再度の襲撃
現在――
王太子の隣で手を握ったまま泣いていて、どれくらいの時間が経ったのだろう。
テントの外からはもうレグルスが木々を殴っていた音も聞こえない。いつの間にか、隅に控えていたライラも居なくなっていた。
涙を流しながら、思いつく行動をしてみても何の効果も無かった。
(特級魔法で何度イメージしても目覚めてくださらなかった…。…死者の復活は…無理、なのね…。……何をどう後悔したら良いのかすら分からない…。こんな状態で、闇を払えるの…?太陽神の血族は第二王子様もいらっしゃる…けれど、私は…――)
そんなことを考えていると、少し外が騒がしくなってきた。
「敵襲ー!また魔物が…!!」
僅かに聞こえる声に続いて、
「失礼します。」
と、声を掛けてライラがテントに入って来た。
「ルナティア様、魔物が攻めて来たと…!」
「…そう。」
一瞬、ピクリと反応したが、泣きはらした目の焦点が合わないまま、答えが返ってくる。
「っ…と、取り敢えず、状況を確認してまいります。」
ルナティアの様子を見たライラが戸惑いながらまたテントを出る。
遠ざかるライラの足音を聞きながら、
「魔物が…何故このタイミングで、急に?…まるでこちらの状況が見えているみたい…こんな状況下では一体、どうしたら良いのですか、ジークリード様…。」
また、どうしようもない虚無感にルナティアが包まれそうになった時、勢いよくテントの中にレグルスが入って来た。その背後にはライラもいる。
「ルナティア、魔物が攻めて来た。今は、少ない兵たちで何とか防いでいるが長くは持たないだろう。お前の…ルナの魔法が必要だ。手伝ってくれないか?」
「…。」
無言のまま俯いている妹に歩み寄り、レグルスは片腕を掴んで声を上げた。
「ルナティア!…悲しむなとは言わない。後悔をするなとも言わない。だが、お前の…お前のあの時の決意は、そんなものだったのか?!」
掴まれた腕に驚き、思わずレグルスの顔を見上げる、レグルスの目も赤かった。
兄もまた親友を失った悲しみの中にいるはずだ。それなのに兄は彼の意志を無駄にしないために戦おうとしている。
「お前の…ルナの気持ちを汲んでくれた殿下の気持ちを無かったことにするのか?それが…お前の望んだものなのか?!」
ハッとする。
自分の命を守ろうとする兄達を振り切って乙女であることを告げた。乙女となった後も、ただ祈るのではなく、共に剣を探す旅へ出ることを望んだ。そのどちらも王太子が私の気持ちを汲んでくれたから成したことだ。
(彼は…リード様は、何を望んでいたのか…。)
掴まれた腕と反対側の手をギュッと握った。
「…お兄様。殿下は…ジークリード様は…何をお望みだったと思いますか?」
「…ジークは…クレオチアの王太子として、兵を含む民を守ることを幼い頃から望んでいた。だけど、それ以上に望んだのは、ルナ、君の笑顔だ。ルナが笑顔で前を向いて進むことが…ジークの一番の望みだ。」
掴んだ腕を放し、そっと肩に手を置く。
「…辛いのは分かる。僕も同じだ。だけど悲しむのは今じゃない。局面を見誤るな。」
「…はい。」
兄の言葉に、また流れ出した涙を自分の手で拭い、立ち上がってテントの外に出た。
テントの外で立ち止まり、振り返ってテントを見る。
――魔物にここを、ジークリード様の遺体を荒らされたくなどない。
そう思ったルナティアは、テントの周囲に防御魔法と目くらましの風魔法を掛けた。そして兜を手にしてレグルスを振り返る。
「お兄様、行きましょう。まずは魔物を排除するのですよね?…私は…何をすれば宜しいですか?」
「…ここの地形上、魔物が攻めてくる道は一本道だ。現時点で一気に攻められることは無いけれど、どれくらいの魔物が後方に居るのか、分からない。」
「つまり、特級魔法でこの盆地の外の、魔物の数を知りたい、ということですね?」
「特級魔法を望んでいる訳じゃないけれど、数を知りたいのは確かだ。記憶違いでなければ、土魔法で敵の数を知る魔法があったと思って…。この部隊で高度な土魔法を使えるのはルナだけだし…。」
「分かりました。お兄様の望む魔法かは分かりませんが、とにかく敵の数を調べれば良いのですね。お兄様はこの後どうされるの?」
「僕は指揮へと戻るよ。…調査は任せても大丈夫だね?」
「はい。もう大丈夫です。…ジークリード様の想いに恥じないように…今の私に出来ることをします。」
「うん。ルナティア、魔物と戦いながら報告を待っているよ。…ライラ、ルナティアを頼む。」
「かしこまりました。」
返事を確認して、レグルスはその場を後にした。
テントから少し離れ、遠目から前線を確認する。
「お兄様の言った通りね。この地に魔物が攻めてくるには、あの一本道しかないから…。でも周りの山脈を超えて来ない保証はない、ということね。それに上空から攻められるかもしれないし…。」
そう言ってルナティアは上空を見上げた。
相変わらず薄暗い。
ふとその上空に、キラリと光るモノが見えた。
その光は、チラチラと消えたりまた光ったりを繰り返している。
(…鳥?いいえ、鳥なら移動するわ。光っているのは同じ場所…とすれば、何かが上空にある…?)
