対策
「精神防御魔法…か。」
ルナティアは自室で呟いた。
放課後、ユグ・ド・オセアノと一緒にカフェに行き、最近起こっている現象の想定される理由を聞いた。その対処法も…。
その中で、しばらく忘れていた魔法を聞いた。
2年前、兄と殿下の卒業祝いに、と、魔石に防御魔法を付与してプレゼントした。
魔法を付与しようと思ったその日に、自身の魔法書に突如現れた魔法が、精神防御魔法だった。
付与できる魔法は3つずつ、物理攻撃と魔法攻撃に対する緩和魔法を付与し、もう一つ…と考えていた時に現れた魔法を、とりあえず、で付与した。
「…まさか、誰でも出来るような魔法じゃなかったなんて…。」
ルナティアは、ユグが説明してくれた情報を頭の中で反芻していた。
――「土属性を持つ者が使うことが出来る魔法だそうだ。ただし、土属性を持つ者なら誰でも出来る、というものでもないらしい。個人の魔法書にしか記載されないらしいから、誰が使えるかも分からないが、その魔法を使える者を見つけられれば、魅了を防ぐことができる。だが、個々人にかける魔法なのか、空間にかける魔法なのか分からない。…何しろ、普段から使うような魔法ではないし、誰が使えるかも分からない魔法だからな。…まぁ、使えるものを探すよりも、精神魔法防御が宿った魔石でも見つける方が確実だと思うが…。精神防御魔法の宿る魔石は、淫魔を倒せば手に入るぞ。その魔石を四方に置けば精神防御魔法の空間防御が成り立つはずだ。」――
「…大丈夫でございますか?」
コトリとテーブルにカップを置きながらライラが心配そうに尋ねた。
ルナティア笑顔でカップに手を伸ばしながら答えた。
「ありがとう、大丈夫よ。…魅了、だなんて、物語の中のことだけだと思っていたわ。」
「そうでございますね。」
「…魔の気配って、魔物そのものってことなのかしら?それとも…操られているとか?」
「オセアノの殿下は、気配、としか仰ってなかったですし、魔物本体ではないと思いますが…。」
「そう…よね…。」
ルナティアが考え込む。
「…ルナティア様。」
「ん?何?」
「精神防御魔法を魔石に付与して空間防御をしようなどとお考えではないでしょうね?」
ルナティアの表情が固まる。
ライラはそれを見て、大きくため息を吐いた後、言い聞かせるように言った。
「いけません。空間魔法が出来るほどの大きな魔石に魔法を付与されるだなんて…。2年前、魔石に付与した次の日、丸一日寝込んだのですよ?ルナティア様は、寝込んだ理由を誤魔化しておりましたが…魔石への付与が原因ではありませんか。」
「でも、お菓子に付与した時は倒れなかったわ。」
「付与する先の相性が大きく違うからだ、とレグルス様も仰っていましたでしょう?もし、ルナティア様が精神防御魔法で学園内の空間を防御をしようとお考えなら…私が淫魔を倒して魔石を取って参ります。」
「ダメよ、危険だわ。」
「それでも、です。…ルナティア様、私は魔法を付与する術を知りません。ですが、付与魔法は、貴女様の魔力を直接、吸い取るのではないですか?例えそれが一時的であったとしても…。」
「…。」
「やはりそうなのですね。ならば以後、付与魔法は行わないでください。」
「…小さな魔石にでも?」
「ダメです。」
「だけど…もし、もしもよ?本当にオセアノの殿下の言うように魅了が使われているなら…お兄様や殿下は魔石を身に着けてくれていれば大丈夫かもしれないけど、ジャンは?ファケレラ様の弟君も同じ能力があったら、浄化が出来る可能性のあるリリー様も、カエラ様もジュリア様も…ライラだって魅了されてしまうかも知れないのよ?私、そんなの嫌よ。」
「ルナティア様…。」
「直接、精神防御魔法をかけたとしてもどれくらいの期間、持続するのか分からないもの。その点、魔石へ付与した場合なら、割れない限り効果があるのよ。…ね、ライラお願い。空間魔法はダメというなら、今、上げた方の分だけでも魔石に付与させてくれない?」
「…分かりました。」
「ライラ―」
「ですが!…誰の分を、などは、レグルス様のご指示に従ってください。」
