特級魔法 ―ルナティアside―
「希求――」
そう唱えた後、目の前が真っ暗になった。
暫くすると身体がフワフワと浮いているような感じがする…が、周りは真っ暗で何も見えなかった。
『…ライラ?』
恐る恐る、侍女を呼ぶが返事がない。
『飛ぶイメージをして唱えたんだけど…飛んでいるような感じはあるのよね、だけど…上空ってこんなに真っ暗なの?』
ひとり呟いていると、急に脳裏に声が響いてきた。
『ルナティア――』
聞き覚えのある声だ。だけどその声の主は、今は遠いところにいるはず――
そう思ってキョロキョロと辺りを見まわす。が、真っ暗で何も見えなかった。
『ルナティア、ボクだよ。声は聞こえてる?』
『えぇ、えぇ、聞こえているわ、シエル。でも姿が見えないの。どうして?』
『声だけを送っているから。…ルナティアの様子はずっと見ていたんだ、ステルラ様と一緒に。…辛かったね。』
『…。』
『話したいことは沢山あるけど…あまり時間が無いから簡潔に言うね。今の君は魂だけの存在なんだ。そしてルナティアの読み通り、敵の大将は上空に居るよ。ずっとずぅっと高いところ、普通に飛んだのでは辿り着けないほど高いところに…。そこで無理やりこの辺りの動物たちを魔物に変えて襲わせているんだ。』
『ずぅっと高いところって…そんなところ、辿り着けないのではないの?』
『ううん、今のルナティアなら行けるよ。それに、敵には君の存在は見えないはず。敵が魂だけの存在でない限りね。敵の元へ辿り着いたら、自分の思うように願って。君の願う通りの結末になるはずだから。』
『願う通りに…?でも…殿下の甦りは願っても…叶わなかったわ…』
『それは…。…詳しくは言えないけど…王子様にもきっとまた逢えるよ。だから自分を信じて、君は賢者なんだから…。』
『え…、賢者って…?…乙女では無いの?』
それっきりシエルの声は途切れてしまって返事が返ってくることは無かった。
(賢者って、何?…ううん、取り敢えず考えるのは後。先ずは敵を見つけて倒さなきゃ。お兄様やライラ、みんなが力尽きる前に…。)
真っ暗な中、上と思われる方向を見据える。
(願う、願う…上に、上に高く飛ぶのよ…。)
急に辺りが少しだけ明るくなった。
目を開け周りを見渡すと、眼下に木々が見られ、その中央に、自分たちのテントを張っている盆地があった。
その盆地に向かう一本道を、魔物が押し込められるようにぎゅうぎゅうと詰まりながら前進していた。
(あの魔物の中に、無理やり魔物にされた動物たちが居るなんて…。許せない…!)
眼下を確認したあと、もっと上へ向かいたい、と願いを強める。願うほど、身体はどんどん上へと向かって行った。
――居た。
シエルが言うように、ずっと上で眼下を眺めている魔族を見つけた。それは知っている顔だった。
(あれは…ペルプラン?でも、どうしてこんなところに…?)
上空に立つペルプランは、顎に手を当てて眼下を見下ろしていた。
ゆっくりとその斜め後ろに立ってみるが、ヘルプランは気付かなかった。
ルナティアの存在に気付かないペルプランは、何やら一人でしゃべっていた。
「何処だ?何処にいる?確かに矢は放たれたし、効力も発揮されているのを確認している。」
(矢?効力って――)
ペルプランの言葉に思考を巡らせながら、続きに耳を傾ける。
「効果が発揮されていれば、仮死状態のはず…まさかと思うが、死んだと思って荼毘に付したりしてないだろうな?」
『え…?』
思わず声が出た。慌てて口を塞ぐ…が、魂だけの存在のお陰で、どうやら声すらも聞こえないらしい。
「いや、あの兄が妹をそう簡単に荼毘に付させるはずが無い。だとすると…。」
(仮死状態…?そう言っていた、わよね…つまり、殿下は…リ、リード様は生きていらっしゃるのね…!)
透けた自分の手が、喜びで小刻みに震える。
『良かった…生きていてくれた…!!』
シエルの言った通りだ。――また逢えるよ、って…。
魂だけの存在の自分に涙は流れないけれど、涙は流れているような気がした。
――実際のところ、ライラが守る本体の身体では涙が流れていた。
すぐ傍でルナティアが喜びを噛みしめていることに気付いていないペルプランは、眼科を見下ろしながら考えていた。
「ん?…そう言えば指揮は兄だけが取っていて、王太子の姿が見当たらないな。まさか…彼女の亡骸を転送魔法で王城に送っているのか?ならば、急いで王太子を見つけなければ…!王城に送られると面倒だ。」
そう呟いた途端、ペルプランは地上に向かって降下していった。
『(殿下が生きていて)嬉しいけれど、喜びに浸る前にペルプランを止めないと。彼の呟きから想像すると、多分、仮死状態になっているのは私だと思っているようだわ。それで殿下が私の亡骸を王城に転送するために前線に出ていない、と思っていて、それを確認するために降下した…とすると、…殿下の身体とライラが危ないわ。急がなきゃ。』
ルナティアはペルプランの後を追う。
後を追いながら、シエルの言葉を考えていた。
(願えば私の思う通りになる、と言っていたけど…どうやってペルプランを止めたらいいの?)
