始動
ルナティア達は、3年生になった。
各国のあちこちから報告されていた魔物の目撃情報は、ここ1年の間に倍以上に増え、ただの出現ではなく、実害が出るほどになっていた。当初は、各国の国家秘密として扱っていたが、今ではもう限界となり、先日、各国の代表とラソ教の教皇が集まり、大々的に話し合いが行われたばかりだった。
話し合いには、2年前から報告されている、星の乱れについても含まれていた。
不穏な動きを見せている星の動きは、青、緑、黄、赤の星が並ぶように見え、民達の中でも噂に上がるようになっていた。
そんな様々な不安要素が各国で上がっている中、セイグリット学園内では、今日、新1年生の入学式が開催されようとしていた。
3年生になったルナティアは、入学からの2年間、ダンスはもちろん、礼儀作法や知識などを学んだお陰で、今では学園内の誰もが一目置く生徒となっていた。
(レグルスのせいで)相変わらず生徒代表ではないけれど、入学式の人手が足りないと友人が嘆くので、受付の手伝いを買って出て、現在、新生徒代表の2年生女子生徒1名とここに居る。
受付での仕事はそう大変ではない。
新しく入学する1年生と保護者の名前を名簿で確認した後、会場へ案内する係へと引き継ぐだけだ。
入学式が始まる時間が近づき、受付もそろそろ終わりかと、来場者名簿の確認をしていると、黒髪に金の瞳をした、見目麗しい男女が受付にやってきた。
「失礼、受付はこちらかしら?」
女性が声を掛けると、生徒代表の2年生の女子生徒がにこやかに対応する。
「おはようございます。はい、こちらが新入生の受付です。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか。」
「ええ、この子が今年入学する、ペルプラン・ファケレラ、わたくしは姉のプルクーラ・ファケレラよ。わたくしも今年から魔法科に入るのだけど、今日は保護者として来ているの。入っても良いわよね?」
妖艶な笑顔で答えられ、生徒代表の女子生徒はその笑顔に見惚れてしまっている。
返事が無いのを不思議に思い、女子生徒の様子を見て状況を察したルナティアが、代わりに対応を続けることにした。
「はい、ご家族であれば問題ありません。お国は…ファケレ国でよろしかったでしょうか。」
「ええ、そうよ、よく分かったわね。わたくし達は国王の姪と甥にあたるの。」
「そうなのですね、王家に連なる方々とは存じず、大変申し訳ございませんでした。」
「うふふ、良いのよ。姫殿下もいらっしゃるから、わたくし達、あまり表に出ないようにしていましたの。だから、知らない方の方が多いと思うわ。」
「お気遣いありがとうございます。……お名前の確認ができましたのでどうぞ、奥の会場にお進みください。」
「ありがとう。…ところで…貴女のお名前は?」
「わたくし、ですか?…ルナティア・リストランドと申します。」
ルナティアが笑顔で名を名乗ると、一瞬、プルクーラの目元がピクリと動いた…が、誰も気づいていない。
「そう、貴女が噂の…。」
「噂…?」
「いえ、何でもないわ。ルナティア様、学年は違うけれど、我が弟と仲良くしてくださると嬉しいわ。それでは…。」
そう言って、ファケレラ姉弟は案内係に誘導され、入学式の会場へと消えて行った。
「凄くお綺麗な方でしたね…。弟さんも前髪で良く分からなかったけど、多分、秀麗だと思うんですよね~。」
2年生の女子生徒がほぅっとため息を吐きながら言う。
「そうね、とても美しい方だったわ。ファケレ国の姫殿下とはまた違った美しさよね。」
「国王陛下のご兄弟のお子様方、ということですよね?きっと、お相手の血が強いのではないでしょうか。」
「ええ、そうかもしれないわね。…さぁこれで全ての方の受付が終わったみたい。そろそろ片づけを始めましょう。」
「あぁ、ルナティア様。片づけはこちらで行いますから…。受付を手伝ってくださってありがとうございました。ご一緒出来て光栄でした。」
にこにこと嬉しそうに女子生徒は頭を下げた。
その笑顔に笑顔で返しながら、他愛もない話を続け、結局、最後まで片づけを続けたルナティアだった。
入学式も無事に終わり、その後に行われる探検大会も特に問題なく終わり、少しずつ入学生が落ち着いてきた頃、学園内であまり良くない噂があちこちから聞こえるようになっていた。
良くない噂、とは―――
婚約者の居る貴族の子息数名が、一方的に婚約破棄をしている、というのだ。
