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6歳の誕生日 その後

 『魔力封じ』が無事に済み、王城からリストランド領に戻ってきたルナティアだったが、大国の国王陛下から領内からでてはいけない、と言い渡された上に、両親には「屋敷の敷地内から出てはいけない」とまで言われてしまった。


 領主であるリストランドの屋敷はそれなりに広い。だが、日ごろから活発で、屋敷内を走り、木登りをしていたルナティアにとって、いくら身の安全のためだから、外は危険だから、と言われても、外出できないこと自体がかなり辛いことだった。


そもそも、魔力発動のキッカケだって、こっそり屋敷を抜け出したことが原因だったわけだし…。


 毎日を屋敷内のみで過ごし、だんだんと笑顔が少なくなってきた頃、専属侍女となったライラから『護身術』を教えてもらえることになった。


 普通の令嬢は、護身術など習う必要は無い。

 しかし、軍事一家に産まれたこと、『魔力封じ』の情報がどこから漏れるかも分からないこと、情報が漏れた場合かなり危険であること、を理由に、護身術を学ぶこどが許された。

 もちろん、トーマスやレグルス、ジニーに屋敷内の使用人、ライラも身を挺してでも守るつもりではあるが、ルナティア本人が大人しくじっとしてくれる令嬢ではない。だからこそ自衛の意味も含めて、護身術は(少し早いが)覚えた方が良い、という結論になったのだ。


とはいえ、ルナティア本人は、ただ『身体を思いっきり動かせる』という事実のみを純粋に喜んでいた。


 そんな理由で学び始めた護身術だったが、持ち前の身体能力もあり、上達するのはやっぱり早かった。

 1年近く経つ頃には、護身術の型はほぼ完全に身に付き、お転婆に拍車をかけてしまったルナティアは、もっと強くなりたい、と思うようになってしまっていた。

 そしてちょうどその頃に、誕生日プレゼントで貰った『二人の乙女』の物語と出会い、レグルスの訓練と一緒に自分も剣術を習いたい、と言い始めたのである。


 レグルスは、父や母が、「剣まで扱うようになっては、嫁の貰い手が無くなるかもしれない」と言っていたことを思い出していた。

その時は、

(万が一、嫁の貰い手が無くなったとしても、僕が一生、ルナの面倒を見てあげるのに…)

と思っていたが、やっぱり“可愛い妹がケガをしたら嫌だ”という気持ちが強く沸き上がり、剣術を習うことに反対の意を示していたのだ。

 その意思も「兄さまと一緒にいられるし…ダメ?」の発言に、敢え無く撃沈してしまい、両親への打診に協力することになってしまった、という訳である。


 6歳の誕生日から1週間程度経った良く晴れた日、トーマスとデメーテルが2人仲良くティータイムを過ごしていたところに、愛娘と愛息子が一緒に『お願い』をしに来た。

 その『お願い』を聞いた後、2人は頭を抱え込んでしまった。


『お願い』を想定していなかった訳ではない。

 実際、幼い頃から駆けずり回っていただけあって、ルナティアの身体能力はかなり良い。

だが、だからと言って、「はい、そうですか」と剣術を習う許可を出す訳にはいかない。何より、6歳の少女に扱える武器がない。(特注以外)


 軍事家系に産まれた貴族として、令嬢であっても、いずれは戦う術を身に着けさせるつもりではいたが、それでも10歳前後、ある程度身体が成長してから、と考えていた。

 それなのに、まさか『6歳』で『自分から』願うなど想定外だった。


 あまりの衝撃に、軽い眩暈を起こしたのか、こめかみを押さえながらデメーテルが呟いた。

「いくら軍事家系と言っても、あの子にこれ以上の戦闘能力を与えてしまうと、『騎士になりたい』とか言い出しそうだわ…。」

「…あり得そうで怖いな。」

トーマスが同意する。

「まだ6歳だから、と思っていると、庭の木に登って木から飛び降りて外出しようとしているんだもの。すぐにライラが探して追いかけてくれて助かっているけど、ライラが居てくれなかったら…と何度思ったことか…。」


2人は大きなため息を吐いた。


 少しの沈黙の後、トーマスが口火を切った。

「…なぁ、デメーテル。リストランド家に生まれた以上、いつかは何らかの戦う術は身に付ける必要はある訳だが…。」

「でも、きっと『強くなりたい』って思ってるだけな気がするの。だから、先ずはルナティアとキチンと話をした方がいいんじゃないかしら。」

「…そうか…うん、そうだな。『武器を持って戦う』ことはどういうことが、一度、ルナティアの考えを聞いてみるよ。」

「そうね、それがいいと思うわ。それにしても…本当に、どうして見た目と違ってあんなにお転婆なのかしら?私もかなりのものだったと思うけど、それ以上だもの。…一体、誰に似たのかしらね?」

