お菓子を作ってみたけれど…
あの日以降、ルナティアは度々秘密の場所に訪れ、ジークリードに相談をしたり、体術や勉強を教わったりするようになっていた。
そのお陰で、夏季休暇前の試験では、苦手だった経済や算術、外国語なども人並みの成績を取ることができた。探検大会優勝の加点もあり、ルナティアは学年で12位の成績だった。
入学前、経済と算術が壊滅的だったことを知っているレグルスは、試験前にテスト勉強を手伝ってくれたのだが、成績の上がり具合に驚きつつも、流石は僕の妹だと、相変わらずの溺愛っぷりを発揮していた。
因みに、友人たちの順位は、カエラが7位、ジュリアが11位、ライラが21位という成績だった。
そして、夏季休暇になり、友人たちは、休み中の約束をしてそれぞれ自宅へ帰って行った。
「ライラ、私、お菓子を作りたいの。教えてくれない?」
友人たちが帰郷し、少し暇を持て余していたある日、ルナティアがライラに言う。
ルナティアももちろんリストランド領に帰る予定だが、レグルスの所用が終わるまでの2日間ほど寮内で待機していた時のことだ。
「お菓子、でございますか?」
「そう、前にジュリア様が作ってくれた焼き菓子。ライラ、この前作ってくれたでしょう?お兄様達にお礼としてお渡ししたいの。ダメ?」
「そんなことはございませんが…。ルナティア様の手作り、なんて知ったら、レグルス様もお喜びになるでしょうね。」
そう言って、珍しくライラが笑った。
そして、2人でお菓子作りが始まった。
初めて作る焼き菓子だったが、ライラが丁寧に教えてくれたので、何とか形にすることができ、今はオーブンで焼いている最中だ。時間さえ間違わなければ上手に出来上がるはずだ。
「お疲れ様でございました、ルナティア様。こちらでお茶にいたしませんか?」
一区切りついたところで、ライラがお茶を淹れてくれた。
「ありがとう、ライラ。」
お茶を口にしたあと、ふぅ、と息をつき、ルナティアが続けた。
「お菓子作りって大変だけど思ったより楽しかった。ジュリア様が「気分転換に」と仰るのがよく分かったわ。お休みが終わったら、一緒に作りたいわね。」
「きっとジュリア様もお喜びになられると思います。」
ほっこりと会話を楽しんでいる間に、時間が経ち、菓子が焼きあがったようだ。
「後は冷ませばいいのよね。出来あがったらお兄様達のところへ届けに行きましょう。今日は、訓練場にいるって仰っていたから…。」
焼き菓子が冷めたのを確認した後、軽くラッピングをして、ルナティアとライラは学園の北の端にある訓練場に向かった。
訓練場の近くに着くと、中の様子を伺う見知った顔を見かけた。
「…トニトルス様?」
ルナティアが声を掛けると、驚いたエリカが変な声を上げた。
「ぅきゃあ~?…な、なんですの?!いきなり背後から声をお掛けになるなんて、はしたなくてよ?!」
「…驚かせてしまったのなら申し訳ございません。ですが…こんなところで何をされているのですか?」
「な、なんでもありませんわ。散歩しながら考え事をしていたら、こんなところまで来てしまっただけですのよ?…断じて様子を見に来たわけでは…。」
「…様子…。」
「だ、だから違うと申しているでしょう?…コホン、わたくしのことは良いのです。それより、貴女こそ何をしていらっしゃるの?」
「私は、兄を探しておりまして…午前中はここにいる、と聞いていたものですから―。」
「ルナ?」
エリカと話している所に、レグルスが現れた。その背後には、同じ生徒代表のスオーロ兄弟がいる。
「あ、妹ちゃんだ~。」
「あれ?エリカ嬢も居る~。何?2人は知り合いなの?」
想定外の人懐っこさに、驚き戸惑っていると、レグルスが冷静に窘めた。
「カイト、ソイル、ちょっと静かにしてくれないか。…失礼。ルナ、こちらのご令嬢は?」
「あ…、エリカ・トニトルス様です。」
「あ~トニトルス財務大臣の…。直接お会いするのは初めてですよね、僕はレグルス・リストランドと申します。それから探検大会では妹が大変お世話になりました。改めてお礼を申し上げます。」
流れるような所作でレグルスが挨拶をすると、一瞬、見惚れていたのかぼーっとした表情だったエリカが慌てて挨拶を返した。
「…ご丁寧にありがとうございます。わたくし、エリカ・トニトルスでございますわ。リストランド様のご尊名は伺っております。お会いできて光栄にございますわ。」
