型枠工事・債務超過編 〜役員借入金は自己資金か?〜
さまた:はぁ〜。
イノウエ:どうしたの佐又君。
すごく気が乗らない感じがするよ?
さまた:わかります?
これから外訪で泉谷建工に行くんですけどね。
依頼されていた融資断らなくちゃいけなくて。
あそこの経理、社長の奥さんがやってるんですけど凄く怖くて…
融資断ったらきっとお説教受けるだろうなって思ったら憂鬱になっちゃって。
イノウエ:そっか、融資駄目なんだ。
まぁそういうこともあるよね。
俺もそれで怒られたことあるからわかるよ。
力になれないけど頑張ってきてね。
さまた:ありがとうございます。
頑張ってきますので、帰ったら慰めて下さい笑
じゃあ行ってきます。
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さまた:こんにちはー、失礼します。
まい:さまたさん、いらっしゃい。
それで融資どうだったー?
さまた:それが…
まい:えっ、だめだったの?
さまた:はい…
まい:困るわよー。
どうするのよ。
融資してもらわなきゃ外注さんへの支払いや従業員のお給料払えないじゃない!
さまた:はい、理解しています。
でも現状ではどうにもならなくて…
まい:そんな。
どうにかしてもらえないの?
さまた:・・・。
まい:もういいわ。
社長連れてくるから待ってて!
さまた:はい…
心の声:怖い…そして気まずい。
あー、早く終わらないかな。
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すすむ:佐又さん、どうも。
それでどうしたの?
話があるって?
さまた:その件なんですが…
まい:社長、佐又さんが融資駄目だって。
どうする?
すすむ:えー!
駄目なの佐又さん?
さまた:はい、申し訳ありません…
すすむ:今までそんなことなかったじゃないですか。
急にそんなこと言われても困りますよー。
外注さんへの支払いの約束を守らないと、次から仕事してもらえないんですよ。
どうしても必要なお金なんですけどどうにかなりませんか?
さまた:融資させていただきたいのはやまやまなんですが、この前お預かりした決算書の内容ですと難しいです。
せめて次回の決算書を確認させていただいてからでないと。
まい:1年も待ってられるわけないじゃない。
無理なんでしょ?
もういいわ。
さまた:はい…
それでは失礼します。
心の声:前期の決算書がかなりの赤字で債務超過になっちゃったからな。
そうならなければいつも通りできたのに。
融資できないのだって俺のせいじゃなくて、前期の大赤字のせいじゃないか!
俺のせいにしないでほしいよ、まったく。
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まい:ねぇ、どうするの?
すすむ:どうするもこうするも何とかするしかないだろ。
まい:なんとかって言っても何か方法はあるの?
すすむ:他の銀行に融資の相談してみるか?
まい:他の銀行との取引なんてあまりないわよ。
それにメインバンクに断られたのに他の銀行が融資なんてしてくれないわよ。
時間だってあんまりないのに。
すすむ:そうだよなぁ。
請負先に頼んでみるか?
まい:そんなことしたらウチが危ないって思われちゃうわよ。
すすむ:とりあえず他の銀行を当たってみるか。
まい:そうね。
でも困ったわ…
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さまた:もしもし?
営業の佐又ですけど、係長いますか?
…あ、もしもし佐又です。
いま泉谷建工で融資謝絶のこと伝えました。
これから戻りますのでよろしくお願いします。
心の声:ふーっ。
やっと開放された。
戻って井上さんに慰めてもらおうっと。
心の声:…融資の謝絶?
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あおい:ごめんくださーい。
まい:はい。
どちらさまでしょうか?
あおい:突然失礼しました。
私銀行専門の経理担当をしている榎本あおいと申します。
先程、ひょっとしたら融資の件で銀行さんとやりとりされていたかなと思いまして。
まい:え?
えぇ、そうですけど。
どうしてそのことを知っているんですか?
あおい:えーと、偶然知る機会がありまして。
もしも融資を断られたりしたようであれば、何か協力できないかと訪ねきててしまいました。
まい:たしかにさっき融資を断られたばかりですけど…
銀行専門の経理っておっしゃっていましたね?
社長を呼んで来るのでちょっと待っていてくださるかしら。
まい:社長。
この方、榎本あおいさん。
融資に詳しい方みたい。
相談に乗ってもらいましょうよ。
すすむ:あのー。
初対面の方にいきなり無理を言って申し訳ありません。
銀行から融資を受けられないと本当に困ってしまう状況でして。
話だけでも聞いていただけますか?
あおい:大丈夫ですよ。
是非聞かせて下さい。
あなたの融資通します。
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あおい:それでは、銀行さんとのやり取りを教えてくれますか?
