レグルスの魔力測定② モンヌール邸
馬車に乗って3日目の昼すぎ、王都のモンヌール邸についた。
モンヌール邸では、家主のペトラーと夫人、サリルとミラクが迎えてくれた。
サリルとミラクは、去年が『魔力測定』の年だった。サリルは『火属性』で、ミラクは魔力を持っていなかったらしい。
「ようこそ、義兄上、姉上。いよいよレグルスも『魔力測定』の年になったのですね。おめでとうございます。」
「あぁ、ありがとう。それより、いつも王都に来るときはお邪魔してすまないな。…子供達も大きくなってきたし、そろそろ王都に別宅をと考えてはいるのだが…。」
「何をおっしゃるのですか、義兄上。私共は、全く問題はありません。むしろ我が家にお越しいただけることが嬉しいのですから…。」
「そうよ、私も実家に帰れる楽しみもあるし…。何もわざわざ別邸を作らなくても…。」
「そう言ってくれるのは嬉しいのだが、子ども達が学園に入るとなると、王都に滞在することも多くなると思うのだ。…なにぶん、リストランド領は遠いから…。」
「滞在の度に、我が家にお泊り戴いても問題ありませんよ。何より陛下に自慢できますから。」
「ははっ、相変わらず乗せるのが上手いなぁ、ペトラーは。では当面はお言葉に甘えることにするよ。」
「はい、どうぞ甘えてください。…ところで、レグルスも魔力は既に発動した、と聞きましたが…。」
「あぁ、1年くらい前にね。『風属性』と『水属性』らしいのだが…なに分、その場に俺は居なかったから何とも…。ルナティアの時は、土壁を解除するのに呼ばれたから、『土属性』だと確認することが出来たのだが…。」
どうやら、息子の魔力発動の場に立ち会えなかったことが残念だったようだ。やや凹み気味のトーマスに、
「流石は義兄上の子ですね。二人とも10歳前に魔力を発動するとは。我が家は二人とも魔力は無いものと思っておりましたが、サリルが『火属性』と言われて良かったと思っております。」
ペトラーは魔法が使えない。夫人が『火属性』の魔力持ちだが、魔力としてはそんなに強くはないそうだ。
サリルに魔力があったと分かったのは、モンヌール伯家には喜ばしいことだった。軍事一家だから、剣技は勿論なのだが、魔法も使えた方がより戦い方に幅が出来るからだ。そう考えると、魔力は無いのに、王室第2近衛隊隊長をしているペトラーは、やはり剣技が素晴らしいのだろう。
「…良かったな、ペトラー。」
そう言って、肩をポンポンと叩くトーマスに、
「義兄上…ありがとうございます。…っ、す、すみません。義兄上と話すとつい…。ここで立ち話も何ですから、こちらへ。…サリル、ミラク、レグルスとルナティアを部屋へ案内してあげなさい。」
ペトラーはそう言って、トーマスとデメーテルを応接間へ案内した。
残った4人の子達は、とりあえず、今夜泊まる部屋へ荷物を運ぶことにした。
レグルスはサリルと、ルナティアはミラクと一緒の部屋だ。それぞれの部屋に荷物を置いてから、街へ出かけるために玄関に集合することにしたのだが…。
ミラクは、ルナティアとライラを部屋に案内してドアを閉めるなり、ルナティアに抱き着いた。
「ルナティア~。本当に久しぶり。3年前に王都に来たっきりだもの、充電させて~。」
片手に荷物を持ったまま、ぎゅうぅ…と抱きしめられ、困惑気味のルナティアと抱き着くミラクを引きはがしたのは、ライラだった。
「ミラク様?とりあえず、お嬢様にお荷物を降ろさせてくださいまし。」
「何?何??…貴女、侍女よね?」
少し睨むような目でミラクが言った。
「はい、3年前よりルナティア様の専属侍女としてお仕えさせていただいております、ライラと申します。」
お辞儀をして挨拶するミラクに、
「…むぅ~…レグルスだけだと思っていたのに…ライラ、貴女もライバルね?」
