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魔力順応の呪文と…

 次の日の朝食の席で、今日の順応呪文の詠唱を鍛錬場で行うことを聞かされた。服装は動きやすい恰好で、ということも。

 朝食を済ませたあと、約束の時間までに支度を整え、ライラと(シエルも一緒に)鍛錬場へ向かうと、既にトーマスとレグルスが待っていた。


「ごめんなさい。教えてもらうのに遅れてしまって…。」

「いや、まだ約束の時間ではないから問題ない。それより、その本を僕にも見せてくれないか?」

 レグルスが銀色に輝く本を指さして言った。

 ルナティアは素直に本を渡した。

 本を受け取るとレグルスは早速開いて

「本当だ。全く何も書いていないんだな…。いや、書いていないのではなくて僕には読めない(みえない)ってことなんだな。」

 しみじみと呟いた。

「ルナティア、ちゃんと読んできたかい?」

 息子の呟きの後、トーマスが言う。

「この本の中身は、ルナティアしか読めない(みえない)から、ちゃんと読んで方法を理解していないといけないのだが…。」

「大丈夫、ちゃんと読んできました。…ただ…。」

「?…どうした?」

 歯切れの悪いルナティアを不思議に思ったトーマスが質問する。

「あっ!…いいえ、何でもありません。大丈夫です。呪文もちゃんと載っていましたから…。」

「そうか?…何か不安でもあるなら―」

「だ、大丈夫です。…ちょっと緊張して…その…寝不足だっただけで…。」

 顔を赤らめて俯く娘をみて、さっきの歯切れの悪さは気のせいだったか、とトーマスは笑いながら言った。

「そうか、では始めようか。」

「はい、よろしくお願いします。」

「うむ、レグルス、本をルナティアに返しなさい。」


 レグルスは本を返し、受け取ったルナティアは、トーマスとレグルスから少し離れて、深呼吸をしてから本を開き読み上げた。


「『―力を持つ者よ、力を求めすぎるな。目を閉じ、心を落ち着かせ、この言の葉を紡げ―』」

 一瞬、目を閉じ、呼吸を整えてから再び本を見て、次の言葉をつづけた。

「『―マヨイノ ネラカイハムノ チレリ、……カトチ タガエ ゼツハシ。』」


 ルナティアが、順応呪文の詠唱を終えた瞬間、ルナティアの周りを囲むように、土埃(つちぼこり)を立てながら突風が吹き荒れた。

 レグルスは目を細めて土埃(つちぼこり)の中にルナティアを探したが、よく見えない。だが、大きな魔力を感じ、隣にいる(トーマス)に声をかけた。

「父上、このまま続けても大丈夫ですか?やり直しをした方が…父上、父上?!」

 返事がこないトーマスに振り向くと、固まっているように見えた。

 何度かレグルスが呼ぶと、

「あ…ああ…いや、もう少し様子を見よう。」

 そう言いながらも、トーマスの視線がレグルスを見ることはなく、突風の中を見つめていた。

 レグルスは、不安を感じながらも、父の言うことを信じ、もう少しだけ待つことにした。

 すると、次第に土埃(つちぼこり)も突風も、内側に吸い込まれていくように消えていった。


 後には、順応呪文を唱え終えたルナティアが目を閉じて立っていただけだった。


「ルナ…?大丈夫か?」

 そっとレグルスが聞くと、

「…うん、多分…大丈夫?」

 疑問形が混ざった不思議な返事が返ってきた。


 気になることがあるのか、トーマスは、少し表情を曇らせたまま話しかけた。

「ルナティア、本当に大丈夫かい?気分が悪くなっていたり…していないかい?」

 頷くルナティアを確認すると、少しほっとした表情になり、

「それなら…君の本を開いてごらん。何か新しい文字が書いてあれば、今回の順応呪文の詠唱は成功だ。」


 パラパラと本をめくると、そこには新しい文字が一文、書いてあった。

 ぱぁ、と花が咲いたような笑顔になり、

「父様、新しい文字が書いてあったわ。…えーっと…。」

「ルナ、待てっ!!声に出して読んじゃダメだ!」

 慌ててレグルスが止めに入った。そして、

「全く…父上に言われなかったのか?「声に出して読むな」って。」

「あ…言われました…。」

 しゅんとするルナティアの本に、そっと手で触れてトーマスが言う。

「新しく出てきた文字が、『魔法の呪文』だ。勿論、初期の初期のだけど。ルナティア、今日唱えた順応呪文は、自分の肉体と潜在魔力を馴染ませるための呪文なんだ。魔力が身体に馴染んで初めて、本当の意味で成功した、ということになるんだよ。…まぁ、先に伝えておかなかった俺のせいでもあるんだが…。その先は、ちゃんと魔力が身体に馴染んでからだ。」


