援軍
自身から飛び散った血とその痛みに、何が起きたのか分からないペルプランは、無意識に痛みの元に手を当てた。
「あ゛?」
真っ赤に染まった自分の手を見て、初めて自分の首が攻撃されたことに気付き、先ほど集めたばかりの魔力を使って自身の首の傷を修復し始めた。
「誰だ?こんな上空で攻撃を仕掛けるなど…。…ちっ、折角集まった魔力を傷の修復に使うことになるとは…。また魔力の集め直し、か…。」
顔を歪め呟きながら、周囲に敵が居ないか確認する。敵が見当たらないことを確認してから首の修復を始めると、今度は胸に激痛を感じた。視界を痛みの元に移すと、自分の胸から突き出している血に染まった細長い針のようなものが見えた。
「うっ…ごふっ…!こんな、立て続けに…どうやって、誰が…こんな針を…。」
血を口から吐き出しながら、刺されている背後を振り返る。
そこには――
ペルプランの血で染まった何かがうっすら形取って見えた。
形取ったそれには、見覚えのある紫紺の瞳らしきものがあった。
――あの瞳は…
「なん…?ル、ナティ…ア…?そんな…、ま…ぼろ、し…か?」
形状がハッキリしないそれを『ルナティア・リストランド』だと思ったのは、紫紺の瞳のせいだ。瞳と思えるところ以外は、ペルプランの返り血が掛かった部分しか見えていない。
ルナティアの瞳をしたそれは、ゆっくりと目を閉じた。と同時に、追い打ちを掛けるように、先ほどは1本だけだった針のようなものが複数本、ペルプランの身体を突き刺した。
「うっ!はぅっ…!」
まだ首の修復も終わっていない上に、心臓を突き抜かれ、その周りの内臓も損傷したペルプランは、これ以上の傷は致命傷となると判断し、ルナティアと思われるそれと距離を取ろうと羽を広げて少し上空に飛びあがり、先ほどまで自分が居た場所を見下ろした。
…誰も居ない。
振り返り背後を確認すると、ルナティアと思われるそれは、目を閉じた状態で表情一つ変えずに、背後について来ていた。身体に刺さった針はそのままだ。
「なん…、なんなんだ?こいつは…?!」
そう言った瞬間、ルナティアと思われるそれの口が動いたかと思うと、身体に刺さっていた針が剣のような形状に変わり、全身を切り刻まれた。
現状を理解する間も無いまま、胴体を刻まれたペルプランは、バラバラになって地上へと落下していった。
落下するペルプランを見下ろしながら、魂の存在のルナティアは、呟く。
『お願いだから”修復して復活”、なんてしないで…復活しなければ、魔王の器は無くなるはず…。それにしても…一か八かの攻撃だったけど、“願ったとおり”に実体化してくれて良かったわ。…でも…。』
自分の爪に残る、血肉を切り裂く感触を思い出して、震えが襲ってきた。
『…気分のいいものじゃないわね…命を奪うというのは…。しかも自分の身体の一部を使うなんて…。』
どんなに正当化しようとも、奪った命の対価はいずれ返さなければならない。
その重みに耐えられるのか、覚悟はあるのか、と幼い頃、父に聞かれたことを思い出した。
『こんなに重く感じるなんて…。…でも、後悔はしていないわ。この道を選んだのは私、命を奪おうと思ったのも私。それならその罪ごと受け止めなければ…。』
両手を胸の紋に重ね、震えを落ち着かせようと深呼吸を繰り返していると、今度は全身に焼けるような痛みが走った。
『っ…!い、痛い…!!』
特にペルプランの血を浴びた個所が酷く痛い。
あまりの痛さにルナティアは暫く見悶えた後、意識を失い、魂の存在としてのルナティアは上空から消た。
消えた魂は、地上で抜け殻となっている身体へ戻って行ったのだった。
地上では、レグルスの指示で一本道から絶え間なく襲って来る魔物の撃退に、動ける兵士達が休みなく戦っていた。
レグルスがルナティアに調査を依頼してから、30分は過ぎていた。
「まだか、ルナ…。どれくらいの規模の魔物軍なのか…終わりが見えれば希望を持てるというのに…。」
最前線で魔物と剣を交えながらレグルスが呟く。
精鋭と言われる兵士達も、終わりが見えない戦いに、絶望の色が滲み始めたころ、一本道の奥から鬨の声のようなものが聞こえた。
その声を聞いた数人の兵士達がどよめいた。
「援軍か?」
「そうだ、援軍だ!」
「もう少しだ、皆、頑張れ!」
お互いにお互いを励まし合いながら目の前の魔物を倒していく。
鬨の声を聞き、前線で戦う兵達の様子を見たレグルスが、
「援軍が来たぞー!!今こそ挟み撃ちだ!」
と、後方の兵士達に声を掛ける。
レスグルの声に、半ば諦めかけていた後方の兵士達も士気が上がる。
士気の上がった兵士達の攻撃は、確実に魔物たちを仕留め始め、なんとか一本道の先、開けた平野まで足を進めた。
平野まで進んだレグルス達が見たものは、リストランドの旗を掲げた軍隊と、巨大化した魔獣が戦闘を繰り広げている光景だった。