まい:はい。
外注さんへの支払いと従業員のお給料のために、銀行には融資をお願いしていたんです。
今まで何度も融資を受けていますけど、断られたことは一度もありませんでした。
金額も今までと同じ金額でした。
なんで今回は融資が駄目なのか聞いたら、決算書の内容が良くなかったみたいで。
債務なんちゃら?…っていう状態みたいなんです。
次の融資は1年後の決算書を見てから検討したいと言われました。
あおい:そうですか。
そうしましたら、決算書を見せていただいてもいいですか?
融資を検討するにあたり、財務状況を確認したいので。
まい:えぇ。
こちらです。
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あおい:…なるほど。
前期の決算は赤字ですね。
それも少し赤字の金額が大きいですね。
まい:そうなんですよ。
今まで会社を続けていてここまでの赤字は初めてで。
すすむ:追加工事が発生したのですが、追加工事分の代金をもらうことができなかったのが原因なんです。
材料代や外注さんへの支払いはありますから、それを払わないわけにもいかず。
結果的にうちがその負担をしたので赤字に。
まあ、大赤字の現場ってやつですね。
あおい:そうでしたか。
それは大変でしたね。
建設業だと金額も大きいですから。
まい:赤字は今までもあったから、融資を断られたのは赤字が原因ではないと思うのですが。
それとも赤字の金額が大きかったから駄目だったのでしょうか?
あおい:それもありますが、それよりももっと大きい問題があります。
債務超過です。
すすむ:さいむちょうか?
あー、佐又さんが言っていたやつか。
あおい:負債が資産を上回る状態のことを指します。
銀行からすると融資をするのは難しくなる状態です。
すすむ:なるほど、それが原因で。
では融資は難しいということでしょうか?
あおい:そんなことないですよ。
先ほどの赤字の工事ですが、赤字部分は社長個人が支払ったんですよね?
まい:そうなんですよ。
あまり銀行からお金を借りるのも嫌ですから社長名義のお金を使用しました。
あおい:経理処理としては、社長の資金を会社に貸した形ですよね?
つまり会社からすると社長から借入した形ですから、役員借入金になっていますよね。
まい:そうです。
確か税理士さんもそのように話をしていました。
あおい:はい、決算書にも反映されていますから間違いはありませんね。
今の状態でしたら融資はなんとかなると思います。
まい、すすむ:本当ですか!?
あおい:はい。
それでは具体的な交渉方法をお伝えします。
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あおい:中小企業の多くは、会社と代表者の資産が明確に分離していないことが多いです。
つまり、会社と代表者の資産等が一緒になっているケースがあるということですね。
まい:うちもそうです。
あおい:今回、社長が会社に貸した役員借入金は、会社が返さないといけませんよね?
すすむ:はい。
あおい:ですが、会社の株式は社長が100%所有しています。
これは会社の資産と社長の資産が明確に分離されていないということです。
役員借入金も最悪返ってこなくても問題無いという見方もできます。
まい:お金は返ってこないと困りますけどね。
あおい:一つの考え方です。
実際に返すか返さないかは一旦置いておいて。
会社の資産と社長の資産が同じになっている訳ですので、役員借入金は実質的には資本金と同じ性質になります。
まい:なるほど。
あおい:よって、役員借入金を自己資本とみなすと、この決算書に計上されている債務超過は解消しますよね?
銀行にはこのように役員借入金を自己資本として判断してもらいます。
すると債務超過は解消され、引続き融資をしてもらえることができます。
銀行は取引先の状況に応じて、決算書を実態面に沿った形で修正をします。
役員借入金を自己資本に修正する(みなす)作業を行ってるはずなので、もしかしたら今回はこの作業をしていない可能性がありますね。
すすむ:あー、そうか。
さまたさん、ちょっとそういう抜けているところあるかもしれないな。
まい:そうね。
ちょっと言ってみましょうよ。
あおい:説明の仕方等レクチャーします。
担当者さんにもう一度訪問してもらい、再度交渉しましょう。
すすむ:なんか、大丈夫そうな気がしてきたな。
まい:まだわからないわよ。
あおい:そうですね。
融資審査が通るまではわかりませんよ。
ただ、今回のケースは問題ないと思っています。
まい:そうと決まれば、早速佐又さんに連絡しましょう。
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いのうえ:佐又くん電話!
泉谷建工の女性の人なんだけど、もしかして?
さまた:マジか…
それ経理している社長の奥さんです。
さっき融資断ったのに今度は何の用だろ。
…もしもし。
佐又です。
えっと、はい。
はい。
わかりました、至急伺います。
いのうえさん、これからまた泉谷建工に行ってくるのでよろしくお願いします。
いのうえ:問題でもあったの?
