大国で一番、強い人
———パチパチ———
アレンが観覧席から拍手をしながら立ち上がった。
「凄かったな、どの戦いも。特にルナティアの戦う姿はなかなかに美しかったぞ?…さて、子らは少し疲れただろう。こっちへ上がってこい。…グラハムも折角、鍛錬に付き合ったんだ、ご褒美が欲しいだろう?」
「はい?」
「グラハム、褒美をやろう。今から10分後、トーマスと鍛錬を行え。勿論、木刀で、だが。」
「良いのですか?」
ぱぁぁ…とグラハムは顔を輝かせた。
「え…」
それに反してトーマスは、顔をひきつらせた。
「陛下、殿下と息子の相手をして、私は疲れました。その上でグラハム殿と戦えと?」
「そうだ。安心しろ、10分休ませてやる。あ、魔法を使ってもいいぞ。…但し、剣に付与させるまでのものにしろよ?」
「はぁぁ…分かりました。では、10分休んできます。」
「ああ、…トーマス、逃げるなよ?」
「誰が逃げるかっ!」
楽しそうなアレンの声と、プライベート口調になっているトーマスの会話を聞きながら、ルナティア、レグルス、ジークリードはそれぞれの従者達と共に鍛錬場を後にした。
「ルナティア様、美しいですって。」
嬉しそうにライラがルナティアに小声で言った…はずなのに、なぜか少し前を歩いていたレグルスに聞こえたらしく、レグルスが返事をした。
「…そうなんだよな…ルナは戦っていても舞っているように綺麗で…だから僕は本当に心配なんだ。」
うんうんと頷きながらライラが同意する。
その隣できょとんとした顔でルナティアが言う。
「えっと?…戦っていて綺麗ってよく分からないんだけど…?それに、私は自分の身を守るためとみんなに心配かけないために強くなろうと思ってるだけなのよ?」
レグルスとライラは盛大にため息を吐いた。
「自分のこと、ホンットに分かってないよな、ルナは。」
「…ご心中、お察しいたします、レグルス様。…でも、ヘンな虫は私が追い払いますからご安心を。」
珍しく気の合う意見を言った後、ぽんっと胸を叩くライラに、レグルスがジト目で聞く。
「…ヘンな虫じゃなかったらどうするんだ?」
「…ヘンじゃなければ良いのでは??」
その答えにレグルスは、ジークリードを視線の隅に入れて、またため息を吐く。
「はぁぁ…やっぱり心配だ…。」
ブツブツと呟くレグルスに、少し前を歩いていたジークリードが振り返り、
「レグ、急げよ。ルナティア嬢も…疲れていると思うけれど、気を付けながら急いで。」
「あ、はい。」
自分にも声をかけられるとは思っていなかったルナティアは、少し間の開いてしまった距離を埋めるため、小走りでジークリードとキュリオの後を急いで追った。
観覧席に入ると既に鍛錬場には、10分を待たず、グラハム隊長が待機していた。
「お帰りなさい。」
デメーテルはにっこりと微笑んでルナティアとレグルスを迎えた。
「父上は?」
「まだよ。…多分、10分きっちりに出てくると思うわ。」
答えるデメーテルは、あんんだか少し嬉しそうにみえた。
デメーテルの予想通り、10分経った鍛錬場にトーマスが現れた。
「2人共、揃ったな。まずは注意事項だ。魔法は使って良い、と言ったが、あくまでも剣にかける魔法のみ、だ。身体強化、純粋に攻撃魔法は禁止…で、いいな?グラハム。」
「はい。剣魔法なら自分も使えますので。」
「よし、終わりはどちらかが負けを認めるまで、もしくは、10分経つまで、だ。拮抗して勝負がつかない場合は、10分後に鍛錬場の隅に雷を落とす。雷が落ちたら速やかに終了せよ。…双方とも良いな?」
「「はっ。」」
「では…―――始めっ!!」
アレンの掛け声と同時に飛び出したのは、グラハムだった。
対するトーマスは、グラハムの攻撃を避けてはいるが、攻撃を始めない…が、口だけが動いている。どうやら、何か呪文を唱えているようだ。
その間も、グラハムは両手に携えた木刀で、休むことなく攻撃を続けている。よく見ると、グラハムも口が動いているようだ。
先に詠唱を終えたのは、トーマスだった。
トーマスの剣は、風を纏い、ただの木刀だというのに、大きなこん棒のようになっていた。風を纏ったその剣は、グラハムの攻撃をいとも簡単に弾き飛ばした。
