北東の祠
ルナティアは姿を隠したまま、兵士たちが居る場所から少し離れたところにある林の中に移動し、身を潜めて様子を窺っていた。
ルナティアから依頼を受けた妖精は、目立たないように兵達の外れで人型になり、同じく外れ近くに居たジークリードとレグルスに伝言を届けた。
2人はルナティアが姿隠しの魔法で見つかっていないこと、林の中に紛れたことを聞くと、心底ホッとした表情を見せ、すぐにアーネス経由で「魔石を直接身に着けるように」と全兵士たちへ指示を出した。そのお陰か、現在、ほとんどの兵士は純粋にもてなしの食事を楽しんでいるように見えた。
「…魅了されたら魔力を抜かれるってお父様が言っていたものね。捕まっても危険だけど…。個別行動を取らなければ大丈夫でしょう。取り敢えず安心したわ。…安心したら急に―」
「腹が減ったか?」
少し後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「…驚かせないでください、殿下。」
驚きながら声のする方を振り向くと、ジークリードと従者が立って居た。
「悪い悪い、驚かすつもりはなかったんだが…。シエルの話を聞いて、俺もキュリオに姿隠しの魔法を掛けてもらってここに来た。魔法を掛けている所を見られる訳に行かないからな、上空の見張りの意識を反らすために、少しだけ離れたところで騒ぎを起こしてその間に姿隠しを掛けて抜け出してきた。」
ジークリードの後ろで、恭しく従者が頭を下げる。
クレオチア大国の王城に行ったときは、いつもお世話になっていたキュリオだが、属性は聞いたことが無かった。…風属性だったのか。
「それよりも腹が減っただろう。手持ちの食事も無いだろうと思って少しだけだが持ってきたぞ。…ほら、ライラも一緒に食するがいい。」
ホッとしたと同時に、お腹の減りを感じていたルナティアは感謝を伝え、持ってきてくれた食べ物をいただいた。嬉しそうに食事を摂るルナティアを眺めながら、ジークリードは時々、兵士たちが居る兵団の様子も確認していた。
ルナティア達が食べ終わった後、ジークリードが今後の動きについて、改めて説明をした。こちらに来る前に、レグルスとオレガノ、アーネス、ユグ殿下と話し、決めてきたことだと言う。
まず、アーネスとユグ殿下を指揮官として、ファケレ国に伝えてある当初予定通りにファケレ国内の魔物討伐を行うこと。レグルス、オレガノ、第四騎士団の1~3小隊、オセアノ軍は、共に魔物討伐を中心に行動する。その間に、ジークリードとルナティア、キュリオ、ライラの4人で目的の祠を目指す、というものだった。
ルナティアと共に少数で祠を目指す相手の選択には、多少揉めたらしいが、まずは兵団から離れるために姿隠しの魔法が使える者が必須条件だった。となると、側近も含めた者のうち、風属性を持つのはキュリオしかおらず、キュリオが唱えられる姿隠しの有効範囲は2名が限度だったため、ジークリードとキュリオがココに来ることになったらしい。
ひと通り、今後の動きを説明したジークリードは厳しい顔のまま、ルナティアに尋ねた。
「そう言う訳で、4人だけで祠を目指すことになった。レグルスは「大丈夫だ」と言っていたが…当事者である君の意見も聞かずに勝手に決めてしまってすまない。だがもし、4人だけでは無理だと判断するなら――」
「いいえ、大丈夫です。それに、4人じゃないですもの。…ね?ライラ。」
「はい。」
「え?」
驚くジークリードの背後で、ルナティアに指示をされたライラが左手を上げる。すると、ジークリードとルナティアの前に、3人の人影が現れた。
ルナティアが頷くとライラが言葉を発し始めた。
「僭越ながら、私がご説明をさせていただきます。彼らはリストランドの暗殺部隊の一員でございます。トーマス様の影の右腕を担うのが執事長様、左腕が孤児施設長様です。…彼らは次代のリストランドを守るためにセリム様、直々に育てた者たちです。…今の時点では少々、経験値が足りませんが腕は確かです。」
淡々と説明をするライラと、目の前に現れた3人の男女を交互に見ていると、ルナティアが続けた。
「殿下。ライラやジャンが特殊な訓練を受けていることはご存知ですね?」
「あ、あぁ。」
「それと同じように、彼らも厳しい訓練で合格をもらった者たちです。お兄様が「大丈夫」と言ったのは、彼らも居るからだと思います。それに…シエルも居ますし。」
『うん、居るよ~』
ルナティアの言葉に、他の誰からも見られない妖精が答える。
ジークリードにも妖精の姿のシエルは見えないが、ルナティアの周りをくるくると飛び回る光が確かに見える。
それを見て、ジークリードは、ふっ、と息を吐き表情を緩ませた。
「…そうだな。ココには十分な戦力がある、ということか。…レグルスのことは言えないな。俺も十分に過保護なようだ。」
少し自嘲気味にルナティアを見て笑う。
「そうかも知れませんね。」
ふふふ、と微笑んでルナティアは笑っていた。
翌朝、目覚めた後、夢のこと、見張りのことなど、妖精と話した後、ルナティアは朝の祈りを行った。
妖精が言うには、今は上空の見張りの気配は無いようだ。
祈りが済んだ後、キュリオとルナティアは、ソル達も集めて姿隠しの魔法を掛け直し、待機していた林を後にした。
上空から見張りがあったとしても、レグルス達と一定距離が開けば、見張りの視界から外れ姿隠しをする必要もない。これは夢で女神様が教えてくれたことだ。
林を抜け、兵団からかなりの距離が離れると、周囲を確認して改めて姿隠しの魔法を解いた。
「上空から見つかることは無くなったけど、魔物に遭遇しない訳ではないから、各自、周囲には気を付けながら進むぞ。」
ジークリードの言葉に一同が頷く。
その後は、ルナティアを先頭に、目的の祠を目指して走る。
置いて来た兵たちに、精神防御魔法を施した魔石を渡してはあるが、敵地でどの程度持つのか分からない。現に、直接身に着けていなければ効果を得るのが難しい程度には、周辺に魅了の気が充満しているのだろう。そう考えると、悠長にもしていられないからだ。
一同は途中、休憩を入れながら約1日半、走り続た。そして、ある場所でルナティアが足を止め、
「…ここが北東の祠、のようです。」
と、告げた。
ルナティアが告げた先を見るが、祠らしきものは何一つない、ただの草原が広がっていただけだった。
「…ここが?…すまないが、ルナティア、俺には何も無いようにしか見えないのだが…。」
「はい、私にも何も見えません。…ですが…。」
ルナティアの返事に、驚いた全員が振り返る…と、キュリオの背後でポンっと、妖精が人型を取って現れた。
「ここで合ってるよ~。結界で見えないだけ。ボクとルナティアで結界を開けるからね。ルナティア、こっちに来て。」
人型になった妖精が手を差し出す。ルナティアは妖精に近づき、その手を取り、妖精と共にその場にしゃがみ込んだ。
しゃがむルナティアの前には、直径10センチ程度の丸い石のようなものが落ちていた。その石に2人で触れ、妖精が何か呪文を唱えると――。
石は次第に熱を帯び始め、触れていられなくなった。
熱さにルナティアが手を引くと同時に、石はみるみる大きくなり、帯びた熱はやがて炎となって石を包んだ。しかし不思議なことにその炎は石を焼き包むばかりで辺り一帯の草原に飛び火する様子はなかった。
やがて、石を包んでいた炎が収まると、石の中央には、人が通れるほどの洞穴が開いていたのだった。




