空路の旅
神鳥の背にジークリードとルナティア、ライラが乗り、別動隊で魔物討伐をしている兵団の元に向かう。妖精は元の姿に戻り、ルナティア以外にはもう見えない。
神鳥が言った通り、あの後、数十羽の大きな鳥たちが祠に来て、一羽ずつ、不死鳥の羽を受取り、神鳥に付き従い、共に空を飛んでいる。その背には、キュリオ、ソル、ニーナ、ランがそれぞれ別々に乗っている。
ファケレ国内で魔物の討伐を行っている兵団を見つけ、神鳥と共に地に降りると、背に人が乗っているとは思わない兵たちは、警戒し一斉に神鳥をぐるりと囲んだ。重ねて空には数十羽の大きな鳥が飛んでいるのだ。魔物の襲撃と思われても仕方が無いのかも知れない。
神鳥の背から、ジークリードが降り、姿を現すと兵たちは驚きながらも武器を収め、恭しく跪いた。
その後、ジークリードからレグルスとオリガル、アーネス達に、経緯を説明していると、丁度、討伐に出ていたオセアノ軍が戻ってきてユグも加わる。
ひと通り説明を聞き終えたユグが確認をする。
「つまり、西大陸の祠での目的を果たし、不死鳥の好意で神鳥達を手に入れた、ということだな。神鳥に乗れば、時間短縮が可能、ということで合っているか?」
「ええ、概ね合っております。」
「…不死鳥の羽が目的だとしても、神鳥達が協力をしてくれている理由としては弱いのではないか?途中で裏切られるなどの心配はないのか?」
もっともな質問だ。
ジークリードが口を噤む。
――信頼しきれるのか、と問われれば、ジークリードの答えは「はい」だ。
なぜなら、神鳥達が不死鳥の羽を求めているのは勿論だが、それ以上に『月の女神』に対しての想いが強いと思うからだ。
北西の祠を出る前、ルナティアに「月の女神か?」と聞いて来た神鳥。
ルナティアは「聞いたことも言われたことも無い」と、首を振った。すると神鳥はルナティアに握手を求め、その後、満足気に微笑み、それ以降は『月の女神』については何も語りはしなかった。だが、態度が更に柔らかくなったのは気のせいではないと思う。
恐らく不死鳥にとっても神鳥にとっても『月の女神』は何か重要な意味があるのだろう。そしてその『月の女神』にルナティアが関係している可能性が高い。
仮説に辿り着いたジークリードは、
「あくまでも私の私見ですが…会ってからの時間も短いですが、裏切られる心配はないと思います。むしろ、信頼に値する、と。」
「ほう、何故そこまで思う?」
「…私自身の見る目、としか言いようはありません。」
迷いなく言い切るジークリードを暫く見つめた後、
「大国の王太子がそれを言うのか。…ははっ、沈着冷静な大国の王太子が「自身の見る目」だけを頼りに信頼する、とは…。…まぁいい、信頼に辿り着く詳しい経緯が俺たちには分からないし、この分だと明かす気も無いのだろう。」
と、以外にもあっさりと認めた。
その後は、緊急会議を開き、今後の隊をどう分けるか、などを話し合った。
ファケレ国の魔物がこれ以上増えると、隣のテーレ国、一部接触しているオセアノ国にも被害が及ぶ。そのため、国境付近で魔物の討伐も行っている訳だが、思っていた以上に付近の魔物の発生率が高く、クレオチア大国の全軍が次の祠へ向かってしまうと、国境付近の討伐が追いつかなくなってしまう。
オセアノ軍は間違いなく、ファケレ国国境に残るだろう。
問題は、クレオチア軍だ。
今、この場で戦えるクレオチア軍の兵は約70名。大鳥の背には、2~3人が乗れると仮定すれば、人だけなら全員乗れるが、他に物資などもあることを考えると全てを空路で運ぶのは難しい。それにいくら精鋭ばかりを集めたとは言え、オセアノ軍だけで国境付近の魔物を追い払い続けるのは正直、難しいだろう。
考えに考えた末、ジークリードとレグルスが率いている第二騎士団の一個小隊だけが神鳥達と共に先に戻ることにした。
