謁見
庭園を抜け、王城の奥の隠し扉から王城に入ったルナティアは、どうして隠し扉から入るのか、などという疑問も持たず、ただ、王城内の広さと美しさにボーゼンと見とれていた。
「…ルナ、おいで。」
優しい声で、トーマスが呼ぶと、我に返ったルナティアは父の隣へ並び、大きな扉の前に立った。
「…大丈夫かい?これから陛下と会うのだが…緊張している?」
そう問うトーマスに向かい、笑顔でルナティアは答えた。
「ううん、だいじょうぶ。ちゃんと『しゅくじょのあいさつ』も、れんしゅうしたし、とうさまもいるし…それに、さっき、ばらさんにも『げんき』をわけてもらったから。」
「そうか。…ならば大丈夫だな。中に入ったら、王様が『いい』というまで顔は上げてはいけないよ。他は父様の真似をするんだぞ?いいね。」
コクンと頷くのを確認すると、ドアに向き直った。
「では、入るぞ。
…クレアチオ大国、西の地の守護、トーマス・リストランドです。陛下への謁見のため参りました。お目通り願います。」
トーマスが名乗りを上げると、扉の奥からペトラーの声が聞こえた。
「…どうぞ、お入りください。」
トーマスが扉を開き、1歩、2歩と中へ入る。
その後から、神妙な顔をしたルナティアが父の後をついて中へ入る。
勿論、顔は下を向いたままだ。
部屋の半ばまで入ると、トーマスが立ち止まって膝をついた。
ルナティアもそれに習って立ち止まり膝をついた。
「…面を上げよ。」
初めて聞く、威厳のある王の声に恐る恐る顔を上げると、玉座には、父や伯父と年は同じくらいだが、違った意味で『美しい』男性が座していた。
「クレアチオ大国の太陽である陛下にはご機嫌麗しゅう…」
と、トーマスが挨拶を始めると、その言葉を遮るように
「あー…いや、もういいから(笑)。ここには、俺を含め4人しか居ない。今更、そんな仰々しい挨拶はいらん。いつも通り『アレン』と呼べ。…それより…。」
そう言って、陛下は玉座から立ち上がり、ルナティアの前に来て屈み、顔をしげしげと眺めた。
「…ふむ、流石はデメーテルの娘だな。…将来はさぞ美しい娘に育ちそうだ。」
飄々と言う陛下に、やや怒りモードになったトーマスが言う。
「陛下!いくら旧知の仲とはいえ、私達は、仮にも『主と臣下』です。それに、秘密裏のご挨拶だとしても、れっきとした『報告』で伺っているのですが…?ついでに申し上げますと、ルナティアは私とデメーテルの娘です!」
「…義兄上、無理ですって。アレン様は堅苦しいのが嫌いなのはご存知でしょう?…それでも公共の場ではちゃんとしてくださっているのですから、多少の軽さはご了承ください。」
と、ため息交じりにペトラーが言った。
「…そうだぞ、トーマス。俺は普段、我慢しているのだ。旧知の仲で会う時くらいいいじゃないか。全くお前は真面目過ぎていかん。…そうだな…なんなら俺が『トーマス先輩』と呼んでも良いぞ?(笑)」
「はぁ…、もう…分かりましたよ。分かりましたから、学生時代の呼び方は勘弁してください。」
と、深いため息をついた父が折れた。
父が母以外の人に折れるのを初めてみたルナティアは、眼をパチパチしながら3人の大人の男性を交互に眺めていた。
トーマスが折れたのを確認し満足したらしい、アレンは、
「うむ。…で?一応簡単にペトラーからは聞いているが――。」
「はい、この我が娘、ルナティアが魔力を発動しました。…当たり前ですが、制御は出来ていません。」
「…いくつだ?」
「5歳です。」
「……はあぁ…。…だからか…。」
今度は、アレンが大きなため息をついきながら、ルナティアを見た。
自分を見て、大人が3人共ため息をつく姿を見て
(ルナ、そんなに悪いことしちゃったのかな…)
ふいに自分に向けられた視線に、申し訳ない気持ちが高まり、頭を垂れて落ち込んでいると、その様子を見た、アレンが
「…あっ、いや、責めている訳ではないのだ。…だから落ち込むな。なっ?」
と、ルナティアの顔を覗き込んで、頭を撫でた。
「…相変わらずですね、アレン様…。…しかも5歳児にまでその慌てよう…」
半分呆れ顔のトーマス。
「…お前なぁ…こんなに愛らしい少女が落ち込んでいたら慰めるだろう、普通。それに、お前の娘だろう?」
そう言いながら、アレンはずっとルナティアの頭を撫でていた。
「…まぁ、発動したものは仕方ない。判例に乗っ取って、『魔力封じ』を行う。」
(魔力封じ?)
