西の祠
休憩を終え、また大空へと飛び立つ。
既にクレオチア大国の国領内ではあるので、あと数時間で到着するのだろう。休憩前までは無口だった神鳥が色々と話をしてくれた。
次の祠に陸路で辿り着くには、竜が住むと噂される烈火山を越えなければならないこと。烈火山を避け回り道をすると、更に1ヶ月以上かかること。空路の場合のルートはいくつかあるが、最短ルートを選ぶと時間こそ短くはなるが、遥かに危険なこと――
どうやら噂は本当のようで、今も竜が住んでいて、山も上空も自身の縄張り範囲に入ると攻撃をしてくるというのだ。そのため、より高く飛び、より神経を尖らせて状況を確認する必要があるらしい。
「よく分かりました。ですが、次の祠で必要なものを手に入れた後、我々はどのように戻れば良いのでしょうか。…神鳥様達は、送り届けてくださるだけ、ですよね?」
話を聞いたジークリードが質問をすると、
「そうだが…んー…、…いやなんとかなるだろう。」
少し考えてから、神鳥は歯切れの悪い返事をした。とはいえ、「なんとかなる」と言うのだから、なんとかなるのだろう。
「そろそろ烈火山の上空に入るぞ。更に高度を上げるから人には少し息苦しいかもしれないが…風魔法が使えるだろう?魔法で空気を守って少しの間耐えるのだぞ。」
神鳥はそう言うと、ほぼ垂直に更に上空に向かって高度を上げた。
神鳥が何故風魔法を使えるのを知っているのかと疑問に思ったが、取り急ぎ、自分たちの周辺に風の渦を作り一定の空気が残るように、ルナティアが風魔法を唱えた。唱え終わった後、ふと他の大鳥に乗った兵たちは大丈夫かと不安になり、周囲を見ると、他の大鳥達の姿が見えない。
「神鳥様、他の者たちはどうなったのですか?」
「…。」
集中しているのか、ルナティアの問いに返事は無く、段々と周囲の空気がピリピリしてくるのを感じたルナティアは、前方を見つめて口を噤んだ。
一定の高度に達し、垂直から平行に飛び始めると、神鳥がルナティアの質問に答え始めた。
「すまなかったな。無視をしたわけでは無いのだ。…他の者達は、少し遠回りをしている。迂回すればこれほどの高さを飛ばなくても越えられる。ただ、少し時間が掛かってしまうのだ。…このルートでも1時間はかかるのだからな。」
「そんなに…?あ、いえ、それよりも、集中されていたのにお声を掛けて申し訳ございませんでした。」
「いや、構わん。それにその後、状況を察して何も言わなかっただろう?其方は娘の割に武官のようだな。」
「…武官…。なれますか、私も。」
「あはは、武官になりたいのか?だが…まぁ、其方は無理だろうな。素質はあると思うが。…さて、そろそろおしゃべりは終いにしよう。竜に気づかれては面倒だからな。」
そう言った後、しばらく経つと段々と高度が下がってきたのが分かる。
「…そろそろ抜けるのですか?」
ジークリードが聞くと、
「あぁ。無事に超えられたようだ。目的地はそこだ。降りるぞ。」
そう答えると、神鳥はふわりと地上に降り立ち、背の二人を下ろした後に人型になった。
人型になった神鳥に手持ちの水を渡しながら聞く。
「他の者達は、どれくらい遅れそうですか?」
「…まだ4、5時間くらいはかかるかも知れない。其方らはみなを待たずに先に進むが良い。」
水を一気に飲み終えた後、ガルーダは少し先に確認出来る祠を指さして答える。
「二人だけで、ですか?」
「ああ、二人で、だ。なに、どうせこの祠に入っても一定以上進める者は限られるのだからな。我がここに残って他の者に中に入るよう促そう。それよりも時間を掛けたくないから我を使ったのだろう?それならば少しでも早く進むべきなのではないか?」
神鳥の言葉に、ルナティアと視線を合わせたジークリードが頷いた。
その様子を見た神鳥は笑みを浮かべながら手を差し出した。
「其方らが戻る頃には我はここには居らぬだろう。だが、其方らが創世神の助けを得て無事に目的を果たすことを祈っておるぞ。我らも闇の王にこの地上を奪われると困るのだよ。…さて、そろそろお別れの時間だな。不死鳥を介しての繋がりだったが、なかなか楽しい時間だった。」
差し出された手をジークリードが握る。
「ありがとうございます。必ず…!」
ジークリードが手を離すと、今度はルナティアに向けて手を差し出す。
