レグルスの新しい友人
魔力測定が終わり、ルナティアは先に部屋に戻り寛いでいると、暫くしてぐったりとした様子のレグルスが戻ってきた。
「お帰りなさい、兄様。凄く素敵だった~。やっぱり風と水だったのね。…でも、どうしてそんなに疲れているの?」
「ん…。大聖堂を出た後、令嬢や令息達に囲まれてしまって…はぁ…。こんなに魔力測定が大変だったなんて思わなかったよ。」
「今回は特に、だな。…普通はもっと淡々としているのだぞ。魔力量150%以上が2名に、二属性持ちが3名、光属性が1名だなんて、大騒ぎになるのは仕方ない。」
レグルスの後ろから部屋に入ってきたトーマスが言う。
「150%以上って…やっぱり凄いの?二属性持ちも…?」
ルナティアが聞くと、
「あぁ、普通は一属性がほとんどだから、魔力量も70%くらいで上々だ。二属性持ちでも、130%以上あれば魔法省は大喜びだろうな。まぁ、今回、話題になった子供のうち、魔導士として魔法省に迎えたいと希望を出せるのは、二属性持ちだった、ポートリア嬢と、光属性のリリー嬢だけだろうな…。」
「王太子様と兄様は?」
「あははっ、王太子殿下に『魔導士になって』なんて言えないだろう?…立派な国王陛下になる、という役目をお持ちなのだから…。レグルスだってそうだ。それでも魔法省は望んでくるかも知れないが、辺境地を守る役目があるからな。辺境の地が崩れれば、王都だって無事じゃ済まない訳だから、簡単には望めないだろうよ。」
そんな話をしていると、部屋の扉を叩く音がした。
対応したジャンが、緊張した面持ちで戻ってきて
「旦那様、国王陛下がお呼びだそうです。…是非、お子様とご一緒に、と。」
一瞬、レグルスに目線をうつした後、トーマスに伝えた。
トーマスはため息を吐きながら、
「お呼びなら仕方ない。…準備をしてから伺う、と伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
「レグルス、お前もご所望のようだ。」
「僕…ですか?」
「他に誰が居る?」
会話の途中にルナティアが口を挟む。
「父様、今回の外出、陛下が許してくれたのよね?私、お礼を言いたいんだけど…。」
「いや、俺がちゃんとお礼を言っておくから、ルナはまた『今度』な。だが、レグルスが行かない場合、ルナを連れて行かなければならないのだが…。」
トーマスが含みを持った目でレグルスを見ると、
「っ、行きます、行きます。今、準備します。…ジャン、頼む。」
「はい。」
「むぅ…ちゃんとご挨拶したかったなぁ~。」
「ははっ、また今度、な。(…今会うと何を言われるか分からないし…)」
そう言って、トーマスとレグルスは部屋を後にした。
「クレアチオ大国、西の地の守護、トーマス・リストランドでございます。陛下からお呼びと伺い、参りました。」
泊施設の最上階の大扉の前でトーマスは声を張り上げた。トーマスの半歩後ろに、緊張した面持ちのグルスが控えていた。
ゆっくりと大扉が開き、近衛騎士団長が頭を下げてトーマスとレグルスを迎え入れた。
「クレアチオ大国の太陽である陛下にはご機嫌麗しゅう…」
いつも通りトーマスが恭しく頭を下げると、軽い声が響いた。
「いや、だから堅苦しくなくていいっていってるだろう?ここには、私と息子しか居ない。…護衛を除いては、だが…。何度も言うが、公の場でなければ、そんな仰々しい挨拶はいらん。いつも通り『アレン』と呼べ。」
「…はぁ…全く、いつもいつも同じやり取りを…。陛下、私は臣下なのですから…。」
「だ・か・ら、堅苦しいのは嫌いだといっているだろう。いい加減、慣れろ。でなければ『トーマスせ…』」
「うわぁっ!…わ、分かりましたから。…全く……。」
「うむ、分かればいいんだ、分かれば。…して、そちらがトーマスの息子か?」
「あっ、はい!」
部屋に入るなり、緊張の感じられない会話を聞き、やや放心状態だったレグルスだが、急に話を振られたせいで、大扉の前に立っていた時より緊張してしまい、声が裏返ってしまった。
(うわー…恥ずかしい…。)
「そんなに緊張しなくていい。公の場ではないからな。…名は?」
「レグルス・リストランドと申します。大国の太陽である陛下にお目にかかれて光栄でございます。」
アレンの気さくな話し方に、少し落着きを取り戻し、佇まいを直して、丁寧に挨拶をした。
「…やっぱりトーマスの子だな…(ボソッ)…真面目だ…。」
「陛下?今、『真面目だ』と仰いましたね?!」
かなり低く強い口調でトーマスが突っ込む。
「あ?…ははっ、良いじゃないか、褒めてるのだ。トーマスに似ているならば、信頼に足ると思うしな。…では、我が子も紹介しよう。…ジークリード。」
「はい。」
アレンの後ろに控えていた、金髪で碧眼の目鼻立ちがはっきりとした美少年が返事をして一歩前に進み出た。
「私は、ジークリード・クレアチオ。…リストランド伯の武勇伝は父から聞いております。それから…。」
すっ、とレグルスの方に向き直り、