初めて聞く言葉に、ルナティアは一瞬、身体が強張った。その様子を見たアレンは、優しい声で続けた。
「…『魔力封じ』とは、言葉通り、『魔力を封じるために儀式を行う』のだ。…何、怖がることはない。私の息子も昨年、『魔力封じ』を行った。君より1つ上の6歳の時だ。封じる前と封じた後と、なにも変わらなかった。ただ、『封じられている間は魔法が使えない』だけだ。…君たち子どもは、まだ身体が成長していない。幼すぎる。そんな子が魔力を無意識に使ってしまうと、魔力を使い切ってしまうことがある。魔力持ちは、魔力と生命が繋がっているから、魔力が無くなると死んでしまうことだってある。だから、もう少し、大きくなるまでの間、魔力を一時的に使えなくするのだ。…分かるかい?」
「…はい。」
話の半分も分からなかったが、先日発動した魔力を封じておかないと自分が死んでしまうかもしれない、ということだけは分かった。
「…いい子だ。急にこんなことを言われて不安だと思うが、大丈夫だ。このことは我ら以外には口外しない。『魔力封じ』の術を行うのも、君が一番信頼している人に頼むとしよう。…トーマス、頼めるな?」
そう言って陛下はトーマスを見つめた。
「っ!いいのですか?私としては願ってもないことですが…ただ…。」
「ただ、…なんだ?」
「無事に出来るのかどうか…それに『魔力封じ』は大国の中でも機密情報では?私が教えを乞うても良いのですか?」
「ふっ…何を言う。学生時代、魔法学でも何度か首席を取っていたじゃないか。卒業と同時に、騎士団のみならず、魔法省からもお声が掛かっていたくらいだからな。そんなお前だ。手順さえ確認すればすぐに出来るだろう。それに、お前が行わない場合は、魔法省の者が行うことになる。仮に、この王城で、お前以外の他の者が『魔力封じ』を行った場合は、ルナティア嬢は『王城預かりの身』となるのだぞ?いいのか、それでも…。」
「…それは…嫌です。ルナは必ず連れて帰ります。」
トーマスは、アレンを真っ直ぐに見つめて言い切った。
『王城預かり』
それは、ルナティアが『魔力封じを解除』されるまで、領内に戻れず王城で暮らすことだ。
そんなことになったら、レグレスを筆頭に、邸内の使用人全てが怒り出すに違いない。何より、自分も愛娘と離れて暮らすことなど、まだ考えたくない。だから、トーマスは『王都預かり』を言われたら、代わりの条件を何でも飲むから、と無理やりにでも連れて帰る覚悟をしていたのだ。
「…だろう?私はトーマスのことを信頼しているから、『魔力封じ』の方法を教えても問題ない。魔力を封じられた者は、時として封じた力と発しようとする魔力とがぶつかり合い、倒れてしまうこともあるという。その場合、封じた者にしか処置できないのだ。だから『魔力封じ』は普段から側に居られる者で、尚且つ信用に値する者で魔力が高い者にしか任せられない。…因みに、去年、王子の『魔力封じ』をしたのは私だ。私より魔法学の成績が良かったトーマスが出来ないはずがない、だろう?」
「アレン様…ご配慮ありがとうございます。それで、どなたに『魔力封じ』のご享受をいただけるのですか?手順を覚えるにはどれほどの時間がかかるのでしょう?」
「指導するのは、君が良く知る人物だよ。…現、魔法省のトップ、クリスティ・ノーランド嬢だ。」
「なっ?!」
「まぁ、気持ちも分からなくもないがね、可愛いご息女の為だ、頑張り給え。…時間は…そうだな、私の息子の時は、大体1時間程度だったと思うぞ。」
「…1時間…1時間…ノーランドと1時間…。」
トーマスは眉間にシワを寄せながら、ブツブツと呪文のように独り言を言っている。
(こんなに焦っている父様は初めて見た…ノーランド様って一体…?)
