逢いたい
リストランド邸で1日半、討伐隊の兵士達は身体を休めた。王都を出て3週間ぶりとなる安息の時間だった。
息を吹き返した後、固まった身体を上手く動かせなかったジークリードも、もう普通に動きまわれるようになっていた。
兵達は十分な休息を取り、ケガ人もリストランド領の魔法使い達に治療をしてもらい、ほぼ完治した。鋭気を養った兵達は、今はリストランド警備隊の者達と訓練をしている。
訓練中の兵達を窓下に眺めながら、ジークリードは、ルナティアの部屋のドアをノックした。
部屋のドアが開き、ライラに中に誘われると、ルナティアが眠るベッドの横に座っているレグルスの元へと歩いて行く。
皆が着実に回復をしている中、まだ、ルナティアだけは目覚めていなかった。
「レグ…。」
「…ジークか…。」
ルナティアの手を握ったまま、振り返らず答えるレグルスの隣に椅子を用意されたジークリードは、そこに座った。
暫くの沈黙の後、レグルスが話し始めた。
「どうして…ルナなんだろう…。賢者の血筋なら僕だって良かったはず…いや、他にだって沢山いるだろう?王家の…神の血筋だというなら…。その上、乙女だなんて…。太陽神はそこまでルナを贄に――」
「レグ!!…それ以上は言うな。」
レグルスの言葉を遮り、ジークリードが口を挟む。
「…お前の言い分は分かる、そうでなくてもルナティアは自分を犠牲に…いや、自分が盾になってでも守ろうとするきらいがあるからな。だが、だからと言って神を否定してはダメだ。特に今は…もしお前が闇に染まったらルナティアが悲しむ。…俺だって、お前を敵にしたくはない。」
この世界の唯一神である太陽神を否定すると闇に魅入られやすくなる、と昔から言われている。実際に、否定し続けて堕落した者や、行方不明になった者などは多い。それ故、本当に神に守られている世界であると皆が信じているのだ。
しかも、今は世界が闇に覆われ、普段より魅入られやすい状況で、レグルスのこの発言は危険極まり無い。何より、ジークリードにとって親友で、誰よりも大切にしたいと思う女性の兄であるレグルスを闇に落とすわけにはいかないのだ。
ジークリードの言葉に、無言で俯くレグルスに、間を置いて話しかけた。
「…レグ、…ルナティアはリストランドに置いて行こうと思う。」
ジークリードの言葉に、レグルスが顔を上げた。
「ルナティアが同行してくれたお陰で、太陽神の剣を探す旅がかなりスムーズに進んだ。とはいえ、一昨日、ルナティアが眠りについてから闇の進行速度が上がっているのも感じる。…恐らくリリー嬢だけの祈りでは闇の進行速度を押さえることが出来ないのだろう。通常の周期よりも早く地上を奪いに来るくらい、今代の魔王の力は強大だと思われるしな。だからこそ、一刻も早く太陽神の剣を手に入れ、祈りの塔で魔界の門が開くを防がなければならない。」
「…良いのか?」
ホッとしたような、それでいて不安な顔をしたレグルスが聞く。
レグルスと視線を合わせた後、頷き、眠るルナティアに視線を移しながら、愛おしそうな表情でジークリードが呟いた。
「あぁ、それに…もう、十分すぎる程、彼女は身を削ってくれたからな。」
2人のやり取りを部屋の隅で聞いていたライラは、瞳に涙を浮かべながら深々と頭を下げていた。
その日の午後、討伐探索隊の十数名にリストランド警備隊を加え、ジークリードの元、トーマス、レグルスが指揮を執り、一行はリストランド邸を後にした。
まだ目覚めないルナティアの代わりに、デメーテルとライラの見送りを受けて…。
ジークリード達、討伐探検隊が出発して2時間ほど経った頃だろうか、普通であれば夕焼けが美しい時間帯に、ルナティアは自室でひとり、目を覚ましたのだった。
