レグルスの魔力測定①出発
乗馬を習い始めて2年が経ち、ルナティアは8歳になった。
5歳から続けていた護身術も、十分すぎるほど身に付き、今では普通の大人の男の人に襲われても対応できるほどだ。…あくまで『普通の男の人』(さすがに訓練で鍛えた人はムリ)なら、だけれど。
7歳になる頃には護身術をマスターし、一部の領内へ、年に数回程度なら外出することも許された。と、同時に『淑女教育』も始まった。
身体を動かすことを得意とするルナティアは、ダンスだけは上達するのが早かった。が、他の教育については、講師の先生方が頭を悩ませるレベルだった。
未だに、こっそり木登りをしている令嬢が、お淑やかな所作を習得するのは至難の業のようだ。少しでも気を抜くと大股で歩いてしまうし、ピアノや刺繍もなかなか上達しなかった。
それでも、いつかは、と、それぞれの先生方は根気強く指導を続けてくれたお陰で、今は、最低限の所作だけは、なんとか身に付けることが出来たようだ。
そして『青の季節』がやってきた。
この世界には『青の季節、朱の季節、白の季節、玄の季節の』4つの季節がある。
『青の季節』は、比較的、穏やかで暖かい気候で、草花も咲き始める過ごしやすい季節だ。そのお蔭で、様々な行事が重なる。
例えば、セイクリッド学園の入学などもこの季節に行われるし、今回の『魔力測定』だって、入学前の時期に行われるのだ。
この世界では『10歳』を迎えた全ての子供がセイクリッド教会に集まり、国順に10日間かけて『魔力測定』が行なわれる。
『魔力測定』とは、『魔力があるかないか』『魔力がある場合の属性は何か』を調べることで、調べた結果『魔力持ち』と判定された子供は、貴族・平民にかかわらず、12歳になると一同にセイクリッド学園に入学することになる。
因みに、セイクリッド学園に入学した『平民の魔力持ち』の者は、学園を卒業後、各国の王国に仕えることが約束されるため、自分の子どもが『魔力持ち』と分かると、平民の親は子の出世を願い、大喜びをするそうだ。
10日間の『魔力測定』の順番は、毎年決まっていて、最初の2日間は、ウーラノスで産まれた子供達が、以降はテーレ国、ファケレ国、オセアノ帝国の順に、各国2日間ずつ滞在する。そして最後の2日間で、クレアチオ大国の子供達とセイグリット公国内の子供、教会に属する子供が『魔力測定』を行うことになっていた。
今年は、レグルスが『魔力測定』の年だったので、家族4人でセイグリット公国へ行く予定だ。
本来であれば、『10歳まで領内を出ることが出来ない』ルナティアだが、国王陛下の許可により、今回に限り『条件付き』で、一緒にセイグリット公国へ行けることになった。
今年は、大国の王太子であるジークリード殿下も『魔力測定』の年齢のため、セイクリッド公国自体の警備体制が、例年よりも厚くなっていることも『特別に許してもらえた』理由のひとつなのだろう。
『魔力測定』に向かう貴族は『測定日』にセイクリッド公国に着くよう、日程調整をして、各自で向かうことになっている。ほとんどの貴族が途中、寄り道などをして、家族旅行を楽しみながら過ごすことが一般的だ。
対して、平民の子達というと、個別で向かうことが難しい。各国とも、対象年齢の子供をまとめて連れて行き、『魔力測定』に参加させるのだ。その時の引率は、各国の魔導士や騎士などが行う。
何はともあれ、ルナティアは外出が許可されてから出かける日まで、「浮かれすぎ」とみんなに指摘されるくらい、浮かれていた。
3年前、王都に行って『魔力封じ』の儀式を行ってから、領内以外にはどこにも行くことが出来なかった。特に最初の2年なんて、邸内から出ることさえ許されなかったのだ。
3年ぶりの外出、しかも念願の家族と一緒なのだから、多少浮かれて邸内をスキップしながら歩いていても仕方ないのだろう。…デメーテルには叱られたが…。
そして『魔力測定』に出発する日が来た。
