陛下とのお茶会(2回目)
次の日、朝食を取り終えたレグルスは、急いでジャンと共に、王室用の部屋に出かけて行った。
ルナティアは、というと、昨日、トーマスがアレンに約束させられた挨拶のため、おめかし中だ。
3年前は、陛下に会うことの重大さもよく分かっていなかったが、8歳となった今なら、直接陛下に会うことも、陛下に気にかけていただけていることもとても光栄なことだと思う。思うのに、トーマスは、
「…俺がちゃんと『お礼』を言っているのだから、ルナティアを連れて行く必要性は無いのに…。」
と、ぶつぶつ言っている。
「父様、『私が』『お礼』を言いたいの。本当なら、王様のお許しがなければ、私は領内でお留守番のはずだったんでしょ?私、ここに来られて凄く嬉しいの。だから、ちゃんとお礼を言いたいの。」
「はぁ…、ルナティアがそう言うなら…仕方ない。」
「ありがと、父様。」
準備が出来たルナティアと、不満そうなトーマスは、二人でアレンへ会うため、部屋をあとにした。
いつも通り、トーマスが扉の前で声をかけ、部屋に入り、アレンへの挨拶をすると、いつも通りアレンは、会話を途中で遮って、砕けて話すように言った。
その態度にぶつぶつ言いながら、トーマスは、自分の後ろに控えていたルナティアに声をかけると、3年前と変わらないやり取りを見ていて、楽しかったのかくすくすと笑っていた。
「お久しぶりです、王様。今回は、旅への同行をお許しいただき、ありがとうございます。」
と、お辞儀をしながら挨拶とお礼をした。
「うむ、久しいな、ルナティア嬢。…堅苦しい挨拶はいらないから、顔を上げて見せてくれ。」
「はい…失礼いたします。」
ゆっくりと、顔を上げたルナティアを見て、
「…ほぅ…3年前も愛らしかったが…更に愛らしさに磨きがかかったようだ。…先が楽しみな反面、心配だな。どうだ、これから俺とお茶など…我が王子が帰って来るま――。」
「アレン様っ、私共は、昼過ぎまでこのまま陛下の御前に居ることなど出来兼ねます。…確か、王太子殿下は14時ころにお帰り予定でしたね?そんな時間までお邪魔するつもりもありませんし、一緒に出掛けている息子が帰ってきたときに、自分達の部屋で迎えてやりたいのです。」
トーマスがアレンの言葉を遮った。
(この間から“王子、王子”と…ルナティアと王太子殿下を会わせたいようだが、そんなことさせるかっ!)
胸の内を隠しながら、トーマスはなんとか早く部屋に戻る口実を考えていた。
「そうか…それは残念だが…トーマス。茶を一杯飲む時間だけ、ルナティアと2人で話したいのだが…。」
「アレン様、恐れながら我が娘は、まだ礼儀作法を学び始めたばかりです。失礼などがあっては申し訳ございませんので、2人っきりでのお茶会はお断りいたします。」
「俺は作法など気にしない。何があっても責任を問うことはしないと誓おう。…茶の一杯くらい良いではないか。」
「しかし…。」
「ではこうしよう。ルナティア嬢本人が「良い」と言ったらいいだろう?『…ルナティア嬢、私とお茶を飲んでいただけませんか?』」
アレンは、ルナティアの前に膝をつき、手を差し伸べて請う仕草をしながらお願いをした。
そんなお願いの仕方をされたことが無いルナティアは、顔を真っ赤にしながら、ただコクコクと頷くことしかできなかった。
「…どうだ?トーマス。ちゃんとルナティア嬢の許可を取ったぞ?」
「はぁ…、…アレン様、国王陛下ともあろうお方が、年端も行かない娘にそのようなお願いの仕方をするなど…」
「そうか?レディをお誘いする時はこうすべきだろう?年齢など関係ないさ。」
「全く、仕方ありませんね。…30分、30分だけですよ?」
トーマスは、ため息交じりに答えた後、ルナティアに向き直り、続けた。
「ルナティア、30分だけ、この我儘国王に付き合ってあげてくれ。もし、ルナの意にそぐわない事をされたり、言われたりしたら、何をしてもいいから…、さっき、「無礼は問わない」と言っていたし。」
「おいっ、何気に無礼だな、トーマス。…まぁ、愛娘を預ける不安は分からないでもないが、大丈夫だ。俺は失礼なことはしない。」
「…王妃様も居てくれたら…。」
