専属の侍女
そのころ、辺境伯の屋敷では…。
トーマスとルティアが王城に向かった後、トーマスを除く、領内の主要の人物が集まり話し合いをしていた。
主要人物とは、女主人のデメーテル、辺境伯警備隊隊長のジニー、執事長のジュード、侍女長のアン、領内の孤児施設長のセリムの5人だ。
本来であれば、家主のトーマスも交えて6人で話し合うことなのだが、ルナティアが戻ってくるまでに準備をしなければならない、これから先の事について話し合っていた。
今回の王都への報告によって、ルナティアが『魔力封じ』をされることは分かっている。
魔力を封じられた子供は、悪者に狙われやすいため、『魔力封じ』をしたことを秘密にしておかなければならない。もちろん、リストランド邸で働く者に対しても、緘口令を引く必要がある。
リストランド領内でも100年以上前に『魔力封じ』を行った子供がいた。その子供は『魔力封じ』を行ったことが領内のみならず、隣の国ウーラノスにまで広まってしまい、ウーラノスの貴族に攫われてしまった。
当時のウーラノスは、建国間もなく、自治は今以上に荒れていた。そんな中、ウーラノス建国に不満を持つ貴族が、『魔力封じ』を行うほどの魔力を持つ子供を攫い、洗脳し、自分の兵器として使おうと考えていたのだ。
幸いにも、攫われた子供は、早い段階で救出されたため大事には至らなかったが、攫った貴族は、リストランドの報復を受け、没落した。
ウーラノスとしても、反乱分子の貴族であったため、他国のリストランド家が攻め入っても一切の手出しも制裁も行わなかったという。
こういったことは、他の領内でも多発していたので、先代の王、アレンの父王の時代に、『魔力封じ』を行った子供は、王城預かりとして身の安全を保障する、と決めたのだった。
しかし、トーマスは「連れて帰る」と言った。
もちろん屋敷中の者が連れて帰ってきてくれることを望んでいる…が、本当に連れて帰ってこられるのか、連れて帰ってこられたとしても、ルナティナに降りかかる危険をどのように排除するのか、などの事態を考え、どんな時も一緒に行動することができる、専属侍女について話し合っていたのだ。
リストランド邸で仕事をしている者は、全員が戦える。もちろん侍女も、だ。
当然、ルナティアの専属になる侍女も、戦えることが最低条件になるのだが…。
実は既に、ルナティアの専属侍女候補として、領内の孤児施設で育てられている少女がいた。
ルナティナより4歳年上のライラという名の少女だ。彼女のことは、トーマスを含む主要人物6名は周知の事実で、ルナティアが7歳になった時に専属侍女として側に置く予定だった。
しかし、今回の事件で専属侍女を2年も早くつけなければならなくなり、果たしてライラをルナティア専用侍女としておいて大丈夫なのか、などの確認を行っていた。
幸い、ライラは戦闘訓練を受け始めて2年経過している。護衛は恐らく問題ないと、セリムが言う。しかし、如何せん実戦経験がない。急ぎ、『最終試験』、つまり実戦を済ませなければならないのだが、トーマス達が帰ってくるまで、あまり日がない。
間に合うのかどうか、と思案している大人たちを横目に、ライラは、あっさりと最終試験を済ませ、早々にリストランド邸に移り住み、出来る限りの侍女教育を受けながら、トーマスとルナティアが帰ってくるのを心待ちにしていた。
ライラがリストランド邸に移り住み、侍女教育を始めてからしばらくして、トーマスとルナティアが帰ってきた。
帰りの馬車の中でルナティアは、『領内から10歳までは出ていけない理由』と『今後、専属の侍女がつく』ことを聞かされていた。今までひとりで自由気ままに駆けずり回っていたのに、『専属』がついたら自由にできないのでは?『専属侍女』が厳しかったらどうしよう…、などと悶々と悩んでいるうちに、家についてしまった。
ルナティアが馬車から降りると、デメーテルとレグルスが駆け寄って抱きしめてくれた。
「本当に無事に帰ってこられてよかったわ。…もしかして『王城預かり』になってしまったら、年に数回しか会えなくなってしまうもの。お父様から「大丈夫」と言われたけれど、やっぱり貴女をみるまでは不安だったのよ?」
「ただいま、かあさま、にいさま。」
「ルナ、どこも痛くはないかい?ケガとかもしていない?」
「うん、にいさま、だいじょうぶ。」
執事のジュードと侍女長のアンを筆頭に、屋敷中の使用人が笑顔でルナティアを迎えてくれた。
その中に、今まで会ったことが無い自分より少し年上の赤い髪の少女がいることに気づいたルナティアは、
「…もしかして、あなたがわたしの『せんぞく』のひと?」
と声をかけた。
トーマスがライラの隣に立ち、
「そうだよ、彼女はライラだ。今日からルナの専属でルナのお世話をしたり守ってくれたりする人だよ。…さぁライラ、彼女が私の天使、ルナティアだ。宜しく頼む。」
ライラは、嬉しそうな顔をしているトーマスを見上げた後、ルナティアに向かって真顔で頭を下げた。
「初めまして、ルナティアお嬢様。ライラと申します。」
ルナティアは、ライラが頭を下げているところに近寄り、下からライラの顔を覗き込んだ。覗き込まれたライラは驚き、思わず後退ってしまった。その様子を見て笑いながら
「うふふ、よかったぁ~。やさしそうなひとで。…えっと、ライラ?こちらこそよろしくおねがいします。」
ぺこりと頭を下げた。
(か、可愛い…)
ポーカーフェイスを心がけていたライラだったが、『あの日』みた、無邪気で真っ直ぐな笑顔のルナティアに一瞬でノックアウトされてしまった。もう、赤面が止まらない。
「でも、わたし、まもられるだけじゃいなやの。だから、わたしもたたかう。ねぇ、ライラもたたかえる?それなら、わたしにもたたかいかた、おしえて?」
必死に心と顔を落ち着かせようとしていたところに、思いもよらない言葉を返されて、固まったライラに、
「…ごめんな、ライラ。私の天使は、天使だけどお転婆で負けず嫌いなんだ…呆れずに守ってやってほしい。可能なら、護身術を教えてあげてもらえると助かる。」
と、苦笑いでトーマスが言うと、正気に返ったライラは笑顔で答えた。
「はい、トーマス様のご期待に沿えるよう、頑張ります。…ルナティア様、宜しくお願いいたします。」
こうして、ルナティアの専属侍女兼護衛兼護身術の先生として、ライラがリストランド邸の一員となったのだった。