他の魔法士隊と第四騎士団の一個小隊隊が同行し、海路で戻り、残った第四騎士団隊のラムズ隊とパメラ隊は、オセアノ軍と共に、近隣諸国へ魔物が流れないように討伐を続けることにした。
各隊の行動が決まるとそれぞれに別れ、準備を始める。
そんな中、空路隊だけは、鳥の背に乗る割り振りが済めば直ぐにでも出発できる状態だった。
出発前に、ジークリードは、海路のオリガルと残るアーネス、ラムズ、パネラに、大きめの魔石を1つずつ渡した。
「皆には既に精神防御の魔石を渡しているが、この魔石には防御魔法が込められている。今後の戦闘や旅路で、本当に危険に陥った時に使用してくれ。使用判断は残る者たちで決めて良い。だが、使用は1回のみ、防御範囲は半径100メートルで約2時間、持続可能で、尚且つ防御魔法を張ったまま移動も可能だ。範囲が狭ければもう少し長持ちするらしいが、反対に使用範囲が広くなれば、使用時間は短くなる。」
ジークリードの言葉に、アーネスが聞いた。
「殿下、お…私は魔力がありませんので、魔力がある部下に持たせて宜しいでしょうか。」
「…いや、先ほども言った通り、使うタイミングはお前たちが判断すべきだ。それに、防御魔法を発動させるには、魔石自体の魔力を使うから、魔力は不要だ。ついでに言っておくが、この魔石の防御魔法は、魔法防御も物理防御も同時に込められている優れものだぞ。」
「そんな凄いものを俺たちに…。」
「…急がなければならないとはいえ、魔物が横行し、国としても乗っ取られている可能性が高い地に、お前たちを置いて行かなければならない俺からの、せめてもの心遣いと思って受け取ってくれ。」
そう言ってジークリードが軽く頭を下げた。
この地に残るということは、魔物に殺される可能性もあるが、先の討伐隊のように捕まり傀儡にされ魔力を抜かれ殺されてしまう可能性だってある。
そんな地に置いて行く兵を慮って用意してくれた魔石を握りしめ、オリガルが聞く。
「…発動は?魔力を要しないのであれば、発動条件があるのですよね?」
「あぁ。先ずは各自、魔石を両手で包み込み、魔石に向かって自身の名前を告げてくれ。」
オリガルが言われた通りに魔石に自身の名を告げる。それを見た、アーネス、ラムズ、パメラも同じように魔石に名を告げた。
「これで、その魔石の使用者は各人と認識された。あとは本当に必要になった時に発動させる言霊だ。使う時は、今から言う順に魔石に向かって唱えろ。先ほど魔石に告げたとおりの「自分の名」、それから防御したい「半径の距離」、そして最後に「希求」という言葉だ。この3つを唱えると、防御魔法が発動する。試しで使うなよ?危機的状況に使うのだから不安かも知れないが、そこは「俺を信じてくれ」、としか言えない。とにかく、使う時は「自分の名」「半径の距離」「希求」だ。…誰ひとりとして欠けることなく、任務を全うしてくれることを祈っている。」
そう告げて、ジークリードは神鳥の背に乗り、ルナティアやレグルスと共に飛び立ったのだった。
背にジークリードとルナティアを乗せた神鳥を先頭に、大きな鳥たちが集団で空を飛ぶ。
それぞれの鳥の背には兵達が2人一組で乗り、不死鳥から告げられた『クレオチアの西の祠』を目指す。
飛び立って1時間もかからずにリートニア港が見えてきた。
「…凄いな。陸路で5日程度かかる道も1時間もかからないとは…。普段から利用できないものか…。」
神鳥の背の上でジークリードが呟くと、それに神鳥が答えた。
「我らを利用、とな?残念だがそれは無理だ。今回は不死鳥の羽があるから運んでいるのだ。それ相当のモノが用意できるというのであれば話は別だが…ヒトの身では難しいだろうな。仮にも我らは神に仕えし鳥だからな。」
「っ、申し訳ございません。そう…ですね…、神への献上品…。例えばなのですが、どのようなモノを献上すれば助力を頂けるのですか?」
