武術大会~レグルスとジークリードの初戦〜
レグルスが到着すると、お互いの使用武器の確認の後、審判の合図で試合が開始された。
開始と同時に、相手生徒はレグルスに向かって駆け出した。
レグルスは相手の行動を確認した後、軽く息を吐き、地面を蹴った…と思った瞬間、レグルスの身体は相手生徒の後ろに回り、相手生徒の足を払い倒れさせ、首横に剣を突き立てて、あっけないほど簡単に試合は終わった。
「流石だな、レグルス。相手の生徒だって2年生だし、去年3回戦まで行ったはずなんだから弱いわけでもないだろうに…。」
顎に手を当て笑いながらジークリードが呟く。
戦いが終わったレグルスは、挨拶を済ませた後、ルナティア達の方を向き直り、片手を上げた。それにこたえるように、ルナティアが両手を振り返していると、隣に座る母がその行為を窘めていた。
その様子を見たレグルスは、笑いながら闘技場を後にした。去るレグルスには、入場時以上の歓声(主に黄色い声)が送られていた。
レグルスの試合が終わった後も、次々と生徒たちの戦いが行われていた。
試合が終わったレグルスが来るまでの間、簡単にジークリードが大会について説明してくれた。
学園の生徒数は、1年~3年の生徒数は、おおよそ250名、うちエントリーするのは男子生徒の約半分くらいだそうだ。また、試合には規定時間があり、規定時間内に終わらない場合は、審判の先生方による判定で決めることになっているという。だが、12~15歳の成長期は、個体差があるため、正直、1年生には不利な大会なのだと言う。
(1年生には大変な大会なのに、あっという間に上級生を倒した兄様は、やっぱりすごいのね…。)
そんなことを考えているところにレグルスがやってきた。
「ジーク、ありがとう。迎えまで行かせてしまって…。それから母上、ルナティア、来てくれてありがとう。」
「楽しませてもらっているわ。貴方も頑張っているようだし。それにしても…何年たってもこの大会は心躍るわね。」
扇で顔を半分隠しながら、本当に楽しそうにデメーテルが言った。自分が学生だったときのことを思い出しているのだろうか。
「それじゃあ、そろそろ俺も準備に行こうかな。」
ジークリードが立ち上がりながら言った。
「ジーク、頑張れよ。お前の初戦の相手は…。」
「あぁ、ライオット・カーフスだよ。…2年で1,2を争うと言われている…。」
落ち着いた表情で答えるジークリードと対照的に、首を振りながらレグルスが言う。
「…組み合わせ、どうかしてるだろう。…仮にもお前は王太子なんだぞ、それなのに…。」
「それなのに、『初戦で負けるかもしれない組み合わせを』って?それに、仮にもってなんだよ、…全く。何度も言っているが、だからこそ、厳選な組み合わせだと言えるんだろう。…それに、俺は、お前とすぐに当たらない位置で良かったと思う気持ちの方が強い。」
「それはそうだけど…。……ジーク、負けるなよ?」
「あはは、その言葉、次の試合のお前に返してやるさ。…ルナティア。」
去り際にジークリードが呼ぶ。
「ちゃんと俺のことも応援してくれよ?」
「もちろんです。ちゃんと応援します。だから負けないでくださいね。」
「ああ、じゃあ余計に負けられないな。…それじゃ行ってくる。」
そう言いながら、ジークリードは控室に向かっていった。
ジークリードの姿が見えなくなると、心配そうな顔をしてルナティアが質問をする。
「兄様、ジーク兄様のお相手は強いの?」
「まぁ、ね。昨年は1年生なのに、4回戦まで行った実力者だ。」
真剣な顔でレグルスが答えていると、隣で聞いていたデメーテルが口を挟む。
「あら、カーフス家の…。そう、1年生で4回戦まで行くなんてなかなかの実力者ね。」
デメーテル曰く、カーフス家は本来、文官の家柄で、父親は現在、外務省に、兄は魔法省に勤めているそうだ。
文官の家柄にもかかわらず、武道に強いのは珍しいこともあり、昨年の話題に上がった一人だとレグルスが教えてくれた。
「…いろんな方がいるのね。…兄様もジーク兄様も強いから圧勝だと思っていたわ。」
ルナティアは呟きながら、自分の知っている世界はまだまだ小さいことを改めて実感したのだった。
その間も闘技場では、戦いが続けられ、勝ち負けに関わらず、戦った生徒たち全員に拍手が送られていた。
また、ひと際大きな歓声が上がった。
歓声を聞きながらふと思い出したルナティアが呟いた。
「そういえば…兄様、物凄い人気だったわね。特に女性からの応援がすごかったから、驚いちゃったわ。まあ、兄様は素敵だから仕方ないと思うけど…。でも…、ジーク兄様が私たちを迎えに来てくださったときは、それほど騒がれなかったのよね、どうしてかしら。ジーク兄様も、兄様に負けないくらい素敵だと思うんだけど…。ただきになったのは、時折、周りの女生徒の皆さんが悲鳴に似た声を上げていたのよ。どうしてかしら?」
当たり前と言えは当たり前の疑問だな、とレグルスは思った。
――ジークは普段、学校では不愛想だ。ほとんど表情を変えない。特に、女生徒の前では。入学当初、ジークの周りに群がってきた女生徒たちのほとんどが、今は遠巻きに眺めているだけだ。…何を聞いても返事もしない。居ないもの、と扱わられればそうなるのは当然で…。
たまに僕やカートリスと話していて笑ったりするが、その時には、遠巻きに眺めている女生徒たちの悲鳴が聞こえる。
