『覚悟』はまだだけど…
ルナティアが、両親とライラの4人でお茶を楽しんでいるところへ、レグルスが帰ってきた。
「ただいま戻りました。…って、4人で楽しそうですね。」
「「おかえりなさい。」」
両親は、仲が良いだけあって、ものの見事にハモって言った。
「あっ、兄様、お帰りなさい。今、お茶の用意するね。一緒に飲もう?ジャンも。」
「っ、いえ、私は…。」
急に振られたジャンは驚きつつ、一緒にテーブルを囲んで座っていたライラを凝視した。
「ライラも一緒に飲んでいるんだから良いでしょう?あっ、ライラは私が無理やり参加させたんだけど。だからジャンも強制参加ね?」
にっこりと微笑むルナティアに勝てる者は、リストランド家には居ない。
「ジャン、諦めろ。ルナティアが楽しそうだから、お前も席につけ。」
上着を脱ぎ、ジャンに渡しながらレグルスが言うと、上着を受け取りながら
「っ、…はい、承知しました。」
そう返事をして上着を片づけ、テーブルに戻り、レグルスの隣にそっと座った。
席に座ると、そこには既にお茶の用意がされていた。
「恐れ入ります……いただきます。」
「お茶のお味はどう?兄様、ジャン。」
「美味しいよ、ルナ。」
「大変美味しゅうございます。」
「でしょう?さっき、陛下にいただいたお茶なの。薔薇のお茶なんですって。」
ルナテイアの言葉を聞いて、顔を上げたレグルスが、ぴくりと反応した。
「薔薇…もしかして…『秘密の庭園』の…?」
「多分な。」
トーマスが答えた。
「『秘密の庭園』?…どこかで聞いたような…」
小首を傾げるルナティアにトーマスが続けた。
「3年前、『魔力封じ』の時に王城に行っただろう?そこで、2色の薔薇が咲いていた庭園を少し見ただろう?」
「うん。とっても綺麗だったところだよね?」
「あそこの薔薇だ。」
「あそこが『秘密の庭園』なの?だって、普通に入ったような気が…。」
「あの時は、『特別に』陛下が許可を出してくださったのだ。…本来は、王家の方以外は入ることが出来ない場所なのだ。」
「だから『秘密の庭園』…。」
トーマスとルナティアの話が一区切りしたところに、レグルスが当然な疑問を投げかけた。
「…そんな貴重なお茶をどうして陛下はルナティアにくださったのでしょうか。」
「えっと…陛下は、『リストランド家には世話になっている』って言ってたけど…。あと、『父様と私が特別』って……あれ?父様はわかるけど、私…?なんで特別??」
ルナティアの言葉を聞いたレグルスが、トーマスを見ると、トーマスは、小さくため息をついた。
その様子を見ながら、レグルスがルナティアに言った。
「…その場にいたから、だろう。とにかく、陛下は我が家を大切に思ってくださっている、ということですよね、父上。」
「あ、あぁ、そうだな。レグルスも王子殿下の友人に、と願われたくらいだからな。」
2人の会話を聞いたルナティアは、納得しながら新たな疑問を口にした。
「なるほど…。そっか、そうだね。…そう言えば、父様と陛下って『お友達』なの?」
「ん?…あ、いや…友達、ではないな。」
「えっ、でも、とっても仲良しに見えるけど…?」
「ふふっ、お父様と陛下は、学園の先輩後輩の関係なのよ。」
ずっと黙って話を聞いていたデメーテルが口を挟んだ。
「先輩後輩…?」
(そういえば、前に『トーマス先輩』っていってたような…?)