目覚めたルナティアは、ライラとデメーテルに現在の状況を聞いた。
自分が丸2日間眠り続けていたこと、その間に魔物との戦いは終え、父が合流したこと、兵達がリストランド邸で身体を休んでいたこと、既に東の湖に向けて旅立ったこと。そして、何より驚いたのは、自分の身代わりになって亡くなってしまったと思っていたジークリードが生きていたこと…。
この朗報を聞いた時、自身の手指が震えるのが分かった。嬉しくて涙が溢れてくる。
「殿下が…生きていてくれた…。」
涙を流す我が子をただ黙ってデメーテルは見つめていた。
ひとしきり涙を流した後、改めてルナティアが尋ねた。
「お母様、お兄様達は今夜が新月だから、と少し前に出発したのですよね?」
「そうね。」
「…ライラ、私たちも後を追うわ。準備をして頂戴。」
ルナティアの指示に、驚いた顔のライラはチラリと奥様を見た。
ライラと目が合ったデメーテルは、ルナティアに向き直り、
「ルナティア、貴女は後を追わなくても良いのよ。お父様が代わりに行ってくださっているし、貴女はここで、乙女としての祈りに集中していれば良いの。…もう十分、頑張ったわ。」
と言って、ふわりとルナティアを抱きしめた。
「え…?でも、私も行かなきゃ…。」
困惑するルナティアを横に、デメーテルはライラに人払いを命じた。
そして、部屋にはデメーテルとルナティアの2人っきりになった。
改めてデメーテルがルナティアに聞いた。
「ルナティア、貴女が『行かなければいけない理由』は何?もう太陽神の剣の場所は見当がついているし、剣を手に入れるには王太子殿下が居れば良いのだもの。貴女が同行する理由は無いはずよ?」
「っ…それは…。」
――確かにそうだ。
言葉に詰まるルナティアにデメーテルが言葉を続けた。
「貴方達の旅の話をレグルスから聞いたわ。貴女の活躍も…。確かに貴女が居なければ解決しない案件も沢山あったようね。でも、最近の貴女は特級魔法を使う度に倒れているとも聞いたわ。」
「っ!」
「それって…祈りの魔力が減っているからではないの?傍で祈っていないからといって、魔力が無くならない訳じゃない。祈れば祈った分、魔力は減るのでしょう?そしてその祈りの魔力と特級魔法の魔力は同じ虹色の魔力の可能性があるのではないの?勿論、大掛かりな特級魔法を使っている、と言うのもあるとは思うけど…虹色の魔力の可能性があるなら、無理して魔法を使わないで、乙女としての祈りに使うので良いと思うのよ。…そもそも、ルナティアは世界を守りたい、と言って乙女であることを明かしたのでしょう?今なら、ここで祈りを捧げているのでも十分だと思うけれど。」
母のいうことはもっともだ。
もとは、「自分に守る力があるなら守りたい」と言って、自分を守ろうとする皆の想いを説き伏せて乙女としての矜持を果たそうとした。…勿論、命まで捧げるつもりはないけれど、絶対、死なないという保障もない状況で、だ。
命を捧げないで矜持を全うするなら、母が言うように、ここで祈っている方が良いのだろう。
でも――…でも…?
考え込むルナティアの両手をデメーテルはそっと包み、目線を同じ高さに合わせた。
「ルナティア。…貴女…『行きたい理由』があるの?」
「…行きたい理由…?」
行く理由…母の言う通り、最短のルートで太陽神の剣を手に入れるため、だった。
(…だった?)
目的を果たした今、それでもどうして「行きたい」のか…。
それを考えると、頭に浮かぶ理由は――ひとつしかなかった。
理由に辿り着いたルナティアは、迷いのない瞳でデメーテルの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「お母様、私…殿下に…ジークリード様に…逢いたいんです。」




