卒業生送別パーティ②
「素敵でしたわ、殿下。次は是非わたくしと。」
「いいえ、わたくしが先ですわ。」
ジークリードの周りに女生徒が集まり、次のダンスの順番を競い合っている。集まってきた女子生徒たちに押し出された形になったルナティアの周りにもまた、男子生徒がわらわらと集まってきた。
「リストランド嬢、是非、僕と1曲!」
「いやいや、俺と踊った方が楽しい。是非、俺と。」
小柄なルナティアが埋もれそうになった時、
「はい、ちょっとごめんよ。彼女の次は、俺って決まってるんだ~悪いね。」
随分と軽い口調ではあったが、リヒトが助け出してくれた。
「あ、ありがとうございました、トルマンディ様。」
「大丈夫だった?本当に先に予約しておいて良かったよ。堂々と助け出せるしね。だけど、終わった後、ジークリード様のところに返すって約束したけど、アレじゃ難しいかな。どうしようか。」
助け出された後、約束通りダンスを踊りながら2人で会話を続ける。
「そうですね、いつも遠巻きに見られている方ばかりだったのに、今日は皆さん、積極的ですね。卒業してしまうからなのでしょうか。」
「いやぁ…、まぁ、それもあると思うけど、積極的になれたのは違うと思うよ?」
「どうしてですか?」
「そりゃあ…、入場の時、あんな笑顔見ちゃったら、ねぇ。…ジークリード様って言えば、愛想が無いで有名だし?告白して一刀両断された人も多いからね。なのに、あんなに柔らかい笑顔見ちゃったらねぇ…。それに、卒業生はダンスを申し込まれたら断れないことになっているしね。」
「そうなのですね。…卒業生は、ってことは、在校生は断っても良いのですか?」
「在校生同士ならね。基本的にこのパーティは、卒業生のためのものだからね。そうでないと、去年も一昨年も、卒業生より2人の方が誘われて大変でしょ?」
そう言って、クイッと顎でジークリードとレグルスを指す。
「なるほど…。卒業生が在校生を誘っても断られないし、在校生が卒業生を誘っても断られない、ってことですね。」
「そう。だからルナティアちゃんも卒業生に誘われたら断れないんだよ。」
「トルマンディ様、教えてくださってありがとうございました。お陰で失礼なことをせずに済みます。」
タイミング良く曲が終わり、ダンス終了の礼に合わせてルナティアが頭を下げた。
「取り敢えず、ジークリード様との約束はあるけど…あそこには返せないなぁ。あ、ライラちゃん見つけた。ライラちゃんのところに送り届ければ大丈夫かな。」
リヒトは、お道化た様子でウィンクをしてからルナティアの手を取り、隅に立つライラのもとへ向かった。
リヒトが去るとルナティアは、ライラに連れられて隅の軽食が置かれている休憩エリアに向かった。
「ルナティア様、お腹空いていらっしゃるでしょう?お昼も満足に食べずに、お手伝いをして、そのまま準備されましたから…。こちらでお待ちくださいね。今、何かお持ちします。」
ルナティアが座り、テーブルに向かい、手際よく軽食を取るライラの姿を見ていると、
「ルナティアさん。」
と、声を掛けられた。
声の方を見ると、そこにはリリー・グレシャが、ルナティアが見立てたドレスを身に纏い立っていた。
「グレシャ様。とてもお似合いです。」
「ええ、ありがとう。貴女が選んでくれたドレス、とても似合うとジークリードやレグルスも褒めてくれたわ。そしてレグルスは貴女のセンスを自慢していたわよ。」
「…身内を褒めるなど、お恥ずかしい限りです。でも、喜んでいただけて良かったですわ。」
「貴女のドレスも素敵ね。白と淡いブルーの組み合わせ、とても上品で可愛らしいわ。…今日に合わせて作ったの?」
「あ…いえ、これは――。」
「殿下からのプレゼントです。」
ルナティアが答えようとした時、軽食を取って戻ってきたライラが口を挟んだ。
「まぁ、そうなの?そう言えば…ジークリードのパートナーは貴女だったわよね?流石はジークリードね、趣味が良いわ。…羨ましい…。」
「えっ?」
最後のボソリと呟いた言葉が良く聞こえなくて、ルナティアが聞き返した時、