ビシッとライラに向けて指をさた。
「ミラク姉さまは…ライラのことキライ?」
潤んだ目で見つめられたミラクは、
「そんなことないわ。…ただ…ライラはいつもルナと一緒にいられて羨ましいな、と思っただけ…。」
「ミラク様…。」
少し俯きかけて呟くミラクに、ライラが再度お辞儀をした。
「ミラク様はルナティア様のことをとても大切に思ってくださっているのですね、ありがとうございます。」
「…当たり前でしょ?だって、こんなに可愛いのですもの。私、本当に自分の妹だったらって、いつも思っているのよ。」
「わかります!ミラク様のお気持ち、とってもよく分かります。ルナティア様の笑顔は、それはもう天使かと見紛うばかりで…かく云う私も『一目惚れ』をいたしまして…あっ、でも私は妹だったら…などとは恐れ多く、思っておりません。…ただ、どんな時でもお守りすると心から誓っております。」
「貴女も『一目惚れ』を?…そうよね、分かるわ~…それなのに、レグルスが、いつもいつも邪魔ばかりして…。」
「レグルス様ですか?…あ―…分かる気がします。」
少し遠い目をしているライラに、ミラクは同志を見つけた喜びで身を乗り出し
「でしょお?兄だからっていつもルナを独り占めして…ホント狡い…。」
と言って少し顔を膨らませた。
いつの間にか意気投合をしたライラとミラクを見ながら
(良かった~。二人が仲良くなってくれて嬉しい…ミラク姉さまもライラも大好きだもの。)
と思っていると、扉をトントンと叩く音がした。
「ルナ、何かあった?遅いから迎えに来たのだけど…。」
レグルスの声だ。
ミラクとライラは視線を合わせ頷くと、返事をしようとしていたルナティアの声を遮ってミラクが答えた。
「…まだよ。荷物の片づけが終わらないの。…紳士ならもう少しくらい待てないのかしら?」
「ミラクか…。ルナ、片づけはまた後にして、おいで。仕方ないからミラクも…。」
「仕方ないって何よっ!」
つい、売り言葉に買い言葉でドアを開けてしまったミラクに、にっこりと微笑むレグルスの顔を見て、
(レグルス様の方が上手だわ…)
そう思ったライラだった。
そしてジャンとライラを護衛に、6人で街に出かけた。勿論、それぞれの両親には許可をもらっているが、ルナティアだけ『必ず、誰かと手を繋いておくこと』という条件を出された。
さっきから玄関口で「ルナティアと手を繋ぐのは僕だ」「私よ」と、騒いでいるレグルスとミラクを見て、
「お前、本当に大変だな…。」
同情を込めた口調でサリルがルナティアの肩をポンっと叩いたとき、
「レグルス様、ミラク様。お二人がそれぞれ、両側で手をお繋ぎになられてはいかがですか?こんなこところで揉めていては、日が暮れてしまって街に出かけられませんよ?」
そう声をかけたのは、ジャンだった。ジャンに言われ、二人は顔を見合わせてから頷いた。
「「わかった。」わ。」
(はぁ…、これでやっと、出かけられる…)
と、冷静なサリルは思っていた。
街に出てみると、ルナティアには見るもの全てがキラキラして見えた。3年前に来た時は『風景』としてしか見られなかったから、『はじめての王都見学』なのだ。
「ルナ、こっち、こっち。ここが、前に王都に来た時にドレスを作った、『マダム・パティ』よ。ここから王都の…ううん、クレアチオ大国の流行が始まるって言っても過言ではないわ。ほら、中を見ていきましょうよ。」
グイグイと手を引き、ミラクがお店に入っていく。
店に入ると、
「いらっしゃいま…せ?」
店員が声をかけながら振り返った。…直後、固まった。
そんな様子を気にもせず、ミラクは店員に話しかけた。
「ごきげんよう。マダムパティはいらっしゃるかしら。」
「っ…あっ、はい…おりますが…あの…どちら様でしょうか。」
