『好き』の気持ち
その日の夜、ルナティアの部屋に、レグルスが訪れていた。
ライラの報告を聞き、今後、同じようなことが起こった時の対応についての対策会議のためだ。
「そう遅くないうちに呼びだされるとは思っていたが…。いや、呼び出されることは想定内だからいい。」
レグルスが言うと、
「え、いいの?」
思わぬ肯定の言葉に、ルナティアは思わず、間抜けな返事をしてしまった。
「いや、良いわけじゃないけど…、想定内だからな。とりあえず、今後、男子生徒に呼び出されたら『少し考えさせてくれ』と答えてすぐに返事をしないのが一番だ。納得しない場合は、僕の名前を出せばいい。…学園内でも僕がルナティアを可愛がっていることは有名だからな。」
と、自慢げにレグルスが言った。
――…え、有名なの?
同じことを考えたのか、ルナティアとライラが目を合わせた後、苦笑いをした。
そんな様子に気づきもせず、レグルスは思いのほか深刻な表情で考え込んでいる。
「まあ、呼び出されることは仕方ないとして、問題はやはり、ユグ先輩だな。…仮にも他国の王子だしあまり邪険に出来ない。かといって『仮』でもルナティアに婚約者を立てたくないし、例え立てたとしても対抗できるほどの家柄でないと…。」
そう、対抗できる家柄は、思いつかないわけではない。思いつかないわけではないが、立てたら『仮』では済まなくなる相手だ。おまけに本人も、自身の気持ちに気づいてはいないけれど、まんざらでもないはずだ。
ブツブツとレグルスが考え込んでいる。
「あの、お兄様?ずっとお断りを続けるということは不敬になる?」
「いや、学園内の、一生徒同士のことだから不敬にはならないが…ただ…。」
「…ただ?」
「ユグ先輩が国に帰った後に、正式に求婚されると…困る。」
「正式に?…でも、私はまだ学生だし、すぐには…。」
「ないだろうな。多分、求婚してきたとしても、ルナが卒業するまでは返事を保留にすることは出来るが…。…ああっ!!!」
温厚なレグルスが珍しく頭を掻きむしっている。恐らく、ずっと先の求婚のことまで考えているのだろう。
「…お兄様、以前、ジークお兄様が教えてくれたのだけど、例え他国の王族からの求婚であったとしても、本人の意思と、自国の国王陛下の了承がないと出来ない、と聞いたわ。」
頭を抱えていたレグルスがピクリと動き顔を上げた。
「…いつ?」
「え?」
「いつ、ジークに聞いた?」
「2年前の武術大会の後…、2ヶ月後くらいだったかしら…。姫殿下と遊ぶために王城にお伺いした時よ?…公務があって少しだけ王城に戻ってきていた、と仰っていたと思うけど…。」
「…そうか…。ジークは、もうその時から懸念してたってことか…。」
再度、頭を抱えレグルスがテーブルに突っ伏す。
「それに、幸い私は魔力があるから魔力棟卒業まで学生でいられるでしょう?その間に何か対策を考えれば…。」
突っ伏したまま、顔だけを横に向けレグルスが、ルナティアに聞いた。
「因みに、だけど…ルナは…ユグ先輩のこと、どう思ってる?」
「どう?どうって…別に?」
「本当に?『素敵』とか思わなかった?…ユグ先輩、先輩の同年では一番人気だったんだよ?褐色の肌と、がっしりした体格に守られたいって。」
「お言葉だけど…私、守ってもらう必要ありません、出来るなら一緒に戦いたいくらいよ。だから、そういう意味では興味ないです。それに…。」
「それに?」
「私の理想は…お兄様達のように強いけど、穏やかで優しい方ですから。今日、告白していただいた時も、頭に浮かんだのは、お兄様やジークお兄様で…。」
「ちょっと待って!」
「・・・・・?」
(ジークも浮かんだのか?…多分、無意識なんだろうけど、でも…。)
レグルスはルナティアの目をじっと見つめたまま考え込んだ。
「お兄様?」
「あ…いや、何でもない。…そうか、僕が理想か…。それじゃあルナの理想でいるために、僕はもっと頑張らないといけないね。…と、そろそろ時間かな。僕は部屋に戻るよ。…ルナ、一般棟の男子生徒に呼び出されたらどうするんだっけ?」
「えっと…少し考えさせてください?」
「そう、絶対、即答しないように。そしてすぐに僕に報告。いいね?」
「はい。」
「もし、しつこい奴だったら、僕に話を通せって言えばいいから。」
「はい。」
「ん、良い返事だ。…ライラ、君も大変だと思うけど、これからも頼むよ。」
「かしこまりました。」
兄を見送った後、ライラに用意してもらったお茶を飲みながらルナティアが聞いた。
「ねぇ、ライラ。『好き』って何かしら。私、お兄様もお父様もお母様も好きよ。勿論、ライラのこともジャンのことも好き。…でも、今日の…クレーマン様の言う『好き』は同じじゃない…わよね?」
「はい。違いますね。」
「言葉は同じ『好き』なのに、何が違うのかな…。」
恋愛について、真剣に悩む主人にお茶を差し出しながら、
「きっとルナティア様は、そういうお相手にまだ会っていないのかも知れませんね。」
「…ライラは?そういう『好き』はあった?」
「……さあ、どうでしょう。」
「あ、ずるーい。内緒にするなんて。」
「内緒なんて…。それが恋だったのかも分からないものを、あった、とは言えませんから。あ、でも…異性と区切らなければありますよ?」
「え?ホント?いつ?誰に?どんな感じなの??」
「ふふ、それは…今は秘密です。」
「やっぱり秘密にするんだー。」
「…言葉にするのは難しいんですよ?でも…そうですね、胸が痛くなる、とかよく聞きますね。私の場合は射抜かれたような気がしましたけど…。」
そう話しながら、ライラは過去の自分の想いを少しだけ思い出していた。
(最初は、多分、あのサファイア色の目を安心した気持ちで見れるようになった時かしら…。当時はその目を探していたと思う。だけど…、胸を射抜かれた、と思ったのは…)
「胸が…?痛いってどんな?」
自分の胸を撫でながらキョトンとしている主人を振り返り、微笑ましく見つめていた。