相思
扉の中は思ったよりも広かった。勿論、入り口は狭いのだが、入って数メートル先はジークリードでも立って歩けるくらいの広さになった。
「大丈夫か、ルナティア。」
「は、はい…。」
いつも通りに声を掛け、手を伸ばすジークリードと、その手を取りながらも顔を合わせず、やや俯き加減で答えるルナティア。いつもと違う様子のルナティアをジークリードはジッと見つめている。
ルナティアとしては数時間前に初恋を自覚し、その相手と急に2人きり、しかもまじまじと見つめられ、現在、絶賛パニック中だ。
そんなこととは思いもよらないジークリードはルナティアを引き寄せ、顔を覗き込んで質問した。
「どうかしたのか?心なしか顔が赤い気も…そう言えばさっき、目を反らされたような気がするのだか…俺は何かしてしまったのだろうか?」
「い、いえっ、そんなことはありません。ただ…。」
「ただ?」
「…ほ、本当に殿下が無事だったから…うれ…じゃなくてホッとして…。」
「確かに。ほとんど入れ替え状態だったからな。俺も目が覚めた時、ルナティアが昏睡状態だと聞いて…リストランド邸で休息を取っている間も気が気じゃなかった。目覚めてくれて本当に嬉しいのに、目を反らされるから俺が何かしてしまったのかと…。」
より一層俯くルナティアを見て、慌てて話を変えようと試みる。
「あー…ところで昏睡状態になった理由は分かるのか?ライラの話だと、上空を飛ぶイメージをして「希求」と唱えた後、昏睡状態になったようだ、と聞いているのだが…。」
「そ…それは…。」
ジークリードの問いに、今度はルナティアの顔色が、次第に青くなっていく。
(私、魂だけの存在だったとはいえ私自身の身体の一部を使って魔物を切り裂いたのよ?それを知ったら、いくら殿下だって…)
知られたくない――
その思いから、より俯いてしまう。
俯くルナティアを見ると、僅かに手が、肩が震えていた。
その様子を見てジークリードは、無意識にルナティアを抱きしめた。
「…悪い、ルナティア。そんな辛そうな顔をするとは思わなかった…君を困らせるつもりは無かったんだ。話したくなければ言わなくて良い。だが、これだけは信じてくれ。俺はどんな君でも全て受け止める自信がある。それが良いことでも、悪いことであっても、だ。だから…ひとりで悩むな。」
ジークリードの真摯な言葉に思わず涙が溢れそうになる。涙をグッと堪えながら、そっとジークリードから身体を離した。
「…ありがとうございます、殿下。今はまだ…き、記憶が少し混乱していて…上手く話せませんが…。でも、殿下の言葉で少し落ち着きました。」
にこりと微笑んでお礼を言う。
その表情を見たジークリードは、何かを隠しているのを察しはしたたが、それ以上は聞かない方が良いと判断をして話を変えた。
「…ならば良かった。では先に進もう。島の大きさから考えれば最奥にはすぐに着くと思っていたのだが…意外と広いな。」
そう呟き、呪文を唱え炎の明かりを灯した。
炎が照らす先を見ると、道の突き当りは確認出来ず、通路はずっと奥まで続いているようだった。
「随分と奥まであるな。あの島の大きさより何十倍も奥行きがあるようだが…。」
「…空間自体が魔法…なのでしょうか。だとすると終わりが無い場合も…。」
ぶつぶつと考えている様子の彼女を見ると、先ほどの気まずさは感じられなかった。
ホッとしつつ、彼女が発した言葉に相槌を打つ。
「魔法空間、か…。だとすると、どのくらい奥まであるのかも分からないな。だが、この地に居られる時間は限られているし…。」
湖面の水が引いている時間しか、この中に入っていられない。湖面に水が戻ってしまったら入り口の扉が開かなくなってしまう可能性もあるからだ。
「そうですね、急ぎましょう。」
隣でルナティアが頷き、歩を速める。
進んでいくと、ずっと奥まで続いているように見えた通路は、思いの外早く、突きあたりまで辿り着いた。
「…ここが最奥、か。もっと奥まで続いているように見えたが…。」
「魔法空間だからなのでしょうか?空間を広げたり狭くしたり出来る、とか?」
ジークリードもルナティアの考えを思いつかなかった訳では無い。むしろ、ずっと奥まで続くように見えていた通路に、急に終わりが現れたことを考えると、そう思うのは凄く当たり前のことだ。
だが――
「…その考えだと、空間自体に意志があるのか、若しくは――」
――別の誰かの意志…。
ジークリードの脳裏に浮かぶ別の誰かは一人しかいない。
女神様が忠告した、太陽神、ただひとりだ。
隣で「そっか…」と呟くルナティアを盗み見る。