我に返った店員は、ミラクの対応をしながら、今度はチラチラとレグルスを見ている。
(ふふっ、お兄様が素敵だから気になっているのね。わかるっ、わかるわ~…)
ルナティアは、心の内で兄自慢をしていた。
「私は『モンヌール伯』の娘よ。あと、こっちが双子の兄と…こちらは従兄妹たちよ。マダムパティに、『モンヌール伯令嬢がきた』って伝えて頂戴。」
「は、はいっ。」
店員が奥に消えると、ルナティアはミラクと握った手を少し引いて
「ねぇ、ミラク姉さま。さっきの人、最後、怖がっていたような気がするけど、どうして?」
「あぁ、『平民』なのに、『貴族』に「どちら様?」なんて聞いたからじゃない?」
「『貴族』に聞くと、どうして怖がるの?」
すると、ミラクとルナティアの間に割り入ってきたレグルスが答えた。
「貴族の中には、平民と貴族を差別する者もいるからね。」
「差別?…みんな同じ人間でしょ?」
「そうなんだけどね…そう思っていない貴族は多いから…。そういった奴らは、平民を貴族の所有物のように振舞うんだよ。…正直、見ていて気分の良いものでは無いけど…。」
「でも、父様はそんなこと言ってないよ?いつも『領内のみんなが頑張ってくれるから、私達がこうして暮らせるんだ』って、『だから、いざと言う時は領民を守るんだ』って…。」
「うん、僕もそう思ってる。…ルナは?」
「…私も、父様と同じ。」
「私もよ。」
ミラクもそう答え、サリルも頷いていた。
「だから少し腹が立つのよね…私達が『そういう貴族』だと思われたことが…。」
「ミラク…そんな顔するから、怯えられるんじゃないか?」
珍しくサリルが突っ込む。
「あら、私、そんな怖い顔してる?」
そう言ってルナティアを見ると、にっこり笑ったルナティアが、ミラクの頬を両手で押さえ、ふにふにしながら
「ん…、少しだけ、怖い顔してた。(ふにふに)…でも、もう大丈夫だよ。」
されるがままだったミラクは、急にルナティアを急に抱きしめた。
「っ!もうっ、なんて可愛いのっ!」
「ミ、ミラク姉さま??」
「もう、ルナティアが居れば、絶対、怖い顔なんかしないでいられるわ。」
レグルスが、ミラクからルナティアを引き離したと同時に、マダムパティが現れた。
「これはこれは…モンヌール伯爵家のお嬢様、わざわざお運びいただかなくてもお呼び立て戴ければ…。」
マダムパティは、挨拶をしている途中で、隣に立つルナティアが視界に入った。
「…あのぅ…もしかしてなのですが…こちらのご令嬢は、3年前にドレスをお仕立てさせていただいた方…でしょうか?」
急に話を振られたルナティアだったが、3年前のお礼も言っていなかったことに気づき、慌てて
「あ、はい。あの時は素敵なドレスを作っていただいてありがとう。…領地に帰って兄さまに見せた時も、とても素敵だって褒めてもらえたので、嬉しくて…。それなのに御礼も言わないままだったし、今日、会えてよかったです。」
とお礼を言った。それを聞いたレグルスも一緒にお礼を言った。
「あぁ、あの『空色と白』のドレスを作ったのは貴女でしたか。妹に良く似合っていて素晴らしかった。…僕からもお礼を言わせてください。」
「そ、そんなっ…お礼など…。お礼を申し上げたいのは私の方です。あの日、『天使』をイメージしてお作りさせていただいたドレスでしたが、本当の『天使』に着ていただけたのですから…。」
うっとりと思い出すように天を仰ぎ見ていたマダムパティ。ミラクがコホンと咳をしたことで我に返り、
「あ…何度も申し訳ございません。…それで、本日はどのようなご用件で…?」
「ちょっと店内のドレスを見せていただこうかと思って。…今の流行りなど、この子にも見てもらいたいし…。あっ、3年前の話で紹介が飛んでしまったけれど、こちらは私たちの従兄妹になる、リストランド辺境伯の令息のレグルスと、令嬢のルナティアよ。宜しくね。」