「では、レグルスの魔力測定に行ってくる。留守は頼むぞ。」
トーマスが、執事長でありトーマスの侍従でもあるジュードに言うと、
「はい、主の片腕に全てお任せください。」
と、ジュードが返事をし、深く一礼をした。それに合わせて、見送りの使用人が全員、一緒に頭を下げた。
侍女長のアンは、心配そうな顔で
「ルナティアお嬢様、『絶対に』お一人では行動なさらないでくださいね。必ず、最低でもライラはお側にお連れ下さい。…ライラ、お嬢様をたのみましたよ。」
「ふふっ、アンったら心配性なんだから。大丈夫。…でも、心配してくれてありがとう。必ず誰かと一緒にいるようにするね。」
ルナティアは、笑顔でアンとライラの顔を見ながら頷いた。
目を合わせたライラもまた頷き、アンに向かって力強く答えた。
「はい、アンさんの分まで命に代えてもお守りいたしま―」
「アン、大丈夫だよ。『魔力測定』の間は離れなければならないけど、それ以外は『僕が』『必ず』一緒にいるから。」
ライラの言葉を遮り、レグルスがルナティアの隣に来て肩を抱きながら言った。
「兄様。」
ルナティアが呟くと、レグルスはルナティアに向かって優しく微笑んだ。
(はぁ…。全く、レグルス様はすぐ、私の仕事を横取りなさるんだから…。ホント、ルナティア様のこととなると私にまで対抗心を燃やすんですもの。可愛くて仕方ないのは分かるけど。でも、ルナティア様をお守りしてくださる方が多いことは良い事だし…まぁ、私が危険になんてさせませんけど。)
ルナティアとレグルスの姿を見ながら、ライラは考えていた。
使用人たちに見送られながら、ルナティア達は王都経由でセイグリット公国へ向けて出発した。
セイクリッド公国へは、最短距離で、馬車で2日、船で半日かかる。
だが、今回の『特別に許してもらえた』条件のひとつに、『王都経由』が含まれていたため、1日長い旅路となった。
王都経由の方が道も整備されていることと、今回は、特に警備が厚くなっていることがあり、より安全なルートを陛下が指示したらしい。
王都に向かう道すがら、トーマスとデメーテルは小声で話していた。
「全く、陛下も大概過保護だよな…。自分の娘でもないのに…。」
「ふふっ、『憧れの先輩』の愛娘だからでしょう?」
「いや、もうそれは15年も前の話だろう?…というか、憧れって…ペトラーも言っていたが、本当なのか?」
「あら、知らないの?陛下がまだ王太子の頃、貴方、3つ上の先輩だったでしょう?有名なのよ?『学問も剣技も魔力も首席の三冠王』ってセイクリッド学園の長い歴史の中でも、三冠王は過去に数名しかいないし、滅多にお目にかかれないから…。そんな先輩を純粋に尊敬していたみたいよ。3学年離れちゃうと、接点があまりないから、当時は声をかけにくかったらしいけど。」
「三冠王って…懐かしい言葉だな…。王太子に憧れられていたなんて、当時は全く知らなかったからな。」
「他にも憧れていた方は、男女問わずたくさんいらしたけれど?」
「…君も、だったら嬉しいけれど…。」
「さぁ、どうかしらね?…ふふっ。」
「おいおい、やっぱり俺の片恋だったのか?」
「…そんな訳ないわ。私も貴方に夢中だったのよ?…夢中、だから憧れではないわ。」
「そんな屁理屈を…。…まぁいい、いずれにせよ気にしていただけるのは有難い、と純粋に陛下のご配慮に感謝をしておこう。」
「そうね。危険な事なんて起きない方が良いもの。」
レグルスは、前の席に座り、小声で仲良くじゃれている両親を横目にみながら、外を眺めていた。
隣に座っているルナティアは、前日、興奮しすぎて寝ることが出来なかったらしく、出発して暫くすると、寝てしまった。
座って寝ているのでは体制がきついだろう、自分の肩に寄りかかっていた頭をゆっくりと膝まで動かし、今はレグルスの膝を枕にすやすやと寝息を立てている。
レグルスは、眠っている妹の髪をゆっくりと撫でながら、自分が魔力を発動した時のことを思い出していた。




