思惑と代償
上空にはあれほどいた飛行魔物は見当たらない。一時しのぎかも知れないが、上級魔法で一掃したのは意味があった。…だが、その代償が大き過ぎた。
少し前まで、大勢の飛行魔物を一掃し、歓喜に酔いしれていた兵たちにとっては、その報告は青天の霹靂以外の何物でも無かった。
『矢を受け、王太子殿下が息を引き取った』
自分たちを守るために危険も顧みず防御壁の外から特大な魔法を放ってくれた大将の訃報に、誰もが信じられず俯き口を噤んだ。
たった1本の矢が、しかも刺さったのは急所ではない右肩だ、というのに、刺さった後、わずか数分で息を引き取ったのだ。あまりにも不可解過ぎる死だ。
毒を疑ったが、身体から抜いた鏃に毒は無かった。身体にも毒による変色や苦痛の色は無く、『寝ている』と言われれば信じてしまうほど安らかな眠り顔だった。
親友で主となるはずだった王太子を失ったレグルスは、悲しむ間も無かった。――この先、どうするべきか、考えなければならないからだ。
分断し続けた兵団の指揮系統のトップは、ジークリードを失った今、レグルスしか居なかった。
王都への連絡は、ジークリードの王族が使う連絡手段か、各地の主要貴族が持つ連絡手段に頼るしかない。今、一番近くの領地は、リストランド領、なのだが…
(王都に連絡を入れなければならないのは分かっている。分かっているが…王太子の訃報を…どう伝えればいい?ジークが…もう、居ない、なんて…僕だって信じられないというのに…どうすれば…!!)
ジークリードが眠るテントの外で、レグルスが近くの木を殴る。
兵たちも近くに居るはずなのに、物音ひとつしないほどに静まり返っていた。
ただ、レグルスが木を殴る音だけが響いていた。
ルナティアは、テントの外でレグルスが木を殴る音を黙って聞きながら、隣で目を閉じているジークリードの顔を見つめていた。
(私が矢に気づいていれば…殿下が犠牲になることなんて無かったのに…。私のせい…。名乗り出たいと言ったのも、旅について行く、と言ったのも…全部私。殿下は…ううん、リード様は私の願いを聞いてくださっただけなのに、私の我が儘の対価がリード様の命だなんて…。こんなことなら…ただ普通に宵闇の乙女として祈りに身を投じれば良かった…!生きながらえる意味は…リード様が居なければ、何の意味も無いと気付いたのに…!)
目を閉じると涙が頬を伝う。
目の前に横たわるジークリードの手に、震える手でそっと触れた。懺悔の言葉が口から零れる。
「うっ、うぅ…リード様、ごめんなさい…。貴方が居なくなって初めて自分の気持ちを考えるなんて…。戦いが終わったら答えを、と仰っていたでしょう?…私、まだ貴方に答えを言っていません。聞いてくださるのでしょう?私の、気持ち…。ねぇ…起きて、いつものように微笑んでください。お願い…、起きて…答えてよ…。誰か…女神様…シエル…リード様…。」
ルナティアの小さな嗚咽の言葉は、テントの隅で控えていたライラだけが聞いていたのだった。
――魔物の襲撃前 上空――
「もうすぐ目的地だな。ファケレ国から飛んで来るのはなかなか大変だったが…。」
先導する羽男が呟く。
ペルプランだ。
「折角、クレオチア王都の上空を飛んできたのですから、ついでに攻撃してしまえば良かったのに…。」
ペルプランのすぐ後ろに控える魔族が言う。
「…お前、目的を分かっていないのか?今回は、太陽の剣の捜索隊を壊滅することにあるんだぞ?もうひとつ追加になったけど…。ついで、ごときで王都に攻撃したとして、挟まれでもしたらどうするつもりだ?」
「お言葉ですが、例え挟まれて攻撃されたとして、たかが人間、ですよ?…魔力も力も人間と比べ物にならない私たち魔族が、これだけの集団でいるですから、負けるはずは無いと思われますが…。」
