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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第一章『天地引き合う機にて』

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幕間:初日の夜のお話



 少々時を(さかのぼ)り、シェリエンがウレノス国に嫁いできた、初日の夜のこと――。



 入浴や寝支度等を済ませたリオレティウスは、自室にて書類を手にしていた。政務のちょっとした確認事項を思い出し、寝る前に見ておくことにしたのだ。

 もう片方の手には水の入ったグラスを持ち、寛いだ様子で書類に軽く目を通す。


 そこへ、不意にノックの音がした。

 彼が許可の返事をすると、ティモンが現れる。


「こんな遅くにどうした」

「侍女から言伝(ことづて)がありまして。……妃殿下の初夜の準備が整ったので、寝室へどうぞと」



 ちょうどグラスを口元へと傾けていたリオレティウスは、伝えられた言葉に思わず咳き込んだ。


「形だけの婚姻と聞いていたが。……行かないとまずいのか」

「……ご結婚されましたら、寝室を共になさるのが通例です。それに妃殿下は、ここに着いたばかりでお一人では心細いでしょう。新婚初夜に夫君が現れないというのも、嫁いできた身としては……」

「あー……、わかったわかった、寝室に行くことは行くが……これを読み終えたらちゃんと行くから、もう下がっていい」



 退室するティモンの背を見送りながら、リオレティウスは短い溜め息を落とす。


 ――結婚後は同じ寝室でと、確かにそんな話があったような……この縁談を受けて、諸々事務的な話を聞いたときだったか。さらっと聞き流してすっかり忘れていた。


 通例だなんだと説いてきたティモンも、なんとも微妙な表情を浮かべていた。妃の年齢を思ってのことだろう。

 政略結婚とあれば、若くして嫁がねばならない場合もあるだろうが、十三歳はさすがに幼すぎる。


 そんなことを考えつつ、眉根を寄せた顔で書類を読み終えると。

 さらに一つ溜め息を吐いてから、彼は自室を後にした。



 リオレティウスが寝室の扉を開けると、ソファーで待っていたらしい少女はそれに気づき、立ち上がった。昼間と同じく、心細そうに身を縮めている。


 近づくと、彼女はぴくりと肩を震わせた。


 隣国から到着した姫を確認し、その存在が毒にも薬にもならないと判断した国王は、「王子の好きにしてよい」と言った。



 ――好きにしていいなどと言われても、こんなもの、一体どうしろと……。


 不安げにこちらを窺う少女を見下ろしながら、思う。


 これだけ(おび)えているということは、初夜については言い含められているのだろう。いや、そうでなくとも知らない男と二人きり、怖くないはずがない。

 “好きにしていい”と言うなら、関係を()いなくてもよいはずだ。……とりあえず、寝るか。


 と、頭の中で考えをまとめたリオレティウスは、すたすたとベッドに歩み寄る。


 そんなこんなで、互いに背を向けて眠りにつき、二人は初日の夜をやり過ごしたのだった。




 朝が来て。目を開いたリオレティウスは、隣で眠る少女の姿に一瞬ひどく驚いた。

 遅れて、そういえば隣国から妻を迎えたのだった、と思い出す。


 彼女は、まだぐっすりと眠っていた。

 寝返りを打ったのか、いつの間にかこちら側に顔を向けている。


 寝転がった体勢のまま片肘をついて、リオレティウスはそのあどけない寝顔をぼうっと眺めた。


 カーテンの隙間から漏れ入る朝日が、薄い光で彼女を照らす。

 伸ばし途中の銀色の髪と、同じ色の繊細な睫毛が、透けるようにキラキラ輝いている。



 ――本当に小さいんだな……。


 広いベッドの上で小じんまりと眠る彼女を、その顔のあたりに自然に投げ出されているか細い指先を、何気なく眺む。


 昨日の昼間、初めて対面したときのことを思い起こしながら。

 顔も小さいので、その中に置かれた丸い両瞳がいっそう大きく見えて、零れ落ちそうだった。彼女自身の震えにあわせて揺れて、うっすら涙に潤んだ、ごく淡い薄緑の瞳。


 同時に、そんな表情をさせてしまっているのは、この状況なんだなと思い至る。

 そこに、望まぬ夫である自分の存在が含まれていることも。



 自室へと戻り、着替えや軽い朝食を取ったりするうちに、ティモンがやってきた。


「おはようございます。昨夜は……よくお眠りになられましたか」

「…………。一応言っておくが、俺は何もしてないからな」


 どことなく心配そうに、気まずそうに訊ねてきたティモンに対し、リオレティウスは片眉を(ひそ)めて応じた。

 王子の返答を聞き、長年の世話役はあからさまにホッとした顔を見せる。


(ことごと)く女性を寄せ付けなかった殿下が奥方を迎えるとなれば、たいそう喜ばしいことと思うのですが。妃殿下のご年齢を思えばなんとも複雑で……」


「ティモン、心の声が全部出ているぞ……まったく、俺をなんだと思っている。これからも、あれに手をつける気はない。寝るときだけは寝室に行くが、その他のことは全てお前に任せる。適当にやってくれ」


 かしこまりました、と首肯して、ティモンは朝の訓練に出て行く王子を見送った。



 それから、ふとしみじみ思いを巡らす。


 ……まあ、普通の夫婦とは違うのかもしれないけれど。


 生涯独りでいることを決めていたらしい彼に、予想外に舞い込んだ縁談。

 全てを失くし、その身一つで隣国へと嫁いできた少女。


 無理に夫婦とならずとも、互いが互いにとって、大切な存在となる日が来るのであれば。(そば)で見守る者としては、これ以上に嬉しいことはない。


 そして願わくば、彼らが結んだ平和が、明るく笑う未来が、いつまでも続くといい。



 出逢ったばかりの若き二人を思いながら、ティモンはこんなことを考えたのだった――。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一章全体への感想として書かせていただきます。 繊細で美しい描写で、たった13才で一人異国に嫁ぐシェリエンの不安や戸惑いがありありと想像されて、物語に引き込まれました。 次第に新しい環境…
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