「魔力が馴染む…。…どれくらいで馴染むの?どうしたら馴染んだって分かるの?」

「うーん…人による、かな。レグルスは…1週間くらい、だったか?」

「はい、ちょうど1週間でした。馴染んだ日、身体がすごく軽くて…なんでも出来るって思えるくらい気持ちが昂っていたのを覚えています。」

「そうだったな。朝から書斎に駆け込んできて、「今、魔法を教えてくださいっ!」って急に言われて、びっくりしたんだから。」

 そう言ってトーマスが笑った。

 そしてルナティアを振り返り、トーマスが続けた。

「ルナティアは、レグルスより魔力量が高い上に体力はレグルスほど無いから、何とも言えないんだが…レグルスよりは時間がかかるんじゃないか?」

「お兄様よりも…?それじゃ、その間、外出できないの?」

「ん?…まぁ、魔力が馴染まないと、不安定だからな。…楽しみにしていたのは分かるが、もう少しの辛抱だ。」

「…。」

 余程、残念だったのだろう、普段なら素直に返事をする子が黙っている。どうしたものかとトーマスが考えていると、

「ルナ、その間は、僕と一緒にいろんなことを沢山しよう。」

 と、落ち込むルナティアの手を握り話しかけた。

「僕は、もうすぐ学園に行ってしまうだろう?そうしたら今までみたいにいつでも遊べる訳じゃない。だから、馴染むまでの時間は、僕と楽しむ時間だと思ってくれないかい?」

「…学園への入学…。…うん、兄様とたくさん楽しむ時間にするわ。」

「ありがとう。あと2週間くらいしか時間がないからね。別に、二度と会えないわけじゃないけど、一旦、入学したら長期休みになるまで会えないし。だから、それまでの間、たくさん、思い出を作ろう?」

「…はいっ。」

 仲の良い兄妹の会話を聞いて、

「どうやら、魔力が馴染むまでの間にやることが決まったようだね。…折角だからルナティア、レグルスに勉強を見てもらったらどうだ?…苦手だと聞いているけど…?」

 ホッとしたトーマスは、まるで悪戯っ子のような笑顔で言った。

「僕は教えても構わないけど…。」

「もう、兄様まで…。…勉強は…頑張るけど、兄様との楽しい思い出、には程遠くなっちゃう…。」

「あはは、それじゃあ、ダンスの練習なんかはどうかな?」

「ダンス?それなら楽しい思い出になるかも…。」

「それじゃあ、『勉強』はダンスの練習、な?…でも、そのうちルナティアだって学園に通うんだから、ちゃんと勉強もしておくんだぞ?」

「…はぁい…。」

 ルナティアが少し落ち込んだ返事をしたところで、

「話はひと段落ついたかな?それじゃあ、俺はそろそろ執務に戻るが…レグルス、お前も書斎に来なさい。少し、手伝ってもらいたいことがあるんだ。」

「えっ?はい。…じゃあルナティア、またね。」

 そう言って、トーマスとレグルスは鍛錬場を後にしたのだった。



 2人を見送り、姿が見えなくなったころ、

『ふぅ、危なかったね。…ルナティアが話し始めちゃうから、ボク、焦っちゃったよ。』

「ごめんね、シエル。…ついクセで。」

『悪いクセじゃないから別にいいんだけど、透明の魔力についてはみんな、色々心配してるんでしょ?』

「うん…。」

『それじゃあ、「魔法書で読めないところがある」なんて言わない方がいいよ。間違いなく、その読めないところは、()()()()()についてだと思うから。』

「…それって、本当に()()()()()のことなの?」

『聖なる場所が『いつか時期がきたら読めるようになる』って言われたから、そうだと思う。』


シエルたち妖精は『聖なる場所』で生まれるせいか、例え離れていても繋がっているらしい。…どういう仕組みで()()()()()というのかは分からないけど…。


「…。そうだね。聖なる場所で言われたっていうことも父様達に説明できないし…。…読めないところがあっても、ちゃんと順応の呪文は出来たんだし、次の魔法の呪文だって現れたんだもん。覚えてはおくけど、悩んでも分からないことで立ち止まってても仕方ないしよね。…うん、今は出来ることをやることにする!」

グッと手を握るルナティアの周りをくるくると飛びながら、シエルが言う。


『そうだよ、何かあっても大丈夫、ボクがルナティアを守るから…。』

「ふふっ、ありがとう。…でも、ずっと不思議だったんだけど…シエルはどうして私を守ってくれるの?」

『どうして…?…うーん、名前、くれたから、かな。名前には力があるんだ。ルナティアが名前を付けてくれたから、ボクは縄張りに縛られずに、自由に飛べる力を手に入れた。…代わりに――。』

