敵襲
ファケレ国から空路で共にクレオチア大国へ来た兵士たちは、全員、上空を飛び続けて疲労した身体を休めるため、今夜は今夜は祠の出入り口付近で一晩過ごすことにした。
その間、ジークリードとルナティア、レグルスは兵たちから少し離れた場所でお互いにここに至るまでの情報交換をした。
先ず、レグルスから休憩場所で別れてからの状況を報告する。
レグルスが言うには、祠に着くまで4、5時間かかるだろうと言われていた空路は、実際はその倍の8時間以上、かかったという。
鳥たちと別れ、暫く進んだ先にやっと祠を見つけたが、今度は、祠に入ろうにも何故か入ることが出来なかったそうだ。
祠の前でこの先、どうしたものか…と考えあぐねていたところにジークリードとルナティアが戻ってきた、とのことだった。
話を聞いて分かったのだが、どうやら祠の中での時間軸が違うのか、実に休憩場所で飛び別れてから、丸1日が経過しているらしい。
その後、ジークリードが祠の中で起こったことについてレグルスに説明をした。
「…言い継がれている史実に違いがあるのは長い年月の中で仕方ないことだろうけど…それにしても…。」
レグルスはそう言って口を噤み、ジークリードを見ながら思った。
(ジークがルナを望むのは『子孫の血』の本能に近いのかも…。まぁルナが可愛いのは事実だけど。)
「…なんだ?何か気になることでも?」
視線を感じたジークリードが言葉を返すと、
「何でもない。それより…その一角獣の涙の粒だけど、管理をどうするか決めておいた方が良いんだよね?」
「ああ、使うタイミングも重要だと思う。…どの程度回復するのか、使って回復出来る者の確認も必要だ。俺とルナティアは使えるのは分かっているが……ん?通信が来たみたいだな。」
そう言ってジークリードは席を立つ。
少し離れたところで魔石のようなものを取り出して何かを話している。多分、魔石のようなものも王家に伝わる何か、なのだろう。
ジークリードを横目に、レグルスがルナティアに聞く。
「ルナは大丈夫?ジークの話だとここに来るまで風魔法で防御を張っていたんだろう?ファケレ国に残った隊長たちにも魔石を渡していたし、疲れているんじゃないのかい?」
「うーん…とりあえずは大丈夫、今のところは…。前だったら多分疲れてたと思うけど…魔法書のお陰かも?」
労いの言葉をかけるレグルスに、くすくすと笑いながら小声でルナティアが答える。
兄妹の会話をしていると、そこにジークリードが戻ってきた。
「…楽しそうだな。なんの話だ?」
「ルナが疲れていないか心配になって…。それよりも何かあったの?」
「あぁ。ミラク・モンヌールが無事に戻ったそうだ。…キュリオを付けたとはいえ、たった2人で向かわせてしまったから心配だったが、本当に良かった。陛下(父上)にこれから向かう地を伝えたところ、応援部隊を向かわせてくれると言われた。」
「応援部隊を…それは心強いな。一体誰が?」
「それは教えてくれなかったが…信頼できる方だ、と仰っていたけど。だから、第一騎士団長か第二騎士団長辺りじゃないかと思うのだが…。恐らく今調整しているのだろう。」
「そうか。いずれにしても心強いのは変わりないな。」
2人してホッとして顔を緩めていた瞬間、大人しく座っていたルナティアが、急に立ちあがった。
「ルナ?!」
「ルナティア?どうしたんだ?」
いきなり立ち上がったルナティアに驚きながら声を掛ける。
僅かに震えているようだ。震えながら2人に告げた。
「…完全防御の魔石が使われました…!」
「なに?!…いくつだ?」
報告を受け、顔色を変えたジークリードが聞く。
「ひとつ、です。」
「…ひとつ…か。…オリガルの可能性が高い、のかも知れないな。」
ジークリードの側近候補で魔法省長官を母に持つオリガル・ノーランドは、魔法士たちと空路で運べなかった荷物などを持ち帰るために海路で帰途についている。第四騎士団の第一小隊達が同行しているとはいえ、持っている魔石は1つしかない。