「王妃が居たら、もっとグイグイ行くと思うのだが…いいのか?」
「え…。」
「王妃はルナティアに会える日を楽しみにしているからな。今回だって、「行きたい」って駄々をこねるのを宥めて置いてきたんだからな。…ま、そういうことだから…『お茶の用意を』。」
近くにいた侍女に伝えると、すぐに侍女がお茶とお菓子を持ってきた。
「それじゃ、トーマス。30分後に迎えに来るように。」
「…かしこまりました。」
(まさか、アレン様だけでなく王妃様まで…王妃様とルナティアは会ったこともないはずだが…きっとアレン様が吹聴したのだろう。そうでなくても『デメーテルの娘』というだけでも王妃様には甘美な響きなのかもしれない…。)
そう思いながら、トーマスは、しぶしぶ部屋を出た。
「さて、邪魔者は居なくなったし…と、ルナティア?緊張しているのか?…気負う必要なないし、楽にしてくれて構わないよ。俺は、ありのままのルナティアと話をしたいんだ。」
「…分かりました。…じゃあお言葉に甘えて…。」
ルナティアは、お茶の用意されたテーブルまで行き、ちょん、と椅子の上に座った。
その、完璧でない所作の8歳の子供らしい行動に、アレンは笑顔になった。
「今の俺は“国王陛下”じゃない。ただの“アレン”だ。敬語なんて使わなくていいから、お茶とお菓子と話を楽しんでくれ。」
「はい、陛下。」
「…『陛下』、じゃないって言っただろう?ふむ…、『アレン』と呼んでみてくれ。」
「え…と……ア、アレン…様?」
「『様』もいらないのだが…。」
「えっ…でも…、父様も『アレン様』って呼んでいたし…。」
「そうか、そうだな、うん。こんなことで貴重な時間が減っていくのは忍びないから、まぁいいか。ルナティア、今日この時間は、そのように呼ぶように。」
「はい、アレン様。」
素直に返事をするルナティアに、アレンはお茶を勧めた。
「お茶をどうぞ、レディ。…このお茶は特別な薔薇のお茶なんだ。ほんのり、薔薇の香りがするだろう?」
すぅ…とお茶の香りを吸い込んで、
「…本当だ、いい香り…。いただきます。」
と言って、お茶を一口飲んだ。
「美味しいっ!…あっ、すみません…。」
「いや、素直なルナティアが見られて俺は嬉しいけど?それに、まだ8歳だろう?それくらいでちょうどいい。」
「…ありがとうございます。…それにしても、このお茶、とても美味しいです。どちらで手に入れられるのでしょうか。」
「どちら…?あぁ、残念だが、このお茶は買えないよ。」
すると、ルナティアが残念そうな顔をしたことに気づいたアレンが、
「…そうだなぁ、うん、帰りに少し持たせてあげよう。家族みんなで楽しむといい。」
「えっ、でも…。」
「ははっ、気にするな。リストランド家にはとてもお世話になっているしな、トーマスもルナテイアも俺にとっては特別だから、『特別に』な?」
「ありがとうございます!大切に飲みますねっ。」
嬉しさのあまり、立ち上がってお礼を言ったルナティアに、笑顔で返しながら、アレンは話をつづけた。
「よし。…ところで…、昨日の『魔力測定』の場には居たのかな?」
「はい、2階の観客席で見ていました。」
「…どうだった?」
「とっても不思議でした。水晶に手を当てただけで、あんなに色んな事が分かるなんて。」
「なるほど、初めて見るとそう思うだろうな。あの水晶は特別なのだ…っと、これは学園の授業で習うだろうから、それまでは、純粋に見ていればいいと思うよ?」
「学園で?…それは楽しみです。」
「他には?」
「…他?」
「そう、他。水晶のこと以外に何か思ったことはなかった?」
「何か…何か……あっ、ありました。」
「うん、何?」
「あの…『魔力測定』の前に、アレン様が王子様に何かしていましたよね?あれは何ですか?」
「あれは、『魔力封じの解除』だよ。」
「『魔力封じの解除』?…王子様も『魔力封じ』されていたのですか?」
「そう、ルナティアと同じ、だね。」
「じゃ、じゃあ、私の『魔力測定』の時も『魔力封じの解除』をするのですか?」
「あぁ、君の父上のトーマスが、ね。」
「父様が?」