「君とは同い年だから、これから色んな場で会うことになるだろう。そして出来るなら、『良い友人』となってくれると嬉しいと思っている。」
そう言って、右手を差し出した。
レグルスは、王太子殿下に、握手をしてしまってもいいのかと思い、チラッと父を見た。
トーマスが黙って軽く頷いたのを確認して、ジークリードの手を握り、
「王太子殿下にそのようなお言葉をかけていただけて光栄です。こちらこそ、宜しくお願い申し上げます。」
真っすぐジークリードの顔を見つめて返事をした。
「…固い、固い。レグルス、『俺は』『君が』ジークリードの良い友人になってくれることを望んでいる。臣下ではなく、だ。勿論、ジークリードたっての願いでもあるのだが…。友人なんて、言われてなるものではないが、そんな口調では、いつまで経っても友人にはなれないだろう?…無礼だなんて思わなくていい。レグルス、君ならきっとジークリードにとって『対等』な友人になってくれると思っているんだ。」
「…私が…ですか?」
「あぁ、君も魔力持ちだし、尚且つジークリードに近い魔力量を持っている。更に、俺が信頼しているトーマスの子息だ。…何より…ジークリードと並んでも遜色ない。」
にっと笑うアレンに、軽く頭を抱えトーマスはため息を吐いた。
レグルスは、自分を見つめているジークリードを見ながら考えていた。
(父上は、友人になるかどうかは、僕が決めていいと言った。陛下は、強制はしていらっしゃらない、ただ、“願望”を仰っているだけだ。…僕は…どうしたい…?)
自分に向かう、真っ直ぐな視線を受け止めた後、少し考えレグルスが口を開いた。
「…陛下のお気持ち承知いたしました。もう一度…お伺いします。王太子殿下は、僕と友人になることを『本当に』お望みですか?」
レグルスも、真っ直ぐ見つめ返し、ジークリードに聞いた。
「あぁ、俺が「君と友人になりたい」と父上に言った。だから、父上が言った通り、俺に敬語など使わなくていい。…今までも友人候補は沢山いた。だが、みんな俺の顔色を伺う。俺は『対等な関係になれる』友人が欲しいんだ。…どうだろうか、レグルス。俺の友人になって欲しい。」
「…どの程度、親しい友人になれるかは分かりませんが…。(フッと笑顔になり)お言葉を聞いて、僕も王太子殿下に興味がわきました。友人なら、敬語は不要ですよね?…お名前を呼ぶ際、“様”を付けなくても?」
「あぁ、呼び捨てで頼む。…『様』付けの友人なんて…ゴマすりに感じるだろう?」
「確かに…。」
「という訳で…これから宜しく頼む、レグルス。」
「あぁ、こちらこそ宜しく、ジークリード。」
「良かったな、ジークリード。どうだ?自ら望んだ者と友人になった気分は…。」
「父上、揶揄わないでくださいっ!」
「揶揄ってなどない…お前が自分から望んだ友人が、レグルスというのは、俺にとっても嬉しいのだからな。…ところで、トーマス。」
自身の息子にとっても同年代の友人は初めてのはずだ。そう思い、微笑ましく眺めていたトーマスに、急にアレンが声をかけた。
「はい?」
「ルナティア嬢も来ているよな?…何故ここに連れてこなかった?」
「…疲れて寝てしまったので…(とりあえず、誤魔化そう。)」
「そうか、疲れて、か。…まぁいい。明日の昼過ぎ、俺達は一足先に王都に帰る。その前に顔を見せるように。」
「…分かりました。今回、一緒に連れてこられたのは、陛下の許可があったからですしね、明日、連れてきますよ。」
「父上、明日、帰るのですか?…折角レグルスと友人になったのだから、帰る前に少しだけ街へ遊びに行っても良いですか?」
父たちの話を聞いていたジークリードが元気に聞いた。
「「…街へ?二人で?」ですか?」
アレンとトーマスの声が重なった。
「二人ではダメだ。護衛を…」
「護衛など連れていたら、俺達の身分がばれてしまいます。」
レグルスの方に振り返り、ジークリードが続けた。
「レグルス、君は『戦える』かい?」
「ん…まぁ…、少しは。」
「それなら問題ないな。父上、どうかお願いします。」
頭を下げるジークリードを見て、レグルスは何とか一緒に出掛けられないかと考えていた。
「…そうだっ!父上、ジャンに同行してもらえば大丈夫では?」
レグルスがトーマスに言った。
「…ジャン?」
聞きなれない名前を言われてジークリードが口を挟む。
「うん、僕の侍従で、ちゃんと『戦える』。護衛のように仰々しくないし、背中を任せられるし。」
「それなら、俺もキュリオを連れて行く。…父上、それならば良いでしょう?」
「…トーマス、ジャンという侍従の実力は?」
「戦い方は、騎士のようなものではありませんが…そうですね…1級に成りたての騎士と同じくらいかと。」
「キュリオと同じくらいか…。2人を連れて4人で行くなら良いだろう。…昼には戻って来いよ?」
「「はいっ」ありがとうございます、陛下。」
王都や領内ではない、初めての外出に、美少年2人は嬉しそうにお礼を言った。




