レグルスの魔力測定⑤ 注目の魔力測定
翌日、『魔力測定』が行われる日のセイクリッド公国は、抜けるような青空が広がっていた。
リストランド家は、家族みんなで朝食を取り、11時頃から開始する『魔力測定』に参加する準備を行っていた。
レグルスは、スーツの上に指定されたローブを纏って、珍しく緊張しているようだ。
トーマスは、レグルスの保護者として、祭事場に立つことになっているので、今日は、クレアチオ大国の正装用の軍服を着ている。
辺境伯は独自の軍事を持っているが、大国の直属の軍ではない。
しかし、大国の軍服を着て祭事に出席することで、国への忠誠心を表しているのだ。
ルナティアとデメーテルは、大聖堂の2階、3階の観覧席で『魔力測定』の様子を見ることになっている。残念だが、侍従や侍女は立ち会うことが出来ないので、ジャンとライラは部屋でお留守番だ。
全員の準備が済み、開始時間近くになると、レグルスとトーマス、ルナティアとデメーテルに分かれて、それぞれに準備された場所へ向かった。
観覧席の中央には、国王陛下がお座りになり、その両脇に公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家、と左右順に座る。そして3階、つまり国王陛下の背後の位置に、国内の平民の子供の引率をしてきたの騎士が座る。
しかし今日は、本来、国王陛下がいらっしゃるはず場所に、陛下の姿はなかった。
ルナティア達の席は、2階の正面より少し左側のボックス席だった。
隣に座ったデメーテルは、隣のボックス席のご婦人に挨拶を済ませた後、楽しそうに歓談していた。
(昨日は、真正面からしか見れなかったけど、少し上から見ると、『乙女と王子』の像は、こんな風に見えるのね…。両手を掲げている王子と乙女の顔が良く見える。ふふっこれはこれで特等席ね。)
そう思いながら、祈る乙女、両手を掲げる乙女、王子、の順に、像を見ていると、パイプオルガンの音が流れてきた。
今年、10歳を迎えたクレアチオ大国の子供達が、順に大聖堂の中に入ってきたと同時に、大聖堂内が、わっと沸き立った。
(凄い…こんなに魔力測定の時って祝福されるのね…ところで兄様は何処かな?あっ、見つけた。5番目に並んでいるけど、5番目に魔力測定をするってことなのかな?)
沸き立ったのは、『祝福』されているから、だけではなく、今年の魔力測定には、『魔力封じ』をされている王太子殿下がいるからなのだが…、そんなことは全く気付かず、ルナティアは大好きな兄の姿を眺めていた。
子供達が入場し、定位置に着席すると、教皇、司祭と一緒に国王陛下が『乙女と王子』の像の近くから現れた。そして、一歩前に進み出ると、陛下の前に、先頭に入ってきた男の子が前に進み出た。陛下が男の子の頭に手を当て、何か呪文を唱え始めると、男の子の身体から強い光が溢れだし、大聖堂全体が目映い光に包まれた。
(…あの光、どこかで見たような気がする…でも、とても優しい温かい気がする…)
陛下が呪文を唱え終えると同時に、大聖堂内に溢れていた強い光は、天井へ向かい消えていった。
その日、この場所にいた全員が、目映い光に目を細めながら、『魔力封じの解除』の一部始終を見ていたのだった。
『魔力封じの解除』が済むと、国王陛下は本来の2階席に戻り、教皇から『魔力測定』の説明が始まった。どうやら、一人一人名前を呼ばれ、順番に『乙女と王子』の像の所へ行き、昨日は無かった台座の上に置かれた水晶に両手をかざして、魔力の有無と魔力量、そして属性の判定を行うらしい。
いよいよ『魔力測定』が始まるようだ。
教皇が名前を読み上げ始めた。
「ジークリード・クレアチオ、こちらへ。」
読み上げられると、歓声が上がった。先ほど、国王陛下に頭に手を当てられて呪文を唱えられていた男の子が、王太子のようだ。
(あの子が王太子様なんだ…兄様と同じくらい綺麗な顔をしている。…そっか、さっきみんなが入ってきたときの歓声は、王太子様に向けられたものなのかも…。)
歓声を気にもせず、ジークリードは台座に置かれた水晶に両手をかざした。すると、水晶の中では、赤色と黄色が絡まるような色を示した。
「“魔力あり”属性は、『火』、副属性、『雷』魔力量、170%。」
教皇の声に、大聖堂は大歓声に包まれた。
「母様、みんな喜んでいるけど、凄いの?」
「えぇ、凄いわ。魔力量は、国王陛下で確か…162%だったかしら?お父様だって168%だったのよ?因みに、現魔法省のトップ、ノーランド嬢は160%、私は73%だったわ。」
「…魔力量って普通はどれくらいなの?」
「普通はね、属性は一つなの。一つの属性の人で、魔力量100%が最大ね。その属性の魔法はほぼ使えるわ。殿下は二属性だから、想定だけど…おおよそ半々として、火が90%、雷が80%ってところかしら?これだけ魔力量が高いと、複合魔法も使えるようになるでしょうね。…流石、6歳で魔力発動しただけあるわね。」
「…。」
(6歳で魔力発動で170%…。発動が早いほど、魔力が高いって言っていたっけ…。じゃあ私も魔力量、高いのかな?)
