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魔力発動

 ルナティアは、護身術を5歳の頃から習っていた。

 習い始めたきっかけは、5歳の時に誘拐されかけた事件にある。この『誘拐もどき』のせいで、ルナティアは侍女のライラと出会い、10歳になるまで領内から出ることは叶わなくなってしまったのだが…。


 話は1年前、ルナティアが5歳の時に遡る。


 見た目の愛らしさと反して、お転婆でかなり活発な子であったルナティアは、家の中から裏庭、敷地をぐるりと囲む塀の内側を、所かまわず駆け回ったりしていた。もちろん(?)木登りだってする。

可愛らしいのにお転婆すぎる令嬢として、使用人たちを困らせることもしばしばだった。

当時はまだ、幼いこともあり、専属侍女もついていなかった。


 ある日、いつものように庭を駆けずり回っていた時の事、ふと、裏庭の奥の奥、ほとんど人が立ち入らない場所の塀に、ちょうど子供が一人通れるくらいの『穴』を見つけたのだ。こんなぴったりフィットするような『穴』を見つけて、通ってみたい衝動にかられない訳が無い。

 ルナティナは、コッソリ『穴』を通り抜け、ひとりで街見学をすることに決めた。街には出かけることは、それほど多くはなかったが、母や兄と一緒に出掛ける度、いつも笑顔で挨拶をしていたので、“顔見知り”はそれなりに多い。

しかも、今回は『秘密』の外出。ワクワクなんてしないはずがなく、物珍しさでウロウロしているうちに、気づけば街外れまで行ってしまったのだった。

 その時に、たまたま隣の国から逃げ出してきたばかりの破落戸(ごろつき)と遭遇してしまったのである。

 破落戸(ごろつき)からすれば、ルナティアは格好の獲物。『貴族の子ども』である上に、天使と見間違うほどの可愛らしさ。狙わない訳がない。

破落戸と目が合った瞬間、ルナティアは“近寄ってはいけない人”と認識し、逃げ出したが、相手は大の大人。しかも数人がかりでは逃げ切れるはずがない。


(ヤダッ!怖い…捕まりたくないっ!!)

と、強く思ったルナティアは、無意識に『魔法』を発動させてしまった。

 発動した魔法は『土魔法』で、ルナティアを覆うように頑丈な土のドーム型をしていた。

破落戸は驚きながらも、たかが子供の魔法だから、ちょっと叩けば崩れるはず、と、ドーム型の土壁を近くに落ちていた石で叩き崩そうとしていたところへ、辺境伯家の警備隊長ジニーとその他大勢の警備兵が駆けつけ破落戸は逮捕された。


 タイミング良くジニーが駆けつけた理由は、“顔見知り”の領内の大人が、供もつけずに歩いているルナティアを見て、辺境伯警備隊へ連絡したからだ。

 連絡を受けたジニーは、領民から子供の外見や服装などを聞き、ルナティアお嬢様だと思い、急ぎ街外れへ向かった。しかし、街外れにたどり着いた時は、ドーム型の土壁に向かって石を叩きつけている破落戸しかいなかった。ジニーは破落戸を一旦捕まえ、女の子についてとドーム型の土壁について破落戸に問いただすと、

「子どもだ。子どもが作ったんだ。俺たちは、その子どもと遊んでやろうと思っただけなのに勝手に怯えて土壁に隠れたんだ。俺たちは悪いことはしてねぇよ」

と暴れながら言った。


 ジニーは、(子ども、とはルナティアお嬢様?しかし、ルナティアお嬢様はまだ5歳のはず。いくら何でも…)と思いつつも、念のため、土壁に向かって話しかけた。

「ルナティア様、中にいらっしゃるのですか?いたら返事をしてください。私は警備のジニーです。」

「…ジニー?」

声を聴いて、ルナティアと確信した警備兵ジニーは続けた。

「はい、ジニーです。ルナティア様、この土壁を壊すことはできますか?」

「…できないの。こあ(わ)くて、こあ(わ)くて…“ヤダッ!”っておもったら、こうなっちゃったの。…どうしてこうなったのか、わからないし、どうやったら、でられるかもわからないの。…どうしよう、このままでられなかったら…ひっく、ひっく…。」


 半泣きになるルナティナの声を聴きながら、ジニーは破落戸を睨んでいた。

(何が、遊ぼうと思った、だよ。あの元気で人懐こいルナティアお嬢様が『怖い』って思うくらいなんだ。こいつら絶対許さねぇ。—―とその前に、どうやって助けるか、だよなぁ…やっぱりトーマス様に頼むのが一番か…)


 トーマス・リストランドは、かなり上位の『土魔法』が使える。間違いなく、中にいるルナティアを怪我させることなく助けることができるだろう。

(ついでに、この破落戸共に鉄槌を下していただこう)そう思い、ジニーは他の警備兵に破落戸共の連行と土壁内のルナティアを見守る者を指示し、急ぎトーマスの元へ向かった。


 伯爵邸では、ルナティアが居ないことで大騒ぎの最中だった。

そこへ警備隊長ジニーが駆け込んできて、

「ルナティアお嬢様が『土魔法』を発動されました。発動した魔法は、身を守るための土壁ドームです。ただ、どうやって発動したのかも、解除の仕方も分からず、ルナティア様は土壁に閉じ込められたままになっております。大変申し訳ありませんが、トーマス様、ルナティアお嬢様の所へ一緒に来ていただけないでしょうか。」

