歴史学~世界の始まり~
初めて告白の聖地へ呼び出されてから1週間ほどが経った。すでに、ルナティアは何度か呼び出しをされ、その度にお断りを続けていた。
お断りしながら、ライラの言う『胸が痛い』をいつも考えていたのだが、未だによく分からない。
そんな中、心待ちにしていた授業のひとつ、歴史学の授業が今日から始まる。
第一回目の歴史学の授業は、『世界の始まりとラソ教の生い立ち』についてだった。
この世界は、太陽神ソール様と、その妻、クラール様、ステルラ様が世界中の様々な理を造り、人を含めた生物を造り、それらを愛していたお話から始まる。
平和に暮らしていたこの世界に危機が及んだ時、ソール様は愛すべき者たちを守るため、戦い、最後は我が身を剣に変え、魔を退け世界を救ったとされている。また、ソール様が戦っている間、2人の妻が祈り、魔を弱らせ世界を救うことに貢献し、戦いの後、各地に飛び散った魔の者の欠片を封じたのも2人の妻だった、と伝えられている。
そのソール様とクラーク様、ステルラ様を信仰しているのが『ラソ教』だ。
『ラソ教』は、剣に姿を変えたソール様が奉納されている場所を『聖なる場所』としている。
今でも、『聖なる場所』には、ソール様の剣が奉納されているが…その剣を見ることが叶うのは、教皇と学首のみ、なので、本当かどうかは分からない、と先生が言っていた。ついでに、教皇と学首が言うのだから本当だと思う、とも言っていた。
ひとりの生徒が手を上げ、
「先生、どうしてソール様の剣は、教皇様と学首様しか見ることが叶わないのですか?各国の王族だって見れても良いと思うのですが。」
と質問をした。すると、
「良い質問ですね。私も不思議に思ったので、以前、学首にお聞きしたのです。すると学首は、選ばれた者しかたどり着けない、とお答えになりました。もし、各国の王族が選ばれしものであれば、きっとお目見えすることも叶うのでしょう。」
「選ばれた者、って、誰にですか?」
「…恐らく、ソール様の剣に、だと思います。因みに、『聖なる場所』に向かっても、選ばれないものは入り口に戻されるんですよ。…仕組みはよく分かりませんけど。私が挑戦した時は―」
「「「え、先生、挑戦したんですかぁ?!」」」
多くの生徒の声が重なった。
「はい、せっかくなので。このセイグリット公国の真北にある洞窟がそうだということは有名ですからね。でも、入ってすぐにいくつかの分かれ道があるのですが、どの道を選んでも、すぐに出口…というか入り口に戻されているのですよ~…不思議ですよねぇ…。」
楽しそうに、先生が言う。
生徒たちは、不思議な現象をよく理解できずにキョトンとした顔で聞いていた。
「まぁ、気になるなら、一般科を卒業する時にチャレンジしてみてはどうですか?」
「チャレンジできるんですか?」
「ええ、卒業祝いとでも言うのでしょうか。卒業前に希望をお聞きしているのです。その時に希望すれば、『聖なる場所』のある洞窟へ挑戦できます。…ただし、無断で入ることはお勧めできません。過去に、無断で入った者が片足を切断された、という話を聞いたことがありますから。また、無事に辿り着いた場合は…。」
意味深な言い方をする先生に、生徒たちは固唾をのみ見つめている。
「ラソ教の本部で、ソール様達にお仕えすることになります。」
「えっ?…それは決定ですか?」
「はい、ほぼ決定です。他国の王族でも、高位貴族でも、後継ぎでも関係ありません。後の教皇、学首となる方なのですから…。最初に言いましたよね? その剣を見ることが叶うのは、教皇と学首のみ、だと。つまり、神に認められた子のみが辿り着けるのです。ですから、辿り着いたら、神にお仕えしないといけない、という訳です。」
「・・・・・・。」
生徒たちは、お互いの顔を見合わせている。間違いなく、神の剣を見たい、気持ちと、見たら後戻りできない、という事実の狭間で葛藤しているのだろう。
少しして、ひとりの生徒が発言をした。
「先生は、挑戦した、と仰っていましたが、辿り着いたらどうされるおつもりだったのですか?」
「僕ですか?もちろん、教師ではなく、神にお仕えしますよ。…だって、この世界で唯一の教えであるラソ教のトップになれるかも、なんですよ?各国の王族と渡り合う…いえ、それ以上の権限を持つ立場になれるんですから…。」
うっとりとした表情で答える。…なかなかの野心家だったらしい。
「ですが、僕の野心が見破られているから、辿り着けない、ということも分かりました。」
「野心があるとダメってことですか?」
別の生徒が問う。
「うーん、どうでしょう?次の授業が、学首自ら教鞭をとってくださいます。その時に、沢山聞いてみると良いですよ?不思議な不思議な『聖なる場所』について。そして―。」