そんなことを考えているうちに、レグルスの順になった。
「レグルス・リストランド、こちらへ。」
教皇に呼ばれて、レグルスは台座の水晶に両手をかざした。すると鮮やかな緑色と青色が示された。
「“魔力あり、属性は、『風』、副属性、『水』魔力量、156%。」
「おぉ、また150%超え…。」
「リストランド卿のご子息か…。」
大歓声に紛れてそんな声が聞こえてきた。
(うふふ、私の自慢の兄様だもの。もっともっと褒めて)
心の中でルナティアが胸を張って自慢していると、レグルスと目が合った。ルナティアと目が合ったレグルスは、にこっと笑顔を向けた。…と同時に、観客席から「キャーッ」という悲鳴に近い声が多数上がっていた。
(うわっ、兄様も王太子様に負けないくらい人気があるみたい。こんなに人気があるなら、簡単に愛想振りまいちゃダメなのに…)
自分のことを棚に上げて、の考えである。
ルナティア自身、自覚がないので仕方ないのかも知れないが…兄も同じように自覚はないようだった。
その後も、次ぎ次と『魔力測定』が行われた。貴族の子息令嬢の中にも魔力がない者もいたし、平民の子の中に、魔力を持っている者もいた。
平民の子供達にとっては、この『魔力測定』は今後の人生を大きく変えるきっかけになるものだった。
魔力のある者は、学びの機会を与えてもらえ、王国の直属で働くことが出来る可能性がある。だからこそ、魔力持ち、とされた子供たちは喜び、魔力が無かった子供たちは、ガッカリする。
魔力持ちの平民の子供たちは、魔力量に関わらず、11歳の白の季節になると、仮学園生として学園に入り、簡単な読み書きを約半年かけて覚える。
そして、12歳の青の季節に、貴族子息令嬢と一緒に、正式な学園生として入学することになる。
因みに、貴族は、魔力が無かったとしても、12歳~15歳まで学園で世界の歴史や言語、算術、マナーやダンスなどを学ぶ。それは、貴族社会で必要とされている内容だからなのだが、そう考えるとやはり貴族は産まれながらに優遇されているのかもしれない。
夕方近くになった頃、今年のクレアチオ大国の子供の魔力測定が終わった。
その後、教会に属する10歳の子供が居る場合、最後の『魔力測定』を行う者として名前が読み上げられる。
今年は、教会に属する子供が居るらしい。教皇が名前を読み上げる。
「リリー・グレジャ、こちらへ。」
(あ、昨日の、黒髪の女の子だ…兄様と同い年だったんだ…。)
「“魔力あり、属性は……」
教皇が言いよどんだ。そして、平民の魔力測定に興味が無かった貴族たちが一瞬、静かになった。
「…属性、『光』、魔力量、59%…。」
「え…。」
大聖堂内がどよめいた。
『光属性』は『闇属性』と並び、貴重な属性だからだ。しかも、一属性で59%なら、なかなかなものだ。
リリー本人も戸惑っているようだ。戸惑っている理由は、まだ、魔力発動をしていないから。
しかし、水晶は『光属性の魔力を持っている』と示した。未知の魔力に対する期待と不安に、リリーは、縮こまるしかなかった。
リリーが所定の席に戻ると、最後に、クレアチオ大国の国王から、子供達に向けて祝辞を述べ、今年の『魔力測定』は終わった。
今年のクレアチオ大国の魔力保持者は、貴族が15名、平民が8名の、計23名と、例年に比べて魔力保持者数は少なかったが、稀に見る盛り上がりを見せた『魔力測定』だった。