返済ピンチ!町中華編 〜シャチョーのせいじゃないよ〜
○◇銀行営業部、2階融資窓口
備付の固定電話を使い、真剣な表情で電話を試みている人物がいる。
リダイヤル機能を使って呼び出し音を鳴らす。
「現在電話にでることができません。」
という機械音声が聞こえてきたら受話器を置く、の繰り返しだ。
決して遊びや嫌がらせをしているわけではなく、
むしろ優先度としては最優先となっている業務に取り組んでいるにすぎない。
なんとかして、ある人物と連絡を取りたいがために必死になっているのである。
さいとう:社長に何度電話しても出ないなぁ。
先週まではちゃんと出てくれていたのに。
困るなぁ…
返済が2か月も遅れている。
そろそろ信用保証協会に事故報告書を提出しなきゃいけない期限が迫っているのに。
仕方ない。
直接店舗に行ってみるか。
花田さん、ちょっとお客さんのところに出掛けてくるから融資窓口業務頼むね。
はなだ:わかりました。
いってらっしゃい。
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さいとう:こんにちはー。
はせ:はーい、いらっしゃいマセ。
あ、斉藤さん。
さいとう:長谷さん、こんにちは。
いつもお世話になっています。
営業時間中に来てしまってすみません。
王社長は今いらっしゃいますか?
連絡を取ろうとして何度電話しても出ていただけないんですよ。
はせ:シャチョー今日は来てナイヨ。
さいとう:そうですか…
社長と会いましたら私に電話連絡をしていただくように伝えてもらえますか。
はせ:ワカッタ。
どんな用事?
さいとう:まぁ…
とにかく社長とお話したいんです。
あまり時間がないので、至急連絡が欲しいとお伝えください。
はせ:伝えておくヨ。
さいとう:これで連絡もらえればいいけど。
まあ連絡がなければ、信用保証協会の手続きを進めればいいだけか。
信用保証協会の保証が付いているんだから、ウチに損害はない訳だし。
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さいとう:戻りましたー。
はなだ:お帰りなさい。
さっき斉藤さん宛にお客さんが来店して。
もうすぐ帰ってくる頃だと思うって伝えたら、それまで待ってるって。
さいとう:わかった。
誰が来たかわかる?
はなだ:えーと、名前はわからないんですけど。
『福々』の代表をしているって言ってました。
さいとう:マジか!?
すぐに対応するから案内して!
はなだ:わ、わかりました。
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さいとう:王社長、いらっしゃいませ。
来てくれて良かったです。
ちょうど今『福々』に行っていたんですよ。
おう:斉藤さん、電話できなくてスミマセン。
話そう話そうと思っていたんデスが…
さいとう:困りますよ。
返済も遅れていますし。
おう:売上が厳しクテ。
さいとう:売上が厳しくても約束どおり返済してもらいませんと困ります。
月末で3回めの延滞になってしまうのでそれまでに入金お願いします。
おう:そのことで相談したいんですケド。
返済を待ってもらえまセンか?
さいとう:返済を待つといっても売上が厳しいんですよね?
おう:ハイ…厳しい。
さいとう:それじゃあ返済は無理なのではありませんか?
おう:そんなコトない。
なんとか、頑張っているんデス。
営業時間も増やしてマス。
さいとう:頑張ってらっしゃるのはわかりますが。
返済はお約束ですよ。
お約束どおり返済してもらいたいです。
おう:だから相談に来たんデス。
何とかなりまセンか?
さいとう:返済できないようでしたら、残念ながら事務的に手続きを進めていきます。
そうならないように3回目の延滞とならないように入金をお願いします。
おう:ソンナ。
…わかりまシタ。
なんとかしマス。
さいとう:あとはこちらの電話には出ていただくか、折り返しの電話をお願いしますね。
心の声:まあ、ここまで話せば入金してくれるだろう。
入金にならなければ、信用保証協会に手続きを進めよう。
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ハセ:あっ、シャチョー。
さっき、斉藤さんが来てたヨ。
連絡して欲しいっテ。
おう:今銀行に行ってきたとこダヨ。
長谷サンにも話しておかなきゃいけないコトがあるんだけド。
この店も長く保たないカモしれなイ。
ハセ:えっ、シャチョーそれどういうコト?