そうミラクが紹介すると、マダムパティは目を輝かせながら話し始めた。
「っ…まぁ…辺境伯様の…。そうでございましたか…であれば、『天使』も頷けますわ。デメーテル様とリストランド卿のお子様方ですもの。…改めまして、私、パティ・ランドールと申します。お店の名前は、そのまま私の名前ですわ。レグルス様、ルナティア様、王都にお越しの際は、是非、『パティ・ランドール』をお申しつけくださいませ。お二人のご用命とあらば、いかなる協力も惜しみませんわ。」
「…ありがとう、マダムパティ。だが、僕たちは…いや、少なくとも僕は、貴女と初見のはず…なのに、どうして“いかなる協力も惜しまない”とまでおっしゃるのでしょう。」
「ご質問、ごもっともですわ。…実は…私も少し魔力を持っておりましたので、セイクリッド学園に通っておりました。その時、同じ学年にデメーテル様がいらっしゃいましたの。デメーテル様は、貴族、平民分け隔てなく接してくださる方で、貴族の方は勿論、私達、平民にとっても憧れの方でした。ある日、平民の魔力持ちを良く思わない貴族の子息が、私を罵っておりました。罵っている貴族の方は侯爵家のご子息だったので、みんな遠巻きに見ているだけでした。そこへ、デメーテル様がいらっしゃり「身分など、この学園の中では意味がないこと」と侯爵家ご子息に向かって意見をなされたのです。学園内では『在学中はみな同じ身分』としてはいるものの、そうは言ってもやはり身分はついてまわるものです。ましてや侯爵家と伯爵家では、侯爵家の方が、身分が高いのですから。身分を言われた侯爵家子息は、怒り「そんなに言うならば、自分に勝てば、二度と平民をイジメない」と言い出しました。…恐らくそう言えば、女性は怯むとでも考えたのでしょう。しかし、デメーテル様はその勝負を受け、見事、勝利しました。…あの勝利した瞬間っ…それはもう…美しくて…。…はっ!…話は逸れてしまいましたが、ともかく私はデメーテル様に助けていただいたのです。お蔭で学園在中に、心置きなく魔力の使い方を学び、現在に至るという訳です。恩人とも言える、デメーテル様のご令息、ご令嬢のご用命ですもの、協力を惜しむはずなどありえません。」
力説するマダムパティの話を聞きながら、少し頭を抱えながら、
「…分かりました。そういう経緯ですか…。…まさか、母上も、だとは…はぁ…。」
ため息をつくレグルスの肩を、ポンポンと叩いて宥めているサリルが小声で言った。
「…まぁ、軍事系の家系だしな…我が家でも伯母上の武勇伝はいくつか伝わっているし…。」
「武勇伝?!」
驚きのあまり、少し、声を上げてしまったレグルスだが、慌ててサリルに習い小声で話し始めた。
「…知らないのか?」
「…父上のはよく聞いていたが…母上のは…。」
「もしかしたら、伯父上も知らないことがあるかも知れない。」
「だとしたら、『秘密』だよな…。」
「あぁ、『秘密』だな。」
兄と従兄のやり取りには全く気づかず、マダムパティが言った『母の勝利』を妄想していたルナティアは、目を輝かせながら、考えていた。
(うん、やっぱり私も『戦う術』を身につけたい。まだ先だけど、学園に入った後とか、何があるか分からないもの。自分を守るだけじゃなくて、他人を守ってあげた母様みたいになりたいもの。)
それぞれに思惑を持ちながら『パティ・ランドール』を後にした一行は、王都で一番人気のカフェに入り、美味しいケーキを堪能した後、『戦う術』を身につけたいと思ったルナティアの強い要望で、何故か武器・防具の取扱店を巡ることになった。もちろん、武器・防具店を巡る理由は、正直に言ってはいないけど…。
こうして、ルナティアの初めての王都の街での買い物(?)は終了となった。