『初』デート③
街中に戻るまで2人は黙って歩いていた。
お互いに聞きたいことはあるが、どう切り出していいのか分からないでいた。
ルナティアは、あの青年から出てきた黒い靄のようなものとその対処を知っていたこと。
ジークリードは、中年の男性を救った治癒魔法と、意思を持つかのような動きをした暗器のこと。
無言のまま街中に戻り、取り敢えず露店で飲み物を購入し、少し外れのベンチに座って休むことにした。
ベンチに座るとまず、ジークリードが話し始めた。
「さっきは…取り乱してしまってすまなかった。君の性格を考えたら、黙って傍観など出来ないことは知っていたのに…学園での君の様子に、普通の令嬢と同じと思ってしまっていた。」
「落ち着かれたなら良かったです、けれど。…普通の令嬢とって…私、そんなに違いますか?」
ジークリードの言葉の一部が気になったルナティアが珍しく口を尖らせて言い返した。その様子を微笑ましいと思いながらジークリードは答えた。
「ああ、違うな。だって君は大人しく守られてはくれないだろう?むしろ、守られるだけなんてイヤ、一緒に戦う、と言いだしそうなくらいだから。」
「っ、何故それを…?じゃなくて…、私だって考えてから行動はしているのですよ?間に入って邪魔にならないか、とか…。だから、さっきも戦闘には入らなかったじゃないですか。」
「確かに、戦闘には加わらなかったけど、普通の令嬢は暗器など投げない。」
「…そう、ですね。」
「…あの暗器、…まるで意思を持っているようだったが、何か特別な暗器なのか?」
「いいえ、至って普通の暗器ですよ?リストランド製の…。ただ、投げる前にあの暗器に風魔法をかけただけです。物に呪文を唱えると自分の意志の通りに動く魔法を。ただ…物が無機物であることと、自分の目の届く範囲にしか使えませんが。」
「そうか、風魔法か…。だから通り過ぎたはずの暗器が戻ってきて、攻撃をしたのか…。」
「ええ。でも、どうして今更そんなことを聞くのですか?まるで初耳みたいに…。ジーク様はこの風魔法をご存じだったのですよね?」
「…何故そう思う?」
「あの時、攻撃する場所を言ってくださったから、魔法がかかっていると確信されていたのかと。」
「確信…か。実はその魔法自体、書物で読んだ程度で詳しくは知らないんだ。それに君がその魔法を使えるようになっていることも知らなかった。ただ、そのまま攻撃する、そんな気がしただけだ。…ところで、その魔法はいつ習得したんだ?」
「最近です。部屋で魔法の練習をしているうちに呪文が出てきて…。でもまさかこんなところで役立つとは思いませんでした。」
くすくすと笑うルナティアに、もう一つ気になっていた質問をしてみた。
「もう一つ、あの中年の男性の出血量は尋常ではなかったのに、戦いの後に見た時は、出血が止まっていた。風と土の魔法では、治癒魔法は中級以上だろう?ルナティア、君はいつの間に治癒魔法まで使えるようになったんだ?」
その言葉に、さっきまで笑っていたルナティアは急に俯き、黙って両手を握りしめた。
(言いたくないこと、なんだろう。…仕方ない。)
そう思ったジークリードは、問いの答えを諦めようとした時、ルナティアが「よしっ!」と気合を入れ、急に立ち上がり言った。
「ジーク様。ちょっと場所を移動しませんか?」
2人が移動した先は、学園内の、あの東屋だった。
「今日はお休みだし、ここなら誰にも聞かれないですよね。」
「聞かれると、まずい事なのか?」
「まずい、と言うか…一般的には、信じがたいと思われるようなことなので…。」
そして、少し俯きながら続けて話すルナティアの言葉にジークリードは固まったのだった。
「…ジーク様は、妖精の存在を…信じていますか?」
―『妖精』―
存在自体が曖昧な種族だが、歴史の授業で出てくる。
この世界の様々な理をお造りになられた女神に仕えていた、と記されている。たまに『光の玉を見た』という者が居たりするが、そういった者は祝福と崇められるのに対し、ハッキリ『見た』という者の場合は、妄想癖の変人扱いをされる。
比率的には、『光の玉』を見れる人は1000人に1人くらい、『見た』と言った者は1000年くらい前に2人居たようだが、2人とも人を騙した罪で投獄されたそうだ。人は見えないものが見えることに嫌悪を抱くからなのかもしれない。
「妖精の存在…?それは信じている。何度か『光の玉』は見たことがあるからな。」
ジークリードも妖精そのものを信じていないわけではない。『光の玉』なら見たこともある。幼い頃は、秘密の庭園で見た少女のことを妖精だったのではないか、と思っていた。…今となってはその少女が誰だったのか、想定はついているが…。
