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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第一章『天地引き合う機にて』

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天と地の狭間にて -2


「着いたぞ」


 穏やかな声とともに、手が差し伸べられる。その大きく骨張った、夫であるリオレティウスの手を取って、シェリエンは馬車を降りた。


 秋も深まった午後の晴れ空は予想外に明るく。馬車内と屋外との明るさの差異に、彼女は思わず(まぶた)を少し閉じる。

 それからそっと顔を上げると、目の前には、淡くくすんだ白壁造りの立派な建物があった。



 ここは、この国で一番大きな書店だ。主に高位の者や、貴重な資料を求める者たちが利用する。

 先日、王子二人の生誕を祝う夜会が開かれた頃、シェリエンもまた十四歳の誕生日を迎えていた。今日ここを訪れたのは、リオレティウスが彼女に贈り物をするためだ。


 何か欲しいものはという彼からの問いに、シェリエンは答えることができなかった。ドレスでも、装飾品でもなんでもと。だが当然ながら、貧しい村娘であった彼女はそんなものを貰ったことがない。


 困り果て閉口していると、なぜかリオレティウスまでもが困り顔になった。


『俺は……苦手なんだ、その、女性が喜びそうなものを考えたりするのは』


 そうした夫の様子にシェリエンは、面倒をかけてはならないと、さらなる戸惑いを深める。


 けれど、小さく眉尻を下げ、その(たくま)しい風貌に似合わず心許なげにする彼を眺むうち。

 二人して途方に暮れているのがおかしくも思え、なんだかふっと気が緩んだ瞬間、思いついた。


『じゃあ、本が欲しいです』



 ここへ来てすぐ、何もすることがない彼女の生活を(おもんぱか)り、ティモンが差し入れてくれた絵本。

 それ以来、シェリエンは本の魅力に引きつけられていた。これを契機として、読み書きを知らなかった彼女は文字を習い、少しずつ自分で読めるようにもなった。


 王宮内には立派な図書室があるが、子ども向けの絵本はあまり多くない。長すぎる余暇の中、彼女はその大部分に既に目を通してしまっていた。

 だから何か贈られるなら本がいいと、また宝石等に比べれば高価ではないだろうと、彼女なりに考えを巡らせたのだ。


 まさか、リオレティウスが直々(じきじき)に時間を割いて、国一番の書店まで連れられることになるとは思わなかったが。



「お待ちしておりました」


 店に入ると、落ち着いた佇まいの女性が二人を出迎えた。眼鏡を掛け、白の混じる濃い茶色の髪を、後頭部の低い位置で丸く纏めている。


 広々とした店内の真ん中に鎮座する大階段を昇って、二人は二階へと案内された。

 白っぽい外観とは異なり、内部は深みのある茶系の木材色で統一されている。壁一面に設けられた書棚は天井に届く高さで、中には貴重そうな本が整然と並ぶ。

 店内に人はそれほど多くなく、粛然とした雰囲気だ。


 二階の奥のほうまで進むと、案内の女性は足を止めた。


「こちらになります」


 示された空間の一角には、幾らかの児童書が置かれていた。低く作られた棚に、表紙が見えるよう平積みされている。

 その上に色鮮やかに描かれた人物や動植物たちが、まるでシェリエンに笑いかけているようで。


 彼女は静かに息を呑み、瞳を輝かせた。けれども一旦(はや)る心を抑え、ちらと隣を窺う。


 リオレティウスは、隣へ柔らかな眼差しを向けていた。そっと向けられた少女の視線と、彼のそれとが合う。

 その微笑を認めて、シェリエンは目の前の書棚に向かった。仄かに染まる頬からは、喜びが滲むよう。



 しかし、手に取った一冊を何頁か捲ってみたところで――彼女は小さく首を傾げた。


「どうした?」

「あの、これ……読めなくて」

「え?」


 彼女から本を受け取ると、リオレティウスはなるほどと言うように頷いた。


「これは、ガイレア語だな」

「あらっ? 申し訳ございません、ガイレアご出身のお姫様と聞いていましたのでてっきり……」


 先からの物静かな様子とは打って変わって、案内の女性が途端に慌て出す。



 故郷で読み書きを知らなかったシェリエンには、母国語であるガイレア語は読めない。嫁いでから王宮で学んでいたのは、この国の言葉であるウレノス語だ。


 今日求めていたのはウレノス語の本だと、リオレティウスが書店の女性に説明する。

 そのやり取りの横で、シェリエンは何気なくあたりに目をやった。――この国にも、ガイレア語の本があるんだ。


 敵国の言葉であれ、外交やその国を知るためには必要だ。だがそれは、いち村娘だった彼女からすれば簡単には思い至らないこと。

 こうして並べられたガイレア語に微かな驚きすら感じながら、シェリエンは本を眺めた。


 と、そのうち一冊が彼女の目にとまる。



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