歓迎の影
「ようこそ、ファケレ国へ。」
代表と思われる女性が深々と頭を下げると、後ろに控える女性も全員が頭を下げた。
ジークリードが第四騎士団長に目配せをすると、アーネスが一歩前に出て女性達に声をかけた。
「…随分と早いお手迎えだな。確かに軍を連れて向かうと伝えてはあったが…。まさかと思うが、ここで待機していたわけではあるまい?」
アーネスが総指揮らしく堂々と話す。その隣には、第四騎士団の第一小隊長と第二小隊長が脇を固めている。
その間に、ジークリードとレグルスは少し後ろに下がり、団員に紛れた。
女性達はゆっくりと頭を上げ、微笑んだままアーネスの質問に答えた。
「待機しておりました。そのように王からの指示がございましたので…。我が国の魔物討伐に来てくださったのでしょう?私共は、長旅でお疲れの皆様をお慰めすることが仕事ですわ。」
女性達がお辞儀をしていたお陰か、年長者でいかにも騎士団長の姿をしているアーネスを総指揮と思っているようだ。幸い、ジークリードとレグルスが後方に移動したことには気づかれていない。
「ほぅ…しかし、討伐が必要なほどに魔物が横行しているのに、女性だけをこんなところに待機させるとは…ファケレ国王も大胆だな。」
平民上がりの第四騎士団長は、きっともっと過酷な場面に遭遇してきたのだろう。物怖じせず、アーネスは堂々と対応する。
「まぁ、お優しいのですね。でもご安心くださいませ。これでも私たちは魔法が使えますの。余程の強い魔族や、集団で魔物が襲ってこなければ、なんとかなりますわ。…ところで…このようなところでずっと問答される気ですか?お疲れと思い、あちらに宴のご用意をいたしましたわ。」
代表と思われる女性がそう言いながら指す方角を見ると、先ほどまで背後に居たはずの他の女性達が少し先の開けたところで食事の準備をしていた。
「…何時の間に…。」
そう呟くアーネスの隣に、先ほどの女性がいつの間にか来て腕を絡め、
「さぁ、こちらへ。…他の兵士の方々もどうぞ。思う存分、寛いでくださいませ。」
と、自身の胸を腕に押し当てながら言った。
アーネスは一瞬、ぼーっとした感覚に襲われたが、腕を胸で押し当られた瞬間、たまたま腰にかけていた剣の鞘に手が触れた。
鞘に触れた途端、気持ちが悪くなり思わず絡められた腕を払った。腕を払われた女性は、驚いて固まっていた。
第四騎士団長が冷静になって周りを見てみると、いつの間にか他の女性達に誘われた兵士たちが、手や腕を取られ、宴の場へと向かっている。
「おいっ、勝手に行くな!」
兵士たちは、アーネスが注意をしても聞こえていないのか、足を止める様子もない。
「おい、聞こえないのかっ!?」
再度、声を荒げて言うアーネスの肩をオリガルが叩く。
アーネスが振り返ると、オリガルの後ろには、第四騎士団の女性部隊、その後ろに魔法士のフードを被ったジークリードとレグルスを含む魔法部隊、それからユグを含むオセアノ軍の一部兵士が黙って立っていた。
「…ねぇ、団長様も。こちらですよ。ほら、他の皆様も…ってあら?女も居るの?」
腕を払われ、一瞬固まっていた女性だったが、懲りずに再度、腕を伸ばしながらアーネスの後ろを見る。そこには、オリガルの後ろに、女性部隊の姿があった。
女性は、女性部隊を見るなり、表情を険しくした。…が、直ぐに笑顔に戻り、アーネスに腕を絡めるのを止め、淑女の礼をして残る全員に声を掛けた。
「皆様お揃いで…さぁ、早く参らないと無くなりますよ。…毒などは入っておりませんから安心して召し上がってください。ささ、奥の女兵士の方も。」
そう言う女性は、先ほどの妖艶な仕草も、一瞬見せた険しい表情も感じさせない優しい笑顔だった。
「団長~。飯、上手いっすよ~。」
先に宴の席に向かった兵士がアーネスに声をかける。彼はさっきアーネスが声を掛けた時に聞こえていない様子だった兵士だ。あの時のおかしな様子はもうない。
考え込むアーネスの横をジークリードが通りながら耳打ちする。
「鞘から手を離すなよ。」
ハッと顔を上げる。
気付けば、ジークリードもレグルスもオリガルも、ユグを含むオセアノ軍も宴の席に向かっている。どうやらさっさと紛れ込んで目立たないようにするようだ。
「…団長も行かれるのですか?」
少しムッとした声でパメラが聞く。パメラの後ろに控える女性兵士たちは、もの凄く不満そうな顔をしていた。
「殿下達も行かれたしな。明らかに不自然だが、『虎穴にいらずんば虎児を得ず 』というだろう?…とは言っても食べている振りをするだけだ。本当に何も入っていない保証は無いからな。…お前たちはどうする?」
「…はぁ…。団長が行かれるならお供いたします。そして正気を失いそうならぶっ叩いて正気に戻します。」
アーネスの言葉にパメラが答えると、後ろの女性兵士たちは全員、頷いたのだった。
その一部始終を、更に後ろに下がったところからルナティアとライラは見ていた。
女性達の出迎えを受けた瞬間、2人は一番後方に下がり姿隠しの魔法を使って姿を隠した。魔力感知能力が高い魔法使いや魔族、もしくは注視されなければ見つかることは無いだろう。
皆が宴に向かい、2人だけになると、ライラが小声で質問をした。
「…どうですか、ルナティア様。出迎えの女性達、人間ですか?…魔族とかじゃないですよね?」