ルナティアが手を握ると、神鳥は、くいっと身体を引き寄せられた。
驚くジークリードを横目に悪戯気味の笑顔を浮かべながら、ルナティアの耳元に何かを告げた。そしてサッと身を離すと、
「さぁ、行くがよい。主らに幸あれ!」
そう言ってルナティアの背を押し、それと同時にまた鳥の姿になって上空へと飛び上がった。
押されたルナティアはジークリードの胸に倒れ込みながら、
「神鳥様、それはどういう…?」
と、飛び立つ神鳥に手を伸ばしたが、届かなかった。
「どうして…?私に…どうしろというの…?」
空を切った手を見つめ、呟いていると、
「何を言われたのだ?」
ふいにジークリードの声が間近で聞こえた。顔を上げ、自分の置かれた状況に気づいたルナティアは、急に真っ赤になりながら慌てて離れようとした。しかし、ジークリードの肩を抱く力が強くて離れることが出来なかった。
「あ、あの、殿下。離し――」
「殿下じゃない。前に頼んだだろう?頼みを聞いてくれないなら離せないな。」
「…リード様。」
満足気にジークリードが肩を抱く手を緩めた。
「…取り敢えず良しとしよう。それでルナティア、神鳥様は去り際に何と言っていたのだ?」
「あ…。…私の役割を……知るだろう、と…。」
「役割?」
「はい。」
「…もしかしたらこの祠で知るのか?」
「そう言う事なのかと…。」
そう答えるルナティアの顔は俯き、肩が少し震えていた。
「…大丈夫か?」
労わる声に、顔を上げると優しい視線と目が合う。その優しい視線は、紫紺の瞳を見つめたまま言葉を続けた。
「ルナティアの役割が何だとしても、必ず俺が守る。どんなことをしても、だ。だからルナティア、何か分かったら包み隠さずに俺に話して欲しい。」
「でも…もしそれが殿…り、リード様に不利になることだったら――」
「俺に不利になることは、ルナティアが居なくなることだけだ。俺の立場とかそんなもの、大したものではない。俺にとっては君が一番大切だ。この、世界よりも…。」
迷いなく言い切るジークリードの真っ直ぐな想いに、ルナティアは僅かに頬を染めて頷いたのだった。
ルナティアと約束を取り付けたジークリードは、神鳥の言葉通り、二人で少し先に見えた祠の中へ足を踏み入れた。
東の祠は全体的に明るかったのに対し、西の祠は地下へと続く下り坂で奥が闇に覆われていた。だが、不思議なことに足を進めると、壁面に埋め込まれた何かがうっすらと光り出し、足元を照らしてくれた。
「…まるで星空のようだな。」
ジークリードが呟く。
確かに光る何かが、闇夜に星が煌めているようにも見える。
「先が闇で全く見えないというのに、不思議と不安も感じられない。神鳥様が言っていたように、穏やかで落ち着く気がする。」
不穏な気配も感じないまま、どんどん奥へと足を進める。
足場が少し悪い中、5分くらい進んだだろうか、少しだけ開けた場所に辿り着くと、奥には東の祠と同じような祭壇のようなものが飾られていた。
二人で祭壇に近寄ってみる。…が、祭壇の上には何もなかった。
「…ここじゃないのか?祭壇はあるが、何も無い。…いや、そもそもここでは何を手に入れたら良いのかも分から無かったな。一体何を探したら良いのだ?」
ジークリードが呟く隣で、ルナティアがキョロキョロと周りを見回してる。
「…ん?ルナティア?何か探しているのか?」
「あ…妖精が、ずっと壁を探しているのです…え?」
「どうした?」
「妖精が呼んでいます。こっち、って。」
ルナティアがジークリードの腕を掴んで引っ張る。
引っ張られて着いた先の壁に、何かが埋め込まれていた。よく見るとそれは、ずっと足元を照らしてくれていた何かとそっくりだが、他と違って全く光らず、他のモノよりも一回り大きな形をしていた。
「…これを押すの?」
ルナティアが聞く。多分、妖精と話しているのだろう。
話し終わったのか、光に頷いた後、ジークリードの方を向き直り、
「リード様、これを押すみたいです。どうなるか分からないので、しっかり捕まっていてくださいね。」
そう言うとルナティアは、ジークリードの腕に自分の腕をしっかりと絡めてから「えいっ」という掛け声とともにそれを押した。
押したと同時に、全く光っていなかったソレは、強い光を放ち始め、二人は光の中に包まれるように消えていった。




