庭園にて -5
王子二人の母親が異なることも、年齢差が二か月しかないことも、シェリエンには初めて知った事実だ。
輿入れ前に聞いていたのは、結婚相手が第二王子で、彼が十八歳だということだけ。見知らぬ場所へ嫁ぐ不安で一杯だったシェリエンは、自らそれ以上の情報を求めることはしなかった。相手が第二王子だろうが第三王子だろうが、そんなことを気にする余裕はなかった。
言われてみれば、ウレノス王家で黒髪なのはリオレティウスだけだ。それでも祖父母の色を受け継ぐということもある。見た目から兄弟の年齢は近そうだとは思っていたが、二か月差などと考えてもみなかった。
ただ、それよりも。
彼の最後の言葉が、耳に残っている。
――生まれるはずのなかった王子。
その言葉は。
血を継ぐために、生み出された子。しかし正妃の子が誕生したことで、自分は無くとも問題ない存在になった。そう、シェリエンには聞こえた。
王子として生きる一方、本来生まれ得なかった存在でもある。それは一体、どんな思いで――。
シェリエンは声を失っていた。
押し黙って動かない彼女へと、リオレティウスは目を向けた。
「……すまない。何か気を遣わせてしまったか」
ようやく顔を上げたシェリエンの視線が、彼のそれとぶつかる。しかし、返す言葉が見つからない。
彼はうーんと小さく唸り、目線を少し上にやって、何か考えるようにしている。
それから再びシェリエンのほうを向くと、その瞳を真正面から捉えて言った。
「俺は、自分の出生を憂いてはいない」
まるで子どもを諭すような、静かで優しい声。
「ただ王子として、王位を継ぐとか血を残すとかは兄上に任せればいいと思っていただけだ。俺はまあ、そういう役としては必要ないかもしれないが。たまたま武の才が認められて、それを国のために使える。悪くない生き方だ」
そう語る彼の微笑みは、曇りのないものだった。
――こんなふうに、思えるものなのだろうか。
シェリエンは、彼をじっと見つめ返した。
澄み渡った青の瞳が二つ。何も混じるものがない、美しい色。
他とは違う境遇に生まれながら、それを一切憂うことなく、この真っ直ぐな瞳の中に引き受けてしまう。これは、彼の生来の性質なのか。
暫しそんなことを思う。
少女が言葉を受け止めるのを待つかのような空白のあと、リオレティウスは、今度は茶化すように言った。
「一つ弊害といえば、武に励んでばかりで縁談を顧みず、女性に興味がないなんて囁かれたことだな」
シェリエンは、先ほど聞こえてしまった兄弟の会話を思い出す。
「さっき、縁談がたくさんあったって……」
「ああ、でも特に関心はなかったし、俺が子を残す必要もない。一生独り身でいいと思っていたくらいだ」
そう返事をしながら、彼はシェリエンの手に軽く握られたものに視線を止めた。花冠だ。せっかく作ったのに、シェリエン自身もすっかり忘れていた。
手渡すと、彼はそれを慎重に手のひらに乗せた。目の高さまで掲げ、器用だななどと言いつつ、まじまじと見ている。
かと思えば。突然何かに気がついたように、彼は勢いよくシェリエンのほうを振り向いた。
「さっきの話だが、俺は男が好きとかそういうのではないぞ!?」
シェリエンは目を丸くした。……そんなこと、一言も言っていないのに。彼の必死な形相がなんだかおかしい。
――やっぱり、変な人……。
少々困惑しつつも、頷くと。彼はまたふっと笑った。
「縁談に関心がなかったとはいえ、この結婚が不本意ということではないからな。お前といるのは悪くない」
そう言って、彼は花冠をシェリエンの頭にそっと乗せた。
そよ風が頬を掠め、少しくすぐったい。
彼の瞳を見る。柔らかに細まる青は、やはり温かい。
お読みいただきありがとうございます。
次頁はちょっとしたおまけになります!




