謁見準備
国王との秘密裏の謁見の日が決まった。
モンヌール家にルナティアがお世話になり始めた翌日、その日を含め3日後に謁見可能との連絡がトーマスに伝えられた。
予想以上に早かったので、謁見までの3日間はかなり慌ただしかった。
王城に行き、陛下に謁見するのだから、急ぎドレスを誂えなければならかった。
ルナティアはまだ5歳だったからの謁見用のドレスなど持っていないので、王都で誂えるつもりだったのだ。
まさか2日後に謁見が可能となるとは、流石のトーマスも思ってはいなかったようだが、異例の速さの謁見実現は、一重に陛下からのペトラーに対する信頼の証なのだろう。
流石は我が義弟だ、とペトラーの有能ぶりに感心するも、王都の仕立屋に馴染みはない。
急ぎでドレスを誂えることなど出来るのか?と、悩んでいたところへ、モンヌール伯爵夫人とミラクが協力を申し出、現在に至る。
多くの王都にいる貴族が贔屓にしている、『マダム・パティ』のモンヌール家専属のデザイナーが早速来て、ルナティアの採寸を行っているところだ。
モンヌール伯夫人とミラクは、可愛いルナティアを着飾れることに大喜びし、あれもこれも、と、ルナティアはもう半日も試着をさせられ続けている。
そんな訳で、ドレスの採寸と試着から解放された時には既に、ぐったりとしていた。
こんなお着替えを半日も続けるなんて、初めてのことだったルナティアは、
(…領内の庭を駆けずり回っている方が楽…淑女になるのって大変…)
などと、令嬢らしからぬことを考えてベッドに突っ伏していた。
「ルナティア様、お疲れ様でございました。ホットミルクをご用意いたしましょうか?」
令嬢らしからぬ姿でベッドに突っ伏しているルナティアに、少し吹き出しそうになりながらテマが言った。
ベッドにうつ伏せ状態のまま、顔だけを上げて、
「ホットミルク?…うん、つかれたから、うーんとあまいのがのみたい。」
「畏まりました。―――…どうぞ。」
テマが準備してくれた、甘いホットミルクを飲みながら一息ついていると、外から剣がぶつかり会う音が聞こえた。
窓際に寄って見てみると、トーマスがサリルに剣の指導をしているところだった。
(いいなぁ…私も剣の訓練、したいなぁ…。…見るだけならいいよね)
そう言い訳を考えて、ルナティアはテマに訓練場までの行き方を聞き、トーマスの指導をサリルが受けている姿を眺めていた。
(そういえば、父様の指導ってあまり見ないかも…)
レグルスの指導も、基本的にはジニーが行っているから、辺境の地でもなかなか父が剣を振るっている姿なんて滅多にみられないのだ。
そんな父の貴重な指導シーンを見逃すまいと、ルナティアはジーっと見つめていた。
(とうさま、カッコイイ…。そして、本当に強いんだ。ジニーが言っていたことは嘘じゃなかった。)
改めて、自分の父の偉大さを感じ嬉しくなったルナティアは、お着替えの疲れなどすっかり忘れていたのだった。
散々、お着替えさせられた日から2日目の夕方、ギリギリでドレスが到着した。
モンヌール伯夫人とミラク、『パティ・ランドール』のデザイナーのそれぞれが意見を出し合った結果、ルナティアの白銀の髪がより映えるよう、鮮やかな空色を主体としたドレスとなった。
空色のドレスはハイウエストで、背には真っ白なリボンがついている。更に裾の部分は、白とピンクのレースであしらい、子どもらしい可愛らしさも備えた渾身の作だった。
「きゃー!もう、最っ高に可愛いわ、ルナ。ねぇ、サリルもそう思うでしょ?」
「ああ、可愛い。」
「えへへ。こんなすてきなドレス、はじめて。これ…『そらいろ』っていうの?とってもキレイだよね。気に行っちゃった。ミラクねえさまとおばさま、すてきなドレスをえらんでくれてありがとう。」
と、満面の笑みでお礼を言うと、その微笑みは見慣れているハズのミラクとサリルでさえも、ちょっと赤面してしまうほどの破壊力だ。
赤面しているのを誤魔化すように、ミラクがサリルへ話す。
「レグルスも可哀想ね、こんな可愛いルナが観られないなんて…ふふっ。後で自慢しちゃおう~っと。絶対悔しがるわね。…でもちょっと心配だわ。」
「何が?」
「こーんなに可愛いのよ?王城に行って、もし誰かに見られたら…見慣れない人なんて絶対、一目惚れしちゃうと思うし、大人だって“我が家の嫁に”なんて婚約させられちゃうかも。どうしようかしら…ねぇ、サリル?」
「…何故、俺に振る?」
「あら、気にならないの?誰かにルナ、取られちゃうかも知れないのに…。私は嫌よ?」
そう言って、炊きつけるような眼でサリルを見るミラク。
そんなミラクの眼からサリルは視線を反らし、
「…大丈夫だろう、今日は。伯父上も一緒だし、秘密裏の謁見だからな。」
「それもそうね。伯父様が一緒で、秘密裏なら余計な人には会わないわよね。」
トーマスは、ロビーでルナティアの準備が終わるのを待っていた。
「とうさま、おまたせしました。」
と、ドレスの裾を少し持ち上げ、“淑女の礼”をしたルナティアを見て、
「…これは驚いた。デメーテルにそっくり…いや、もっと可愛いかもしれないな。流石は私とデメーテルの娘だ。」
やっぱり親バカなトーマスだ。
そんなトーマスに、ミラクが釘をさす。
「伯父様?ルナに変な虫がつかないよう、気を付けてくださいませね?」
「あ?…あぁ、分かった。気を付けよう。さぁ、ルナ、遅れては大変だ。向かおう。」
トーマスとルナティア、ペトラーの三人を乗せた、お忍び用の外見が質素な馬車は、王城へ向かって出発した。
モンヌール伯夫人とサリル、ミラク、テマに見送られながら…。