『光の玉』を見たことがある、の言葉に、目を見開き輝かせながらルナティアが顔を上げた。
「本当ですか?それなら……シエル、来て。」
『はーい。』
そう返事をした後、シエルがいつもの姿でルナティアの周りをくるくると飛び回り始めた。
「ジーク様、何かお見えになりますか?」
そして、不安そうな声でルナティアが聞いた。
急に、目の前の彼女は、知らない名前を呼んだかと思うと、「何か見えるか」と聞いてきた。だが、何も見えない。
今、何が起きているのかもよく分からず、少し混乱をしていると、彼女が独り言を呟いたかと思うと急に、ルナティアの周りをくるくると回る『光の玉』が見えだした。
「あっ、『光の玉』―。」
「見えるのですね?!」
ホッとしたのか、満面の笑みでルナティアが喜ぶ。
「あ、あぁ、だが『光の玉』が見えるだけだぞ。」
「はい、それで良いのです。この『光の玉』―シエルが、あの男性の傷を治してくれたのです。」
「『光の玉』が?…ちょっと待て。」
ジークリードが一旦、話を区切り、ふらふらと東屋の椅子に座り込んだ。
(あの『光の玉』が傷を治した?いや、そもそも、彼女は『光の玉』に“シエル”と名前を付けていて、意思の疎通をしている、ということなのか?)
ジークリードが椅子に座り、頭を抱え込んでしまっている。
『ルナティア、本当にボクのこと知らせても大丈夫だったの?この人、悩んでいるようだけど…。』
「この方なら大丈夫よ。ただ…『見えない』から色々と悩ませてしまっているのだと思うわ。」
座り頭を抱えるジークリードの脇で、小声でシエルとルナティアが話している。
『それじゃあ…魔力使うけど、人型になろうか?そうすれば見えるし信じてもらえるんじゃない?』
「そんな自在に出来るものなの?」
『まぁ、魔力は使うけどね。今日は2回目だし、治癒魔法も使ったから、今人型になっても一時的でしかないけど、それでも良ければ。』
「魔力、使い切ったりしない?」
『それは大丈夫。その前にちゃんと休むよ。ボクはルナティアと一緒に居たいからね。』
「…それじゃあ、少しだけお願いできる?」
『分かった。』
小声で話し終わったルナティアは、まだ頭を抱えているジークリードに、「ジーク様。」と声を掛けた。
ジークリードがルナティアの声に顔を上げると、彼女の隣には見目麗しい青い髪の男性が立っていた。
驚いたジークリートは立ち上がり、すぐに臨戦態勢に入る。
「ルナから離れろっ!!」
冷たい声でジークリードが言う。
何の気配も感じなかったのに、急に現れた男性。怪しい人物以外、何物でもない。
今にも飛びかかりそうな勢いのジークリードの前に、慌ててルナティアが入り込んだ。
「お待ちください、ジーク様。彼が、“シエル”です。」
「……妖精、なのか?」
呆気にとられた後、恐る恐るジークリードが聞く。
「はい。人型になれば誰にでも見える、というので…。ただ、私も人型を見るのは今日が初めてなんですけど。彼が治癒魔法をかけてくれたのです。」
「ルナティアが泣きそうだったからボク、頑張ったんだよ。」
「え…、そう?泣きそうだった?」
シエルと言う男性は、嬉しそうにこくこくと頷いている。
最初のうちは、驚き言葉も失っていたジークリードだったが、2人のやり取りを見ているうちに、自分だけ疎外されたような何とも言えない気持ちになってきたが、
(一国の王太子として不適切な対応をするわけにはいかない。)
そう自分を戒めて深呼吸をしてから質問をした。
「失礼だが…本当に妖精、なのか?妖精はもっと小さいものではないのか?」
ルナティアとの会話を切られ、少し、ムッとした表情でシエルが答える。
「普通は、ね。ボクは名前を貰ったから。ルナティアが強くなればなるほど、ボクも強くなるんだ。ルナティア、ずーっと夜遅くまで魔法の練習してたでしょ?あれのお陰でボク、人型になれるようになったんだ。まだ少しの時間だけど…って、ごめん、もう無理みたい。」
それだけ言うと、2人の目の前からパッとシエルの姿が消えてしまった。
ジークリードは深いため息を吐き、また椅子に座り込んだ。
「あの…信じていただけます…か?」
おずおずとルナティアが声を掛ける。ジークリードは黙ったままだ。
「…やはり信じては貰えませんか…?」
「いや…ルナを信じていない訳じゃない。ただ…目の前で起きていることに…ちょっと容量が超えてしまって…。すまないが、少しだけ時間をくれないか。ほんの5分くらいでいいから。」