おう:さっき銀行に行ったのは、返済を待ってもらうためのお願いだったんだヨ。
でも断られちゃっテ。
今月末までになんとか返済しなきゃいけないんだケド、難しそうなんダ。
心の声:もう諦めるしかないのか。
中国教師を辞めて日本に来た。
料理の道へ進むつもりはなかったけど、私の作る料理を喜んでもらっていつか自分の料理店を持つことが夢に変わった。
日本の居酒屋チェーンに就職して、様々なことを学んだ。
夢を叶えてようやくこの『福々』1号店を開店させた。
多くの人にうちの中華を楽しんでもらいたいと多店舗展開したけど、その後は徐々に来店客数も伸び悩んで。
気づけば返済が苦しくなり、約束どおりに返済もできなくなってしまって…
あおい:あのー、すみません。
おう:ハイ、何か追加でご注文デスか?
あおい:そうじゃないんです。
そのー、今の会話が聞こえてしまって。
おう:そうでしたか。
嫌な気分にさせてしまったらごめんなサイ。
味には自信があるからたくさん食べていって下さいネ。
あおい:はい、ここのお店とても美味しいです。
そうじゃなくて会話の内容が気になってしまって。
私、銀行専門の経理担当をしているんです。
申し遅れましたが、榎本あおいと申します。
詳しく内容についてお聞かせいただければ、何かお力になれるかもしれないかなと。
おう:聞いてもらっても返済が厳しいことは変わらないと思いマスが。
あおい:それを何とかするのが私の専門ですから。
それに変わらないと思っていることが、話すことで変わったとしたらラッキーじゃないですか?
まずは話してみませんか?
こんなに美味しい中華料理屋さんですもの。
きっと何か方法はありますよ。
あなたの融資通します。
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あおい:まずは今の状況をお聞かせいただけますか?
おう:ハイ。
最初は、この『福々』1号店を開店するために融資を受けまシタ。
売上が順調だったから融資を受けながら店舗を増やしていっテ。
今では4号店まで拡大していマス。
しばらくは好調だったんですケド。
段々と売上が落ちていっテ…
返済も遅れてる状況でス。
このままでは家賃も従業員の給与も支払えなくて営業できなくなってしマウ。
あおい:…かなり深刻ですね。
銀行さんには支払いの猶予を依頼しましたか?
おう:それをさっきお願いにいったんですケド、とにかく返済してくれと断られてしまっテ。
月末には3回延滞になるから、それまでに入金してくれ卜。
あおい:そうでしたか。
銀行さんは現在の事情をわかってくれていますよね?
お店を出したときから融資をしているんだから。
おう:そうだと思いマス。
でも話も聞いてもらえナイ。
返済遅れてる私が悪イ。
やっぱりどうにもならナイ。
…おわりダ。
あおい:王さんのせいじゃないですよ。
大丈夫です。
何とかしましょう。
おう:この状況でなんとかなりマスか?
あおい:それを何とかするのが私の仕事と、さっき言ったばかりですからね。
まずは何が原因で今の状況になっているのかを正確に把握しないと。
おう:助けてくだサイ。
あおい:はい、一緒に考えましょう。
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あおい:借入金は現在4口あります。
4口とも2回分ずつ返済に遅れがありますね。
また、4口とも信用保証協会の保証がついています。
信用保証協会の保証が付いている融資は2回返済が遅れると、信用保証協会に事故報告書を提出し、なぜ遅れていて今どういう状況になっているかということを金融機関が説明します。
銀行内部ではこういう事務手続きを既に進めているというわけです。
さらに回収の見込みがないまま3回目の延滞になった場合は次の手続きを進めていくことになります。
おう:ハイ。
銀行の担当者から聞きまシタ。
あおい:まあ、それは事務的な話ですが。
大切なことは、返済をするという意思があるかということです。
おう:借りたお金は返すつもりデス。
借りたもの返ス。
当たり前のコトです。
あおい:でしたら、先ずは返済を猶予してもらう手続きをして資金繰りを改善させましょう。
おう:それさっき無理言われましたヨ。
あおい:形式的な銀行員はそう言うでしょうね。
借入金の返済には、「元金」と「利息」が含まれています。
「利息」の猶予は待ってもらえませんが、「元金」の猶予はできます。
信用保証協会の保証を受けていて、今まで一度もその手続をしたことがないのであればほぼ確実に猶予してもらえます。
おう:エっ。
あおい:つまり、「元金」の返済を猶予し、「利息」だけの返済に変更してもらいます。
契約した時点の返済方法を変更してもらうことを条件変更といいます。
今回は、利息のみの支払いに返済方法を変更する手続きを依頼します。
おう:そんなことできるのデスか!