「あっはは、それでもまだ助力を欲するか。流石は子孫と言ったところか。…ふむ、そもそも我らは普段、表には出ることはない。身を現さないために、多大な力を必要とするのだ。その力を補うために役立つ魔力があるモノなら考えても良いぞ。…もしくは娘をくれるなら、な。」
「娘…?」
「娘だ。」
「…まさかルナティア、ですか?」
「あぁ。それならば、たまに協力してやってもいい。」
「…お断りします。」
「だろうな。」
ジークリードが背にルナティアを隠す姿を見て、神鳥は楽しそうに答えた。
飛び立って4時間ほど経った頃には、クレオチア大国の上空へと入っていた。
「すまぬが、少し休むぞ。この先は少し大変だからな。…よし、あの地が良いな。」
神鳥はそう言うと、シヴィア港から少し内陸に入った草原に降り立ち、休憩を取った。それに合わせて後に続く大鳥たちも草原に降り立ち、草陰に隠れてあった湖の水で喉を潤していた。
背に乗っていた兵士たちも、共に休憩を取った。その間、ジークリードはミラクに手紙を渡し、シヴィア領に向かうよう指示を出した。
ミラクは第二騎士団長のペトラー・モンヌール伯の嫡男で、ルナティアとレグルスの従兄だ。既に社交界デビューも済ませ、跡取りとして公表されているため、シヴィア公爵に目通りを依頼するには適任と言える。因みにレグルスは一応、社交界デビューはしているが、まだ学生のため正式な跡取りとして公的には認められていない。
そしてシヴィア公爵は、前王の弟、現王の叔父にあたる。クレオチア大国の王城に連絡を取ってもらうには最適の人物だ。因みに、王太子の文官側近のカートリスの父親でもある。
休憩している草原からシヴィア領内まで、10キロほど離れているため、供にキュリオを同伴させる。
「頼んだぞ、ミラク。無事に着いた後は王城へ向かい、父と共に、王都の警備に就くように。」
そう指示をして、ミラクとキュリオを送り出した。
ジークリードがミラクを送り出し、レグルスと今後の打ち合わせを行っている間、ルナティアは人型をなっている神鳥と話をしていた。
「あの…神鳥様、北東の祠で仰っていた『月の女神』とは何ですか?」
「…其方は聞いたこともないのだろう?であれば知る必要もない。」
「…。」
「…すまん。言い方が悪かった。今は不要だ、と言いたかったのだ。いずれ其方が望む、望まないに関わらず、必要であれば知ることになるのだから。」
「そう…ですか。…分かりました。今は必要ない、ということですね。…あ、じゃあ…神鳥様は、次の目的地の祠のことをご存じですか?」
「…知っている、と言えば知っている。知らない、と言えば知らないな。」
「それはどういう…?」
「前は知っているが今は知らない、と言うのが正しいのか?」
「なるほど…。では、知っていらした『前』はどのようなところでしたか?」
「どのような…?護られていた、な。落ち着くところだった。…今もそうであると良いのだが…。」
「落ち着く場所…そうなら良いですね。」
「…其方も、なかなか落ち着くぞ?」
「何が「落ち着く」のですか?」
丁度そこへ、打ち合わせを終えたジークリードが来て会話に加わった。
「何が、と聞かれると困るが…雰囲気、か?ふわりとした感じが落ち着くと思わぬか?」
「そう言う意味なら、分かります。ホッとするんです、彼女の傍は。…ですが神鳥様、彼女は差し上げませんよ?」
ささっ、と、またルナティアを背に隠しながらジークリードが答えると、神鳥もまた、楽しそうに笑っていた。
なかなか話が進まないです…
主人公の肩書がまた増えそうな…。人気者、と言えば聞こえはいいですが、あれもこれも背負わされるのは、本人からすると負担以外の何物でも無いですよね…ゴメンね、ルナティア。でも、頑張って♡