「あぁ。『魔力封じ』は、基本的にかけた者にしか対応も『解除』も出来ないものなんだ。まぁ、『かけた者以上の魔力がある者』なら、解除することも可能だが…。ルナティアの『魔力封じ』は、トーマスがやっただろう?」
「はい。」
「普通、『魔力封じ』は魔法省の魔導士が行い、封じられた子供は、10歳になるまで王宮…というか魔法省内で暮らすことになるはずなんだ。…まぁ、トーマスの魔力量を超える者はそうそう居ないし、トーマスにならやってもらっても大丈夫と思って、あの日、クリスティア嬢に伝授をお願いしたんだ。」
「そうだったんだ…。…私のことを考えてくれたアレン様と、父様に感謝ですね。」
嬉しそうに笑顔で答えるルナティアを見ながら、アレンは更に続けた。
「ルナティアは、『魔力封じの解除』をする王子を見てどう思った?」
「え…?」
「…ま、ハッキリ言っちゃえば、王子の容姿を見てどう思ったか知りたいのだが…。」
「どう思ったか…?…その…失礼かも知れないけど、『綺麗な人』だな、と…。」
「綺麗?本当か?」
アレンは、立ち上がって前のめりになりまがら、嬉しそうな声で言った。
「あ、はい…。大聖堂内も物凄い歓声だったし、他の令嬢の人も「目が合った」とか言って喜んでました。」
「(他の令嬢はどうでもいいのだが…)ルナティアの好みか?」
「こ、好み?あ…えっと…『好み』とは、どういうことでしょう?」
「うーん、まだ8歳には早いのか??つまり、『好きな顔かどうか』ということだ。」
「好きか嫌いかで言えば、『好き』だと思います。…兄様も綺麗な顔だし、兄様と同じくらい綺麗な顔だなって思っていたから…。」
少し、頬を赤らめている様子を見て、アレンは考えた。
(…レグルス基準なのが気になるが…ま、全くの脈無し、と言うわけではなさそうだな。…問題はどうやって“会わせる”か、だな。恐らくトーマスは俺の思惑に気づいているようだし、どうしたものか…)
自分の発言の後、黙りこくっているアレンに、何か失礼なことを言ってしまったのかと焦ったルナティアは、声をかけた。
「…あの…アレン様?何か気になることでも…」
「ん?あ、あぁ、すまない。…ちょっと考え事をしてしまって…。ルナティアは『綺麗な顔』が好きなのかな?」
「いえ、そういうわけでは…「いくら見た目が良くても、心が良くない人もいる」と従兄妹が教えてくれるので…。顔がいい悪いはあまり考えたことなかったです。でも兄様のお顔は好きです(照れ)。…優しくて楽しくて明るくて、兄様みたいな人が好きです。あと、一緒に馬で遠乗りとかできたら楽しいです。」
「…遠乗り?ルナティアは、馬に乗れるのか?」
「はい!乗馬は大好きです。…でも、まだそんなには遠くには出かけられないけど…。10歳になって、『魔力封じの解除』ができたら、沢山、遠乗りに行きたいです。」
「そう、乗馬か…他には何が好き?」
「他、ですか?…うーん…好きかどうかは分からないけど、今、習いたいと思っているのは、『剣術』です。…きっと好きになると思うんです。」
「はは…、流石は辺境伯の娘、と言ったところか…。ルナティアの『魔力測定』の時には、強くなっていそうだな。…そうだ、ルナティアの『魔力測定』が終わった後、王都によって一緒に乗馬をしないか?…王の身としては、遠乗りはなかなか難しいから近場になってしまうが、特別な場所に連れて行ってあげよう。どうだろうか。」
「私の『魔力測定』の後って、2年先ですけど…。」
「そうだな、2年先だな。…2年もあれば、調整くらいできるからな。」
「なるほど…。そういうことなら、私で良ければ是非、一緒に行きたいです。」
「よし、それでは『約束』だな。…その時は、俺の息子とレグルスも一緒に行こう。」
「兄様も一緒ですか?わかりました。兄様には伝えておきます。…ふふっ、きっと喜ぶと思います。」
「あぁ、楽しみだ。」
――コンコン――
部屋のドアを叩く音がした。
「…なんだ?」
「アレン様、そろそろお時間です。ルナティアを迎えに参りました。…入りますよ。」
そう言って、トーマスはドアを開けてルナティアの近くに行った。
「もうそんな時間か…。楽しい時間はすぐに過ぎてしまうな。」
「はい、私も楽しかったです。」
「ルナ、失礼なことはされなかったかい?」
