条件
「水が無くなる条件は、新月ではないのか?」
――場所は間違いない。この感覚…何かに呼ばれている感覚はある、湖の中心部から確かに。
ジークリードが考え込んでいると、レグルスが湖の淵にしゃがみ込み、水を掬いながら尋ねた。
「ココではない、ということは…?」
「いや、場所は間違いない。」
はっきりと断言するジークリードに、少し驚きながらレグルスは言葉を続けた。
「では、新月の他に条件があるのでしょうか。」
「……。」
男性陣のやり取りを、少し離れたところで見守っていたカエラが口を挟んだ。
「口を挟む無礼をお許しください。その…水が無くなるとか、条件とか…一体、どういうことでしょうか。」
湖に着くまでの道すがら、湖に向かう理由を簡単に聞いたが、伝えたのは、東の湖にに太陽神の剣があるかも知れない、という、掻い摘んだ内容だ。
剣の話でもなく、日照りが続いている訳でもないのに、湖の水が無くなるなどと言っている、こと自体、理解できないのだ。
「掻い摘んでの話しかしていないからな。すまない。太陽神の剣は、間違いなくこの湖の中にある。それは感じているんだ。だが、湖に水があっては、湖の中に入れないだろう?一時的に潜ることは出来るが、長時間は無理だ。ところが、ルナティアが昔に一度、日照りでもないのに水が少なくなった時があった、と言ったのだ。その時の状況から新月の夜が怪しいと踏んできたのだが…。」
ジークリードの説明に、なるほど…と頷きながら話を聞いていたカエラが、
「その水が少なくなったのを見たというのは、ルナティア嬢以外にもいらっしゃるのですか?」
と、質問してきた。
「…いや?ルナティアの証言だけだが…。まさか、ルナティアの言葉を信じないというのか?!」
「いえいえ、まさか。私がルナティア嬢の言葉を信じないなどありえません。そうではなくて、ルナティア嬢しか見たことが無いなら、ルナティア嬢が居ることも条件、という可能性は無いのですか?」
傍に居る男性陣が、目を見張りながら一斉にカエラを見る。
「…その可能性は、…ある、な。」
「だが、今から戻るなど…。」
「それ以前に、眠っているルナティアを連れてくるのは…。」
口々に呟いていると、今度は急にカエラが湖を指さしながら声を上げた。
「あっ!!皆さま、見てください。水が…少し減ってきているように見えるのですが…。」
「「「なにっ?!」」」
全員が湖を振り返り、しばらくの間、水位を見つめていた。
僅かだが少しずつ水位が下がっているようにも見える。
「…確かに…水位が下がっているような…気がする。」
「ルナが条件ではない、ということだよな?」
「…希望的観測ではないことを祈りたいが…。」
そう呟きながらまた暫く水位を眺めていると、ジークリードの耳に、遠くから馬の嘶きのような声が聞こえた気がした。
声が聞こえた方角を振り返り、目を見張る。すると暗闇の中、僅かだがいくつかの影が揺らめいているのを見つけた。
「…馬、か?それとも…。」
ジークリードが呟く。
その言葉に、湖の水位に意識を向けていた他の者達も顔を上げ、ジークリードが見つめる先に一斉に警戒を払った。
「~~…!」
今度は全員が声を聞いた。僅かだが、人の声も混ざっているような気がする。
影は段々と大きくなり、形が分かるようになってくると同時に、混ざって聞こえていた声もハッキリと聞き取れるようになった。
聞き覚えのある声に、
「…ルナティア?いや、まさか…。」
思わずジークリードが言葉にする。それを聞いたレグルスとトーマスが顔を見合わせ、口を噤み耳を、神経を研ぎ澄ませた。
「…本当だ。」
「確かにルナティアの気配だ…。だが、どうして…。家ではデメーテルが見守っていたハズだが…。」
口々に疑問を告げているうちに、遠かった影も蹄の音も近くなり、はっきりルナティア達だと認識出来る位置まで近づいていた。
「やっと…追いついた…。」
はぁはぁと息を切らしながらルナティアが馬上から降りる。供にライラとアンが同行していた。
息を整える間もなく、ルナティアを囲うようにジークリードとレグルス、トーマス、それにカエラが集まってきた。
「ルナティア、身体は?身体は大丈夫なのか?」
「そうだよ、あんなに青ざめた顔で目覚めなかったのに…。無理はしていないだろうね?」
「それに、どうしてここに?…アンが居る、ということは…デメーテルの指示か?」