ルナティアが取り乱している父を不安そうに眺めていると、
「ペトラー。」
と、アレンが声を上げた。
「トーマスを、クリスティ・ノーランド嬢の所へ案内しろ。…ついでに、ここに茶の用意をするように伝えてくれ。」
「畏まりました。…さぁ、義兄上…こちらへどうぞ。」
ペトラーは、トーマスを気遣いながら別室へ案内していった。
「…さて、ルナティア嬢。君のお父上が手順をマスターするまで、少しヒマになったな。どうだろう、ここで私と茶を飲んでくれまいか。」
ニコニコと悪気のない笑顔でルナティアをお茶に誘う国王陛下。
「ぅえっ?…あっ…はい…」
(…変な声で返事しちゃった…。恥ずかしい…)
「あはは、そんなに緊張しなくても大丈夫さ。…“君の知らないお父上の話”をしようか。」
今度は、いたずらっ子のような笑顔だ。
(…ルナの知らない父様の話?それはとっても素敵だけど…。『国王様』って偉い人だよね?2人っきりでお茶なんて飲んで、いいのかな?)
そんなことを考えているルナティアの心を読んだかのように、軽くウィンクをしながらアレンが言った。
「さっきも言ったが、作法など気にしなくて良い。まだ君は5歳なのだから、美味しくお茶を飲んで菓子を食べて、可愛い笑顔でも見せてくれればいいのさ。幸い、ここには君と私しかいないしね。」
「っ、あの…おうさまは、こころをよめるの?…ですか?」
「いや?読めないけど?…でも、顔を見ればだいたいは考えていることは分かるかな。」
「すごいっ…やっぱりおうさまはすごいんだなぁ~…あっ、ごめんなさい。」
「ははっ、気にしなくていいって。…その真面目さは、トーマス譲りか?(笑)」
こんな砕けたやりとりに、ルナティアの緊張はすっかり解けていた。
少しすると、お茶とお菓子が運ばれてきて、2人きりのお茶会が始まった。
「うーん…折角だから、ルナティア嬢に私の息子を紹介したかったが…今回は『秘密のお茶会』だから仕方ないね。…いずれ紹介しよう、うん。」
(ジークリードがこの娘を見たら、どういう反応をするか楽しみだな…というか、一目惚れしてくれないかな。そうしたら、ルナティア嬢と婚約させて娘にできるのに…。この愛らしい子が娘になったら楽しいだろうなぁ~。王妃もデメーテル嬢の娘なら、問答無用で喜ぶだろうし…。)
などと、不届き(?)なことをアレンは考えながら言葉をつづけた。
「…ところで、お父上のことで何か聞きたいことはあるかい?もちろん、他の質問でも構わない。私が答えられることなら答えよう。」
「あの――…さっきいっていた、ノーランドさまって…とうさまと、どういうかんけいですか?」
「あぁ、学生時代の『犬猿の仲』さ。『犬猿の仲』って分かるかな?うーん…あまり仲が良くないんだ。と言っても、一方的にクリスティ嬢が喰ってかかっている、というのが周りの見解だが…。クリスティ嬢は、魔法学がとても得意なのだが…。それなのに、在学中の半分は、得意の魔法学でもトーマスに首席を取られていてね、まぁ、勝手にライバル視されていたんだよ。まぁ、トーマスからすると、余計なトラブルが増える訳だから、なるべく近寄らないようにしていたようだけどね。…あっ、ついでに言うと、クリスティ嬢はデメーテル嬢に心酔していてね、そのデメーテル嬢がトーマスのことを好きだったから余計に気に入らなかったようなんだよね。」
けらけらと笑いながら話すアレンの話に、ルナティアはいつの間にか引き込まれ、気づけばもうすぐ1時間が経とうとしていた。