片手の木刀が弾き飛ばされ一本になったグラハムも、詠唱が終わったようだ。
お互いに一本の木刀に魔法を纏わせて激しくぶつかり合っている。
グラハムの木刀は特に変化も見えず、かけた魔法が何か分からないルナティアは、隣に座っているデメーテルに聞いてみた。
「あれは、多分、土魔法ね。相手の攻撃を分散させているのだと思うわ。」
(土魔法でそんなことが出来るなんて…)
感心しながらも、大国の近衛隊隊長のグラハムと、あちこちから強いと噂される父の激しい剣のぶつかり合いを固唾を飲んで見つめていた。
激しい鍔迫り合いが続いていたが、その戦いは、お互いの魔法詠唱が終わって凡そ7分程度経った後、トーマスの勝利で幕を下ろした。
「凄い…父様って、隊長さんよりも強いの…?」
「まだこの国で、一番強いと言われるのではないかしら。だから、陛下が王都に住まわせたい、って言うのよ。」
「フーランク様の魔法って、攻撃を分散させるものだったんでしょ?どうして父様の風魔法が勝ったの?」
「あの人…早く終わらせたくて、上級魔法使ったのよ…。」
頬に手を当て、デメーテルがため息を吐く。
「え…。上級…??」
「そ、上級。その上級風魔法に、中級の土魔法で5分以上耐えるなんて、むしろフーランク卿の方が凄いと思うわ。」
鍛錬場を見ると、負けたが満足そうな笑顔でトーマスと握手をするグラハムが居た。
グラハムはトーマスに何か言われて、更に嬉しそうな顔で笑った。
ルナティア達が部屋に戻ると、鍛錬場から真っ直ぐ帰ってきたのか、トーマスが椅子にもたれかかって休んでいた。
「父様、とても凄かったわ。私、父様が本気で戦うところを見たのが初めてだったから…。凄くカッコ良かったです!」
ルナティアは、トーマスに駆け寄って、思いつく限りの賛辞を述べた。
ぐったりとしていたトーマスも、愛娘からの賞賛の声に、嬉しそうな顔をしながら頭を撫で
「ルナティアも凄かったな、ライラとの連携も良かったぞ。グラハム殿が言っていたとおり、2人一緒なら、余程の敵でなければ負けることはないだろう。…だから、これからも必ず2人で一緒にいるんだよ?」
「勿論、ライラと一緒に居るつもりだけど…。私、一人でも十分に戦えるようになりたいんだけど…。」
「一人でも十分に強い。だけど、2人揃うと、2.5人分くらいの強さになるんだ、君たちは。」
「…2.5人分?」
「そうさ。だからあのグラハム殿も苦戦していただろう?」
「苦戦って…父様との戦いを見ていたら、本気じゃなかったってことは分かるし…。」
「いや、かなり本気だったぞ、彼は。…まぁ、作戦を練るくらいの余裕はあったと思うが…。」
「えっ…でも…。」
「いいかい、ルナ。グラハム殿は、最初、君たちが体力を切らすことを待っていたんだ。あの動きで、しかも少女ならせいぜい5分が限度だろう、と考えてね。体力が切れたところで軽く攻撃をして終わらせるつもりだったのだろう。…だが、君たちは体力を切らさなかった。」
「…ジニーが体力は必要、って言って訓練前に必ず走らされていたから?」
トーマスが頷く。
「そうだ、ジニーのお陰、だな。君達は体力を切らさない、そして、見事な連携で絶えず攻撃を仕掛けてくる。だから途中で戦法を変えたんだ。君達の攻撃パターンを予測して、出来る隙を狙った…その瞬間だけは、間違いなく本気だったはずだ。…だから、あの本気の攻撃を、瞬時に木刀で受け、自身への攻撃を防いだ君のことを『とんでもない』と言ったんだよ。」
「…そっか…。あの攻撃は…本気だったのね。」
「グラハム殿に本気を出させたのは、君達2人だ。誇っていい。…そしてレグルス。」
「はい。」
「お前も強くなったな。」
「…ですが、殿下と2人がかりでも、父上の相手にならなかった…。」
「10分以上、戦っていたではないか。それも、2人の連携が、うまく取れていなかったのにも関わらず、だぞ?…レグルス、お前はまだ、学園に入学もしていない子供だ。その子供が、あれだけの戦いをするなんて…正直、俺はお前たちの将来が怖いぞ。」
そう言ってトーマスは笑った。
「…父上、ありがとうございます。いつか、父上を超えられるよう、今後も精進いたします。」
嬉しさを隠すかのように、レグルスは頭を下げたのだった。