わかった、気をつけていってらっしゃい。
さまた:そういうわけではないんですけど、とにかくもう一回融資の話がしたいから来て欲しいって。
とりあえず行ってきますね。
心の声:債務超過は融資難しいってば。
また訪問して奥さんに怒られるの嫌だなあ。
もう、他の手段を考えて欲しいよ。
係長が都合良ければ一緒に行ってもらうのに。
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さまた:失礼します。
まい:さまたさん、話を聞いて。
さまた:はあ。
まい:あおいさん、お願いします。
さまた:どちらさまでしょうか。
あおい:榎本あおいと申します。
よろしくお願いします。
さまた:〇☆銀行、外回りをしています佐又と申します。
まい:佐又さん、あおいさんにはうちの決算書を見てもらって全部状況はわかってもらっているから。
さまた:わかりました。
あおい:佐又さん、泉谷建工の直近の決算内容はどうでしたでしょうか?
さまた:ええ。
ちょっと御社にしては赤字が大きかったかなぁという印象です。
それによって債務超過になってしまったため、融資についてはお断りさせていただいた次第です。
心の声:直球の質問で来たな。
この人債務超過なのは理解しているのかな。
あおい:そうですね、たしかに債務超過になっています。
他に何か気づくことはありませんか?
さまた:他と言われましても…
あおい:なるほど。
そうしましたら、今回債務超過になってしまった理由はお聞きになっていますか?
さまた:はい、聞いています。
追加工事が発生したにも関わらず、代金の回収ができなかったと。
あおい:ええ、そうですね。
代金回収できなかった資金をどのように対応したかはわかっていますよね?
さまた:社長が補填されていましたよね。
あおい:はい。
社長の持ち出し分についての経理処理、勘定科目はどうなりましたか?
さまた:確か、役員借入金として処理していたような。
心の声:なんなんだこの質問攻めは。
あおい:ええ。
中小企業の場合、役員借入金はどのように修正していますか?
さまた:企業の実態に合わせて、自己資本とみなします。
あっ。
心の声:…やばい、見落としていた。
修正したら債務超過解消できるかも。
あおい:ちゃんと自己資本に修正したうえで、融資判断されていますよね?
さまた:…すみません。
失念していました。
まい:えー!
そんなことあるの?
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さまた:申し訳ありません。
確認させていただいたところ、修正したら債務超過の状態が解消されます。
あおい:佐又さん、これは失念していたでは済みませんよ。
企業にとって、約束した金額を支払うことはとても大切なことです。
ましてや外注さんへの支払いや従業員へのお給料はとても重要なことです。
信用問題にかかわることはもちろん、その人達の背後にも養う家族がいるんですよ。
そのくらいの気持ちでお仕事はされていますか?
さまた:…誠に申し訳ありません。
あおい:役員借入金を自己資本とみなしたうえで、再度融資を検討いただけますよね?
さまた:はい。
早急に協議いたします。
あおい:支払期日は迫ってきています。
1時間でも早く回答をください。
さまた:戻りましたら直ぐに対応いたします。
あおい:きちんと決算書を把握するのは銀行員として大切なことです。
ましてや担当ですから、誰よりも担当先のことを理解して担当先のために働いてください。
まい:あおいさん…
すすむ:佐又君もこれからきちんと対応してくれれば良いから。
さまた:本当に申し訳ございませんでした。
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あおい:こんにちはー。
まい:あら、あおいさん。
いらっしゃい。
飲み物どうしますか?
あおい:お任せします。
すすむ:あおいさん、先日はどうもありがとうございました。
あおい:そんなことありませんよ。
まい:佐又さん、直ぐに対応してくれて。
あとで上司の人と謝罪に来てくれたの。
それでいつもより早く入金になったわよね。
すすむ:そうそう。
そんなに謝らなくていいっていうくらい謝られちゃって、逆に困ったよ。
まい:でも決算書って大切なんですね。
改めて実感しました。
私たちもきちんと説明をできるようにならないといけませんね。
あおい:その方が銀行との交渉にも役立ちますね。
すすむ:でもあおいさんみたいに話できないよ。
ちょっと怖かったですもん。
まい:こらー。
あおい:はは。
ついつい気持ちが入ってしまいました。
すすむ:でもそのおかげで、外注さんへの支払いと従業員への給料の支払いは問題なくできました。
ありがとうございます。
あおい:外注さんにも家族や同じように従業員さんもいますからね。
すすむ:そうなんですよ。
色んな方の生活がかかっていますからね。
あおいさんに感謝していますよ。
あおい:そんな、感謝だなんて。
なによりも必要な期日までに融資が間に合ってほっとしています。
あなたの融資通しました。