「…分かったわ。どのみち、お兄様にもお話ししなければ、と思っていたし。…明日、お兄様に連絡を取ってくれる?」
「かしこまりました。」
ライラが下がると、ぽすっとソファーの背もたれに身をゆだねた。
「お兄様も反対するわよね…ライラ以上だもの。だけど、私に出来ることがあるならやっておきたいのよ。烏滸がましいと思うけど…。でも、みんな大好きなの…。誰も操られてほしくない…。」
目を閉じ呟いた声は、夜の部屋へと掻き消えていった。
翌日の放課後、ルナティアは中央棟に向かっていた。
ライラが取り付けたレグルスとの話し合いに、ジークリードが場所の提供を申し出てくれたのだ。
指定の階に着き、塔の管理人に案内された部屋へ向かう。ドアを開けると、レグルスだけでなくジークリードも一緒に待っていた。
室内に入り、恭しく頭を下げる。
「殿下、それからお兄様、お時間を作っていただきありがとうございます。」
「ああ、ざっくりとだが、ライラから話は聞いている。その上で、詳しい話を聞くならここが適切だと思ったから、ジークに頼んだんだ。」
そう言いながら、レグルスは、ジークリードと共に笑顔でルナティアを迎え入れ、用意された席へ案内してくれた。
ルナティアが席に座ったのを確認すると同時に、ジークリードが質問した。
「早速だが…学園内で魅了が使われている、という情報は本当なのか?」
「確証はありませんが…恐らく。オセアノ国の殿下からの情報なのですが――。」
そう言って、昨日、聞いたことを2人に掻い摘んで話した。
学園内で魅了と思われる魔法(?)が使われていること、魅了を防ぐには、土属性を持つ者が使える精神防御魔法が効果的であること、ただし、誰でも使える魔法ではないこと、それから魅了に掛かった場合の浄化魔法について。
話を聞いた後、ジークリードが何か思い当たるような顔で話し始めた。
「…ユグ殿下も迫られた、と言っていたんだな?」
「も、とは…殿下もですか?」
「ああ、俺だけではなく、レグルスも、な。先週、だったか?」
そう言い、隣に座るレグルスに振ると、頷きレグルスが話し始めた。
「先週の金曜の朝、僕が登校していたら道端で蹲っていた女子生徒がいて…、体調が悪そうだから保健室に連れて行ってあげようと思ったところに、丁度リリーが声を掛けてきたんだ。リリーに状況の説明をしていたら、いつの間にかその女子生徒は居なくなっていたんだ。そのことをジークに話したら、同じ週の水曜日に、ジークも同じような場面に遭遇した、と…。」
「ああ、俺の場合は、無視して通り過ぎたんだが…案の定、通り過ぎる俺に声を掛けてきて…「ジークリード殿下、助けてくださらないの。」とな。だが、名も知らない女子生徒だから、そのまま…。」
「放置したんだ。酷いだろう?」
呆れた声でレグルスが同意を求める。
「酷いと言われようが、仕方ないだろう。久しぶりとはいえ、過去にこういった事はよくあるからな。体調が悪いふりをして近づいてきて懇意になろうとする女性は…学園に入った直後など、毎日のようにあったからな。」
「まあ、確かにそうだったな。ただでさえ、女性が嫌いなジークが、もの凄く嫌そうな表情で毎日を過ごしていたっけ…。「名を呼ぶ許可もしていないのに、馴れ馴れしい」といつもブツブツ文句を言っていたな。」
数年前を思い出すように、少しだけ遠い眼をしながらレグルスが言う。
「全くだ。今回も、俺は相手の顔も名も…いや、名くらいは噂で聞いていたが、顔は知らない。そんな相手が、いきなり俺の名前を呼び、助けてくれないのか、と言ってきたんだ。不愉快だ。後でキュリオが報告に来て名前と顔が一致した。彼女が…プルクーラ・ファケレラ、だった。」
既に接触があったことを聞き、兄達が既に魅了に掛かっていたら…と心配していたが、話す様子がいつもと変わらないことにホッとしながら、念のため、聞いてみた。
「その時、何か…感じたりしませんでしたか?」
「いや、何も。さっきも言った通り、不快だっただけだ。」