あおい:できます。
断言します。
おう:利息だけなら払えマス!
あおい:ただし、元金のみの支払いにしても一時的な猶予に過ぎないため、その間に業況を改善させる必要があります。
もう少し踏み込んで考えていきましょう。
各お店の売上や試算表を確認させてください。
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あおい:まずはじめに厳しいことをお伝えします。
現状の4店舗運営を続けていいくことは難しいでしょう。
店舗毎の収支を確認したところ、とりあえずは2店舗の閉店をしましょう。
3号店と4号店については毎月赤字計上となっています。
資金に余力があるうちであれば改善方法を探す時間はあったとは思いますが。
現状は時間もお金も不足している深刻な状況です。
黒字計上ができている1号店と収支がトントンくらいの2号店を残せば、不要な家賃等の経費をかなり削減できるはずです。
おう:大切なお店が守れて、ナントカなる可能性があるのならそうしマス。
あおい:はい。
次はどのように返済していくのか、具体的な計画書を作成しましょう。
口だけでただ返済すると言っても銀行は中々取り合ってくれませんから。
おう:ンー、そういうのは苦手。
だからこんなコトになってるんだケド…
あおい:お手伝いしますよ。
大丈夫。
難しく考えずにこのようにして返済していきますよという書類を作成すれば良いのです。
一つずつ確認していくので、王さんはそれに答えていって下さい。
おう:それくらいだったらできマス!
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あおい:その調子です。
4店舗から2店舗閉鎖することでかなりの赤字分は削減できますね。
もちろん売上は下がりますが、不要になる経費も大きいですから。
更にメニューの見直し等で売上減少分をカバーしていきます。
こうやって数字で見える化していく作業をすることで、これからの予想が立てられるようになるんです。
あとは、飲食店の専門家に定期的にアドバイスをもらうとか。
とにかく銀行に返済する意思、やる気を伝えるかが重要です。
銀行にも外部の機関と連携した支援メニューも用意されています。
おう:そんなこと初めて聞きましたヨ。
あおい:そうですよね。
銀行は融資するだけしてあとは返済してくれって、それだけではひどい扱いですよね。
王さんはやる気もありますし、なにより料理もおいしいですから。
きっと建て直せると思いますよ。
おう:そういうことを言ってくれる人が今まで居なクテ…
ありがとうございマス!
あおい:さあ、大変なのはこれからですよ。
銀行に提出する書類を作ってしまいましょう。
王さん、ひとつだけお願いがあります。
おう:なんでスカ?
あおい:自分を責めないでください。
私からのお願いです。
おう:…わかりまシタ。
あおい:さあ、がんばりますよ!
おう:ハイ!!
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おう:こんにちワ。
さいとう:いらっしゃいませ。
返済はどうなりましたでしょうか?
心の声:わざわざ来店したということは返済分の確保ができたのかな?
いや、「やっぱり難しいからどうにかしてくれ。」だよなぁ。
信用保証協会の手続きを進めるのも面倒だし。
どちらにしても面倒だなぁ。
おう:そのコトで相談がありマス。
今日は経理の者と来たので説明させマス。
あおい:『福々』の経理を現在担当している榎本あおいと申します。
さいとう:経理の方、、、ですか。
心の声:経理なんていなかっただろ。
コンサルでも雇ったのかな?