背後に控えるライラを振り返り、
「ライラ、上空に何かがあるみたい。敵情視察と一緒に、確かめてみようと思うの。」
「え…、確かめるって…。上空ですよ?まさか、空も飛べるのですか?」
「うーん、それは分からないけど、やってみても良いと思うの。」
「ですが、例え飛べたとして、上空にある何かがモノで無く、万が一、敵だった場合は…。」
「敵かどうか分からないけど…。もし本当にそれが敵だったら、この戦いを先導している可能性が高いもの、尚更放置は出来ないわ。…相手を倒すには敵将を討つのが最善でしょう?」
「そう…ですが…。」
「考えてみてライラ。例えば本当に上空に敵が居た場合、上空へ確かめに行けないのなら、私たちの選択肢はひとつだけ、敵が居なくなるまで戦い続けるしか無いわ。…そして体力が切れたら兵も、お兄様も貴女も、私も、魔物の餌食になるのよ。でもね、もし上空へ行くことが出来て、本当に上空に敵が居た場合、敵を認識したうえで、地上から攻撃することも可能になるはずよ。…そもそも敵が居なければそれまでの話だし。それに、どのみち私が考えている敵の数を知る方法は、実際に見に行くつもりなのよ。」
「見に行くって…土魔法なら地の揺れとかで分かるはずじゃ…?」
「多分、そういう上級魔法はあるのでしょうね。でも、私、まだ上級魔法は良く知らないの。中級だって怪しいくらいよ。お父様の書庫で見た記憶を頼りにしているだけだから…。」
本来なら今頃のルナティアは、学園一般科の3年生を卒業したばかりで、魔法科に入学する前のはずだ。だが世界が闇に包まれたことで、卒業式はおろか、魔法科への入学も停止してしまっている。
いくらルナティアが膨大な魔力を持っているとしても、魔法科に入学しなければ普通は中級魔法書を手に取ることも、上級魔法書を手に取ることもない。
力はあっても知識が無いのだ。
それでも、今まで様々な風魔法と土魔法を使うことが出来たのは、たまたま現リストランド領主、トーマスが同じ風と土の属性であったため、風と土の魔法書が実家に置いてあったからということと、体内に特級魔法書を取り込んでいたからだ。
改めて状況を考えるとため息が出る。
(こんな状況下でルナティア様は…。)
ため息を吐きながら、ライラが尋ねた。
「…実際に見に行くと仰っていましたが…ルナティア様は、どうやって敵情視察をされるおつもりですか?」
「取り敢えず、姿を消して飛ぶイメージで魔法を唱えて見ようと思っているの。一応、見えにくいこの場所で魔法を唱えるけど、イメージが出来上がるまでは無防備になるから、私を守って欲しいの。」
「それは勿論、命に代えてもお守りいたしますが―」
――大丈夫なのですか?
そう聞こうと思っていたのに、
「ありがとう!それじゃあよろしくね。」
と、先に告げられてしまった。
ライラが驚く間もなく、ルナティアはさっさと木陰に座り、目を閉じてイメージを作り始めている。こうなっては今更、口を挟んだところでどうにもならないのは理解済みだ。
ライラは少し距離を取り、周囲の様子を確認する。
魔物と戦っている前線からここまでは距離がある。後方に魔物が来ないよう、残った兵たちと共にレグルスが指揮を執りながら戦っている。
ふと背後から声が聞こえた。
「希求――」
声に振り返ると、何故かルナティアが、がくりと崩れ落ちた。
「っ?!ルナティア様?ルナティア様?!」
揺すり起こそうとするが反応が無い。
(…どういうこと?姿が消えるのではないの?身体ごと空を飛ぶものだと…。これではまるで魂が抜け出たみたい…――っ、まさかそんな…?!いえ、息は…している…。つまり生きているんだもの、とにかく隠さなきゃ。)
必死に木陰の更に奥、木々が生い茂っている中へ運ぶ。そこなら奥に足を踏み入れない限り簡単には見つからないはずだ。
ルナティアを木々の中へ隠し、現在の状況確認をしようと前線が見える位置まで戻る。すると、戦いの隙間から抜け出た1匹のウサギ型魔物が急に飛びかかって来た。
ライラはすぐさまそれを避け、背後から暗器でとどめを刺す。
(相手は魔物…。想定外の動きをするから木々の中でも安心は出来ないかも…。とにかくお傍でいち早く気配を察して動かなければ…。)
ライラは急ぎ、ルナティアの元へと戻って行ったのだった。




