幻影からの伝言
「これは一体…。先ほど『結界』と言っていたが、どういうことなのだ?」
目の前で起きたことが信じられず、妖精に問うジークリード。
「説明は後だよ!取り敢えず洞穴の中に入って。入れる時間は限ら――っ!?」
妖精がみんなに、洞穴の中に入るよう説明をしていると、何かに気づいたシエルが反応して、近くにいたルナティアを洞穴に突き飛ばした。
突き飛ばされたルナティアは、洞穴の入り口から振り返る。そこには、大きな鳥の鉤爪を魔力の剣で受け止めている妖精の姿があった。
「シエル!?」
ルナティアが応戦しようと、洞穴の外に出ようとしたが、何かに阻まれて外に出ることは出来なかった。
阻む何かを素手で叩きながら、再度、妖精の方を見る。
妖精が対峙しているのは、上半身が女性で両手が羽になっている生き物だ。そして、妖精の周りには、警戒態勢を取るキュリオとライラ、ソル、ラン、ニーナが居て、周囲を窺っていた。
「…シエルに攻撃している、魔物は…何?」
ルナティアが呟くと隣でジークリードが答えた。ジークリードもまた、妖精の言葉にすかさず反応したキュリオによって洞穴に突き飛ばされていたようだ。
「あれは…多分、ハーピーだ。俺も実物を見るのは初めてだが…。」
ハーピーと呼ばれる生き物は1体だけだったが、その奥の林から複数体のゴブリンが近づいてくる姿が見える。
「っ!奥からゴブリンが…!!…どうして?どうして洞穴から出られないの?!」
洞穴から出ようと、ルナティアが必死に叩くが、阻む何かは音もしないし、びくともしなかった。
叩きながら、せめて危機を知らせようとルナティアが声を上げる。
「みんな、逃げて!!奥からゴブリンが来てるのっ!ねぇ、シエル、ライラ!逃げてよ!!」
その姿と声を、ハーピーの攻撃を受けながら聞いた妖精が答える。
「ルナティア、聞いて。…洞穴は一定時間の間だけ結界が開かれるようになっているんだ。もう、時間が過ぎてしまったから、ボク達は入れない。…当然、魔物も。だから、安心して先に進んで。」
「そんなっ、みんなを放ってなんて―」
「違うよ。用事を済ませて、早く戻って来てって言ってるの。戻って来たら魔物の討伐を手伝ってよ。それまで絶対に耐えるから…。王子様、ルナティアを頼むよ。」
妖精の言葉を聞いたジークリードは頷き、ルナティアの腕を掴んで洞穴の奥に歩を進めた。
「っ!は、離してください、殿下!みんなを見捨てるのですか?キュリオ様も居るのに―」
「見捨てないっ!!!」
暴れるルナティアの腕を掴んだまま、ジークリードは声を荒げた。その声に、ルナティアの動きが止まる。
「見捨てるんじゃない。だが、今、外に出られない状態でいくらで叫んでも何も出来ない。ただ時間が過ぎるだけだ。ならば、シエルの言う通り、ここですべきことを済ませて外に出られるようにした方が良い。それも一刻も早く、だ。…それに、ルナティアも言っていただろう?「彼らは強い。だから大丈夫だ」と。それならば、彼らを信じて先に進むべきだ。」
ルナティアの腕を掴んだまま、振り返らずにジークリードは言う。僅かだが肩が震えている。
彼の従者も、今、外で多数の魔物と戦っているのだ。いくら強いと言っても、不安が無いわけでは無い。ゴブリンの数ががどれほどなのか分からない状態だ。数十体、最悪の場合、数百体で動いている場合だってある。その心配を押しのけて、それでも前に進まなければならない。彼は太陽神の末裔で、この世界を救う重要なひとりなのだ。そしてそれは、ルナティアも同じであった。
ルナティアは深呼吸をして自分自身を落ち着かせた。
「…お見苦しいところを…。失礼いたしました。参りましょう、殿下。そしてさっさと済ませて戻りましょう、皆の所へ。」
もう、ルナティアの目に迷いは無かった。
――時間が惜しい。
2人は、洞穴の中を奥へと走って行く。妖精は「安心して」と言った。ならば洞穴の中に障害はないはずと踏んで、ただひたすらに奥を目指して走った。すると、すぐに開けたところに辿り着いた。
開けた場所の一番奥には、祭壇があり、赤い何かが積まれているのが見える。
