依頼
その日の夜、ライラが部屋下がりをした後、ルナティアはシエルを呼んだ。
最近のシエルは、人型になれるようになったこともあり、いつもルナティアの傍に居るわけではなくなっていた。ただ、ルナティアが呼ぶと何処からともなく、すぐに表れてくれるのだ。
「ルナティア、呼んだ?」
そう言ってルナティアの目の前に急に現れたのは、人型のシエルだった。
「え?…いつの間に、目の前に来たの?」
急に現れた大人の見目麗しい男性の姿をしたシエルに驚き、身を少し引いて確認をする。
「いつの間に…って、ボクひとりだけなら瞬間移動出来るよ。」
「そうなの?凄いのね。…なんかシエルってどんどん強くなるわね。」
「そりゃあ、ルナティアが強くなればなるほどボクだって強くなるよ。」
「…じゃあ、私も強くなっているってこと?」
「うん。…前に授業を除いていたけど、学園じゃ一定以上の魔法って使わせないみたいだから、一定以上の魔法が使えるようになっているか、が分かりにくいんだけど…ルナティアの場合、魔法書に出てくる呪文が、年齢に合ったものじゃないでしょう?確か、上級魔法も出てたよね?」
「…う、うん。」
「魔法科に入る前に、上級魔法を使えるなんて、普通じゃないんだからね。」
何故かシエルが自慢げに胸を張っている。…つまり、それくらい凄いんだ、と伝えたいのだろうと思うと、つい笑ってしまった。
「もう、ルナティアって、ホント、のんびり屋だよね~。凄い事なのに威張らないし目立とうともしないし。もっと自慢してもいいのに…。」
笑っているルナティアに、シエルはブツブツと文句を言っている。
「目立ちたいわけじゃないから良いのよ。それにしても、シエル、人型になれるようになってから、本当に色んなこと覚えてくるよね。さっきの上級魔法がいつ頃から使えるのか、ってこともそうだけど。」
「うん、折角だし、ヒトの読むものも読んでおこうと思って。もしかしたらルナティアの役に立つかも知れないでしょ?」
嬉しそうに笑顔でシエルが言う。
(…なんか、大型犬みたい。振っているしっぽが見える気がする)
そんなことを想いながら、シエルの頭を撫で撫でする。撫でられたシエルは、もっとと言わんばかりに頭を突き出してくるので、満足するまで撫でてあげようと思い撫でていると、その途中で、最初に呼んだ理由を思い出し、撫でる手を止めた。
「…ルナティア?」
急に止められたご褒美を不思議に思い、顔を覗き込みながらシエルが声をかけた。
「そうだわ、忘れるところだった…。ねぇ、シエル、『伝説の乙女』が命を落とさない方法、知らない?」
「『伝説の乙女』が命を落とさない方法?」
「そう、過去に宵闇の乙女に選ばれた女性は命を落としてしまっているから…。多分、魔力枯渇じゃないかと思うんだけど、それを防ぐ方法が無いかな、と思って。」
「残念だけど…ボクは知らない。ごめん。…それって今すぐ必要な話?」
「ううん、今すぐってわけじゃないと思うけど…。」
「そっか、それなら取り敢えず調べてみるよ。…王城の書庫とか入り込めば手がかりあるかも知れないしね。」
「え?…ちょっと待って、王城の書庫なんてどうやって入る―あっ。」
ふっふっふっ…と笑いながらシエルが答える。
「ボク、妖精だから。妖精を防御する結界とか張られていると入れないけど、魔物避けの結界程度なら入れるよ。入っちゃえばこっちのものだし。勿論、バレるようなことはしないから、ボクに任せてよ。」
ウィンクするシエルに、
「…わかった、お願いするね。でも、絶対、危険な事はしないでね。確かに知りたい情報だけど、シエルを傷つけてまで得たい情報ってわけじゃないから…ね、約束して?」
ルナティアは、心配そうに人型シエルを下から見上げる。
上目遣いで見上げるルナティアの潤んだ瞳にドキドキしながら、シエルはコクコクと頷き、少し頬を赤らめながら部屋を去って行った。
去るシエルを見送りながらルナティアは、両手を組みながら、
「…難しいお願い、しちゃったのかも…。シエル、どうか無事に戻ってきて…。」
と、満天の星空に祈っていた。