そんな資金無いはずだけど。
あおい:今月末に入金をしないと融資が3回延滞になってしまいます。
申し訳ありませんがそれまでに入金の目処もたっていません。
体制を整えて資金繰りを改善したいと思っているので、条件変更を依頼したいと思います。
経営改善を行った上で、従前通りの返済を行えるようご協力いただきたい。
経営改善計画書も作成して改善見込みについても十分改善可能と判断しています。
元金据置、利払いでの変更をお願いします。
さいとう:なるほど、条件変更ですか。
心の声:この人融資の内情に詳しいな。
確かに元金据置だったら対応でるかな。
ただ、条件変更するにも費用は掛かるし、その費用を確保できるか確認しよう。
ここまできたら条件変更よりも予定通り手続きを進めて融資金を信用保証協会から全額回収できた方が良い。
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さいとう:条件変更と言いましても、現在2回分の返済が遅れていますよね?
あおい:その2回分の返済についても利払いの条件変更にて対応をお願いします。
さいとう:ですが、諸費用は用意できるのですか?
条件変更手続きを行うにしても費用が掛かるんですよ。
あおい:正確な金額は把握しておりませんが。
おおよその金額は延滞分の利息及び条件変更費用を用意してあります。
さいとう:まだ、条件変更に応じるとは言っていませんよ?
あおい:信用保証協会さんには事前に相談はしてあります。
返済の意思があり、条件変更費用を確保できれば応じることができると回答をいただきました。
さいとう:それは…
あおい:また、専門家のアドバイスを受けながら改善を図っていきます。
こちらについても自治体のサポートメニューを利用して無料で利用できますので。
このように考えていますが、まだ条件変更に応じられないとでもおっしゃるんですか?
さいとう:いえ。
そこまでお考えであれば条件変更手続きに移らせていただきます。
あおい:斉藤さん、事務手続きとしてあなたの対応に間違いはありません。
また、事実2回分遅れているこちらにも非があります。
ですが、私たちの置かれている苦しい立場を理解できますか?
返したくても返すことができない苦しさ。
連絡したくても連絡できない状況。
いたずらに時間は過ぎていくものです。
もっと事業者に寄り添ってくれてもいいのではありませんか。
一緒に現状を改善する方法を考えてくれても良くありませんか?
融資を出して、ただそれを回収して終わりで良いのですか?
さいとう:…おっしゃるとおりです。
あおい:お願いです。
単に条件変更に応じるだけではなくて、経営が良くなる方法を一緒に考えてください。
さいとう:かしこまりました。
専門家や外部と連携して業況が改善されるよう努めます。
おう:よろしくお願いします。
〇☆銀行さんのお力をお貸しください!
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あおい:こんにちはー。
おう:いらっしゃいマセ。
只今満席でして、少々お待ち頂けマスか?
あっ、あおいサン。
あおい:すごい、ランチ満席ですね。
おう:お待たせしてしまってすみまセン。
あおい:いいんですよ、繁盛している方が嬉しいですから。
みんな麻婆豆腐食べてる!
人気商品になって良かったですね。
おう:あおいさんのアドバイスのおかげデス。
石焼の器を使ってみたら人気がでましテ。
今では看板メニューの『石焼き麻婆豆腐』
あおい:美味しさが多くの人に伝わって良かったですね。
おう:あの後、斉藤さんが良くしてくれテ。
飲食業専門のコンサルタントも紹介してもらいまシタ。
メニューを見直ししたのも大きかったデス。
あおい:4店舗のうち、2店舗も閉鎖してしまいましたが大丈夫でしたか?
おう:売上は減少しましたが、元々不採算でしたのデ。
店舗を閉鎖することで、資金繰りはかなり改善されましたヨ。
あおい:それはよかったです。
おう:あおいさんが、あの時に経営改善のことまで伝えてくれたからデス。
銀行さんもこういった支援をしてくれるんですネ。
あおい:そうなんですよ。
むしろ、お金を融資して終わりではなくて、売上や利益を増やすお手伝いをすることが大切だと私は考えています。
おう:銀行さんがそこまでしてくれると頼りになりますネ。
私のように数字関係に弱い経営者は多いでしょうカラ。
あおい:正しく付き合えると銀行も良いところですよ、銀行員さんもね。
おう:正直あおいさんに会ってなかったラ、今生きていたかどうかわかりまセン…
あおい:そんな縁起でもないことを言わないでくださいよ。
おう:本当ですヨ。
命の恩人でス。
あおい:大げさですってば。
でも、王さんに笑顔が戻って本当に良かった。
あなたの融資通しました。