流石は自身で王太子妃候補だと豪語するだけあり、所作は美しかった。
「あ、俺はカイト・スオーロ。こっちは―」
「ソイル・スオーロ。俺たちは双子なんだ。よろしくな。」
空気を呼んでいないと思われる、双子は、エリカの後に聞かれていないのに挨拶をすると、
「貴方方には聞いておりませんわ。あら、でも、ルナティアさんには初めてなのかしら?」
エリカが突っ込みを入れる。同学年だからなのだろうか、随分と砕けた様子で会話をしていた。
「いえ、入学式の後に一度ご挨拶はさせていただきました。ですが改めて…ルナティア・リストランドと申します。以後、お見知りおきを。」
淑女の礼をしながら、ルナティアが挨拶をした。
エリカと比べるとまだまだ固いようだが、領内に居た時と比べると随分と所作もスムーズになっていた。これも学園でのマナーの授業のお陰か、とレグルスが感心しながら考えていると、
「あの…これをお兄様たちに…。」
そう言いいながら恥ずかしそうに、ルナティアが軽くラッピングされた焼き菓子をレグルスに差し出した。
「初めて作ったものなので、形はあまり良くないですけど…。でも、ちゃんと味見はしてあります。」
目の前に差し出された袋とルナティアを交互に見たあと、レグルスは満面の笑みを浮かべて「ありがとう」と言って受け取った。
「いいな~、妹ちゃんの手作り、俺も欲しい。レグルス先輩、分けて~。」
「俺も、俺も。」
レグルスの背に圧し掛かりながらカイトとソイルが言う。
「うるさいな、やらないったらやらない。ルナの初めてなんだぞ。僕が食べる。」
目の前で騒ぐ兄の珍しい姿を微笑ましく見つめていると、遠くからジークリードの声が聞こえた。
「レグルス、何処にいる?ちょっと相談が―」
「ああ、今行く。…と、ルナ、有難くいただくよ。後で行くから気を付けて帰れよ。トニトルス嬢、失礼いたします。…ほら、行くぞ。」
ジークリードに呼ばれたレグルスは、ルナティアの頭をぽんぽんした後、エリカに向かって礼をして、スオーロ兄弟を連れて去って行った。
「…思った以上に慌ただしかったわね…。」
後ろ姿を見送りながら、ルナティアが呟く。
「そうでございますね。…ところで…トニトルス様は何をなさっておいでですか?」
黙って後ろに控えていたライラが、ルナティアの隣で横を向いてブツブツしているエリカのことをルナティアに耳打ちする。
「…ふふっ、きっとお兄様の笑顔にあてられたのよ。凄く嬉しそうに微笑んでくれたもの。」
「なるほど…。初見でアレは大変でございますものね…。」
「私はお兄様の魅力を理解していただけるのは嬉しいけど。」
2人で話している声も聞こえないのか、エリカは頬に手を当てながら、
「違うわ…そんなんじゃない、けど…あの笑顔は…いいえ、ダメよ、流されてはいけないわ。わたくしには殿下が…でも…。」
と、堂々巡りを繰り返していた。
「えーっと…トニトルス様、お先に失礼いたしますね。」
取り敢えず、挨拶をしてルナティアとライラはその場を後にした。
その日の夜、ルナティアの部屋にレグルスが訪ねてきた。
「ルナ、焼き菓子、美味しかったよ。ひとつはちゃんとジークにも渡しておいたからね。ところで、あの焼き菓子、何か入れた?」
ルナティアはライラと顔を合わせて首を傾げた後、「いいえ。」と答えた。
「そうか…。食べたら少し体が軽くなったような気がしたから…。ジークも同じように感じたと言っていたから、回復の薬草でも入れたのかと思ったんだけど、違うのか。」
「…あ。」
「あ?…やっぱり何か入れた?」
「いえ、入れた、という訳では…。ただ、生地を捏ねながら練習のつもりで初期の回復魔法呪文を唱えたので…。」
「魔法が菓子に宿った、ってことかい?」
「お菓子作りの時に、ジュリア様が「美味しくなーれ、と言うのよ」って仰っていたから、「美味しくなーれ」と言いながら、一緒に1回だけ唱えたの。でも、そんな訳ないですよね…。」
「いや、あながち間違いでもないかも…。」
そう言ってレグルスは口を噤み、少し考えた後
「帰ったら確かめてみるとしよう。明日の昼には生徒代表の仕事が終わる予定だから、明後日の朝、ここを出発する。だから、明日中に準備をしておくように。」
と言って、自寮へと帰って行った。
そして、予定通りの翌々日の朝、ルナティアとライラは、レグルス、ジャンと共にセイグリット学園を後にして、リストランド領に向けて出発したのだった。