「…トーマス、俺を何だと思っているんだ?」
「クレアチオ大国の国王で、俺の後輩で、デメーテルの親友の夫で、ルナティアのファンだと思っておりますが?」
やや、ドスのきいた声でトーマスが答えると、
「…そ、そうーだな…。」
少し怯んだ感じの返答が返ってきた。
「アレン様、我が娘を可愛がってくださるのは有難いのですが、過ぎた好意は、娘の立場を悪くすることにもなり兼ねます。ルナティアはまだ、『魔力封じ』をされている身なのです。我が家の、ひいてはクレアチオ大国の弱点になる訳にはいきませんから…。」
「そうか…そうだな、すまない、トーマス。俺の我儘を聞いてくれたってことだな、ありがとう。」
「いえ、私も過保護が過ぎました。それに、お茶を飲むことを了承したのは娘ですから…。」
「ルナティア、ありがとう。楽しかったぞ。次は2年後に、な。」
「はい、楽しみにしています。」
「…2年後?」
「…さぁ、トーマス、早くルナティアを連れて帰らないと、もう少しお茶の時間を延ばすぞ?」
「え…?あ、いや…とりあえず、今日はこれにて失礼いたします。」
「うむ。…またな、トーマス。」
「はっ。」
半ば追い出されるかのように、2人で王室用の部屋をでた。ドアの前で、お土産を受け取り、自室に戻る帰り道、トーマスは「2年後」と言われたことについて、ルナティアに聞いてみた。
「私の『魔力測定』が終わった後、王都でアレン様と乗馬をする約束をしたの。」
「陛下と?二人で?…というか、アレン様って…」
「うん?…“名前で呼べ”って言われたから…。それに、乗馬は兄様と王子様も一緒、って言ってたよ?」
「…やられた。」
「父様?」
「いや…他にはどんな話をしたのだ?」
「えーっと…今回の魔力測定を見て、どう思ったとか?あ、王子様の顔が好きかって聞かれたよ。」
「…で?何と答えたんだ?」
「兄様と同じくらい綺麗だから、好きか嫌いかで言ったら好きって答えたよ?」
「…。」
「父様?…私、何か変なこと言っちゃった?」
「あ…いや、変なことは言ってないから気にしなくていい。…他は?」
「綺麗な顔が好きか?って聞かれたから、顔より、優しくて楽しくて明るい人がいい、って言ったの。それから、乗馬で一緒に遠乗りしてくれる人がいいって言ったら…。」
「…乗馬に誘われたんだな?」
「うん。」
「そっか…分かった。…すまなかったな、ひとりで国王陛下の相手をさせて…。」
「大丈夫。最初は緊張してたけど、アレン様が優しく話してくれたから、楽しかったよ。」
「…ルナ、さっきみたいに陛下と2人きりなら、アレン様って呼んでも良いが、他に人が居たり部屋から出たりした時は、『陛下』と呼びなさい。」
「あ…ごめんなさい。気を付けます。」
「…怒っている訳じゃないんだ、分かればいいんだよ。」
そんなやり取りをしているうちに、自分たちの部屋に戻ってきた。
「あら、二人とも、お帰りなさい。…陛下はどうだった?」
デメーテルが声をかけると、ルナティアが少し興奮気味に答えた。
「楽しかった。お菓子も美味しかったし…。あっ、みんなと一緒に食べるようにって、お茶とお菓子を包んでいただいたの。みんなで食べよう?」
「まぁ、いい香りのお茶とお菓子ね。…あなた、何をそんなに不満そうな顔をしてらっしゃるの?」
笑顔でお菓子を広げるルナティアと対照的に、複雑な顔をしているトーマスに、デメーテルがため息交じりで続けた。
「なんとなく、察しますが…いつかは通らなければならない道ですし、何より、この子の気持ちが一番でしょう?そんな先のことで頭を悩ませても…仕方ないと思いますけど。」
「分かっているさ、分かっているけれども…。」
ちらりとルナティアを見ると、当のルナティアは、ライラとお茶の用意を楽しそうにしている。
「…そうだよな…いつかは…。…今から凹んでいたら、折角の楽しい時間が無駄になってしまう。君の言う通りだな、デメーテル。」
「そうよ、折角美味しいお茶とお菓子と楽しい時間があるのですもの、暗い顔などしないで今を楽しみましょう?」
両親がそんな会話をしていることなどいざ知らず、お茶の準備が出来たルナティアは、満面の笑みで両親を呼ぶのだった。