武器も何も持っていない。
あるのは透けている自分の魂だけ…。
少し降下すると、上空で止まっている、ペルプランを見つけた。
ペルプランは地上を見てまた呟いた。
「あれは…援軍…か?それならこちらも急がなければ…。器になるためにためた魔力だが…妻を手に入れるためだ、少しくらい使っても良いだろう。少し使ったところで、魔王様が降臨するのが数日遅れる程度だろうし…上手くすれば妻の魔力で補充できるかもしれないしな。」
(器…?魔王、降臨…?…待って…えーっと…魔王が降臨するための器がペルプラン、ということ?それが本当なら、止めるだけじゃダメだわ!…倒さなきゃ…!!)
呟いた後、ペルプランは何か呪文らしきものを唱え始めた。すると少しずつ、ペルプランの右手の拳に真っ黒な魔力が集まっているのを感じた。
(どうしよう、魔法…は使えないし、武器も…ない。シエルは、望めば…と言っていたけど、武器を望んだらどうなるの?……剣を…短剣を出して…!)
そう願うと、きらりと光る短剣がルナティアの右手に現れた。
(あ、出来た?よし、これで…)
「何だ?急に短剣が目の前に現れたぞ?」
ペルプランの言葉にギクリとする。
呪文を唱えていたはずのペルプランが、空中に浮かぶ短剣に手を伸ばしてきた。その手が危うくルナティアが握っている柄に触れそうになったところで、慌ててルナティアが短剣を手放した。
手放された短剣は、重力にしたがって地上へと落ちて行った。
「急に現れた短剣…もう少しで触れられそうだったが、また急に落ちた…。色々と不自然だな?まさか…誰かそこに居るのか?」
不審に感じたペルプランは、短剣が現れた付近をくるくると飛び、何か存在があるのかを確認し始めた。
ルナティアは、短剣を手放した後、直ぐに上空へと上がったため、見つからずに済んでいた。
(短剣は見えたってことよね?魂と関係がないから…?だとすると、武器での攻撃は出来ない…一体、どうしたらいいの…?)
ルナティアの存在には気づかないペルプランは、ひとしきり周りの不審な存在の確認をした後、
「…気のせい、か。大詰めだから気が立っているのかもな…。考えてみれば上空に来られる存在は魔族と…神の遣いの奴らだけだ。その上、魔王様でも神も、姿を消すなんてことは出来なかったはずだ。魔王様でさえも、闇に紛れるまでだ。肉体を消す、なんてことが出来るはずが無い。…と、そうこうしているうちに、魔族を呼び込むための魔力が集まりそうだな。…うむ、あと30秒くらいか…?」
と、呟いていた。
(時間が無い…武器になりそうなもので私の魂と関係のありそうなもの…もう…いっそのこと、爪が尖って伸びてくれないかしら?)
そう思いながら、自分の透けた手の人差し指と中指の爪を撫でた。すると、爪が1センチくらい伸びた。
(え…伸びた?伸びるなら、これなら…武器に出来る…!…爪よ、もう少し…あと3センチくらい尖って伸びて…!急いで、お願い!!)
――ルナティアの願う通りに――
シエルが言った通り、伸びた爪は、先端だけでなく、側面も鋭利な刃物のようだった。
(形は望んだとおりに出来た。あとは、これで攻撃が出来るか、だけど…、私…直接、殺れるの?)
今、魂の存在となっている自分の一部が、存在するものを切り裂けるのか、もし、切り裂けなければ、兵団の未来は恐らく無い。切り裂けるとしても…迷ったら同じだ。
今まで、倒してきた敵は、攻撃魔法か剣を使って切り裂いて来た。
初めて剣で(魔物とはいえ)血肉を切り裂いた時は、少なからず罪悪感に苛まれ、暫くの間は眠れなかった。そんな自分に、肉体の一部で直接切り裂けるのか――
(迷ってはダメ。やるか、やらないか、よ。…私が迷ったら、しくじったら…)
自分の恐怖心を打ち捨てるように頬を叩いて気合を入れ、少し下で眼下を眺めているペルプランへと向かって行った。
「…これくらいの魔力があれば十分集まるだろう。」
ペルプランが、そう、満足気に自分の右手の拳を見つめて呟いた瞬間、ルナティアの爪がペルプランの頸動脈を切り裂いたのだった。