多分、ルナティアが聞いた悲鳴は、“ジークリードの笑顔を見たから”なんだろう――
うーん?と悩んでいる様子のルナティアに疑問に対する答えを伝えた。
「あぁ…それはね、多分、ジークリードが『笑顔』だったからじゃないかな。…ジークはいつも女生徒の前ではほとんど笑わないから。…苦手、なんだってさ。」
苦笑しながらレグルスが答える。
「苦手って…何が?」
「ん?女性が、だよ。」
「………。それじゃあ、私は、女性じゃないのかしら?」
「どうしてそう思うの?」
「うーん…笑顔で話してくださるから?」
「僕の妹で、ジークにとっても妹みたいなものだからじゃないかな。現に「ジーク兄様」って呼ばせてもらっているだろう?それに…ジークにもこの間、妹が産まれたばかりだし…。」
「そうね…。妹だから笑顔で話してくれるってことね?ふふっ、それはとても光栄だわ。…頼もしいお兄様が2人もいるなんて私は贅沢ね。」
そんな話をしているうちに、戦いの順は進み、いつの間にか、ジークリードとライオット・カフスの番になり、2人が闘技場に現れた。
歓声は一段と大きくなった。
「すごい歓声ね…。なんだかんだと言っても、やっぱり大国の王太子殿下だからかしら?」
デメーテルがレグルスに聞く。
「それもあると思いますが、多分、今回の武術大会の、1回戦の一番の目玉だからだと思いますよ。」
「そう…目玉、ね…。お相手のカーフス侯爵家のご子息は、手加減とかなさるのかしら…。」
「いえ、それはないかと…。対戦が発表された直後、殿下はライオット様に「手加減は無用。もし、手加減と感じたら俺は一生、お前を認めない。」と言っていましたから。」
「まあ、殿下は真っすぐな気質の方なのね。…あの人が「この国の未来も安心だ」と言っていたのも分かるわ。」
微笑みを浮かべながらも目線は闘技場から離さずにデメーテルが言った。
レグルスとデメーテルの話を聞きながら、ルナティアは両手をぎゅっと握りしめていた。
(お相手の方、ジーク兄様よりも、ふたまわりくらい大きいじゃない。その上、1年生の時に4回戦まで行った実力者だなんて…。1年生で2回線以上に勝ち進む方なんて、毎年、1,2人しかいないって聞いたわ。…大丈夫かしら…。)
ジークリードが闘技場からルナティア達の席をチラリと見ると、レグルスとデメーテルが話していて、ルナティアは真剣な顔でこちらを見つめている。その顔は不安でいっぱいな顔に見えた。
(…心配するな、って言う方が無理か。この体格差だもんな。でも…!)
ジークリードがルナティア達の席の方を向き、剣を持った右手を高く上げた。
その瞬間、会場は更に大きな歓声に包まれた。
「ジーク、頑張れっ!!」
「頑張ってください!負けないでっ!!!」
レグルスとルナティアの応援の声は、その他の大きな歓声にかき消されたが、2人の様子はちゃんとジークリードに届いているようだった。
「では、お二方、ご準備は宜しいですかな?」
審判の先生が聞く。
二人が頷いたのを確認すると、「始めっ!」の号令がなされ、試合が始まった。
ライオットは両手に武器を持ち構える。二刀流のようだ。
対するジークリードは、片手に剣を持ち、身構える。
開始した、というのに動く気配がない。お互いに相手の出方を見ているのだろう、と思い始めた瞬間、ジークリードが先に動いた。
ジークリードの攻撃は、ライオットの予想を遥かに超えるスピードで繰り出されたが、受けるライオットは二本の剣で何とか防ぎながら思った。
(こんなスピード…確かに手加減するな、と言われたが…こんなの、手加減しようがないじゃないか!)
ライオットにわずかに焦りの色が見えた…と思った瞬間、防御のみだった二本の剣に力を込め、切り込まれたジークリードの剣を弾き飛ばそうとしたのだが、ジークリードに耐えきられてしまった。
(くそっ、普通の生徒なら弾き飛ばして終わりなのに…。流石は殿下と言ったところか。だが、今度はこちらから行かせてもらう…!)
体制を立て直した直後、あっという間に間合いを詰めたライオットの両剣がジークリードに振り下ろされる。
――あぶないっ――
ほとんどの観客がそう思った。
だが、振り下ろされた先にジークリードの姿はなかった。
「悪いな、ライオット。俺はお前以上に強い二刀流に幼い頃から鍛錬をしてもらっていた。だから…。」
ライオットの背後から声がする。
(いつの間に…?)
と、思いながら振り返ったと同時に、ジークリードが鳩尾に蹴りを入れた。
「うっ!…げほっ…!!」
鳩尾を蹴られたライオットの目の前に剣を突きつけられ、試合はジークリードの勝利で終わった。
闘技場から控室へ向かう帰り道、ライオットがジークリードに尋ねた。
「殿下、幼い頃から鍛錬をしてもらっていたという二刀流の方は…?」
「…グラハム・フーランク。王室第一騎士団団長で俺の叔父上だ。」
「…なるほど…。…はは…相手が悪かったですね…。」
「だが…なかなか楽しかった。また来年、手合わせが出来ることを楽しみにしている。」
そう言うと、ジークリードはすっと右手を出して握手を求め、ライオットは感動して涙を流したのだった。
戦闘シーンを表現するのって難しいです。。。
もうしばらく、「武術大会編(?)」が続きますのでお付き合いください。