と、そこまで話して授業終了の鐘が鳴った。
「あ、チャイム、鳴りましたね。じゃあ、今日の授業はここまで。」
そう言うと、さっさと教室を出て行ってしまった。残された生徒の一部は、「そして―」の後が気になって先生の後を追いかけたのだった。
授業終了後、ルナティアはふと、以前、教皇と父が話していた言葉を思い出していた。
――「それではまるで、『聖なる場所』が、その場に向かう者の意思を理解し、その上で助言…というのでしょうか、答えを提示している、というように聞こえるのですが?」
「はい。『聖なる場所』とはそういうものです。」――
確かにそういっていた。
「試練については、学園で、ってお父様が仰っていたから、きっと次回の授業でお聞きできるわね。楽しみね、ライラ。」
そう、楽しそうに話す主を見つめながら、「学園で知ったとしても、騒がずにルナティアを守ってくれ。」と言っていたトーマスの言葉を思い出していたライラは、微笑みながらも、少しだけ不安を感じていた。
その夜、ベッドに腰かけてルナティアは、妖精と話していた。
「シエルは、『聖なる場所で生まれた』って言ってたよね?」
『うん。』
「今日、授業で選ばれた者しかたどり着けない、って聞いたの。そして、辿り着いたら、ラソ教にお仕えしないといけないって…。本当なの?」
『うーん…。ボク、人間のキマリは分からないけど…あの教会に居る人は、『音』を聞いたり『扉』が見えたりする人が多いね。』
「音?扉?」
『うん、音っていうのは…実はボク達の声なんだけど、ちゃんと聞き取れる人はほとんど居ないんだ。契約すれば聞こえるけど、契約していない人には『音』にしか聞こえない。音が聞こえるだけでも珍しいんだよ。『扉』は、教会の何処かに現れる時があるらしいんだ。』
「あ、それ、見たことある…。」
『えっ?』
凄く驚いた顔でセシルがルナティアを見た。
『えっ、いつ、いつ?』
「魔力測定の時よ?…お兄様と自分の時、それぞれ1回ずつ。…見た場所は別なところだったと思うけど…。」
答えるルナティアの目の前で、シエルが口をパクパクしている。
「シエル?…どうかしたの?」
普段、饒舌な妖精が黙っていることに不安を感じて声をかけると、シエルは深呼吸をしてから話し始めた。
『あのね、ルナティア、良く聞いて?ほとんどの人間は、ボク達の姿も見れないし、声も、音ですら聞こえない。一部の人間だけが、『声を音として聞くことが出来る』か、『ボク達の姿だけが見える』か、『教会の扉を見ることが出来る』か、どれかが出来るんだ。…3つのうち、2つが出来る人間を、ボクはルナティアと契約して外に出てから、キミを除いて2人しか知らない。』
「…2人?」
珍しく重々しく話す妖精に、かなり不安な気持ちになりつつ、ルナティアが恐る恐る聞き返した。
『うん、2人。ボクの姿が見えて音を感じている、学首?だっけ?学園の偉い人。それから、ボクの姿が見えて、扉をくぐって聖なる場所に良く来ていた、教皇だけだ。』
「・・・。」
『教皇は、声も音も聞こえていない…と思う。話しかけても「あ、妖精がいる」としか言わないから。…学首は…もしかしたらボクが知らないだけで扉を知っているかもしれないけど…、3つ全部出来ているって確実に言えるのはルナティアだけだよ。』
衝撃の事実に、驚きの声が出そうになった自分の口を、慌てて両手で塞いだ。
『ルナティアの場合、ボクと契約を結んでいる、っていうことが原因かと思ってたんだけど…ボクと契約を結ぶ前から『扉』も見えていたんだよね?』
コクコクと頷く。
シエルは、ルナティアの目の前をふよふよと飛びながら、腕組みしたまま考え込んでいる。
少し時間が経つと、だんだん落ち着いてきたルナティアが、シエルに質問をした。
「シエル、3つとも経験していると…どうなっちゃうの?」
『…わかんない…けど…。ルナティア、その、次の授業、っていつ?』
「1週間後よ。」
『分かった。ボク、ちょっと聖なる場所まで行ってくるよ。えっと…その授業の前には帰ってくるから、心配しないで待っててね。』
それだけ言うと、パチンと音を立ててセシルは目の前から消えた。
シエルが居なくなった後、ルナティアはベッドに横になり、思い出していた。
(…そう言えば、扉が見えたと話したとき、お父様が「他の人に言っちゃダメだ」って言っていたけど…多分、これと関係がある、のよね…。来週の授業、楽しみだったけど…ちょっと怖い。…シエル…早く帰ってきて…)
何とか眠りにつこうと色々と考えてみたものの、やはり簡単にはいかず、やっと眠りについた時は、空が明るくなりかけた頃だった。