襲撃の結末
襲撃の情報が入ってから数時間が経ち、迎え撃つ準備も何とか出来た。
ケガが酷くて戦えない者は、ルナティアが作り上げた土壁ドームの中に隔離した。
その周りをルナティアを含む、魔力を持つ者たち数名が待機し、更にその周りに直接攻撃部隊が待機し迎え撃つことになっている。
今回の襲撃は飛行魔物だから、上空からの攻撃が主となる。特攻してくるなら対峙出来るが、上空から魔法を唱えられると手の打ちようがない。
そこで、魔法を通さない防御壁も広く展開を済ませている。勿論、防御壁はルナティアが作り上げたものだ。
この防御壁は、魔法だけを通さず、人や魔物、武器などの通り抜けは出来る。もし、物理攻撃を上空からされた場合は、各自避けなければならないのだが、そこは精鋭部隊が何とか頑張るだろう。
出来上がった土壁のドームに手を当てながらルナティアは考えていた。
(また、お兄様とライラを泣かせてしまったわ…。宵闇の乙女なんて、歴史書では命を落とすことが当たり前の乙女だもの。明かすことに反対されるのも仕方ないし、明かさないと約束したのを破ったのも私だから…怒られるのも仕方ないのだけど…。…でも、殿下は何も言わない、のね…。私の気持ちを尊重してくれると言っていたけど、約束を違えたのだから責められるつもりでいたけど…もしかしたら…もう呆れてしまったのかも知れない…。)
何度も自分の気持ちを伝えながら、何よりも私の気持ちを優先してくれた優しい人。その人との約束を違えてしまったことだけは心が痛かった。
(明かしたこと自体は後悔していないけど、殿下との一つ目の約束を破ったことだけは…。)
グッと手を握り胸に当てる。
(せめて…もう一つの約束は絶対に守らなくちゃ…。生きて、必ず生き残るために…それだけは必ず守ります…だから殿下…どうか…見捨てないで…。)
飛行魔物の叫び声だろうか、遠くから奇声が聞こえてくる。
(…先ずは目先のことを片付けなきゃ…誰も死なせないために私が出来ること…。約束を守るために必要なこと、必要なモノ…ちゃんと準備をしなければ…。)
ルナティアは決意を秘めた表情で顔を上げ、戦闘準備のため、土壁ドームを後にした。
上空に飛行魔物が集まってくる。いよいよ戦闘が始まるのだ。
ジークリードが事前に防御壁の外側に張った火属性の魔法が上空を照らすと、上空の飛行魔物の数は数えきれない程だった。
天を見上げて兵たちは少し怯んだが、ほとんどの兵は、チラリとルナティアを振り返った後、上空の飛行魔物たちを睨み返していた。
そんな兵たちの様子も気にしない飛行魔物たちは、到着するなり、上空から魔法を唱えて攻撃をしてくる。だが、防御壁に阻まれて魔法は兵たちに届かなかった。
その隙に、兵たちが一斉に矢を放つ。放たれた矢は、上空を隙間なく埋め尽くしていた飛行魔物に次々と命中し、飛行魔物は悲鳴を上げて地上へと落下していった。
少しずつ、少しずつ飛行魔物の数が減ってきたように感じた頃、ジークリードの耳に、また遠くの空から奇声が聞こえた気がした。
(まさか…また…?)
指揮をしながら遠方へと目を凝らす。遠くの空はただ暗闇を放つだけだ。
少し時間が経つと、黒い塊を見つけることが出来た。それは、考えたくない最悪のことだった。
(…ダメだ、これ以上魔物の数を増やしては、いくら乙女の存在に勇気づけられた兵と言えど、絶望が勝ってしまう。それではルナティアが身を挺して明かした意味が無くなってしまう…!)