「逢えてうれしいよ、ルナティア嬢。それから…よく分かんないけど…体調悪かったのかい?大丈夫?無理はしていない?」
皆が一斉に質問を投げかける。
あまりの勢いに少々、面食らったが、手の平を皆に向け、「待って」の合図をしながら呼吸を整えた後、笑顔で答えた。
「…取り敢えず、身体は大丈夫です。むしろ寝すぎたくらいで…。それと…ここに来た理由は――。」
そこまで言って口を噤む。
――ジークリード様に逢いたかったから…なんて、兄や父の前で言えない。ましてや本人に…まだ自覚したばかりなのだから。
少し考えてから続ける。…頬は少し赤い。
「えっと…何となく、私も居た方が良いような気がして…?」
疑問形なのが怪しいのだが、ルナティア自身、シエルや女神様と繋がっているので、もしかしたら何か助言があったのかも知れない、とトーマスとレスグルは考えた。
先ほど条件について提言していたカエラは、
「うん、そうだね、きっとそうだよ!だって、さっきまで全然減ってなかった水が、ルナティア嬢が近づいてきたら減って来たんだから。ほら、もう、こんなにっ!」
と、同意しながら湖を指さす。
湖を見ると、水量は最初の半分くらいにまで減っていた。
「本当だ…。水位を減らすには新月とルナが必要だった、ということなのか?でも、何故?ルナは、何か聞いている?」
レグルスの質問にルナティアは首を振った。
「いいえ、何も聞いていないわ。ココに来た理由も何となく、だもの…。」
(それ自体、出まかせだし…。それなのに、私が条件だった、って、どういうこと?)
適当に答えたことが偶然にも当てはまっていたなんて…と、考えているルナティアのことを、ジークリードが見つめていた。
ルナティアが寝覚めた喜びと、ココに来てしまった不安が入り混じる。
(何となくだが…顔が赤いような気がする…?まだ体調も万全ではないのだろう。それにしても、精神世界で女神様が言っていた『太陽神の執着』。水位を減らす条件に、ルナティアが組み込まれているのはその執着のせいなのかも知れない?…だとしても俺は、負ける訳にはいかない。)
ずっと見つめて考え事をしていると、視線を感じたルナティアと、一瞬、目が合う。だが、すぐに視線を反らされてしまった。
(???…反らした?…俺は、気づかないうちに何かしてしまったのか?)
そう考えながら、またジッとルナティアを見つめていると、アンがすっと近寄り跪いて告げた。
「突然の発言、ご容赦願います。殿下、あまりお嬢様を凝視しないでいただけますか?まだ自覚したばかりなのでもう少しお時間を頂ければ…。」
「…自覚?時間?なんのことだ?」
ジークリードの問いにアンは答える気はないようだ。ジークリードの隣に居たトーマスに向き直り、
「トーマス様、私は任務を終えましたので奥様の元へ戻ります。…どうぞご無事で、と奥様からのご伝言でございます。」
とだけ告げ、用意された馬に乗り、さっさと元来た道を戻って行った。
そうこうしているうちに湖の水が随分と減り、湖底の中央に島らしきものが出て来た。
「…アレ、のようですね。ですが、陸部分には何かあるようには見えませんね。少し照らしてみましょうか。」
湖面を眺めていたトーマスがそう言いながら、島らしきものの上空に明かりを灯した。
明かりに照らされ、島と湖面が良く見えるようになったが、やはり怪しいところは見当たらない。
「父上、僕が対面側に行ってまいります。もしかしたら何かあるかも知れませんから…。」
「では俺が反対周りで見てまわろう。その方が半分で済むだろう?殿下はここで待機ください。」
そう告げて、レグルスとトーマスはその場を後にした。
湖自体はそれほど大きなものではなく、1周回るのに(何も無ければ)大体、10分程度の時間を要する。両側から周れば、その半分、5分で確認が済む。
トーマス達の返事を待ちながらジークリードが無言で湖面を見据えていると、背後では一般の兵士達がルナティアの周りに集まって来て、口々に喜びを伝えていた。
今いる兵士の半分以上はリストランドの警備隊たちだ。領主の愛娘の無事を喜ばない訳は無い。そう思い、少し痛む胸を隠しながらただ黙って湖面を見つめていた。
少し待つと、レグルスが走って戻って来て告げた。
「ジ…殿下!途中に、途中の側面に扉らしきものを見つけました!」