その言葉にルナティアは頷き、ジークリードの隣に、少しだけ間を開けて黙って座った。
僅かではあるが、静かな時間が流れた。
西日が頬を優しく照らし始めた頃、ジークリードが話し始めた。
「ルナティア。いくつか聞いていいか?」
「はい。」
「あの妖精と君は、いつからの付き合いなんだ?」
「…10歳の…魔力測定の時からです。」
「2年…いやもう3年になるのか。…それから妖精について、知っていることを教えてくれないか。話せる範囲で構わないから。」
正直、どうしようかと迷った。だが、自分を見つめるジークリードの真摯な眼差しを信じ、ぽつりぽつりと話し始めた。
妖精にはそれぞれ縄張りがあって、本来は縄張りから動けないこと、名前をつけたことでシエルの縄張りが自分になったこと、今は自由に出かけていること、でも、名前を呼べば何処にいても現れてくれること。
ジークリードはルナティアが一通り話し終わるまで、黙って聞いていた。
聞き終わった後、
「話しづらいことだよな。歴史の授業であんなこと聞いていたら打ち明けるのも怖かっただろう。…ありがとう、ルナティア。俺を信じてくれて。」
と、微笑みながら言った。
その様子に安心したルナティアは、気になっていることを聞いてみることにした。
「ジーク様、私から質問しても宜しいですか?」
ルナティアからの質問何て珍しいと思いながら、ジークリードは頷いた。
「先ほどの…青年はどうして2足歩行の獣になったのですか?ジーク様はご存じだから対処法も知っていたのでしょう?」
当たり前と言えば当たり前な質問だ。彼女はこんな事件が起きて何の疑問も持たない、ただ守られるだけの女性ではないのだ。
(しかし、どう話したものか…。下手に話せば巻き込むだけ、上手く話せれば、注意を促せるのだが…)
悩みながらジークリードがルナティアの様子を確認すると、彼女はただただ真っすぐに見つめているだけだった。
今回の件は、この間帰城した際に聞いたばかりの、一部の者しか知らない案件に間違いないだろう。王太子として、何かの折には共に戦うと思われるレグルスには話してある。共に戦わせるつもりのないルナティアに話すべきことではないのだが、ただのジークとしての自分は、彼女の質問に誠意をもって答えたい。そんな葛藤の中で揺れ動いていた。
(…彼女は俺を信頼してくれて妖精の秘密を明かた。それなら俺も彼女を信頼すべき、だよな。)
意を決してジークリードは話し始めた。
「ルナティア、この件は、現時点で公表されていない案件なのだと思う。だから詳細を話すことは出来ない。だが、今回は君も被害者で、これから先、同じようなことに巻き込まれないとも限らない。だから、少しだけ話しておこうと思う。…ただ、ここで聞いた話は秘密にすると約束してくれるか?」
沈黙の後の想定外の言葉に、ルナティアは少し驚いた。
てっきり「話せない。」で終わるのだろうと思っていたから。公表されていない案件にもかかわらず、自分の疑問に応えようとするジークリードの誠意を感じながら、頷いた。
「ありがとう。では―。」
ジークリードが話してくれた内容は、ヒトにとり憑く魔物の存在についてだった。最近、こういった魔物の出没報告がよく上がっていて、今回の黒い靄のようなものは恐らくそれと同じだろう、とのことだった。
この世界に魔物が居ないわけではない。ただ、居たとしても小型の、そうウサギやネズミのようなサイズのものの存在だけが長く報告されていた。小型の魔物は、剣士でなくても大人の男性であれば倒せるので、人に危害を加えるほどの存在ではない。その程度の認識だったのに、人にとり憑く魔物の存在が確認されているとなると、驚かない訳が無い。
「…驚かせたよな。まだ調査中で俺も詳しくは分からないし、この情報を知っている者も限られている。もし、君の周りで、急に態度が変わった者がいたりしたら、すぐに俺やレグルスに伝えてほしい。違和感を感じても、決して一人で行動しない、と約束してくれ。」
自分のために明かしてくれたことに感謝しつつ、ルナティアは返事をした。
「ジーク様こそ、そんな大切なお話をしてくださってありがとうございます。絶対、秘密にしますし、無理はしないようにします。」
その言葉を聞きながらジークリードは、もうひとつ、帰城時に聞いていた不安要素のことを思い出していた。
―目に見えない何かが動いている気がする、公国と言えど安心はできないだろう、気をつけるように―
父の言葉が頭をよぎり、出来るならこのまま平和な日々が続くように、と心から祈るのだった。