「うん、魔族…では無いと思う。悪意は感じないわ。だけど、なんて言うか…何かが引っかかっている感じがするのよね。それが何か分からないのだけれど…。」
『それは多分――。』
急に妖精が口を挟んできた。
急に考え込んだようにブツブツと呟いている主の様子をライラは黙って見守る。恐らく自分は見ることが出来ない、妖精と会話しているのだろう。
察したライラは、ひと段落が着くまで大人しく待っていた。
「ルナティア様、何かございましたか?」
暫く黙っていたライラが、急に周りを気にし始めたルナティアに声をかける。
「あ…あぁ、ごめんねライラ。急にヘンよね。実は――。」
急に独り言のように話し始めた自分を理解し、気遣ってくれている侍女に、状況を説明する。
妖精の話だと、出迎えの女性達とは別に、天高くから見ている監視者がいるというのだ。
「え?私たちを上空から見ている者が居るのですか?…こんなに暗いのによく見えますね。」
「そうね、シエルが言うには魔族、みたい。魔族の世界は元々暗闇に覆われているから、夜目が効くそうよ。」
「監視…ということは、彼女たちは人間ですよね?脅されているのでしょうか。それとも――。」
「操られている、ということも考えられるわ。それと、「魔法が使える」と言っていたでしょう?確かに魔力は感じるけど…なんとなくヘンなのよ。」
「ヘン、とは?」
「なんて言ったらいいのかしら…みんな同じ、感じがするの。…似てる魔力もあるから、とも思ったのだけど、監視者が居ると聞いて、もうひとつ思い当たることがあるの。」
「何ですか?」
「虹色の魔石と同じ原理よ。…と言っても魔力を送れるなんて、そんなこと、そうそうあるとは思いたくないけれど、人の理と魔族のそれとは違うかもしれないもの。彼女たちは、監視者から何かを媒介して魔法を使えるのだとするなら、同じ魔力を感じることに説明も出来るわ。」
もし、監視者が魔力を送って、魔力を受け取った人が触れることで魅了を掛けるのだとすれば、先ほどの第四騎士団長の様子にも合点が行く。
触れられたとしても、精神防御魔法を付与した魔石を直接身に着けているならば全く関与しない程度の弱い魔力なのだろう。弱い魔力であるからこそ、察知しにくいのかも知れない。
「…弱い魅了ってどのような感じなのですか?それに、例え弱かったとして、何度も魅了を掛けられるとどうなるのですか?」
「弱い魔法って気付きにくいのよ。少しずつ蓄積されていくような感じかしら。蓄積されていくわけだから、当然、何度も掛けられれば深く魅了されるわ。…それも急に魅了されたのよりも、ゆっくりと侵される分たちが悪いと思う。」
「で、でも、ルナティア様の魔石をお持ちなら大丈夫ですよね?」
「魔石に直接触れれば、現段階の魅了で食い止められると思うけれど、浄化されるわけじゃないから…。」
「そんな…!皆さん、大丈夫でしょうか。」
「お兄様も殿下も…オリガル様も魔石を直接身に着けてくださっているから問題ないわ。だけど、兵の中には、荷物に入れている方もいるでしょうし…何とか直接魔石を身に着けるよう伝えられればいいのだけれど…。」
「…私がレグルス様にお伝えしてきます。私だけ姿隠しの魔法を解いてください。」
『ボクが行くよ。』
ライラの言葉と重なって妖精も名乗りを上げた。
『ボクなら、あの集団に急に現れて混ざることが出来るし。ライラが急に姿を現すと監視しているヤツにココがおかしい場所、って思われちゃうだろ?姿隠しは消える魔法じゃないから、意識して見られたらすぐに見つかっちゃうぞ?…ルナティアは隠れて居られるなら、隠れていた方が良いと思う。』
また急に口を噤んだルナティアにライラが再度声を掛ける。
「ルナティア様…私だけ姿隠しの魔法を解いてくださいませ。」
「…ライラ。」
「はい?」
「シエルに頼みましょう。」
「ルナティア様、妖精様にお願いするとはどういうことですか?」
妖精の言葉が聞こえないライラがルナティアに聞く。
「姿隠しの魔法って、実際に消えているわけでは無くて、誤魔化して見せている魔法なの。つまり他からの意識や注意がこちらに向いていないことが一番重要な魔法なの。シエルはね、「ココで貴女の姿隠しを解くと、傍から見たら貴女が急に現れる訳だから、この辺りを注視される可能性がある、そうすると解いていなくても私の姿も見えてしまうかも知れない」って言ったの。自分なら、そもそもシエルの意志で人型になれるから、急に軍の中に一人増えても誰も気づかないだろうって。自分が行って、お兄様か殿下に言ってくるって言うから、シエルにお願いしようと思ったの。…ライラを信じていない訳じゃないのよ?」
「…分かっております。」
そう答えるライラの顔は、心なしか落ち込んで見える。
――自分が乙女であることを悟られるようなことはしてはならない。
不死鳥の件で罰を受けた時、何度も何度も兄と殿下に言われたことだ。
もし気づかれたら、真っ先に狙われる存在になる。
このことをライラは知らない。知らないから落ち込んでいるのだ。
「…ライラ…あのね。」
ルナティアは意を決して、乙女が魔族に狙われやすいと言い伝えられていることを伝えた。
討伐隊に加わったのはお告げを伝えることで、最短で太陽の剣に辿り着くため。
乙女であることを伏せるのは、塔に囲われないためと魔族に狙われないため。
ライラは理由を聞き、自分に話してくれたこととシエルの提案に感謝した。