「そうよ。お父様は陛下よりお歳が1つ上なのよ。当時は、お父様はとても有名でね、…あぁ、今でも有名ですけれど。学園に在籍中は、みんなの『憧れ』だったのよ?」
「みんなの…?…もしかして、陛下も…?」
「そうよ。」
「ちょっ…デメーテル。それ以上は…。」
「あら、良いじゃない。貴方の自慢話ですもの。」
「いや…だから…。…は、恥ずかしいんだよ。」
そう言って、頭を抱えるトーマスを横目に、デメーテルはにこにこしながら続けた。
「当時の学園在籍者の中でも、トップの魔力量を持っていて、剣術もダントツだったのよ?憧れない方がおかしいでしょう。在籍時の武術大会も1年の時が準優勝、2年から優勝だったと聞いてるわ。私はお父様が3年の時に1年に入ったから、その前は噂でしか聞いていないのだけれど。」
「武術大会で2年から優勝…。母上、それは学年ではなくて?」
「もちろん、学園で、よ。上級生も勝てなかったの。」
「…上級生と言っても、武術大会は3年までしかないけどな。」
ぼそりとトーマスが小声で呟いた。
全く気にも留めずに、デメーテルが続ける。
「4年生からは、王城武術大会に出てたわよね?5年生の時には、決勝まで行ったのよ。当時の第一近衛騎士団の団長に負けちゃったけど、現役学生が、近衛騎士団長レベルだったのだから大騒ぎよ。あの後、騎士団に誘われて大変だったわね~。」
「父様、凄いのね…。」
「父上って…そんなに凄かったのですか?あ…色々噂は聞いていましたが…まさかそこまでとは…。」
「まだあるわよ。」
「ほんとっ?」
「ええ、騎士団からのお誘いも凄かったけれど、魔法省からもお誘いがあったのよ。」
「…そういえば、陛下もそんなこと言ってた気がする…。」
ルナティアが思い出しながら呟くと、
「えっ、ちょっ!…陛下は子供に何を話しているんだ、全く…。」
と、トーマスが文句を言った。
「学園ではね、1年から3年生で武術大会、4年生から6年生で魔術大会が開かれるの。魔術大会は学年別で行うのだけれど、3年間、ずっと優勝だったわ。…そう言えば…、現、魔法省のノーランド嬢がいつも2位で、貴方とよく話していたわよね。」
「あれは、突っかかれていただけだ。それは誤解だって…」
「大丈夫、もう分かっているわよ。」
くすくすとデメーテルが笑う。どうやらトーマスをからかっているようだ。
「…ずっと1位?ノーランド様って、今の魔法省トップですよね?その方より父上の方が魔法で強いのですか?」
「あー…まぁ、当時は、だ。流石に今は勝てないさ。卒業後もずっとノーランド嬢は魔法を研究して極めてきたはずだから。」
「それでも凄いです!…だから『伝説』と言われているのですね。僕も父上に恥じないよう、2年後の学園入学に向けて、命一杯頑張りますっ!」
グッと手を握り、レグルスは自分に気合を入れた。
「ふふっ、良かったわ、息子のやる気に火をつけられて…。」
「はい、母上、ありがとうございます。そして父上、領地に戻ったら…いや、モンヌール邸についたら稽古をつけてください。」
「レグルス…お前の年なら十分に強いと思うぞ。だが…そうか、分かった。今までより厳しい稽古を始めようか。」
「はい、宜しくお願い致します。…ジャン、父上が忙しい時は、お前にも指導してほしい。」
「はっ、私で出来ることならば。」
「お前の実力は知っているし、戦いに勝つための稽古は得意だろう?」
「…かしこまりました。」
息子と侍従のやり取りを見守りながら、仲の良い夫婦は微笑みあっていた。
と、その時、急にルナティアが立ち上がった。
「父様!やっぱり私も剣術を習いたいです。戦えるようになりたい。…正直、まだ『覚悟』って良く分からないけど…でも、“そうなった”時、『覚悟』を決めても戦えないのは嫌。私もリストランド家の子供だもの、ただ守られるだけの人間になりたくないっ。」
ルナティアの突然の宣言に、レグルスが驚き口を挟む。
「…ルナティア、君は女の子なんだよ?しかも貴族だ。貴族の女性が戦わなくても…。」
「表立って戦うことはしない。それに、母様も戦えるんでしょ?ランドール様に聞いたもの。私も理不尽なことに、負けないで戦えるようになりたいの。お願いします…!」
急に名前を出されたデメーテルは驚き、トーマスはため息をついた。
「…全く、どこから話が漏れるか分からないな…。デメーテル、君も学園在学中、有名だったからな…。」
「…コホン。でも、後悔はしていませんわ。あの時のことが元で、貴方の目に留まったのですから…。」
「デメーテル…。」
二人は頬を染めながら見つめあって――
恋愛事などまだ分からないルナティアが、場の空気を読めず、続けて言葉を発した。
「ねぇねぇ、父様、母様、私も剣術を習って良いでしょう?」
良い雰囲気になりつつあった二人は、顔を見合わせ苦笑しながら、
「仕方ないわね。」
「仕方ないな…。ただし、条件がある。礼儀作法と教養も頑張ること。まずは礼儀作法と教養が一定レベルでなければ、剣術を学ぶことは認めない。もちろん、レベルを満たしたら剣術を習い始めてもいいだろう。まずは、令嬢としての立ち振る舞いも出来たうえでの剣術だ。…母上のように、な?」
「う…わ、分かりました…。」
礼儀作法と教養は、あまり好きではなかったが、剣術を学ぶためだと思えば頑張れる、かも知れない、と、ルナティアは返事をした。
「よし。では、領に戻ったら、礼儀作法と教養とレベル確認だな。問題がなければ…稽古は、ジニーとライラに頼もう。ライラ、頼むな。」
「はい。かしこまりました。」
「それから、ルナ。剣術を習えるようになったとしても、他の勉強を頑張れない場合は、すぐに辞めさせるからな?」
「はい。」
「よし。…それにしても…ルナティアは君にそっくりだな…。」
トーマスは、少し困った顔をしながら微笑んで、隣に座っているデメーテルの手をそっと握った。
「そうかしら?ふふっ…でも、2人とも素直で真っ直ぐな子に育ってくれて嬉しいわ。」
「そうだな…。リストランド領も安泰、だな。」
「そうね。」
夫婦が寄り添う傍で、レグルスはジャンと、ルナティアはライラと稽古について盛り上がっていた。