 シエルが真面目な顔でルナティアを見つめる。

「?」

『…何でもない。()()()ルナティアを好きなだけだよ。』

「えっ、何でもなさそうじゃないじゃない。なんか気になるんだけど…。」

『あはは、そうやってボクのことも気にしてくれるから…ルナティアが好きなんだ。()()、なら守る理由になるよね?』

「そう…なのかな?…なんか誤魔化された気がしないでもないけど…。」

『ねぇねぇ、ルナティアはボクのこと好き?』

「うん、好きよ?」

『やったぁー。…あ、また力が強くなったみたい。えへへ、確かめてくるね、ルナティア、また後でねぇ…。』

 くるくると円を描きながら、シエルは空高く飛んで行ってしまった。


「…行っちゃった…。誤魔化された…よね。でも言いたくないことだってあると思うし、あまりしつこく聞くのは良くないわよね。……シエルに好きって言われちゃった。ふふ、嬉しい。」

 独り言を呟きながら、顔の緩みを戻し、

「…うん、とりあえず部屋に戻ろう。きっとライラが待ってるもの。」

と、鍛錬場を後にした。



 空に向かって飛んで行ったシエルは、ひとり、ルナティアと出会った時を思い出していた。


 あの日、飛ばされた先で見た、金色の光の中に居た少女を一目見た瞬間、ずっと傍に居たい、と思ってしまった。だから思わず、名前をつけて、と頼んだ。…代わりに、ルナティア(名前をつけた人)に縛られ、同じ時間しか生きられなくなる、と知っていたけど。…例え、寿命が普通の妖精の1/5になったとしても、同じ時間を過ごしたかった。後悔はしていない。だけど…。

『ルナティア、知ったらきっと責任感じちゃうもんなぁ。ボクは一緒に居られるだけで幸せなんだけど。…気を付けないと。』

 そう呟いて、空の中に消えていった。



 その頃――

 レグルスとトーマスは書斎のソファーで向かい合い座っていた。


「父上、本来の要件は何でしょうか。」

 ソファーに座るよう促されたレグルスが尋ねる。

(仕事の手伝いなら、ソファーに促されるはずがないのに…)


少しの沈黙の後、トーマスが話し始めた。

「…レグルス、お前に話しておいた方が良いと思って呼んだ。…ルナティアの魔力順応の呪文を行った時、俺が、声をかけられても返事をしなかったことがあっただろう?」


 そういえば…正直、もうすっかり忘れていた、ことだけど、と思いながら頷く。

「あの時、突風の砂嵐の中のルナティアの姿…いや一部が一瞬だけ見えた、気がしたんだ…。」

「…気がした?」


 

 トーマスは頷きながら続けた。

「ああ…確証はない、のだが…ルナティアの髪は、白銀だろう?今日は外だったから、プラチナブロンドにも見えるが…。」

「はい。」

「…一瞬、黒く光輝くもの、が見えたような気がしたんだ。」

「え…?黒く光輝くもの、ですか?」

「ああ、何かの見間違いかと思って、もっとよく見ようと目を凝らしていたから、レグルスの呼びかけに気づかなかった、という訳だ。結局、次に姿が見えた時はいつも通りだったし、多分、気のせいだったのだろうと思うのだが…。ただ、ルナティアは、色々と不思議なことがあったり、言ったりするだろう?だから、一応、伝えておこうかと。レグは、俺よりもきっと、ルナティアの近くにいることが多いだろうしな。」

「…ライラには?彼女が一番近くにいますが…?」

「…そうだが、彼女は『家の家族』だが、また『使用人』でもある。それにライラはあれ(ルナティア)に心酔しているからな、時と場合によっては冷静な判断が出来ないこともあるだろう。…それはレグルスにも言えることだけれど…。」

 ふっと笑ってトーマスは続ける。


「今はともかく、お前はこのリストランド領を守らなければならない身の上だ。そしてそれを理解し、ちゃんと精進していることも知っている。だから、最終的に冷静な判断が出来る、と思っているからお前に話した。…まぁ、本当に気のせいかも知れないし、何より気がしただけだからな。」


 はは、を笑いながら、深く考える必要はない、といいつつ、「頭の片隅にでも置いていてくれ」という(トーマス)に、

「そうですね…。承知しました。…僕が…必ず、ルナティアを守ります。」

 心の奥に刻んだ小さな心配事を受け止め、真剣な顔でレグルスが答えた。


「…陛下じゃないが…お前も本当に真面目だな。…相変わらず。」

「なっ?真面目って…。コホン、父上の子ですからね。」

「それじゃあ、仕方ないな。」

「そうです、仕方ないのです。」

 そう言って二人は、いつも通りの笑顔で笑いあったのだった。

 胸の内ある穏やかでは無い心配事があるとは、表に一切出さずに…。


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