チラリとデメーテルがトーマスを見ると、

「…コホン。まぁ、俺、ということにしておこう。」

苦笑いをしながら答えたトーマスを見て、デメーテルは楽しそうに笑った。


 打診されてから半月ほど経った頃、ルナティアとライラはトーマスの執務室に呼ばれた。

「さて、ルナティア。君は護身術だけではこの先不安だから、と『剣術も習いたい』と言っていたね?」

うすうす、その話だろうと思っていたルナティアは、

「はい。」

と、トーマスを真っ直ぐに見て頷いた。

「結論から言うと、『剣術を習うことは“今は”認めない』だ。」

「どうして?」

想定していたこととは言え、納得がいかないルナティアは、手をぎゅっと握りしめた。

「この家に産まれた以上は、いつかは『戦う術』を身につけることになる…だが、流石に6歳は早すぎるから、だよ。」

「それなら、いつになったら『戦う術』を習うことが出来るの?」

「うーん…もう少し、かな?」

ルナティアの顔を見つめながらトーマスは続けた。

「ところでルナティア、そもそも君は『武器を持つ』ことの意味をちゃんと分かっているのかい?」

「意味?」

「ああ。」

(…意味…意味…自分の身を守るため、だよね?)

ふとトーマスを見ると、答えを探しているルナティアをただ真っすぐに見つめていた。


 少しの沈黙の後、ルナティアはトーマスを見つめて答えた。

「自分の身を守るため。あと、私の周りにいる人のことも守りたい、ただ守られるだけじゃ嫌だから…。」

ルナティアの答えを聞いた後、トーマスはすぐに言葉をつづけた。

「ルナ、『身を守る』ためには、場合によって『相手を傷つける』こともある、ということを分かっているのかい?」

「…傷つける…??」

「まぁ、絶対ではないが、傷つける可能性がある、ということだ。…傷つける『覚悟』はあるのかい?」

「……。」

「傷つける『覚悟』がない者が、戦いの場に遭遇した場合、最悪、相手に自分の武器を与えることになってしまうかもしれない。そうすると、君が『守りたい』と言った周りにいる者たちを却って危険に晒してしまうかもしれないんだ。だからね、『武器を持つ』覚悟がないうちは、剣術を学ぶことは認められない。」

「……。」


(こんな言い方はひどいと思うが…仕方がない。キチンと考えないと、いつかきっとルナティア自身が傷ついてしまうだろうから…)

 トーマスは、自分自身の言い切った言葉に、愛娘が傷ついたのでは、と心配な面持ちでルナティアを見つめていた。


 暫くすると

「…ごめんなさい…父さま…。私…」

手を更にギュッときつく握りしめながら、俯いて小さな声でルナティアが話し始めた。

「私…ただ『強くなりたい』って思っていただけなの。守られるだけじゃなくて守りたいって…。でも『守る』ためには『相手を傷つけないといけないかもしれない』ってこと…考えてもみなかった。」

「…うん、それは当たり前なんだよ。君はまだ6歳なんだから。」

顔を上げたルナティアに、トーマスは笑顔で続けた。

「その上、随分と早く魔力が発動してしまったから、他の令嬢たちに比べて危険度がものすごく高い。だから、学びたいという気持ちは分からないわけではない。…リストランド家は軍事一家だから、『いつか』は『覚悟』を決めて戦い方を覚えなきゃならない時がくる。でもそれは『今じゃない』と思うんだ。『今』は、もっと美しいものや楽しいものをたくさん感じて、大切と思えるものを多く見つけてほしい。そうすれば大切なものができた時、きっと君にも『覚悟』が出来るはずだから…。」


 黙ってトーマスの話を聞いていたルナティアは目を潤ませ、トーマスに抱き着いた。

「…うん、わかった。父さま、私…今はまだ、護身術まででいい。その代わり、護身術じゃ誰にも負けないくらいまで練習して、どんな時でも逃げることが出来るように頑張る。」

「うん。…だけど『逃げなきゃいけない』事態にならないでほしいんだけどなぁ…」

苦笑いしながら、トーマスはルナティアを抱きしめ返した。

「…うん、そうだよね。」

「まぁ、君には外出制限をかけているから、申し訳ないと思うけどね。邸内だけじゃ美しいものや楽しいものを感じることに限界があるだろうし。」

「あっ、それじゃあ、私『馬』に乗れるようになりたい!馬に乗れるようになったら、何かあってもきっと逃げられるし、お外に出られるようになったら遠くにも行けるよね?」


また急に、目を輝かせながら、突拍子もないことを言い出したルナティアを見つめ、

「っ…あっははっ!流石は俺とデメーテルの子だなぁ…。まさかそう来るとは…。ま、乗馬ならいいんじゃないかな、『お転婆』お嬢さんには…。」

大笑いをしながらトーマスが答えた。



 そして、その翌日から、ルナティアとライラは、レグルスの乗馬の練習に一緒に加わることになった。乗馬は流石のライラもしたことが無かったため、一緒に学ぶことになった。


 レグルスは、というと、約束通り(剣の稽古ではないが)乗馬の訓練の間は、最愛の妹と一緒に過ごせる、ということに喜びを感じていたのは言うまでもない。


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