長期休暇
レグルスが学園に入学して4ヵ月ほど経つと、学園は長期休暇となり、レグルスが領内に帰ってきた。
ルナティアもその頃には、「パリエス」の呪文を唱えて、様々な大きさの壁を作れるようになっていて、そこまでの道のりを聞いたレグルスは、大げさなくらいに妹の努力を称えてくれた。
長いはずの休暇だが、楽しい時間はあっという間に過ぎ、学園に戻るまであと1週間となったある日、思わぬ来客があった。
ジークリードだ。
どうやら、長期休暇に入る前、レグルスには「リストランド領に視察に行くかもしれない」という話をしていたようだが、本当に来るとは思っていなかったのでレグルスはかなり驚いていた。
領主のトーマスも領内の視察で王城から視察団が来ること、視察団の中に王太子殿下がいることは知っていたが、まさか、視察の『責任者』としてくるとは思っていなかった。
最初は驚きの隠せなかったトーマスだが、視察中の殿下の堂々たる姿を見て、この国の未来も安心だな、などと親戚のような気持ちで領内の案内・説明をした。
視察は1日程度で終了し、翌日、視察団は王都へ帰って行った。
ジークリードを残して…。
「王太子殿下、お帰りにならなくて宜しいのですか?」
レグルスがワザとらしく聞くと、
「ああ大丈夫だ。この休暇中にやらなければならないことは既に済ませてきたし、残りの数日は俺の好きに過ごしていい、と陛下から言われている。なので…数日、こちらで世話になる。よろしくな、レグ。」
王城の者たちが去ったと同時に、視察中の堂々とした姿ではなく、年相応の笑顔で言った。
その後、レグルス達が学園に戻るまでの5日の間、ルナティアを加え3人で過ごした。
ピクニックに行ったり木登りをしたりした。流石に令嬢が木登りをするところを見た瞬間、殿下は固まっていたけれど、それすらもリストランドの血だな、と受け入れてくれた。
それから、レグルスとジークリードの魔法を見せてもらったりした。
特に、ジークリードの火魔法や雷魔法は、身内に居ない属性なので、指先から火を灯すだけの魔法でも、感動してルナティアは目をキラキラとさせていた。
学園に戻る前日の夜、庭園を3人で散歩しながら、ルナティアが思い出したように話し出した。
「そういえば…ジーク兄様、女王陛下のご出産はどうだったの?」
この数日で、ルナティアはジークリードのことを「兄様」と呼ぶようになっていた。単にレグルスと間違って呼んでしまったことが発端なのでが、呼ばれたジークリードが「そのままで良い」と言ったので、「ジーク兄様」呼びが定着してしまったのだ。
自分の母の出産のことを聞かれ
「あぁ、無事に生まれたよ。と言っても、俺は長期休暇で戻ってきてから、いつ生まれたのかを聞いただけなんだが…。」
「そう…無事に生まれたのね。それで、弟殿下?それとも姫殿下?」
「妹だったよ。」
「姫様かぁ…。きっとお可愛らしいんでしょうね…。」
頬を押さえてうっとりとした表情でルナティアが呟く。
「…ジークも僕と同じで、妹を心配する兄になるんだろうな。」
レグルスがポンと肩を叩きながら同志のまなざしを向ける。
「ああ、可愛かった。レグが「妹が可愛い」と連呼する気持ちが本当にわかったよ。」
にっこりと微笑みながら、肩に置かれたレグルスの手を払う。
「ジークも仲間入りだな。でも、妹か…。陛下たちの姫君だから、間違いなく可愛らしいと思うんだけど、可愛らしい分、心配も増えるからな。お前はまだ先だけど、こっちは…なぁ…。」
レグルスは、未だうっとりとした表情で、幼い姫への愛らしさを妄想しているルナティアを見て、ぽつりと呟く。
「学園入学まであと1年半くらい、か。」
「何がだ?」
すると、ジークリードが聞き返す。
当のルナティアは、というと、まだ妄想の途中のようだ。
「いや、なんでもない。」
言葉を誤魔化すレグルスに、ジークリードはそれ以上深く聞くことはしなかった。
「…そういえば…。」
話題を変えるように、ぽつりとレグルスが話し始めた。
「ジークも『武術大会』にエントリーするんだろう?」
「ああ、自分の実力を知るにはいい機会だからな。もちろん、お前もエントリーするだろう?レグ。」
「もちろん。」
(『武術大会』?それって、父様の伝説の…?)
さっきまで姫殿下のことを妄想してうっとりしていたルナティアだったが、興味をそそられる言葉にうずうずしていると、それに気づいたレグルスが、ルナティアに「見に来るか」と聞いた。
「休暇明けに、学園で『武術大会』が開かれるんだけど、1年~3年の学園生でエントリーした者同士が勝ち抜き戦で戦うんだ。翌日には、王城の武術大会も行われるから、開催場所は大国の闘技場だし、そんなに遠くもないだろう?」
「いいの?…行きたい、見たいです、兄様っ!!」
「良かった。見るためには、エントリーした学生の招待状が必要なんだ。戻ったら招待状を送るから。…ちゃんと僕を応援してくれよ?」
「はい、もちろんです。兄様のこともジーク兄様のことも応援します。…あ、でも…2人が当たったらどうしよう…。」
「その時は、もちろん僕を応援だよね。…実の兄妹だし。」
「…まぁ、そこは仕方ないな。当然だろう。だが、レグと当たらないうちは俺のことも応援してくれ。…俺は誰のことも招待しないから…。」
少し寂しそうな表情でジークリードが呟く。
(…そっか、ジーク兄様のご家族は国王陛下達だから、気軽に呼ぶことが出来ないんだ…。)
ぎゅっと自分の手を握りしめながら、ルナティアが力強く言った。
「はいっ、陛下達の分も、私が頑張って応援します!」
力みすぎる発言に
「っ…ぷっ、はははっ…。応援…そか…頑張って応援してくれるのか…。頼もしいな。」
ジークリードは笑いながら嬉しそうに答えた。
その後、3人はそれぞれ自分の部屋に戻り、眠りについたのだった。
翌日、レグルスとジークリードは、共に学園へ戻って行った。
2人が学園に向かって旅立ってから1週間ほど経った頃、ルナティア宛に手紙が届いた。中には、『武術大会』の招待状が2枚と、「母上と一緒においで」と書かれたレグルスからの手紙が一緒に入っていた。
デメーテルに手紙と招待状を見せると、「それじゃあついでに王城に寄って、姫殿下にご挨拶しましょう」と言って、女王陛下に手紙を書き、送った。
数日後、デメーテル宛に女王陛下からの返事が届き、武術大会の数日前に王都へ向かう日程が組まれたのだった。