いつも通りの無表情…というより、嫌悪感を表に出しながらジークリードが答えた。
「僕も特には…。あっ、ただ…。」
何かを思い出した様にレグルスが呟く。
「ただ…ルナがくれた、コレが少し熱を持ったように感じた。」
そう言って、レグルスが普段は袖に隠れているブレスレットを見せた。
それは、2年前の卒業祝いに、と、ルナティアがレグルスにピアスとセットでプレゼントしたブレスレットだった。ピアスには物理と魔法の防御魔法を、ブレスレットには精神防御魔法を付与してある。
「これにも魔法が付与されていたよね?あのとき、「秘密」って言ってたけど…付与した魔法って何?」
レグルスが聞く。同じように、ジークリードもルナティアを見つめた。
「…精神防御魔法、です。」
「っ!!…ソレが付与されている魔石が反応した、ということが魅了が使われている証拠ってことか…。」
レグルスの呟きに、ジークリードが頷く。
「だが…他の者たちへ伝えることは出来ないな。」
「そうだね。そもそも、魔法を意図的に魔石に付与することが出来るだけでも秘密なのに、その上、精神防御魔法まで使えるなんて…はぁ…僕の妹が凄すぎる…。」
ため息を吐きながらも自慢げに呟くレグルスを横目に、ジークリードは冷静だ。
「ルナティアが凄いのは分かっっている。だが…魅了が使われているとなると、魔法を付与できることよりも、精神防御魔法が使えることの方が秘密にすべきことになってくる。…魔法が使えることはユグ殿下にも伝えたのか?」
「あ、いいえ、この魔法が使えることは言っていません。」
「それが良い。外ではどこで誰に聞かれているかも知れないからな。…ああ、ここはもちろん、他人が立ち入らない上に、念のため遮音魔法をかけてあるから安心してくれ。」
頷くルナティアを確認しつつ更に続けた。
「となると、魅了で学園を混乱に陥れたいのなら、浄化魔法を使うことが可能なリリー嬢が一番狙われやすいな。…レグ。」
「分かった。なるべく僕かジャンが一緒にいるようにする。」
「ルナティアの精神防御魔法は、使えることを知られていないとはいえ、光属性の次に、土属性の者が狙われる可能性が高いだろう。その上、君が2属性持ちで魔力量が高いことは学園で周知の事実だ。十分、注意してくれ。」
「はい。」
「ルナティアにはキュリオを着けておく。」
「え?大丈夫です。ライラも居ますし…。それに、急に護衛が入るなんて、「精神防御魔法が使えます」と言っているようなものではないですか。」
「しかし、俺たちは科が違うから傍で守ってやれないんだぞ?」
「ご心配、ありがとうございます。でも、今、一般科ではそれほど被害は出ていません。魔法科の…グレシャ様の方が危険だと思います。それから、お兄様方も…。」
「僕が?」
「俺が?」
「はい。事実、もう接触されているでしょう?…どうか、魔石を肌身離さずに持っていてくださいね。」
2人は顔を合わせた後、
「分かった。絶対に身に着けておく。ルナティアも…決して一人では出歩かないように約束してくれ。」
ジークリードの言葉にルナティアが頷くと、2人は少しだけホッとした表情をした。
その後、魔石への付与について、3人で話し合った。
付与自体が体力消耗をすることもあり、レグルスは乗り気ではなかったが、ルナティア自身も含め、魅了に掛かってしまうと後々厄介である数名をリストアップし、その数名に精神防御魔法を付与した魔石を渡すことに決めた。
手順はこうだ。
魔石はレグルスが必要個数を購入し、ジャン経由でライラに渡す。ライラから受け取った魔石に付与をして、次に会う時に付与出来た分を持ってきて渡す。ついでに、精神防御魔法を付与をしている、と知られないためにも、絶対に寝込まないよう注意することを強く言い聞かせられた。
打ち合わせが終わり、次に集まる日を2日後と決め、ルナティア達は中央棟を後にした。
念のため、と女子寮までレグルスが送っていく。
別れ際、
「星の動きもおかしい、とジークが言っていた。ルナも十分に気を付けるんだぞ。」
そう言ってレグルスは、自身の寮へと戻って行ったのだった。