巨大化した魔獣と戦っているその周りには、多くの魔物の死骸があった。
レグルスは、共に平野まで足をすすめた他の兵に、宿営地へ戻るように指示をした後、自分はリストランド軍と共に巨大化した魔獣と戦おうと、後方から魔獣への魔法攻撃を仕掛けようとした。すると、巨大化した魔獣の向こう側から、懐かしい声が聞こえた。
「…その魔法の感じは…レグルスか?」
「っ…は、はい!そうです、レグルスです、父上っ!!」
「助かった、上級の水魔法で魔獣の足元一帯を滑りやすく出来るか?!」
「はいっ!」
返事をしてものの数秒で、魔獣を中心とした辺り一帯が沼となり、その沼に足を取られた巨大魔獣は体勢を崩した。
「今だ!一気に攻めろっ!!!」
父の元へ向かう途中で、父の鼓舞する声が聞こえた。
「「「うおぉぉ!!!」」」
鼓舞された兵士達が一気に攻め、巨大魔獣との戦いは思いのほか早く結末を迎えた。
「レグルスがタイミングよく来てくれて助かったぞ。…魔物たちを蹴散らしながらお前たちの宿営地に向かっていたのだが…、急に、本当に急に、3体の巨大化した魔獣たちが現れてな、なんとか2体は倒したのだが、最後の一体が極端に大きい上に固くて、重心が低いからなかなか打破できずに困っていたんだ。本当に助かったよ。」
そう言うトーマスに、畏まってレグルスが返事をする。
「何をおっしゃるのですか、こちらこそ父上が来てくださるなんて…もしかしてですが、父上が援軍なのですか?」
「あぁそうだ。陛下から連絡を頂いて直ぐに、警備隊の連中を集め、領の警備とこちらへの援軍とに分けて駆け付けたつもりだったが…すまない、これほど攻め立てられていたとは…。」
「いえ、父上が援軍であると知れば、また兵達の士気が上がります。」
話をしているうちに宿営地に到着したトーマスは、周囲を見回し、傷ついた兵士達の様子を確認した上で言った。
「ところで、殿下はどうした?それにルナティアも姿が見えないが…。」
「あ…。ルナは…奥で魔物の兵力を土魔法で調査してもらっています。…殿下は…。」
状況を話すレグルスの顔色が急に悪くなった。
――王太子殿下は妹を庇って命を落とした――
そのことをどう伝えたら良いか、レグルスが言いよどんでいると、奥からひとりの兵士が駆けて来た。
「レグルス殿、殿下が…!殿下が…!!…あっ!」
駆けて来た兵士は、トーマスの姿を見ると急に立ちどまり、口を噤んだ。
兵士はチラリとレグルスを見る。その場で報告して良いものか、悩んでいるようだった。
すぐに報告をしない兵士に向かい、トーマスが口を挟む。
「…殿下が、どうしたというのだ?」
英雄に話しかけられた兵士は、緊張した面持ちで敬礼をして答えた。
「は…、はいっ!…その…殿下が…生き返りましたっ!」
少し、声を押さえて兵士が報告すると、
「…何っ?生き返った?…本当か?!本当に殿下が?その…屍人などでは…。」
と、食いつくようにレグルスが確認する。
「多分…違います。…その、自分、驚いて飛び出て来てしまって…。でも、いつもの殿下の顔と声でしたっ!」
その言葉を聞き、隣にトーマスが居るのも忘れ、レグルスが声を上げ、頭を抱え蹲った。
「…死んで無かった…。良かった…。本当に、良かった…!」
震える声で呟く息子の様子を見たトーマスが報告をした兵士に尋ねた。
「“生き返った”とはどういうことだ?殿下は何処におられる?」
蹲る息子に尋ねるも、返答を得られ無かったため、報告に来た兵士に顔を向ける。
トーマスと視線があった兵士は、頬を紅潮させながら勢いよく答えた。
「は、はい。殿下は先の襲撃で敵の矢を受けお隠れになったのですが…。そのことを…お伝えするより前に、また襲撃があったため、奥のテントで安置しておりました。」
「そのテント内で息を吹き返した、と?」
「そのようです。」
「何かしたのか?…薬を飲ませた、とか…。」
「いえ、自分は友人の傷の手当てに必要な薬草を取りに…。殿下を安置していたテントは、薬草の保管のための冷風魔法が掛けられていたところでしたから。テントに入るといきなり言葉が聞こえて、それで驚いて…。」
「…飛び出してきた、と?」
「うっ…。」
「…報告、ご苦労だった。早く友人の手当てに向かうと良い。それと、この件は確認をした後改めて報告する。決して他言しないように。」
トーマスが兵士の肩に手を置き、指示を行うと、兵士は一礼をして仲間が居ると思われる方向へと走って行った。
兵士が走り去った後、落ち着いて来たレグルスに向かってトーマスが言う。
「レグルス、取り敢えず殿下がおられるテントへ案内してくれ。」
レグルスは頷き、トーマスをジークリードを安置していたテントへと案内したのだった。
殿下、生き返り(?)ました。
バラバラになったペルプランはどうなったのでしょう…。それはいずれ…。