ルナティア本人は、自分が太陽神の執着の対象になるかも知れないなどと思いもよらないのだろう。
もうすぐ最奥の扉の前に着くというところで、ジークリードが歩を止め声を掛けた。
「ルナティア、この扉を開ける前に、先に君に伝えておきたいことがある。」
振り返りながら声を掛けるジークリードの後ろをついて来ていたルナティアも立ち止まった。見ると顔が赤く見える。
「?ど、どうした?…まさか目覚めたばかりでまだ体調が悪いのか?」
「あ…いいえ、体調は…大丈夫です。……それより伝えたいこととは…?」
(もしかして…また想いを告げてもらえる、なんてそんな都合の良いこと…)
などと、考えてしまったことがバレないように深呼吸しつつ、なんとか平静を装って言葉を紡ぐ。
対するジークリードは神妙な面持ちをしていた。
「この扉を開ければ、そこに太陽神の剣が奉納されている。何故そう思うのか、と問われれば直感としか答えられないのだが…。剣を目的に旅をしてきたのだから、ココが最終目的地であることは喜ばしいことなのだが…それと同時に、太陽神の想いが共にある可能性が高い。」
「…太陽神の想い、ですか?」
「ここから先に言うことは、女神様からの助言なのだが…もしかしたら太陽神は…――ルナティアに執着しているかも知れない。」
『執着』
想定外の言葉に、ルナティアが瞬きをして固まる。
それを見て慌てて付け加えた。
「あ、いや、ルナティアにというか、女神様と同じ瞳をしているルナティアに、だ。」
「…それって、私に女神様を重ねている、ということですか?」
「あぁ。…ルナティアの瞳の色に女神様を重ねているのはあると思う。それ自体は…複雑だが構わない。むしろ問題はそこじゃない。」
「問題?」
「重ねているだけではないかも知れない。ルナティアを女神様の生まれ変わりと思っている可能性が高いらしい。」
「生まれ変わり?…女神様の魂はちゃんと別に――」
「知っている。俺は、分かっている。だが、太陽神は、魂の女神様と逢えていない。それ故、ルナティアを生まれ変わりだと信じているのだろう。」
「そんな…。…それなら伝えたらどうでしょう?女神様をここにお呼びしてそこでお互いに逢えれば…。」
ルナティアの言葉に、ジークリードが首を振った。
そして、顔を少し背け、耳まで赤く染めながらジークリードが言葉を紡ぐ。
「…俺が、ルナティアに…その…、…懸想しているのは理解してくれている、よな?」
いきなり話を変えられたうえ、最近、自分の気持ちを自覚したばかりのルナティアは、急に言われた『懸想』の言葉に、顔を真っ赤にして俯いた。
「女神様に「俺の想いのせいで太陽神に身体を乗っ取られる可能性がある」と言われたんだ。」
「えっ…?どうしてですか?」
「まず、乗っ取りには太陽神の血筋であることが必要らしい。その上、俺は太陽神が執着している女性に懸想している。乗っ取ったとしても、ルナティアを想う男に変わりはないからな、…丁度いい器なんだろう。」
「器…。そんな、器だなんて…殿下は殿下です。中身も姿かたちも、他の誰でもありません。」
ルナティアの言葉に、ジークリードはフッと笑みをこぼした。
「…ありがとう、ルナティア。勿論、俺自身、乗っ取られるつもりは毛頭ない。俺の想いは、太陽神が女神様を想う気持ちに負けているなどと思ったことは無い。」
頬を染めたまま、だけどハッキリとルナティアの瞳を見つめてジークリードは言い切った。
ルナティア自身、その言葉にホッとしつつも心の高揚を感じていると、ジークリードはそのまま言葉を続けた。
「…それに、女神様とも約束をしたんだ。」
「約束…?」
「あぁ。…俺が精神を乗っ取られた場合、俺の身体で俺じゃない意識が君に愛を囁くことになる。そんなのは絶対に嫌だ。それと一緒で、女神様自身も、太陽神の意識が女神様じゃない君に愛を囁くのは見たくない、と…。」
「…。」
「もし、自分がルナティアの近くに居て、乗っ取られたら、女神様自身もルナティアの精神を乗っ取ってしまうかもしれない。…だけど、俺たちの身体と心は俺たちのモノで、自分たちの想いとは別だから…どんなことがあっても太陽神の想いに負けないで欲しい、と。」
「…だから女神様は…私を乗っ取らないために、一緒に行かないって仰ったってこと…?」
「そうだと思う。…だからルナティア、もう一度言わせてくれ。」
ルナティアの両肩に手を置き、真っ直ぐに見つめ、深呼吸をしてハッキリと言った。
「俺は…君が好きだ。いや、愛している。この想いは神にも負けるつもりは無い。」
