~side ジークリード~
閉ざされた門に向かい飛び込むように姿を消したルナティアを見送ると同時に、
『大丈夫、僕に任せて』
と、言う妖精の声が聞こえた気がして、辺りを見まわしたが、何も感じなかった。
きっとルナティアについて行ったのだろうと思いながら、俺は学園の門柱に寄りかかり、ずるずるとその場にへたり込んだ。
「…情けないな…。」
思わず呟く。
ただ、学園までの道のりを護衛するだけなんて…。出来るなら、最後まで一緒に行きたかったのに。
「はぁ…。」
思わず、ため息を吐きながら、天を仰ぐ。
陛下は、『教皇と学首のみが待つ』と言っていた。そして俺は、そこに辿り着くための呪文を教わった。その呪文を学園の門の前で唱えれば、道が開ける、と。
呪文を唱えて道が開ければ、ついて行くつもりだった。
だが、実際はどうだ。俺には何も見えないし、何も感じなかったのに、ルナティアには『道』が見えていたのだ。そう思うと、少しゾッとした。
ルナティアは教皇と学首に連れられ、いずれ遠くに行ってしまうのではないか、という不安に駆られてしまう。
頭をぶんぶんと振りながら、
「…ダメだ、こんな思考は…。いずれ一国を治める身として、公平に、広い視野を持たなければ…。それに、今は星が集い始めている不穏な時期、いくら直系の王家だとしてもラソ教の協力は必要なのだから…。」
そう、自分に言い聞かせ、別の、何か明るくなる思考は無いかと考えてみる。
「そう言えば…。」
先日、護衛騎士の役目を拝命した時に、陛下は気になることを言っていたな。
―俺が7歳の頃、『秘密の庭園』を通って、あの部屋にルナティアが行った―
それは丁度、秘密の庭園で二色薔薇にキスをしていた妖精を見た頃、だ。
「あれは、やっぱりルナティアだったのか…。」
もしかしたら、と考えたことは何度かあった。
だが、白銀色の髪と二色薔薇と同じ色のドレスを着ていた、という事しか分からない少女。ちゃんと顔も見えていなかったのだから、確信など無かった。
初めて、ルナティアと面と向かって挨拶を交わしたのは、俺が12歳の時だ。
会うまでは、例えレグルスの妹だとしても、自分を取り巻く“女”を感じる女性と、なんら違いはないだろうと思っていたのに。レグルスの言う通り、本当に彼女は違っていた。
髪色は、日の光の具合によって髪色が白銀色に見えたり、プラチナブロンドに見えたりするな…、と思った。そして何より、最初から嫌悪感が全くなかったことも不思議だった。
一番の違いは…俺に全く興味が無い。
それどころか、乗馬や剣術などの訓練の方に興味がある女の子だった。もちろん、一般的な令嬢はそんなものを好まない。嗜みとして乗馬を習う者はいるが、流石に厩まで来たりはしない。厩が「動物臭い」からだ。
だが、彼女は、厩に来て、馬たちに笑顔で話しかけていた。
「あの時、思ったんだ…もし、妖精の少女が本当に居たらな、彼女のようであってほしい、と。…まさか、本当に彼女だったとは思わなかったけど。…父上も人が悪い。」
そう呟きながらくすりと笑った。
ルナティアのことを考えると、胸が温かくなる。
ルナティアの笑顔を見ると、嬉しくなる。
自然と顔が笑顔になるのを感じながら、ふと、あの日の恐怖までも思い出していた。
あの日、ルナティアの魔力を封じられたときのことを―。
「そう言えば…あの時は生きた心地がしなかったな…。」
魔力を封じられたルナティアが、二度と目覚めないかも知れないと思った時、身体が勝手に動いていた。
例え、学園規定違反だとしても、ルナティアの顔を見ずには居られなかった。
禁忌だとしても、王家秘伝の魔法を使わずには居られなかった。
あの時の居ても立っても居られなかった気持ちは、今なら分かる。
「…俺は…ルナティアが『好き』なんだな…。」
妹のように大切にしてきたつもりだった。
だが、妹姫とルナティアでは同じ大切でも質が違う。
リリアージュに好いた男が出来て紹介をされたら…相手の男の調査はするが、問題がなければ心から祝福する。だが、ルナティアだったら…心から祝福なんて出来ないだろう、と思う。…多分。
…正直、幼い頃から度々襲われ続けたことによる“女”への恐怖心から、俺が女性を愛するなんて絶対ありえない、誰かと心を通わせるなんて叶わないことだと思っていた。だけど、ルナティアなら…。
陛下に言えば、間違いなく喜んでリストランド卿に婚約の打診をするだろう。でも、俺は形だけの婚約は要らない。父上、母上のように、ちゃんと心を通わせたい。そのためには、ルナティアにこの気持ちを伝えなければならないのだが…。
「どう言えばいいのか、分からない…。」
我ながらヘタレだと思う。もし、気持ちを伝えて、ルナティアに拒絶されたら…?この今の関係を壊すくらいなら、このままの方が…、などと考えてしまう。
父も母も相談には向かないだろう。当然、妹大好きのレグルスも、だ。オリガルとカートリスは…いや、あいつらもダメだろう。間違いなく、余計なことをしそうだ。特にオリガルは…。
そこまで考えて、我に返る。
「…何を考えているんだ、俺は…。まずはルナティアの無事を願わないと…。」
そう、どんなに焦がれても、相手が戻らなければ意味がない。それでなくても、ラソ教のツートップがルナティアを気に掛けている、ということは確かなのだ。
改めて天を仰ぐ。
今日も雲一つない良い天気だ。とても星が不穏な動きをしているなんて信じられないくらいに。
そして俺は、学園の門柱から身を離し立ち上がり、閉ざされた門に向き合った。
ただ、彼女が無事に戻って来てくれることだけを願い、そっと目を閉じた。