と言ったので、更に大騒ぎになってしまった。


 大騒ぎになった理由は、

『ルナティアが閉じ込められている』ことは勿論だが、『5歳のルナティアが魔法を発動してしまった』こともあるのだ。

 この世界では、一般的に魔力を持つものは10歳前後で発動する。それが普通だ。もちろん、10歳より少し早く魔力を発動してしまうものは少なくない。『少し』早いのはよくあることなのだ。『少し』なら…。


 魔力は、発動が早ければ早いほど魔力が『強い』とされ喜ばれる反面、幼い内に発動してしまうと、体と精神が追いついていないため、放置すると『精神破壊』を引き起こしたり、最悪の場合は『魔力枯渇による死』の可能性もある、と言われ、幼すぎる子どもが魔力を発動した場合は、速やかに国に伝えられ、『魔力封じ』の処置がされるのだ。


『魔力封じ』の方法は、極秘事項とされ、王城での一部のものにしか伝えられていない。そのため、まず、王城へ報告ののち、(立場や信用度合いによってだが)『保護』、つまり、王城内で軟禁されるのが通例であるのだ。

 因みに、現在の王子は『6歳で魔力を発動』した。王都では『天才の王子』と大騒ぎだったが、王子とて例外はなく、10歳までは『魔力封じ』の処置がされているらしい。


 話しは逸れたが、まずはルナティアを救出することが必須と、急ぎトーマスは馬に跨り、ジニーの案内で土壁ドームへ向かおうとした時、レグルスが声を上げた。


「父上っ!僕も行きます。後学のためにも――…いや、ただルナが心配なのです。…邪魔にならないよう、ちゃんと着いていきますので…。」

「着いて来られなかったとしても、今回ばかりは置いていくぞ?それでもか?」

「はい!…大丈夫です。ちゃんと着いていきます!」

「…分かった。――では急ぐぞ。」


 こうして、トーマスとレグルス、ジニーの3人は馬に乗り、急ぎルナティアの土壁の元へ戻った。


 土壁(ドーム)を見たトーマスは一瞬我が目を疑った。

とても初めての魔法で、それも5歳児が発動した魔法とは思えないほど強固な土壁だったからである。

(これほどのものは…中級クラスでも作れるかどうか…それをまだ5歳の我が娘が…)

 別な心配が心を掠めたが、まずは救出しなければと、土壁に両手を当てて呪文らしき文言を唱え始めた。

 トーマスが唱え終わったと同時に、あれほど強固だった土壁はルナティアを避けるように、元々あった土壌へと戻っていった。

 無事、救出されたルナティアは、父親と兄に抱き着き、大粒の涙を流し暫く泣き続けた後、泣き疲れて眠ってしまった。



 翌日、目を覚ましたルナティアは…もちろん、家族全員…いや、屋敷中の使用人に至るまで叱られたのだった。

叱られているルナティアは、最初こそ縮こまっていたが、叱られている理由が、みんなの愛情からくる心配だと感じると、少し笑ってしまい、更に叱られるのだった。



 叱られることがひと段落着いた頃、父であるトーマスに呼ばれ、「急遽、王都へ向かうことになった。ルナティアも一緒に。」と言われた。

 ルナティアは、“どうして急に、父は私も一緒に王都に連れて行く”と言い出したのか、不思議に思っていたが、なにぶんまだ5歳の少女である。ちょっとした疑問は奥に封じ込めて、久しぶりに従兄妹に会える喜びと、まだ見たことのない王都にときめきを感じ、眼を輝かせていた。



 ドキドキワクワクのルナティアとは反対に、王都にいったら、最悪、ルナティアとは、5年間は会えなくなってしまうかもしれないことを知っている母と兄の表情は明るくない。その様子に気づいたトーマスは小声で

「大丈夫だ。絶対にルナは連れて帰ってくるからそんな顔をするな。…ルナが不安がってしまうぞ。」

と笑顔で2人に言った。

「そうね、“あなた”だもの、きっと大丈夫よね…。トーマス、あの子を宜しくね。」

デメーテルは微笑んでトーマス寄り添い答えた。


 両手をぎゅっと握りしめて黙って父と母の言葉を聞いていたレグルスは、決意した顔を上げ、

「…父上、僕も父上を信じてルナの帰りを待ちます。」

そう父へ伝えた後、ルナティアに向かい不安など感じさせない笑顔で抱き寄せ、

「ルナ。王都ではサリルとミラクに宜しく伝えてくれるかい?…本当は僕も一緒に行きたかったけど、授業が色々重なっていてね、急に休みをとるのは難しいみたいなんだ。」

と言った。…ルナティアが気づかない程度の切ない声で。


「…そうなの?…にいさまもいっしょだとおもっていたのに…。おうとにいくの、おにいさまのおやすみがとれるまで、まってはいけないの?おとうさま。」

「…あぁ、今回はダメなんだ。急だが、すぐに王都に向かわねばならないのだ。」

「じゃあ、わたしととうさまだけでおうとにいくの?」

「そうだよ。…ルナは二人だけじゃ不安かい?」

「ううん、ふあんじゃない。ふあんじゃないけど…みんなでいけないのがさみしいだけ。」

「そうかそうか。じゃあこの次に王都に行く時は、みんなで行けるようにしよう。」

トーマスはルナティアの頭をなでなでして言った。

大好きな父に撫でられて、嬉しくなったルナティアは、母と兄を見つめて

「うん。やくそくね、とうさま。かあさまとにいさまも。」

 無邪気なルナティアの笑顔を見て、同じく笑顔を返しながら頷くデメーテルとレグルスだった。


 その翌日、トーマスとルナティアを乗せた馬車がリストランド邸を後にした。

 デメーテルとレグルス、そして邸内の使用人全員が、ルナティアが無事に戻ってくることを心の底から祈り、馬車を見送っていた。

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