次の目的地
ルナティアも無事に目覚めたことで、全員、揃って祠近くの場所を後にすることが出来た。次の目的地は太陽の剣があるとされる場所だ。そこを目指すためには、先ず烈火山の麓をぐるりと迂回しなければならなかった。
分断と戦闘を繰り返したことにより少数となってしまった兵たちは、昨晩の飛行魔獣による襲撃のせいで、見るからに疲れきっている。烈火山の迂回路を1/3ほど進んだところで、今日は身体を休めることにした。
まだ本調子でないルナティアは、休める状況になったと同時に眠りについてしまった。
「…今頃、女神様と次の場所の確認を取っているのかも知れないな。そう考えると、身体は寝ていても精神は休めてないんじゃないか?」
心配そうに言いながら眠るルナティアの髪を兄が撫でていると、王城と通信を終えたジークリードが戻ってきた。
ジークリードは大陸についてからマメに王城と連絡をとっている。
「どう?王城は無事?今日一日、ルナが祈りに参加できていないから、リリー嬢が怒っていたりしなかった?」
少しふざけ半分にレグルスが聞くと、
「それは大丈夫だ。まぁ「いつもより疲れた~」と言っていたらしいけど。いつもならルナティアの魔力補充があるから、そんなに疲れたりしないのかもな。…それよりも、問題は魔物の増加の方だ。」
「魔物?そんなの、世界が闇に包まれてからはずっとだったはずじゃないか。」
「いや、問題は、本来魔物でない生き物が魔物化してきている、ということのようだ。」
「魔物でない生き物の魔物化?」
「あぁ、例えばだが…俺たちが乗っている馬。それが魔物化して暴れているというんだ。飼い主の手に負えないほどに…。愛玩動物として飼っていた動物が狂暴化して噛まれた、という事例が多く上がっているらしい。更に、一般平野でも、野ウサギなどが狂暴化して魔物と同じように攻撃的になってしまって、商人たちが行き来出来ずに流通が滞っているというんだ。」
「流通が…王都は困るだろう。あそこの食料は基本的に外部からの仕入れに頼っているはずだし。」
「そうなんだ。だから王都の端の方では食を求めて暴れる者も出始めているようで、各貴族に備蓄の食を分けるように指示を出したようなんだが…。」
「…指示に従わない者が多い、という?」
ジークリードが頷く。
「…全く、そんな貴族は一度、遠征にでも出てみれば良いんだ。好きなものを好きなだけ食べられない状況を是非、体感して欲しいね。」
「それは同意だが、流通を止めたままには出来ないと、王都を守っている騎士団を分けて商人の警護につけるようにしたらしい。」
「それで王都の警護は大丈夫なのか?」
「…どうだろうな。魔法省の魔法士たちが二重三重に結界魔法を掛けて外部からの攻撃に備えるようにしたが、万が一破られると…。貴族からも警備に私兵を出させたようだけど、あまり期待は出来ないらしい。」
「そうだろうね。国の護りは国境を担う辺境伯と騎士団に任せっきりだし、ここ100年は戦争なんて起きていないしね。せいぜい小競り合い程度だから。」
「陛下も頭を悩ませているようだ。」
「…。」
「…多分、俺たちのこの先の旅も、もっと狂暴化した動物や魔物に襲われる可能性がある。だが、悠長にはしていられない。その理由が俺たちにはあるだろう?1日も早く全ての条件をクリアしてこの闇を払わなければいけない。そして、ルナティアを開放しなければ…。」
レグルスの膝を枕に眠るルナティアを見つめ、二人は改めて気合を入れたのだった。
幸いにも烈火山の麓を通り抜けるまでの2日間は、狂暴化した動物が数体襲ってくることがあったくらいで、魔物からの襲撃は無かったが、代わりに困ったことが判明した。
ルナティアと女神様の繋がりが一時的に切れてしまったのだ。
目的地で目的を果たした夜は、必ずと言って良いほど、ルナティアの夢に女神様が出てきて、次の目的地の話などを教えてくれていた。それなのに、あの魔力消耗で深い眠りについた日、夢の中で逢った女神様は思いもよらない言葉を告げたのだ。
「ごめんなさい、ルナティア。この先、私は共に行けない…ううん、行かない方が良いと思うの。最後の場所は貴女達だけで向かった方が良いわ。とりあえず、山を越えたら北に向かうのよ。大丈夫、北に向かえばその先はあの子が感じるままに進めば目的地に着くはずよ。」
あの子、とはジークリードのこと、と言っていた。
共に行けない理由を聞いたけど、それについては口を濁すだけで答えてくれなかった。
それからもう一つ。
女神様の元に、妖精を残して欲しい、と頼まれた。それにより、この先、女神の助言も、妖精の存在も無い状態でルナティアは先に進まなければならなくなったのだ。
その願いを聞き、不安そうな顔をしているルナティアを女神様は優しく抱きしめながら、
「妖精まで借りてごめんなさいね。不安だと思うけど、でも必ず妖精は貴女に返すし、私ともまた逢えるわ。また巡り合うカギを妖精が持っているの。巡り合うために、妖精には私の傍で力を溜めさせてもらうわね。」
と言って、優しく撫でてくれた。
『妖精の力を溜める』とはどういうことなのか、それについても聞いたが時間が足りないと教えてくれなかった。
ただ、
「太陽神と逢って何を言われても、決して惑わされないで。貴女が大切にしている人たちを優先してね。…貴女と私は別なのだから…。間違っても貴女自身を犠牲になんてしてはダメよ。」
と、最後に念押しをされたところで目が覚めたのだ。
あれから手が空くたびに女神様の言葉を考えてしまう。