「お前、産まれて間もヤツか?だとしても無知すぎるだろう。人間は確かに圧倒的に弱い。それなのに何故、魔族が今まで攻略できなかったのか、考えてみれば侮れるはずが――」
「それは太陽神のせいでは?ヤツが地上を守護しているために攻略を阻まれていると聞いていますが。」
「それだけなら太陽神が出てくる前に攻略すればいいだけだろう?ヤツは常日頃守護している訳じゃないんだから。…人間の中にたまに想定外の奴が産まれる。そいつらが邪魔をするわけだ。そしてそういうヤツはクレオチアに多く産まれる。それも人間に言わせれば、『神の加護』なんだろうけど。…と、話しているうちに目的地だ。他の魔族はついて来ているか?」
「…はっ、少し遅れていますが…。」
「魔族でも『差』があるように、人間にも『差』があるってことさ。」
ペルプランに言われた魔族は、納得していない表情のまま、地上を見下ろす。
「…取り敢えず、この地の人間を全て排除すれば宜しいのですよね?」
「…そう言いたいが…ひとつ確認しなければならないことがある。」
「確認、ですか?」
「あぁ、この兵団におんなが居るか、だ。」
「女?ファケレにいた兵団にも居たと思われますが…。それじゃ無いのですか?」
「違う。魅了した兵が言っていた『白銀の髪の女』。それが彼女なら…彼女だけは生け捕りにしなければならない。」
「何故?」
「…王がお望みだから、だよ。」
「王が…?お前じゃなくて?」
「俺も王も同一だろう?俺は王の器なんだから。他の魔族が着く前にお前に仕事をやる。さっき話した白銀の髪の女が兵団の中に居るか探せ。そして見つけたらすぐ俺に知らせろ。良いな、直ぐだ。」
暫くして、他の魔族・魔物たちが続々と到着する。
地上から見る薄暗闇の上空は、飛行魔物の大群で埋め尽くされ、暗闇に覆われているようみ見えた。
そうして、飛行魔物と少数となっていたジークリードの兵団の戦いが始まった。
飛行魔物は一斉に魔法を唱えた。だが、魔法は見えない何かに阻まれ、人間に届かない。
「…間違いないな。…彼女が居る。問題は何処にいるか、とどうやって生け捕りにするか、だが…。」
飛行魔物の更に上空で、ペルプランが呟く。
人間にしては大きすぎる魔力量を持つ、白銀の髪の少女。しなやかな動きで身体能力も高い。隠しておく訳は無いと思っていたが、本当に連れ出しているとは…。
確信を得ても、見つかったとの報告が来ない。
その間も、飛行魔物は地上からの物理攻撃で少しずつ減ってきている。イライラし始めた頃、ペルプランの耳に遠くから奇声と羽音が聞こえた。どうやら増援部隊のようだ。これでまだ探す時間が出来た、とホッとしたところへ
「ペルプラン様、見つけました、白銀の髪の女です。」
と、報告が入った。
「他の兵と同じ鎧を纏っていたため時間が掛かりましたが、先ほど、将に手を引かれて中心部を離れる兵がおり、兜から長い白銀の髪が少し出て揺れていたのを確認しました。」
報告を聞いたペルプランは激しく高揚した。
自身の胸に手を当て、祈るようなしぐさをした後、自身の身体から1本の矢を取り出した。
その矢は、魔族には似合わないほどに真っ白な羽のついた美しい矢だった。
その矢を側近の魔族に渡す。
「この矢で、彼女を狙え。」
「え…でも生け捕りにするのでは…?」
「生け捕りにするさ。だから間違っても即死する場所には当てるなよ?…俺はこの後の準備があるから、一旦、この場を離れる。後はお前に任せる。良いな。」
そう告げて、ペルプランは戦場を後にした。
そしてその約1分後、大竜巻が火炎を巻き込みながら上空を襲い、飛行魔物は全滅をしたのだった。