「リリー、何処にいるの?」
と、フロアの方からリリーを探す声が聞こえてきた。どうやら友人が探しているようだ。
「今、行くわ。ごめんなさいね、呼ばれちゃったから、そろそろフロアに戻るわ。ルナティアさんはどうぞゆっくりしてらしてね。それじゃあまた。」
それだけ言うと、リリー・グレシャはその場を離れ、呼んでいる友人の元へ向かって行った。
「全く、何なんですか、あの人は。確かに上級生だし、光属性だし、生徒代表に選ばれるくらい優秀なんでしょうけど、それでも平民じゃないですか。それなのに、なんであんなに馴れ馴れしくルナティア様のことを「さん」付けで呼んでるんです?他の平民の上級生たち、誰一人「さん」付けで呼んでないですよ?!」
余程、気になったのだろう、ライラが珍しく怒っている。リリーの「ルナティアさん」の発言が出る度に、イラついていたようだ。
ルナティアは、軽食を食べながら、ライラに話しかけた。
「ライラが怒っているのは私のためって分かっているけど、正直、私はあまり気にしていないのよ。ほら、領内でもみんな親しく接してくれるでしょう?だからむしろ、丁寧に話されても―。」
「ダメです!領民たちは敬意をもって親しくしてるんです。それに、学園内では身分は関係ない、と言っても、卒業したら関係あるじゃないですか。それなのに、レグルス様や殿下のことも呼び捨てでしたし、少しは立場を考えるべきですよ。そう思いませんか?」
――確かに。自分はともかく、兄もともかく、殿下はよろしくないかも知れない、けど、でも…
ルナティアは、この間、ジークリードと出かけた時のことを思い出していた。
中型の魔物や今まで確認されていなかった魔物が現れていると言っていた。勿論、他の属性の魔法でも対抗は出来るが、やはり魔物には、光属性が一番効果的なのも事実だ。だからこそ、学園内でも彼女はずっと一目置かれてきたのだ。
「…光属性なら、殿下の婚約者候補、なのかしら?」
もぐもぐと軽食を食べながら呟いたルナティアの言葉に、ライラが反論する。
「っ!そんな訳ある訳ないじゃないですか。平民ですよ、へ・い・み・ん!」
「能力についてなら、平民とか関係ないでしょう?それにあの話し方だって、馴れ馴れしいと思うのか、親しみやすいと思うのかは、受け取る側の好感度によって変わるものだもの。事実、グレシャ様は生徒代表の中でもキチンと仕事をされていたし、お兄様とも殿下とも仲良が良くて、同学年の方々にも好意的な方が多かったと聞いているわ。」
「そうみたいですね。ですが、一部の高位貴族からは疎外されているようですけど。」
「そうなの?それは知らなかったわ。…あぁ、だから殿下は今日のパートナーを私にされたのね。大々的にグレシャ様をパートナーにしてしまうと、彼女が疎外されてしまうかもしれないから?」
ルナティアの言葉に、ライラの表情に同情の色が濃くなり、なにかブツブツと呟いている。
「え?何?私、何か変なこと言ったかしら?」
はー…っと大きくため息を吐いた後、ライラが真面目な顔で質問してきた。
「ルナティア様は、殿下のこと、どうお思いですか?」
「えっと…素敵な方だと思うわ。お優しいし、いつも真摯に物事に取り組まれるし、判断力や決断力もあって…。お父様の言うように、次期国王としても非の打ちどころがない方だと思うわ。」
「…そういう事ではなくてですね――」
「ルナティア嬢、やっと見つけた!」
ライラの言いかけの言葉を遮り、民族衣装に身を包んだカエラがルナティアに抱き着いてきた。
「ドレス姿、とっても綺麗だよ。流石は殿下だね。…ねぇねぇルナティア嬢、私と1曲、踊ろう?」
「ええ、是非。」
「やったぁ!…コホン。では、ルナティア嬢、お手をどうぞ。」
紳士さながら手を出すカエラの姿に、少しドキリとしつつも、笑顔で手を添えフロアに戻って行った。
その後ろ姿を見送りながらライラは、
「…殿下、まだ私のお嬢様はお子様なようです…申し訳ございません。」
と、小さく呟いていたのだった。