ガッシリと両肩を掴まれているルナティアは、その真っ直ぐな想いに頬を染めて俯いた。
(嬉しい…嬉しいけど、どう言えば良いの…?「私もです」?あぁ、でも恥ずかしい…)
脳内であれやこれや考えているとは分からないジークリードは、頬を染めているとはいえ、俯いたままのルナティアを見つめ、
「…困らせるつもりは無いんだ。ただ…言葉にすることでより自分の気持ちをこの身に刻みつけたかった。だから今、答えを言おうとは――」
――しなくて良い
そう言うつもりだった。
だが、その言葉を遮って、ルナティアがジークリードにしがみついて言葉を発した。
「ち、違うんです。わ、私も…っ!」
言葉を紡ぐルナティアはこれ以上ない程、真っ赤になりながら、でも必死に言葉を続けた。
「…す、好き…です!」
「…えっ?」
思わず出た声は、これが自分の声かと疑うくらい間抜けな声だった。
想定外の…いや、嫌われてはいないと思ってはいたが、『男』として見てもらえているとも思っていなかった。
改めて自分にしがみついて俯くルナティアを見る。少ししがみつく手が震えているようにも見えた。
「あ…俺の…聞き間違いじゃ、無い…のか?」
目の前のルナティアがこくりと頷く。
「…本当に…その…ルナティア…も…俺のこと…。」
また、こくりと頷いた。
俯いたまま愛しい女性の表情は見えない。ただ、白銀の髪に見え隠れする耳の赤さが『ほんとう』であることを証明してくれていた。
「ありがとう…ルナティア、…これは…夢じゃないよな?現実だよな?」
そう言って、そのまま思いっきり抱きしめた。腕の中で、もぞもぞと動くルナティアが愛おしくて、更にルナティアの髪に頬を摺り寄せた。
「好きだ、愛している。何度言っても足りないくらいだ。…想いが通じるというのはこんなにも嬉しいものなんだな。あぁ、嬉しい。…そうだ、ティア、と呼んでいいよな?…ルナ、も考えたが…レグもそう呼んでいるし…。…俺だけの呼び方を…したいから…。」
暫く抱きしめながら髪に頬擦りをしていたが、腕を解いて俯くルナティアに問うと、「はい…。」と小さな声が聞こえた。
前から可愛らしい声だと思っていたが、聞こえて来た声は、いつも以上に可愛らしく感じる。
更に欲望が出てくる。
(好きだと認識した時も…周り全てが変わったように感じられたが、想いが通じるのはまた別格なのか…世界が変わったみたいだ。この愛らしい声で、もう一度、「好きだ」と…出来れば俺の目を見て言って欲しい…。)
「ティア、もう一度…言ってくれないか?その…君の気持ちを。そうすればどんなことがあろうと、俺の気持ちが負けることは無い、のだが…。」
ずるい言い方をしていると思う。
だけど思いが通じ合ったばかりだからこそ、確信が欲しいのも事実だ。しかも対峙するのは創世神なのだから。
目を丸くした後、暫くもじもじとしていたルナティアだったが、少し考えた後、顔を真っ赤にしたまま上げ、
「私も…殿下のことが、好き…です。」
と、言った。
半ばヤケクソと取れなくも無い言い方はあったが…。それすらも可愛いと思えるのは、惚れているからなのだろう。
嬉しさで自然と頬が緩むのを感じながら、次の言葉を紡いだ。
「ありがとう、ティア。この先どんなことがあっても、この想いを違えることはしない。共に並び歩む関係でいると約束する。…それから前にも言ったが、2人きりの時は俺のことを「リード」と呼んでくれないか。…まぁ、俺としては、2人きりに限らずいつでも呼んでくれても良いけれどな。」
少し、おちゃらけ気味に言ったが、ルナティアはぶんぶんと頭を振り、
「それは…、…まだ、難しい…です。」
と、真面目に、でも真っ赤に頬を染めながら返事をする。
(真面目も揶揄いがいがあって可愛い、と思うことも知らないのだろうな)
そんなことを考えていると、甘い空気の中、急に僅かだが地面が揺れ、2人は我に返った。
「何だ?何かあったのか?」
「…揺れ自体はそれほど大きくないみたいですね。…外の水の量が変わった、とか…。」
「…ありえない事ではないな…。…くそっ!」
思わず呟いた本音に、ルナティアが不思議そうな顔をした。
「あ、いや…悪い。折角、想いが通じて良い雰囲気だったというのに現実に戻されたから、な。…まぁティアの気持ちを知れただけでも良しとするか。お陰でこの先にどんな事があろうとも、俺は俺で居られる。だから安心して先に進もう。」
そう言ってジークリードは、悪戯っ子のような笑顔でウィンクをしながら、ルナティアに手を指し述べたのだった。
やっと互いの想いが繋がりました。
1日遅れのValentineです。