覆われた防御壁は魔法を通さない。
それは敵の攻撃もそうだし、自分たちの攻撃も同様だった。
少しだけ考えた後、ジークリードは土壁ドーム付近で戦っているルナティアの元に向かった。
「ルナティア、力を貸して欲しい。」
ルナティアの近くに来たジークリードがおもむろに言いながら手を差し出した。
てっきり怒っているか、呆れ切っているかと思っていたジークリードの態度に、ルナティアは驚きながらもその眼差しに頷き、差し出された手を握ると、ジークリードは防御壁の方へと向かって歩き出した。
「俺の火魔法で上空の敵を一掃したい。だが、火魔法だけでは一掃するにはまだ足りないんだ。…君の…君の風魔法が必要だ。上級の…竜巻のような魔法は使えるかい?」
歩きながら問う。
「はい、使えます。」
「そうか…やはり違うのだな。レグの風魔法は中級レベルだから…中級でも効果は出ると思うが、やはり上級魔法同士で掛け合った方が一掃出来そうだからな。ただ…魔法で一掃するなら防御壁の外側に出ないとならない。君を危険に晒してしまうが…。」
防御壁に向かって歩いていたジークリードが足を止めて振り返る。
「例えどんなことがあっても、君のことは俺が護るから…!」
繋いだ手をギュッと握りながら言うジークリードに、ルナティアはただ黙って頷き、同じように握った手に力を込めた。
ルナティアの頷きを確認して、また歩を進めながら、この先の打ち合わせを行う。
「ルナティア、防御壁に着いたら、俺は最大の火魔法を放つつもりだ。君には俺が詠唱を終えたと同時にタイミングを合わせて上級風魔法を放って欲しい。」
「…詠唱時間は、凡そどれくらいですか?」
「10~15秒だ。きっちり合わせた方が効果は大きいだろうから…15秒で放つようにする。」
「15…。…風魔法は、大きければ大きい方が良いですよね?」
「勿論。もしかして、15秒では上級は難しいのか?」
「いえ、大丈夫です。15秒で放てる、最大限の風魔法を放ちます。」
「助かる。」
話をしている間に、防御壁の境目に到着した。
丁度その頃、遠くに見えた黒い塊…飛行魔物の第二集団も上空に到着していた。
防御壁の境目から天を見上げ、苦笑いをする。
「全く…総攻撃並み、だな。だが諦める訳にいかない。ルナティア、最終確認だ。俺が「詠唱開始」と言った後、10秒後に防御壁を出る。出たと同時に5秒間全速力で走り、魔法を放つ。…この流れで敵を一掃する。…準備は…良いな。」
「はい。」
「よし、では…『詠唱開始!』」
ジークリードはすぐさま詠唱に入る。
その隣でルナティアも両手を組み、詠唱を始めた。
2人に向けて到着したばかりの飛行魔物のうち、数体が防御壁の境目にいる2人に気づき、魔法攻撃を仕掛けるが防御壁に阻まれ、魔法攻撃は届かなかった。ならば物理攻撃に変更しようとしたと同時に、防御壁から2人が急に飛び出し、全速力で走り出した。
飛行魔物の一部は、走る2人に向け攻撃魔法を唱えるが、全速力で走る2人になかなか当たらなかった。
2人が同時に止まる。
飛行魔物も好機とばかりに2人に向けて攻撃魔法を唱えようとしたが、急に巻き上がった大竜巻に巻き込まれ、魔法を唱えることも、飛行を続けることも出来なかった。
竜巻に自由を奪われたと感じた直後、熱風と共に最大限の火力の火魔法が飛行魔物を襲った。大竜巻と合わさった火魔法は、竜巻の揺らぎに乗り、一方向だけではなく、辺り一帯の上空を真っ赤に染めたのだった。
地上にいる兵たちは、赤く染まる天を呆然と眺めていた。ただ一人、レグルスだけは魔法が放たれている方角に向かって走り出した。
(くそっ!まさか外から攻撃するなんて…ジークは王太子という自覚はあるのか?!…それにアレは…あの規模の風魔法は…!!どうか、どうか2人とも無事で居てくれ…!)
全速力で走ったレグルスが防御壁の境目についた時、丁度魔法を放ち終えた瞬間だった。
「ジーク、ルナ…。」
2人の無事を確認し、ホッとして、2人が戻ってくるのを見守っていると、急にジークリードの表情が強張った。と同時に、ジークリードがルナティアを自身の身体の内側へと抱き寄せ、地面へと蹲った。
「ジーク?!」
異変に気付いたレグルスが、防御壁から飛び出す。
急にジークリードに押しつぶされたルナティアは、状況が分からずに、自身に圧し掛かるジークリードに必死に声を掛けていた。
「殿下?一体何が…?唸り声が聞こえましたが…どうかされたのですか?!殿下、殿下…!!」
2人に駆け寄ったレグルスが見たのは、ルナティアを庇うように蹲り、右肩に真っ白な矢が刺さったまま動かないジークリードの姿だった。