急ぎながらも用心しつつ、2人で祭壇に近づくと、祭壇の上に見えた赤い何かは、赤い鳥の羽根だと分かった。
ジークリードが羽を1本手に取り、
「これは…不死鳥の…?」
と、呟いた途端、祭壇の上に積まれていた赤い羽根すべてが空中に舞い、羽が不死鳥の形をかたどり、それが幻影となり空間に浮かんで話し始めた。
『ようこそ太陽の子孫。とても残念ですが、貴方たちをこの地で待つことが出来そうにありません。ごめんなさい。ですが、この地で手に入れるべきものは残しておきます。手に入れるべきもの、それは不死鳥の羽です。羽を持って、次の地へ向かうのです。次の地は…今はクレオチアという名の国の西の外れの祠です。そこでで手に入れたものと不死鳥の羽を持って聖なる場所へ向かえば、望むものが手に入ります。世界が完全に闇に包まれるまで、あまり時間がありません。普通の移動手段では絶対に間に合わないでしょう。ですが、愚かで勇敢な闇の乙女のために移動手段を用意しました。移動手段を使えばきっと間に合うでしょう。良いですか、移動手段のために、ここにある不死鳥の羽を全て持っていきなさい。全て、ですよ。…太陽…子孫…月の…に…福を…。』
不死鳥の幻影はそれだけ伝えると、すっと消えた。残ったのは、地面に散らばった、数十本の赤い羽根だけだ。
指示に従い、2人は急いで赤い羽根を拾い始めた。
拾っていると、急に外の方から鳴き声が聞こえてきた。その声は段々と大きくなる。…どう聞いても、人とは異なる生き物の声だ。
外から聞こえる声が気になりつつも、2人は不死鳥の言葉通り、落ちていた赤い羽根をすべて拾い、元来た道を外に向かって走り出した。
――外では、ハーピーやゴブリンと戦っている仲間がいる。ただでさえ数で押されているかも知れないのに、こんなに大きく響く声を出す獣が加わるなんて…――
洞穴の出入り口に近づく。
先ほどは何かに阻まれて洞穴から出ることも出来なかった入り口
(また、阻まれて出られなかったら…)
そんな考えが脳裏を過ったが、思い切って外に向かって走るとすんなり外へ出ることが出来た。
呆気にとられながらも、外で戦っているはずの仲間を手助けしようと気合を入れて前を見る。
目の前には、ハーピーやゴブリンと戦っていたはずの妖精、ライラ達が、空を見上げて固まっていた。みんなの視線の先を辿ると――ハーピーを嘴で加えた、神鳥が翼を広げて飛んでいた。
「これは一体…。何が起きたというのだ?」
ジークリードとルナティアも並んで天を仰ぐ。すると、上空から2人を見つけた神鳥が、こちらに向かって降りて来た。それを見た、我に返ったキュリオとライラが2人を庇うように前に立った、はずだった。
だが、気づけばキュリオもライラも少し離れたところへ吹き飛ばされていた。
一同、なにが起きたのか分からずに居ると、上空から来た神鳥は、いつの間にか人型になって、ジークリードとルナティアの前に静かに佇んでいた。
すっとジークリードがルナティアを背に隠す。
「我は、不死鳥に頼まれここに来た。手形があるだろう?」
ガルーダはジークリードが手に持つ、不死鳥の羽を指さした。
「これ…か?」
「あぁ。後から我の配下が来る。不死鳥の羽と引き換えに主らを望む場所へ連れて行く。」
――不死鳥が言っていた、移動手段とは、彼らのことか――
どうやら先ほど聞こえていた鳴き声はガルーダのもので、その声を聞いたゴブリンは逃げ、逃げ切れなかったハーピーは餌食となったようだ。
結果、妖精やライラ達は助かった訳だが、果たして信頼して良いものか…。
思いあぐねている2人に、手を差し出し、
「さぁ、手形を我に。さすれば我が主導で主らを届けよう。」
そう話す神鳥に、悪意は感じられない。
ジークリードとルナティアがお互いに目で合図をした後、不死鳥の羽を渡す。
「うむ。我に頼むくらいだ、流石に良いものを残したな。…ときに、娘。」
ジークリードによって、背に隠されていたルナティアに向かって覗き込み、神鳥が話しかけた。
「――月の女神は貴女か?」