「オリガルだった場合、今は海上だろう?海の上で攻撃を受けているとなると…。くそっ、なんとかならないのか。」
悔しそうな顔をしてレグルスが呟くと、報告後、黙って考え込んでいたルナティアが口を開いた。
「…殿下。先ほどは王城と通信されていたのですよね?」
「ああ、魔石を使わなくても通信魔法が使える圏内にいるからな。状況ごとに連絡を取ることは可能だが…。」
「であれば、伝言をお願いできますか?」
「伝言?…誰に?」
「リリー様に。…明日の祈りの魔力付与は出来ない、と。」
「それは…一体?」
「これから使われた魔石を介して、この場から完全防御魔法のお手伝いをします。」
「そんなことが可能なのか?」
「可能かどうかじゃありません。やるかやらないか、です。まずは襲われているだろう方々が攻撃に専念出来る環境を整えないと…。殿下はリリー様に連絡をお願いいたします。お兄様は、私のテントに目くらましの風魔法を掛けてください。余計な心配をさせないために他の人たちに知られない方が良いと思うのです。」
「しかし、それではルナの魔力が…!」
「大丈夫です。これは付与魔法では無いですから休めば回復しますし…あ、だからと言って、一角獣の涙の粒は使わないでくださいね。イザという時のためにちゃんと取っておいてください。私は大丈夫です。ちょっとは疲れるかも知れませんが…。もし、疲れてしまったら、大変でも移動の時は運んでくださいね。」
ニコッと笑ってルナティアはライラを呼び、自身のテントに向かう。その姿を2人は黙って見送るしかなかった。
レグルスがテントに目くらましの風魔法をかけてからどれくらいの時間が経っただろうか。
ルナティアがテントに入った後、一度だけライラが出てきて状況を伝えてくれた。確かに魔石を使ったのはオレガノだと確認した、と。
ライラはその後、またテントに戻り、それ以降はルナティア共々、テントから出て来ていない。
兵たちの不安を無暗に煽る訳にもいかず、取り敢えず、現状を伏せて周辺の見張りの指示と、明日の出発予定を半日ほど遅らせると指示をした。
急な予定変更を不思議に思った兵も居たが、疲れの方が強かったのだろう、僅かに出来た休憩時間を喜ぶ声がほとんどだった。
ひと通り指示を終えた後、レグルスはルナティアが居るテントの近くに戻って来た。
自分が掛けた目くらましの魔法は、外界と遮断をするもののため、自分自身も中を覗き見ることが出来ない。ただ、普通のテントが目の前にあるだけだ。
気付けばルナティアがテントに入ってからもうすぐ3時間が経とうとしていた。
「オリガルに渡した魔石の完全防御魔法の効果は約2時間と言っていた。本来なら完全防御の魔法の効果はとっくになくなっているはずだ。…ルナがどう関わっているのか分からないが…託すしかないのか?…くそっ、僕には何も出来ないのか?情けない…。」
テントの外でグッと両手を握り締めていると、少し離れた場所から叫び声が聞こえてきた。
「うわぁー!!…何か、何かがぁ…!」
少し遠くから聞こえる声に向かって駆け出す。叫び声の近くに着くと、先に到着していたジークリードが兵に指示を出していた。
ジークリードのすぐ隣に向かい、状況の確認をする。
「ジーク、一体何が…。」
「上だ、レグ。上空に何か居るようだ。暗くてよく言えないが…鳥ではない何かが居て攻撃された、と報告があった。」
言葉の通り、真っ暗な上空を見上げる。
昼間も闇に包まれているとはいえ、夜と昼の区別がつく程度の明るさの差はある。今は夜で、より濃い闇の中に、更に黒い何かがうごめいているように見えた。
「あれは…飛行魔獣、か?」
「…恐らくな。陸地からここに攻め入る方法が無いわけじゃないがリスクが高すぎる。高すぎるから上空から来た、ということなのだろう。兵には指示は出した。取り敢えずレグは、ルナティアが居るテントへ急ぎ、目くらましの魔法を再度重ね掛けしてくれ。今度は見えないように、だ。…魔法を掛け終えたらここへ戻ってきてくれ。…待っている。」
ジークリードの言葉に頷き、レグルスは元来た道を急ぎ戻ったのだった。




