凶報②と来訪者
リリーの了承を得た後、ジークリードは話を続ける。
「それでは、もう一つの話だ。これはレグもオリガルもまだ知らない話で、俺も昨日、陛下から聞いたばかりの話だ。今日、お前たちに話すことは許可を得ている。……『星が7つ並ぶ』可能性が高いそうだ。」
「「「えっ?!」」」
リリー以外の3人が声をあげる。7つ並ぶことがイマイチ理解できていないのだろう、リリーだけは3人の驚く声に驚いていた。
「ちょっとまて、ジーク。星が並ぶのは凶事じゃないか?それも7つだって?…まさかと思うが…属性星ではないだろうな?」
急に立ち上がったオリガルが声を荒げる。
属性星とは、火属性を司る赤い星、雷属性を司る黄色い星、水属性を司る青い星、風属性を司る緑の星、土属性を司る伽羅の星、そして闇属性を司る紫の星と光属性を司る白銀の星、7つの星を言うのだ。
これらの星が3つ程度並ぶことは良くあることなのだが、紫星と白銀星が見える位置に現れることはほとんどないため、このいずれかが目視できるようになる、つまり6つ以上が並ぶことが見られると凶事が起こるとされている。そしてそれは、学園での授業でも習っていることだ。
「…そうだ。」
辛そうに答えるジークリードの返事に頭を抱え、「嘘だろ…」と呟きながらオリガルはソファーに倒れこむように座った。
「2年ほど前から、星の乱れが見受けられ、兆候はあったらしい。少し前に、紫星と白銀星を除く5つの星が並んでいることは確認されていたんだが…最近になって、白銀の星が見えたり見えなかったりしているようで…。」
「紫の星は?」
「まだ確認は出来ていない。だが、これほど星が並ぶことは今まで無かったことだ。属性星が5つ、紫星と白銀星を除いて並んだという記録は、500年くらい前、丁度この国が今のクレオチア大国という名になったころの話だ。…7つ並ぶのは…。…伝説の、乙女の頃だ。」
苦々しく呟くジークリードの言葉に、一同は言葉を失った。
歴史学で学ぶ、建国の話でもある。
初代乙女は、この世界を作った絶対神ソールの妻、クラール様とステイラ様だ。
2代目の乙女については残念ながら史実に残って居ない。
現在、「二人の乙女」という話で伝えられているのは、3代目の乙女達だ。約1000年前の話だと言い伝えられている話だ。
「…空が割れるのか?」
オリガルが聞く。
「分からない。そもそも、7つ並ぶと決まっている訳ではないしな。」
ジークリードが答えると、
「だが、そう考えているのだろう?!国も、学者たちも、教皇も。…あれから約1000年経つことは、王家なら…いや、クレオチアとセイグリットなら知っていることじゃないか!」
珍しくオリガルが声を荒げる。
オリガルの言う通り、初代の乙女の後に作られた国がフトゥールム(現在のクレオチア大国)、同じく作られた宗教がラソ教だ。
フトゥールムは、王の代が変わるときに何度か国家名を変えていて約500年前の属性星が5つ並んだ時に、今のクレオチア大国と変わった。つまり、クレオチア大国とセイグリット公国は、建国の歴史から何らかの形で情報を受け継がれていることが考えられる。そして今回のこれは、そのクレオチア大国の王太子からの情報なのだ。
暫くの間、沈黙が流れた。
「もし…伝説の通り本当に空が割れたら…どうなるのですか?」
恐る恐るルナティアが聞いた。
ジークリードは顔を上げ、ルナティアを見つめた後、言いにくそうに返し始めた。
「…伝説の通りなら…人の世界へ魔物が一斉に襲い掛かるだろう。」
「あとは、人々が躍起になって『伝説の乙女』を探すだろうな。現れる保証はないが…。」
オリガルが後について言う。
「保証は…ない。…が、乙女に選ばれる可能性のある女性は――」
ジークリードとオリガル、レグルスは黙って、リリーを見ている。
「…え?私?…いや、でも…まさかぁ…いやいや、やっぱりそんなこと…。」
リリーは首を振ったり俯いたりしながら自問自答している。
元々、クラール様は陽を、ステルラ様が夜を司っていたのだから、恐らく、光属性のリリーが乙女の可能性が高い、と踏んでいるのだろう。…だとすれば、闇属性を持つ者がもう一人の乙女、ということになる可能性があるのではないか…
ルナティアは、思わず振り返りライラを見た。気づけば他の人も、チラチラとライラを見ている。
ライラは闇属性だ。あと、友人のジュリアも。きっと、この場に居る全員が闇属性を持つ女性が暁の乙女ではないかと考えているのだろう。
魔力量で言えばジュリアの方が少し高いが、いずれにしてもルナティアにとっては二人とも大切な友人に変わりはない。
(何とか『命を落とさない方法』を探さなければ…)
皆が様々な憶測を考えていると、「だが…」とジークリードが話を始めた。
「悪い話ばかりではない。」
全員の視線がジークリードに集まる。
「まずは、トルマンディの捕獲が出来たことだ。トルマンディの魅了さえ解ければ、ファケレ国の内情を知ることが出来る。次に、他の国々が一致団結をしている。特に、魔族の血を持つ、オセアノ国は強い助けになるだろう。」
「…逆手に取られることは?」
今まで黙っていたレグルスが聞く。
「魔族の血を持つ、ということは、今回のように魅了されないだろうが、魔族の味方をする可能性だってあるんじゃないか?」
「確かにな。絶対、というモノではないと思うが…ユグ先輩の言葉で言えば、魔族と交わったのは500年くらい前のことだそうだ。だから魔族に就く可能性は極めて少ない。…まぁ、心配なら本人の口からも言質を取ってくれ。夏季休暇の終了少し前にクレオチアの王城に来る、と言っていたから、悪いがレグとオリガルは一緒に王城に滞在してくれ。色々なことを想定して打ち合わせを進めておきたい。」
「それは構わないが―。」
「あのっ!」
レグルスの言葉を遮って、ルナティアが声を上げた。一同がルナティアを見る。
「私…私には何かできることは無いでしょうか。」
「あ、じゃあ、私の護衛とか…?」
リリーが言うと、キっとライラがすかさず睨む。リリーはびくりと怯えた後、肩を竦めている。
レグルスが口を挟んだ。
「…そうだなぁ…可能性の話ではあるけれど、実際、リリー嬢は狙われたわけだし、護衛は必要だよね。ソル、ニーナとランの腕前は?」
「…正直申して、まだまだです。」
「そうか…どうしたら――」
レグルスが考え込んでいると、応接間のドアが急に開き、
「問題ありませんわっ!!」
と、堂々とした声が急に聞こえてきた。
驚き、全員が振り返るとそこには、デメーテルがアンを従えて立っていた。