その翌日は早速、リリーの所作や言葉遣いを注意するアンの声が響いていたが、それ以外は特に何も変わりなく1日が過ぎた。
そして、更に翌日、ルナティアはデメーテル、レグルスとライラと共に、王城に向かうため、リストランド邸を後にした。
出がけに、リリーも「自分も行きたい」と騒いでいたが…礼儀作法もままならない状態で連れて行くことは出来ない、とデメーテルに威圧を掛けられ大人しく宅で留守番することになった。
王城に向かう馬車の中で、おもむろにデメーテルが話し始めた。
「ところで…ルナティア。貴女が襲われた件だけど…理由がまだ分からないとはいえ、想定されることは限られているわ。ひとつは、純粋に貴女に懸想している、もしくは懸想している者に操られていたか。もうひとつは…。」
黙って耳を傾ける2人の子供の顔をじっと見つめた後、
「…ルナティアの秘密を知っているか。」
「そんなはずはありませんっ!」
レグルスが声を荒げ、その後声を震わせながら呟いた。
「もし、そうなら…僕達が信頼している者が…ばらした、ということになるではないですか。」
「…因みにですが、秘密を知っている者は、魔力測定の場に居た、ジャンとライラ以外にも居るのですか?」
デメーテルは、意思を読み取ることの出来ない視線をレグルスに向けながら冷静に問いかけた。
「…ジークリード…殿下、です。」
「他には?」
「いません。カートリスにもオレガノにも、他には話していません。」
「そう…ルナティア、貴女は?」
「私も誰にも話していません。友人のジュリア様にもカエラ様にも。勿論、グレシャ様にも。」
「リストランド家以外に知っているのは殿下のみ、ってことね。殿下には何について話したの?」
問い詰められると、言いにくそうにレグルスが答えた。
「…透明な魔力についてと特級魔法書、魔法付与ができること、です。」
流石のデメーテルも、驚きを隠せず、絶句しや後、珍しく激高して一気にまくし立てた。
「…全部じゃないのっ!!…レグルス、貴方の人を見る目を疑っている訳ではないけれど、殿下は友人であると同時に、いずれこの国の王になられる方なのよ?!国家のために、ルナティアを利用するかもしれないとは考えなかったのですか?!」
レグルスもルナティアも黙っている。
「レグルスっ!!」
無言のレグルスにしびれを切らしたデメーテルが更に名を呼んだ。
顔を上げたレグルスは、視線をデメーテルから反らさずにはっきりと答えた。
「あいつがルナを利用するなんて…思っていません。」
「…どうして、そう思うの?」
「これでも初めて会った10歳の時から7年間、僕はずっとジークを見てきました。友人として、そして将来を捧げる相手であるか否かも含め、信頼できる男だと思っています。それに、あいつは…。」
言葉を止めて、ルナティアを覗き見る。
―ハッキリ言われたわけじゃない、けど…多分、ジークは…―
「レグルス?」
デメーテルの声に我に返ったレグルスは、
「とにかく、ジークは大丈夫です。それに、我が家の信頼を削ぐことがどれほどのデメリットかは分かるはずです。」
「…そう、ね。我が家に視察に来た時の態度からも、次世代は頼もしい、と思わせてくれる方だったもの…貴方の慧眼を信じましょう。」
「ありがとうございます。」
「となると…懸想の線が濃そうだけれど…こればかりはファケレ国のあの子が正気に戻るまでは分からないわね。それと、あの人宛に教皇様からお手紙が来ていたの。『もう一度、秘密裏に貴女の魔力測定をさせていただきたい』と。」
「…え?私の?」
「ええ。秘密裏に、ということだから、どうやるのか分からないのだけど…教会に行けば誰かには知られちゃうでしょうし…。とにかく、この夏季休暇中に、何らかの形でもう一度魔力測定を行うことになるわ。一応、心しておきなさいね。」
デメーテルの言葉に、レグルスと顔を見合わせたルナティアは、「はい」と返事を返した。
そうこうしているうちに、馬車は無事王城に着き、ルナティアはデメーテルと一緒に、レグルスはキュリオに連れられそれぞれの目的の場所へと向かって行った。