婚約破棄自体は、無いわけではない。ただ、わずか数ヶ月のうちに、5件以上も破談になるなど、尋常ではない。たまたま、婚約破棄をした時期が重なっているだけなのかも知れないが、いくらなんでも多すぎる。そして、破談された女子生徒のほとんどは、理由が分からず、ただただ泣き暮れていた。
当然、ルナティアの耳にもこういった噂は流れている。
クラスメイトにもひとり、破談になったと泣いていた女子生徒を見かけ、慰めたばかりだ。
そんな良くない話が横行する中、来年、魔法科に進学する生徒のみを集めての、合同授業が始まった。
合同授業とは、魔力を持っている3年生が、既に魔法科に進学している先輩と一緒に、魔法実演の練習を行うための授業で、年4回行われる。最初が魔法科3年生、次が2年、夏季休暇明けの武術大会の後に1年、最後が2年の順で開催される。
最初の授業で、ルナティアとペアになったのが…縁なのか、ユグ・ド・オセアノだった。
ユグとは、1年の時にあの噴水での告白を助けてもらってから、定番のように、会う度に、「嫁になれ」「嫌です」のやり取りを繰り返している。根は悪い人ではないと思うのだが、2年近く言われ続けていると、それが定例の挨拶代わりになっていた。
そのユグが、いつも通りの挨拶をし、それに返した後、真面目な顔で「1年のファケレラに気をつけろ。」と言ってきたのだ。
何のことか分からず、「何故」と聞き返すと、「詳しいことは後で話す」と言われ、放課後、セイグリットの街のカフェで落ち合うことになった。
放課後、約束したカフェに向かう。
ひとりで向かうつもりだったが、当然、ライラに行き先を聞かれ…誤魔化すことが出来ず、ライラ同行となってしまった。
カフェに入ると既に待っていたユグが嬉しそうに手を振っていたが、後についてきているライラの姿を見た途端、あからさまにがっかりしていた。
その様子に苦笑しながら、ルナティアは向かいの席に座り、ライラを別のテーブルに座らせた。
2人っきりでテーブルを囲んだことに満足したユグは、当初の目的通り、話を始めた。
「魔法科では今、今期入学・転入してきたファケレラ姉に溺れ、陥落した異性が数名いる。最近の婚約破棄の原因は、彼女だ。その上、彼女からは、少し魔が混じっている気配がする。弟と面識は無いが、姉弟なら同じ可能性がある。」
ユグの話によると、オセアノ国の王家は、何代か前に魔の血が混じったことがあり、魔の力を感じやすい一族なのだそうだ。ユグの黒髪も黒い肌も、魔の者の血が色濃く出ているかららしい。
そんなユグが、
「正直、魔法科1年の男は、強弱はあるが…半分は陥落しているとみた。」
と、言うのだ。
「陥落…?」
「ああ、あれは魅了、だ。魅了された者は、相手のために何でも出来る。それこそ命すら投げ出せるくらいに。」
「魅了、されたらもう解除は出来ないのですか?」
「原因が消えない限りは解除できない。それに、例え解除できても、魅了期間が長いとそう簡単には戻らないだろう。魅了自体、麻薬のようなものだからな。最悪、廃人になる可能性もある。」
「そんな…。」
魔法科1年には、チャラいけれど、なんだかんだと言ってルナティアを助けてくれた、リヒトも居る。
…彼も魅了されてしまったのだろうか…
そんな不安に駆られながら、膝の上で手を握りしめる。
ルナティアの不安を知ってか知らずか、ユグは話を続けた。
「一番手っ取り早いのは、対象と接触させなければ良いのだが…学園が休みにでもならなければ難しいだろうな。」
「あの…、学首にお伝えするのはどうですか?」
「証拠がない。」
「だけど、魅了された生徒が証拠では?」
「魅了された生徒に、「今まで通りに生活しろ」と言えば、第三者には分からないさ。ただ、心変わりした、と思われるだけだ。それに、学首と彼女の接点を持たせるのは危険だ。」
「…学首までも、魅了される可能性がある、と?」
「あくまでも可能性、だがな。」
そう言ってユグは、カップを口に運んだ。
一口飲み、カップを置いたタイミングでルナティアが質問した。
「殿下は…、魅了、されていないのですか?」
「俺?…転入後、結構すぐに、彼女から迫られたけど…何て言うか…珍しく嫌悪感があったんだ。多分、この魔族の血縁のせいだと思う。彼女も何かを感じたらしく、怯えて逃げて暫くは大人しかったんだが…。」
「魔族なら…魅了には、かからないのですか?人は?人も掛からないようにするにはどうしたらいいですか?」
何か方法は無いものかと、ルナティアは必死だった。
少しの沈黙の後、ユグが聞いてきた言葉に驚いた。
「…精神防御魔法って知っているか?」




