目覚めと昏睡
真っ白な矢が刺さり、仮死状態だったジークリードが目覚めたのはテントの中だった。
「…戻ってきたんだな…。」
ポツリと呟くと、近くでガタンと大きな音がした。
音のする方へゆっくりと顔を動かして確認すると、入り口付近にひとりの兵士が尻もちを付いて居た。
「…君は…?」
「っ…、うわぁぁぁ!」
尻もちをついていた兵士は、慌ててテントから飛び出し、走り去っていった。
「何だというのだ?眠っている間、女神様に逢ったのは覚えている。だが、あの兵士の怯えようは…。取り敢えず、夢の話をレグルスとルナティアにしなければ…。うっ?」
そう思い、起き上がろうとするが上手く力が入らない。
「何だ?まるで俺自身が固まっていたかのように動かない。これほど思うように動かないなんて、一体どれくらいの時間、眠っていたというのだ?」
時間をかけて、何とか上半身を起こし終えた時、
「ジークっ!!」
息せき切りながらレグルスがテントに駆け込んできた。
「あぁ、レグ――」
名前を呼ぼうとした途端、駆け込んできたレグルスが抱き着いて来た。
「良かった…本当にジークだ。…生きていてくれた…。本当に、本当に…。」
「ど、どうした、レグ。一体…。」
状況が分からずに、ただ抱き着き、涙を流す親友を宥めていると、別の気配を感じた。気配の方を見ると、そこにはトーマスがテントの入り口に立っていた。
「リストランド卿?…どうしてここに?」
ジークリードの言葉を受け、トーマスは一歩テントの中に入り跪き、
「大国の新陽、王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
と、恭しく挨拶をした。
「そのような大層な挨拶は結構だ。ここには私とリストランド家の者しか居ないのだから、楽にして欲しい。…それで、何故、貴方がここに?」
「父上が援軍だったんだ。」
抱き着いたままのレグルスが答えると、ジークリードはレグルスを自身から引き離し、
「そうだったのか…なんと心強い。援軍に感謝する。」
と、頭を下げた。
その後、レグルスの手を借りてベッドの淵に座り直しながら、尋ねた。
「レグ、俺が矢を受けた後のことを話してくれるか?これほど身体が思うように動かないのは、かなりの時間眠っていたのだと思うのだが…。」
そう告げるジークリードに、真っ白い矢を受けた後息を引き取ったこと、それから今まではほぼ丸1日が経っていて、再度、襲撃があったことなどについて、レグルスが掻い摘んで説明をする。
「…身体が思うように動かないのは、長い時間寝ていたからでは無く、死んだ状態だったから、ということなのか。…俺は死んでいない、と言われていたから、てっきり重傷で寝た状態だったのかと思っていたのだが…現世では、死んだ状態だったのか。それなら急に起きた俺を見て、みんなが驚くわけだな…。」
自嘲気味に笑うジークリードに、トーマスが尋ねた。
「殿下、先ほど「言われていた」と仰いましたが、誰に死んでいないと言われたのですか?」
「あ、あぁ、女神様だ。精神世界で彼女に逢った。…そう言えば、ルナティアは?姿が見えないが…。」
「ルナには土魔法を使って、襲撃してきていた魔物の数を調べてもらっていたのですが…そう言えば戻って来てないな、…ん?」
レグルスが答えていると、遠くから誰かの声が聞こえた気がした。
聞き耳を立ててみると、その声は段々と近づいてきている。どうやらレグルスを呼んでいるようだった。
テントの入り口に向かってレグルスが歩いて行くと、その声は、どうやらライラのようだ。しかも何か焦っているようだ。
急いでテントの外に出ると、そこにはルナティアを背負ったライラの姿があった。
背負われているルナティアの姿を見たレグルスは駆け寄り、
「何があった?ルナは…ルナは無事なのか?!」
と、問い詰めた。
ルナティアを背負っているライラは、涙を流しながら答えた。
「わ、分かりません…ルナティア様が「希求」と呪文を唱えた途端、意識を無くしたように倒れ込んで…それっきりなんです。呼吸はしているのですが、襲撃が終わった後も目覚めなくて、どうしたらよいのかも分からなくて…それで…レグルス様のところへ…。」
「一体何が…。取り敢えずテントの中に…。」
そう言って、レグルスはライラが背負っているルナティアを抱きかかえ、ジークリード達が居るテントの中へと向かった。
テントに入ると、抱きかかえられたルナティアを見たジークリードとトーマスが声を上げた。
「「ルナティア?!」」
ジークリードは駆け寄ろうと立ち上がるも、関節に力が入らず、その場に崩れ落ちた。
慌ててトーマスが駆け寄り、ジークリードを支える。
「すまない。トーマス殿。…レグ、ルナティアをここに休ませろ。」
ジークリードの指示で、ベッドにルナティアを寝かせる。その後、レグルスはジークリードのために簡易イスを用意して座らせた。
レグルスの後をついて来たライラは泣きながら尋ねる。
「希求、って特級魔法ですよね?ルナティア様が目覚めないのは、特級魔法のせいですか?!」
「それは、分からない…だが、本当にルナティアは「希求」と唱えたのか?たかが魔物の数を調べるためだけに?」
ライラにレグルスが再度、尋ねた。
「うぅ…。はい…ルナティア様は「敵の数を調べる魔法は知らない」と仰って…」
「え…知らない?…本当にそう言ったのか?」
驚くレグルスの言葉に、ライラが泣きながら頷くと、トーマスが口を挟んだ。
「ルナティアはまだ一般科を卒業したばかりだろう?中級魔法も上級魔法も、呪文を知らないはずだ。…屋敷にある魔法書を見たことがあるなら、いくつかは使えるかも知れないが…。」
その言葉を聞いたレグルスが、ガクリと膝をついて崩れ落ちた。
「あ…土壁や結界も作っていたから…出来るものだと…。…そんな…。」
(それじゃあ…僕が頼んだせいで、妹は眠ったままになってしまった、のか…?)
自己嫌悪に陥るレグルスを見つめながら、トーマスがライラに尋ねた。
「ライラ、ルナティアは他に何か言っていなかったか?敵の数を調べるためだけに特級魔法を唱えたとは思えないのだが。」
「…はい。「上空に何かがあるみたい」と仰って…。姿を消して飛ぶイメージを、と…。」
「上空に?」
顎に手を当てたトーマスが呟き、暫く考えた後、「あ…」と、何かを思い出した様に話し始めた。
「そう言えば…さっき倒した巨大魔獣だが、アレは何かが空から落ちてきた後、急激に巨大化したんだ。…ルナティアが言った、上空にあった何かが落ちてきた、とは考えられないか?」
全員がトーマスを凝視する。
――もしそれが本当なら、ルナティアは姿を消して空を飛んだ、のだ。そのお陰で動物の魔物化が治まり、魔物や魔獣だけになったのだとしたら…?もしかしたら、今もルナティアは飛んでいるのかも知れない――
一同がそんなことを考えていると、今度はジークリードが
「そう言えば…」
と、精神世界からの去り際に女神様が言っていたことを思い出し、話し始めたのだった。