――太陽神様と女神様は仲睦まじい夫婦だと一角獣が言っていた。それなのに、夢の言葉からだと「逢ってはいけない」としか思えない。長い年月の間に、一体何があったのだろうか…。
烈火山の麓を通り過ぎた後の最初の野営地の隅で、見張り当番の火を眺めながら、また考えているとふいに、
「ルナティア。」
と、呼ばれた。
振り返ると、そこには珍しくジークリードがひとりで立っていた。
「少し、いいか?」
遠慮がちに声を掛けられる。
兵のほとんどは眠っている時間だ。見張り当番の4名前後が四隅でそれぞれに待機していて、ルナティアも今の時間は見張り当番として小さな火を焚き、考えごとをしていたところだった。
女神様との夢の繋がりが絶たれたことについては、ジークリードとレグルスにはその内容を伝えていた。
もちろん、全てではない。伝えたのは、「次の行き先はジークリードの感じるままに」と言われたことだけだ。
どうしてそう言われたのか、その時の2人は疑問に思って尋ねてきたが、その理由を聞いていないルナティアは答えることが出来なかった。答えられないルナティアを察してそれ以上、2人は尋ねてこなかった。
「えぇ、どうぞ。」
許可を得たジークリードは、ルナティアの向かい側に腰を下ろすと、火を見つめながら話始めた。
「行き先なのだが…確か、女神様は、「北」と仰ったんだよな?」
「はい。ですが、北の何処かまでは分からなくて…。」
「いや…この野営地の準備をしている間、北の方を眺めていたのだが…なんとなく心がざわつく方があったんだ。レグに話したところ、その方角はどうやらリストランド領の東の端にある小さな湖付近の辺りだと分かった。」
「湖、ですか…?」
「ああ。女神様は、俺が感じるままに進めばいい、とも仰っていたんだろう?なら、今回はリストランド東部の湖を目指そうと思う。…それでだ。」
先ほどまで火の揺らぎを見ていたハズのジークリードが顔を上げ真っ直ぐにルナティアを見つめながら話を続けた。
「これもレグに聞いたんだが…ルナティアはその東の端の方にも10歳の魔力測定を終えた後、よく行っていたと聞いたんだが、本当か?」
「よく…かは分かりませんが、何度か行ったことはあります。」
「そこはどんな場所なんだ?」
「どんな…?小さな湖ですが普通の湖だと思います。でも、祠のようなものは無かったと思いますけど…。」
うーん…と考え込む。
自然豊かな小さいけれども美しい湖だった。でもそれは多分、普通の情報で殿下が欲しい情報ではない気がする――
暫く考えこんでいると、ひとつだけ変わったところがあったことを思い出した。
「あっ…。そう言えば、1度だけですけど、湖の水が少なくなることがありました。その時は雨が少なかったからかな、と思ったのですが、次の日には元に戻っていて…。雨が降った訳でもないのに、ですよ?それ以降、その時より長い期間雨が降らない時でも、私が知る限り、湖の水が少なくなることはありませんでした。今思えば何故、その時に湖の水が少なくなったのか…おかしいですよね?」
「確かに。因みにそれはいつの話だ?」
「えっと…お兄様の入学式の為にお父様たちが学園に向かった日、だったかと…。」
あの日も、魔法の練習をしていたが寂しさで集中できず、ほんの数時間だけのつもりで、ライラを供にして遠乗りに出かけた。結果、初めて見る湖の減水に驚き、半日家を空けることになってしまったのだが…。次の日、湖の水が元に戻っていたから、両親が帰ってきた時にはすっかり忘れていたのだ。
「入学式、か。何日に家を出たか分かれば何かヒントがあるかも知れないが…。」
「…何日、ですか?えー…っとぉ…、魔力測定の後、帰路について…。」
ルナティアは思い出しながら、指折り数えている。
「私の魔力測定の日から、ちょうど4週間くらい後だったと思います。」
(4週間後くらい…、28日前後、ということか…。何か28日前後に関係のあるもの…そもそも魔力測定を行った日が何時なのか…)
顎に指を当てて、ジークリードは考えていた。
一定の理由が有るのか無いのか、有ったとしても無かったとしても、確認は必要だ。
「ルナティア、悪いがちょっと確認してくる。戻って来るまでここで待っていてくれ。」
そう言って立ち上がった、ジークリードはその場を離れたのだった。
暫くしてジークリードが、戻ってきた。
「ルナティア!確認してきたぞ!!」
戻ってきたジークリードは、糸口が掴めたのか、少しだけ、興奮気味に話し始めた。
「魔力測定が行われる日は、『新月の日の昼間』に行われることが分かった。俺はてっきり満月の日に行われるのだと思っていたのだが…太陽の恩恵を受け止められる均一の日に行うことにしているらしい。とすると、その日から28日くらい、つまり、同じ『新月の日』に湖の水が少なくなるのではないのか?」
「…なるほど…。それはあるかも、です。ですが毎月、湖の水が少なくなる、なんて話は聞いたこと無かったのですが…。」
「毎月、では無いのか?…うーん…だが、月の満ち欠けが関わっている可能性は高いと思うのだが…太陽神様は、女神様を大変大切に思っていらしたとのことなんだから…。」
二人で考えてみるも、それ以上の結論を出すことが出来なかった。
それでも、あと10日くらいで新月の日がくる。新月の日が答えかどうかは分からないが、可能性の一つとして、その日までに、目的と定めた湖へ辿り着かなければならないと改めて思ったのだった。




