て、時には人を駒として扱わねばならない王というものが。


 なぜあのとき、兄があれほどまで悲痛な表情を見せたのか。解ってしまったのは、半分は同じ血を分けた兄弟だからだろうか。

 異なるようでいて、兄と自分の抱えるものは、本質的には同じだ、と思う。



 元より好き好んで伴侶を持つつもりはなかったが、戦を経験してからはその気持ちが一層強まった。いつどうなるか知れぬ身、わざわざ妻子を持つ気にはなれない。


 そもそも、大して興味もなかった。王族という立場上、式典や夜会などの公式行事に出る機会は幼い頃からあったが、派手に着飾った女性たちというのはなんとなく苦手で。

 十五歳で、内々では決まりきっていた兄の婚約者が正式に発表されたときには。その瞬間、一気に矛先が自分に向いたのを感じた。令嬢方や彼女らの両親の視線の数々が、恐怖にさえ思えたほどだ。


 のらりくらりかわしながら、一人の部屋に戻って安堵の溜息を吐く。

 こうしてずっと、身軽なのがちょうどいい。いつ失っても問題ない、本来存在し得なかった生なのだから――。



 “本来ならば、来るはずのなかった場所”。


 国の動乱に巻き込まれて嫁いできた彼女にそう言ったが、それはむしろ、自分のほうなのだ。この世に生まれるはずのない命。


 (うれ)いはないと笑ってみたところで――そこに偽りがあったわけではないが――本当は、根底にはずっと。


 自分はここにいていいのだろうか。わからない。

 だからせめて、この生が意味を持つように。

 何も持たないで、何も望まないで、ただ自分を生んでくれた国のため、竜の血とやらのために、命をかけて。



 それなのに。


 逢えてよかった、と、目の前の少女は言う――。




 過去の記憶、閉じ込めていた感情。

 それらが吹雪のように入り乱れ、一瞬にしてリオレティウスの脳裏を駆け巡る。



 彼にとって、シェリエンのその言葉は、“ここにいていい”と同義だった。




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