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東の湖

 ――ジークリードに逢いたい――


 ルナティアの率直な気持ちだった。


 最後に言葉を交わしたのは、魔族の襲撃中、自分を庇って矢を受けた時…。

 自分のせいで怪我を負わせてしまっただけでも辛いというのに、まさかその怪我が原因で二度と逢えなくなるとは思わなかった。

 逢えないと思えば思うほど逢いたくなるのは心情で…

 二度と会話を交わすことも、笑顔を見ることも叶わないと思っていた人が()()()()()。とても嬉しい、と同時に、もう二度と同じ過ちは犯さないという気持ちが沸き上がる。

 同じ過ち、とは、ちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()


 ジークリードが息を引き取ったあの時、どうしてちゃんと言葉を交わさなかったのか、自分の気持ちに気付かない振りをして先送りにしていたのか、後悔ばかりが押し寄せて来た。


 同じ日常は二度と来ない。

 似ているとしても、全く同じなんてありえない。

 ましてや魔族に襲撃されるような日々で、明日、生きて言葉を交わすことが出来る保証なんて無いのだ。

 彼が生きていてくれた理由なんてどうでもいい。

 今はただ、逢いたい。ただそれだけ――


 ルナティアの言葉に、目を丸くして驚くデメーテルだったが、娘の瞳の奥に決意を感じると小さくため息を吐いてから笑顔で答えた。

「…それが貴女の答えなのね。正直、目覚めたばかりだから安静にしておきたいけど…分かったわ。行きなさい。だけど、ライラと…そうね、侍女長アンを連れて行きなさい。」

「あ、ありがとうございます。でも、アンを連れて行くとお母様の身の回りが…。」

「ふふ、大丈夫よ。私はリストランド邸から出ないから。少しくらいアンが離れても、執事長ジュードも居るし、他の侍女たちだって沢山いるもの。貴女が無事に殿下の元へ辿り着いたら、アンを返してもらえれば良いわ。…ライラ。」

 部屋の外で控えていたライラを呼ぶ。

「急いで追いかける準備をなさい。」

「えっ…でも、奥様…。」

「良いの。いえ、私の娘ですもの。こうなったら多分聞かないわ。それに…」

 くすくすと笑いながら続ける。

()()()()は応援してあげるのが母親でしょ?」

と、ウィンクをした。


 『初恋』


 その言葉に、ライラは一瞬、驚いたあと察したのか微笑みを浮かべて答えた。

「かしこまりました。急ぎ準備いたします。」

 準備のため、部屋を出る瞬間、チラリとルナティアの方を見ると、ルナティアは顔を真っ赤にしていた。


 デメーテルの指示で、討伐探索隊の後を追う準備を始めて約1時間後、リストランド邸から、()()()()()が出発したのだった。



 ルナティア達がリストランド邸を出発したころ、ジークリード率いる討伐探索隊と、トーマス率いるリストランド軍は、領内の街中を抜け雑木林に入り、目的の湖には、あと少しというところまで来ていた。


「この辺りの魔物の被害は?」

 ジークリードがトーマスに尋ねる。

「街中への侵入はありませんが、雑木林との境界線には闇に包まれてからは、魔物もに加え、特に狂暴化した動物たちが多く出没しているという報告を受けております。」

「やはり、一刻も早く闇を封じなければならないな…。」

 目的地に向け、馬を走らせながら現況確認を行っていると、先頭部隊の兵士が報告に駆け込んできた。

「前方で何か()()()が起きているようです。如何いたしましょう。」

 

 出来るなら、隠密に調べて対処したい。

 だが、兵士達は戦闘訓練は受けていても、隠密訓練は受けていない。

 キュリオが居れば偵察に行かせられたのに…とジークリードが考えていると、察したトーマスが提案をする。

「それならば、ジャンを行かせては如何でしょうか。」


 リストランド家の傍付きは、戦闘訓練は勿論、隠密、暗殺など一通りの訓練は受け、一定レベルを超えていなければ主の傍付きにはなれない。

 次期当主であるレグルスの右腕であるジャンがこの場では一番の適任なのだ。

 

 その言葉を聞いたレグルスは、すかさずジャンを呼びつけ、前方の偵察を指示すると、ジャンは雑木林の奥へと姿を消した。


 15分程待つと、ジャンが戻ってきた。

「もう戻って来たのか?随分と早いな。それでどうだった?」

「はい、()()()()()がいらしたので…お連れしました。」

 答えるジャンの背後から、カエラが顔を出した。

「お久しぶりです、殿下、レグルス様。それから――」

チラリとジークリードの少し後方に立つトーマスに目を移して、

「お初にお目にかかります、トーマス・リストランド様。」

と、深々と頭を下げた。


「父上、カエラ嬢はルナティアの友人です。ところで、カエラ嬢がなぜここに?」

 レグルスが説明をする。


 クレオチア大国と陸続きのウーラノスは、古来からクレオチアに属すことなく、独自の文化を築いてきた国だ。リストランド領が国境の境界を担っており、長い歴史の中ではずっと小競り合いをしてきたところだ。

 ここのところは、現在のウーラノスの族長が穏やかであることと、リストランドの領主が英雄トーマスであることもあり、小競り合いなどは無く、交易が行われるくらい平和的な関係を続けている。

…とはいえ、明らかに武装した姿のカエラを見て、怪訝そうにトーマスが尋ねた。


「息子たちの知り合いのようだが、ウーラノスの戦士とお見受けする。何故武装をしているのか説明してもらえるだろうか。…答えによっては――」

 自身の脇に携えた剣に手を伸ばす。

 その様子を見たカエラが慌てて膝をついた。

「違います、違います。私たちはこちらに攻め入ろうなどとは考えておりません。ただ…わが国でも魔物が横行し被害が増大、討伐をしていたのですが、あと少し、というところで魔物が後退し、その足跡を辿っておりましたら、誤ってこちらの領内に…。そこで衛兵に呼び止められて…。」

「…そこへ我らが来た、ということか…。」

 カエラの説明を聞き、レグルスが呟く。


 説明をするカエラの様子をじっと眺めていたトーマスは、敵意が無いと感じたのか剣から手を離した。それを見て、カエラの表情は緩む。…隣国の英雄トーマスを敵には回したくないのだろう。


 ホッとしたカエラだったが、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「ところで、殿下、レグルス様、こんな時間に何故国境付近に?」

 その問いに、今度はジークリードとレグルスが顔を見合わせる。

 はたして話していいものか…。

 戸惑う2人を気にもせずに、トーマスがジャンに向かって

「ジャン、先に不審なことはもう無いのだな?」

と、確認した後、ジークリードに向き直り、提案をした。

「殿下、時間に余裕がある訳ではありません。取り敢えず先に進みましょう。必要であれば、道すがらご説明をされては如何でしょうか。」

 その提案に頷き、カエラの方を見る。

 会話から察したカエラはウーラノスの兵に向かって、自分は討伐探索隊と同行することを伝えると、他の兵にはウーラノスへ戻るよう指示をしたのだった。


 ジークリード率いる王都からの討伐探索隊とトーマスが率いるリストランドの警備隊、それにカエラと数人の護衛が加わった兵団は東の湖に到着した。

 リストランド邸を出発してから4時間が経とうとしていた。


 湖に近づくにつれ、ジークリードの内心は、不安と高鳴りが混ざり合うような不思議な感覚に侵されていく。


 湖に着き、馬を降りて、兵に馬の世話を任せる。

 レグルスとジャンが先導するその後を着いて湖に近づき水位を確認すると――


 …湖の水は、いつもと同じ水位だった。


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